作者別: k.toyota

世界キリスト教情報第1513信(2020/1/20)より

◎前教皇が既婚男性の司祭任命に反対表明、バチカンに衝撃  
【CJC】カトリック教会の前教皇ベネディクト16世が、既婚男性を司祭に任命する案に反対していることが1月12日、分かった。AFP通信などによると、新著「わたしたちの心の底から」(仮訳)の中で、フランシスコ教皇に向けて司祭独身制の継続を強く訴えており、バチカン(ローマ教皇庁)の専門家らはその内容に衝撃を受けている。  
 フランシスコ教皇は現在、司祭のなり手が不足し、ミサがほとんど行われていないアマゾンなどの遠隔地域で、既婚男性が司祭となることを認めるよう求めた司教会議(シノドス)の提言を検討中。結論は今後数週間のうちに発表されると見られている。  
 これに対し、2013年に約600年ぶりに教皇を生前退位したベネディクト16世は「もはや黙ってはいられない!」と新著に記していた。  
 新著は、ギニア出身の保守派の急先鋒ロバート・サラ枢機卿との共著で、仏日刊紙フィガロが12日に抜粋を独占公開した。  
 その中で2人は、「司祭独身制の価値をおとしめようとする悪い嘆願や、芝居がかった悪魔のような虚言、流行の過ち」に教会そのものが「揺さぶられる」ことがないよう訴え、「聖別された独身制が絶え間なく疑問視される状態」に司祭たちが「混乱している」と警告している。  
 ベネディクト16世は、「婚姻関係は男性の完全性に関係している。そして、神に仕える際にも、人は神から与えられた全てをささげることが求められる。この二つの使命を同時に実現することは不可能に思う」と述べている。  
 しかし、バチカンの専門家たちは、退位した前教皇がデリケートな問題に介入することに驚きを表明。「名誉教皇(ベネディクト16世)が(世間から)身を隠し、服従するという自らの約束を守らないならば、(バチカン内での)共存は難しい」と指摘している。□ ――――――――
◎前教皇が「既婚司祭」反対本の共著から名前外すよう要請  
【CJC】カトリック教会の前教皇ベネディクト16世が、既婚の男性でも司祭になれようにする見直しに反対意見を表明する本「わたしたちの心の底から」(仮訳)を発表したと伝えられて議論を呼ぶ中、前教皇は同書の共著者から名前を外すよう出版社に要請した。現教皇フランシスコへの異例の批判として広がる波紋を抑えるためと見られる。  
 『カトリック・ワールド・ニュース』はベネディクト16世が1月14日、秘書を通じて本の共著から名前を外すほか、まえがきやあとがきの署名も掲載しないよう出版社に要請したと伝えている。□
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桜を見る会の忖度報道

 今日の毎日新聞のウェブ記事に以下が掲載されていた。

 「桜を見る会」に首相や与党などの推薦で招待された人たちの名簿を、内閣官房と内閣府が会の直後に廃棄したとされる問題で、名簿の保存期間を「1年未満」とした両官庁の対応に官僚からも疑問の声が上がっている。 ▽他省庁官僚からも「あり得ない」 疑問相次ぐ内閣府の「桜を見る会」名簿 廃棄の謎 https://l.mainichi.jp/vFeqmdV

 私からすると至極まっとうな理解と思われるのだが、こういう見解がなぜテレビのニュースに出てこないのか、不思議でならない。公平な報道とは何か。今に始まったことではないけれど、現場の記者の取材記事が新聞社の紙面にはそのまま載らないということなのだろう。ウェブ記事は記者のガス抜き、会社としては免罪符なのだろうか。

 史料として後世に残るのは紙面情報だけなのだろうか、それともウェブ情報も残るのだろうか、知りたくなった。

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同性愛者を好んで採用した英国王室:飛耳鳥目(24)

 今、見るともなく見ているBS1「世界のドキュメンタリー」の「執事の見たイギリス王室」で、エリザベス女王の母のエリザベス皇太后のエピソードで、彼女が多くの同性愛者をイギリス王室に使用人として雇用していた、という話が出てきて、初めて知ったのでちょっとビックリ。ま、中国での宦官に類似した現象なのであろう。むしろ忠誠心や細やかで取り澄ました宮廷儀礼の執行にはマッチョな男性よりも適していたのであろう。

 試しにウィキペディアを見てみると「1970年代に保守党の首相が、同性愛者を雇用しないようにエリザベスに勧告したときには、彼らがいなくなったら「セルフサービスしろとでも言うのかしら」と撥ねつけている」なる文があった。なので、その筋ではよく知られていることだったようだ。しかし英国王室の自称研究者はこういうこと知ってても書かないのだろう、たぶん。

