月: 2026年9月

私のパソコンが危ない・・・

 昨晩から私のメインのパソコン iMac(2020, 27-inch)の調子が悪い。すぐに起動しないし、何度か試して起動すると「問題が発生したためコンピュータを再起動しました」との表示が。そして、しばらく作業しないで置いておくとまたもや自動的にシャットダウンしちゃっている感じ。

 このパソコン、作られてから6年目なのでそろそろ寿命なのだろうか。読書会の準備でレジメ作成してる途中でプッツンして死んでしまったら困ったことになる。それでなくともなぜかワードが瞬時記憶できなくなっているので、途中でプッツンしたら再作業しないといけないし(昔は出来た記憶あるのだけど)。

 とりあえず、今は使っていない古いiMac(Late2014, 27-inch)をクラウドで繋いでおいて、万一にそなえることにしようと思う。それに 退職時に購入したノートパソコンMacBook(2017, 12-inchi)も健在でクラウドで同期しているから用意万端なのだが、さて。

 年金生活者としては新規購入は3、40万円かかるので避けたい事態である。

 就職した孫娘が置いていったiMac(Late2012, 27-inch)も使ってみるか。

【その後】あれから1週間、昨日あたりからどういうものか、勝手にシャットダウンしなくなった。当方がなにをしたわけでもないのに、だ。さてこの調子でいつまで使えるのやら。

【追記その2】広島に帰省し、そこのiMacが悲惨な状況に。インターネット見るためのブラウス・ソフト(Safari, Firefox)が「ヴァージョンアップやめました」と表示され、それでもアクセスしたら見たこともない画面が出てきたり・・・。しょうがないからGoogle Chromeをインストールしたら、私のHPでは画像が消えてしまって・・・。最悪!

 東京に帰ってみると何ごともなくこれまでのブラウザ使えているのに。あれはなんだったのか。

 と思っていたら、なんとワードがこれまで通りに機能しなくなった。途中で固まるのだ。それで試しに保存して再度開いてみると、以前修正したものが元の木阿弥。またフリーズして、再度開く、なんどやり直しても元の木阿弥。・・・・ 我が家のマック、私より先に認知症になってしまったのか・・・。

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面白い指摘かも:なぜ幕末に日本だけが独立を保ち得たのか

 2026/09/07 「坂本龍馬でも西郷隆盛でもない…明治維新を成功させ植民地化から日本を救った”ラッキーな2つの出来事”」(https://president.jp/articles/-/118466)

 書かれている内容は、西洋史と日本史を年表で重ねれば自明のことであるが。

 案外この件を書いた予備校教師はこういった単純作業をしていて気付いたのでは。

 自称専門家たちが陥りやすい専門性の間隙(盲点)を縫っての着眼点と、私には思える。

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ナポリでの聖ジェンナーロ祭での奇跡

 かつて私は地球規模で「災害同時多発状況」に入ったのでは、という観測を述べたことがある。昨今なぜか前代未聞の災害が頻繁に起こっているように思えたからだ。

 ところでイタリアは火山国で、その象徴は言うまでもなくシシリアのエトナ山とカンパニアのウェスビオ山だろう。特に後者の影響をこれまでしばしば受けてきたのがナポリで、この街の守護聖人が聖ジェンナーロである。私は、彼がディオクレティアヌスの大迫害時代の殉教者とされているのを知ってから、サバティカルその他でのローマ居住中に聖ジェンナーロがらみの故地ナポリ(大聖堂に聖遺物保存)やポッツオリ(斬首地)を幾度となく尋ね、とうとう彼の遺体埋葬地ベネベント(実態は石棺の存在)再訪までしたのを思い出す。

 特に印象深かったのは、聖人の祝日の9月19日のドゥオーモでの大祭で(他に年に2回ほど大祭があった)、日本と同様にこの祝日に門前市が立って盛況だったことと、そこでの定番のヌガー、トッローネを囓ったことを懐かしく思い出す。テレビ中継も入っていて、もちろん大聖堂は満員で、そこで枢機卿による聖ジェンナーロの血の溶解の奇跡が実演された。

 この祭の大略については、以下参照。これ読んで思い出してしまった:https://wien2006.livedoor.blog/archives/52432894.html

 当時、イタリアでは18歳の国民皆兵の徴兵義務があって(2005年に志願制度になったらしい)、その召集日が9月のこの大祭ごろだったせいで、このころ南を鉄道旅行すると、さながら年中行事風に、駅毎に親族と別離する若者の涙涙の別れの場面に遭遇し、いかにもイタリア南部の光景だなあと我らはそれを窓からのぞき見していた。

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世界の常識、日本の非常識:皇室の歴史

 今日も今日とて、2000年前のローマ帝国の素晴らしさをテレビでやっている:2026/9/5 BS朝日「天海祐希と古代ローマの謎を解く」(ただし、昨年の再放送)。水道といい、トイレといい、公衆風呂といい、日本がまだ弥生時代だったとき、古代ローマはすでに社会インフラがそこまで発展していた!