 番組では、同性愛者にとって王室は安全な職場だった、ともコメントしていた。

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「衰退途上国」なる言葉:飛耳長目(23)

 こういう言葉があるのを初めて知った。現在の日本を言い得て妙だ。私は経済音痴なのだが、古代ローマの衰退を考える意味でも追体験的なヒントになるかもである。https://www.mag2.com/p/news/435058

 そこでは、日経が1997年に2020年を予想していたのだが、状況は予想以上に悪化している、要するに何の手立ても功を奏していない、このままだともっと悲惨な状況になる、と論じている。過去30年間改善できなかったという事実の重たさを認識するとき、もう先が見えている、というわけだ。以下、引用する。

     最大の問題は、先進国時代の「贅沢な安全基準」「大き過ぎるインフラ」「要求の高い市民や消費者」といったものを抱えているために、ただでさえ過大となっている社会維持のコストが重くのしかかっているという問題です。

     これは、昨年秋の台風15、19、21号でイヤというほど思い知らされた問題です。とにかく、全体が大きく沈みつつある中で、部分的に過去の先進国時代の制度やインフラが残っていて、これが悪い作用を起こしている、その一方で過去の成功体験の延長上でしか発想できない…これが「衰退途上国の特徴であると言わざるを得ません。

 それにどう対応すべきか、筆者はまず「現状把握」が必要、として5つの問題を指摘しているが、私などいずれもいまさら間に合わないだろうと思わざるをえないのが、悲しい現実である。国民のメンタリティーすら問題視される場合もある。ローマ帝国の衰退でも同様のことが指摘されていたのであるが。

 しかし、逆転発想もありだと思う。(西)ローマ帝国が滅亡しても、どっこい帝国の故郷イタリア半島の人々は生き続けてきた、という当たり前のことを忘れてはならない。えてして対象を限定して論じ勝ちな研究者の視野には当該時代しか見えていないことが多いのである。現在に至るその後のイタリアの歴史を見れば明らかであるが、イタリア人は浮沈の波動を経験しながらも、彼らの経済力や資源、メンタリティがどうあれ、現在も生き続けている。国の滅亡は住民・民族の滅亡を意味していなかった。このことにこそ注目すべきだと私は思う。

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映画:「二人のローマ教皇」

 以下、私はまだみてませんが、もう終わりそうなので、衆知します。

 上智で会った人が「みたほうがいい」と激賞してました。  https://eiga.com/movie/91725/  

 上映館も上映時間も限られてます。https://eiga.com/movie/91725/theater/

 渋谷の「アップリンク渋谷」で、1/17-20は、毎日14:20から125分
                1/21-22は、12:45から125分  
 都内では他に吉祥寺の「アップリンク吉祥寺」で、1/23まで:時間帯は日によって様々)  千葉では、なんと柏の「キネマ旬報シアター」で、9:20から(1/18はなし; 23まで)
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私にとっての「三上」

 欧陽脩「帰田録」に「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなは)ち馬上・枕上・厠上なり」の言あり。すなわち、文章を考えるのに最も都合がよいという三つの場面。馬に乗っているとき、寝床に入っているとき、便所に入っているとき、というわけである。

 私に「馬上」の体験はない。確かに体験的に「厠上」は物思いにふけるにはいい場所のように思うが、私に具体的成果の記憶はない。そして「枕上」はさしずめ湯川博士だが、しかし私の場合は確実に眠ってしまう。だが「枕」ならぬ「夢」の中なら、いささか体験がある。今はむかし、修論の最終段階で、夢の中でひらめいた着想があった。「これで修論はできた!」と狂喜したのはいいが、もちろん,起きたらすべて忘れてしまっていたのは言うまでもない。 

 私の体験ではむしろ、風呂の湯船につかっているときに、着想が湧くことがある[かつてあった]。だから一時期,風呂の中に防水のメモ用紙をぶら下げていたこともある。いわば「湯上」というわけだが、用意万端だとかえって思いつかないものだ。これも今はむかし、40年近く前のことだが、青山学院大学での日本西洋史学会の口頭発表の前日(というより当日の丑三つ時)のこと、古代史なので残存史料は限定されている。レジメにそれらを網羅して印刷済みだったが、最後の詰め、というか史料をつなぎ新知見を紡ぎ出すための論理のつながりがどうしても決まらず、しかし発表時間は迫るしで時間切れぎみで、平凡な発表になるがしかたがない、諦めて風呂に入ってせめてさっぱりして人前にでなけりゃ、と湯船につかったとき、突然ひらめいたのである。私は水浸しのまま風呂を飛び出して部屋のメモ用紙に駆け寄り、メモった、ことがあった。まるでアルキメデスだったが、「ヘウレーカ!(ηὕρηκα!)、ヘウレーカ!(わかった! わかったぞ!)」と叫びはしなかったが。おかげで自分的には満足のいく口頭発表をすることができた記憶がある。

 かくして「厠上」「湯上」、そして「夢上」が、私の場合の「三上」ということになる。
 しじょう、ゆじょう、むじょう

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考古学者と神:遅報(22)

 ウィーン在住のジャーナリスト・長谷川良なる人物のブログ。2019/11/20「考古学者は「神」を発見できるか」:http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52261942.html

 以下の、この視点はたいへん面白かった。

 エジプトから60万人のイスラエル人を率いて神の約束の地、カナンを目指した指導者モーセの実存は今なお実証されていないことだ。60万人のイスラエル人がエジプトからカナンへ移動する場合、考古学的にも何らかの痕跡が残るものだが、これまで見つかっていないのだ。
 欧州で2015年秋、100万人以上の難民・移民が中東・北アフリカから彼らの“約束の地”欧州を目指して大移動したが、彼らの足跡は移動ルートのバルカンには残されている。移動途中、亡くなった難民・移民もいただろう。彼らの遺骨が埋葬された場合、何世紀後にその痕跡を辿れば、「西暦2015年ごろ、中東のシリアから大量の人々が欧州を目指して移動していた」という史実を解明するだろう。しかし、「出エジプト記」のイスラエルの大移動の痕跡は考古学者の努力にもかかわらず発見されていないのだ。

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 彼は「イエスの実の父はザカリアス」とも書いている。聖書学的にはきわものめくが、当時から知られていたイエス出生の秘密に関して、解釈的には面白い。http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52264551.html;http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/51755190.html

 この見解、10年前の以下が種本らしいが、統一教会では40年も前から部外秘で言われていた由。Russ Baker,Family of Secrets,Bloomsbury Press,2009。著者はフリー・ジャーナリスト。また、歯科医師の土屋仁なる人物も『クリスマス文書』文芸書房、1996、で書いているらしい。出版当時の定価2000円が、今では古書で6000円だが、内容的は専門家でないので問題が無きにしもあらず。

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日経「私の履歴書」とノーベル賞:遅報(21)

 なぜか記憶にないが、ウェブで応募したのだろう、2,3日前から日経新聞がポストに配達されるようになった。昔はずっととっていたが、退職を機に朝日新聞とともにとるのをやめていた。ウェブでは毎日も含めてちょろちょろ読める契約をしているが。

 改めて紙の日経を読みはじめて、なんだか記事全体が軽いなという印象に捕らわれた。その印象は私の読む定番最終ページの「私の履歴書」に至って確信に変わった。今月の執筆者は「日本証券業協会会長」の鈴木茂晴氏。もちろん私に一切予備知識もない御仁だが、書いていることがひどすぎる。ぐぐってみると、なんと私と同年生まれだった。読後感的には、口先一丁での世渡りで出世してきた人なんだなあ、こういう人がバブル時代に跳梁跋扈していたんだなあ、という意味ではよくぞここまで暴露的にお書きくださった(取り澄ましたきれい事ばかり書く人が多い中で)、という感じで功罪半ばではあるが、私のように世渡りが下手な身からすると、こんな人が「会長」職を占めているようでは、日本の将来暗澹たるものと悲憤慷慨したくもなる。

 昔、大学事務してた女性が、大学卒業後に大手の証券会社に入社して、でもなぜかそこを辞めて不安定な大学の臨時職についていたので、私が「どうして?」と聞いたら、「だって悪いことしているのが見え見えなんですから」と言っていたのを思い出さざるをえなかった。よほどの僥倖に恵まれない凡人の場合、成功の裏には不正の芽が必ずあって、というわけなのであろう。

 こんな印象にとらわれていた折も折、またぞろ東京都知事の学歴詐称問題がウェブに流れ出していて、その連載を追っかけていたら、今度は村上春樹をあげつらった記事が飛び込んできた(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54648;https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54327;https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54151)。書き手がこれまで我がブログでも紹介してきた伊東乾氏だったりするので単なる誹謗中傷とは思えない。村上にはどうも売らんかなの基本戦略があって、それが二枚舌の軽口に通底していて問題だ(ノーベル賞なんてとんでもない)、ということらしい。