 一方で、「自民党の小林鷹之政調会長が7月、衆院議院運営委員会で述べた。「皇位の男系継承は、2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統です」(毎日新聞 2026/9/5)。これに対し「歴史学者が抗議の声」をあげたそうな。もっともである。彼はどういう歴史教育を受けてきたのか。さすがの山川教科書でもそんなこと書いていないよね。

 他方でアメリカで、なんとかいう大統領の岩盤支持層とされる福音派にとって未だ「聖書における人類創成は6000年前」なのだ。旧約聖書の記述を史実として信奉する彼らにとっては進化論なのありえないわけだ。聖書学者も聖職者もまともな人たちはもはやそんなことを言ってはいない。あれは古代人が編み出した神話なのだから。

 しかし、今を去る60年以上も昔、私が高校生時代、イエズス会経営の学校法人にはたしか「宗研」と呼ばれた部屋があって、そこの書棚に「進化論は誤りである。神が人類を一瞬で創成した。精緻な人間の肉体構造ひとつとってもその完璧性からして、一瞬での創造としてしか理解不能である」といった類いの西欧の神学者が書いた本の翻訳があって、私などおいおい何書いているのよー状態で読んだのを覚えている。カトリック的高校においても授業の場では進化論は常識だった。これは第二バチカン公会議以前の19世紀的反科学主義見地からの著作だったのだが、さて今その本はどうなっているのだろうか。おそらく廃棄処分になって図書室にも保存されていないだろうな(あったら再読してみたいと本心で思っている)。

 今上天皇が皇太子浩宮だったとき「我が祖先は朝鮮半島からの渡来人だった」と明言された記憶があって、さすが歴史のお勉強した人だ、と私は感心したのだけど、それをググって調べようとしたが、全くの空振りで記事がひっとしない、ただお父上の現上皇(平成天皇)が2001年12月23日の誕生日会見で「韓国とのゆかりを感じています」と述べたことだけは見つけた(https://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu020110.html;詳しくは以下、https://hiyoshidai-yokohama.jimdofree.com/2021/08/16/%E6%97%A5%E5%90%89%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%A9%B1-%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%B6%9A%E3%81%8D-%E7%95%AA%E5%A4%96%E7%B7%A8-%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%AE%B6%E3%81%AE%E5%85%88%E7%A5%96%E3%81%AF%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%B8%A1%E6%9D%A5%E4%BA%BA%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F/)。重要なのになぜか簡単に見ることがそうないので、転載します。

《日本と韓国との人々の間には、古くから深い交流があったことは、日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や招へいされた人々によって、様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には、当時の移住者の子孫で、代々楽師を務め、いまも折々に雅楽を演奏している人があります。
 こうした文化や技術が日本の人々の熱意と、韓国の人々の友好的態度によって、日本にもたらされたことは幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に大きく寄与したことと思っています。
 私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王(ぶねいおう)の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、このとき日本に五経博士が代々日本に招へいされるようになりました。また、武寧王の子、聖明王(せいめいおう)は、日本に仏教を伝えたことで知られております。
しかし、残念なことに、韓国との交流は、このような交流ばかりではありませんでした。このことを、私どもは、忘れてはならないと思います。
 ワールドカップを控え、両国民の交流が盛んになってきていますが、それが良い方向に向かうためには、両国の人々がそれぞれの国が歩んできた道を個々の出来事において、正確に知ることに努め、個人個人として互いの立場を理解していくことが大切と考えます。
 ワールドカップが両国民の協力により、滞りなく行われ、このことを通して両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております》

 最後にワールドカップが出てくるのは、この発言が2002年の日韓ワールドカップを前にしていたからである。

 国会議員もキリスト教信者さんもお勉強は必要なくて、信じるというレベルで発言されておられるようだけど、それじゃあ困るんですよね。

【追記】

2026/9/6「社会学的皇室ウォッチング! リヒテンシュタイン女系容認 「議会審議」なしの理由」(https://www.koji007.tokyo/wp-admin/edit.php)

2026/9/9 NHK総合「歴史探偵」によると古代ヤマト王権の中で6人の女帝がいた、と一覧表に出ていた(後述の江戸時代の2名を除外したのだろう)。ウィキペディア「女性天皇」によると「飛鳥時代と奈良時代に集中しており、10代8名」いたことになっている。

 その注釈にいわく:飛鳥時代に3名4代(1度の重祚)、奈良時代に3名4代(1度の重祚)、江戸時代に2名。奈良時代最後の女性天皇は称徳天皇(孝謙天皇の重祚)。769年に道鏡事件を起こした影響で以降に江戸時代初期の第109代明正天皇(在位:1629年 – 1643年)に至るまで850余年も女性天皇が立てられることはなかった、と。

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