 軽い読者に迎合した軽い作家、だから売れる、という循環理論が本当なら、私ももっと早くこの秘訣に接していたら今と違った人生があったかもしれない。真逆の道に迷い込んでしまった我が才覚のなさを呪いたくなる、というのはまあ冗談にしても、社会的地位を得た人が「全然勉強しなくて遊びまくった学生時代でした」と書くのは止めてくれ、と伊東氏が力説するのには両手で同意したくなるけれど、よくよく考えてみると、私の学生時代も大学の授業から学んだことはそうなくて(というより、学びとるだけの素地がこちらになかった、というのが正確か)、大学封鎖で授業がなかったのを幸いにして、鍛えられたのは専ら自主研やサークルでの読書会だったのは事実なので(身の丈にあった自分探しの場所がそこだった、ということだろう)、この点に関してはあまり大口は叩けないのである。だが、遊んだと書いてあって、遊んでいいんだとしか読み取れない読者など、どうせはなからろくな者ではないのでは、と思ったりもする。アメリカ映画の影響か、人生なにごともゲームだという言説も流布している昨今ではないか。マジメに遊べばいいだけのことのような気がしてならない。

【追記】今日になって、日経の販売店から電話がかかってきた。再度購入されませんかというわけであるが、もうリタイアしてるので、だけどウェブでは読んでますよとお引き取り願ったら、「ああやっぱり」みたいな、負け戦的な声の印象であっけなく引き下がられた。ウェブ時代となって紙の新聞は苦戦を余儀なくされている感じがもろ伝わってきた。弱り目に祟り目に遭遇したら、私だったらどう起死回生の策を講じるだろうか。

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世界キリスト教情報第152信より:マニラで黒いキリスト像に330万人殺到

 まあこれが、本源的な信仰というものだろう。身近に負を背負っている庶民信者は救われたいのです。
 【CJC】フィリピンのマニラ首都圏マニラ市で1月9日、触れれば病気が治ったり幸運が舞い込んだりすると信じられている黒いキリスト像を載せた山車がキリノ広場から市内を練り歩く毎年恒例のカトリック教会の最大行事の一つ「ブラックナザレ祭」が開催された。キリノ広場からの出発前、キアポ教会で同教会エルナンド・コロネル司祭司式による深夜ミサが行われ、このほど枢機卿に選任され、フィリピンを離れることになったルイス・アントニオ・タグレ・マニラ大司教が最後の祝福を行った。  
 信者たちは等身大のキリスト像を一目見ようと、夜明け前に集まった。像を載せた金属製の山車は綱で引かれ、午前4時から午後9時近くまで、市内の狭い街路7キロ分を練り歩いた。  
 山車に載せられ、市内を巡行する「ブラックナザレ」に信者約330万人(警察推計では100万人以上)が行列を作ったが、例年よりも早い約16時間半で巡行を終えキアポ教会に到着した。過去5年では最短時間を記録した。  
 山車が通るルートには大勢の信者が殺到し、キリスト像に少しでも触れようとする人、像をタオルでぬぐおうとする人、あるいはせめて山車につながったロープに触れたいという人たちが次々と山車によじ登ろうとした。  
 ただ信者たちは素足での参加が基本で、殺到する人々が将棋倒しを起こすこともあり負傷者が後を絶たない。  
 赤十字社によると、今年は祭りの中盤に差し掛かった時点ですでに約220人が切り傷やめまい、打撲、捻挫などで手当てを受けたという。この祭りでは毎年数百人がけがをし、数人の死者が出ることも少なくない。昨2019年の「ブラックナザレ祭」には100万人以上が詰め掛け、2人が死亡している。  
 マニラ市内では、混乱を避けるため役所や学校などは休みとなり、爆弾テロ対策で携帯電話の電波も停止されるなど厳戒体制が敷かれた。  
 「ブラックナザレ」は約400年前にメキシコからフィリピンに運んで来られた際、船上で火事に遭い黒く焦げてしまったという話が伝わっている。□

 フィリピンのカトリック信者には過激な信心業が多い。以下の十字架刑再現もそれ:https://jp.reuters.com/article/cross-idJPKCN1HA0FR

 以下は【閲覧注意!】:http://karapaia.com/archives/52078064.html

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ケルトの女神Epona:Ostia謎めぐり(3)

 場所は、III.xiv.1-15:Caseggiato di Annio 。「アンニウスの共同住宅」。via di Annioに沿った、西側から見た正面図では、左(北)から右(南)に、区画1,3,4,9,10,14が検討対象である。

↑ここ       
1    3             4            9    10       14   
3Dレーザー測量による西正面図:九州大学堀賀貴教授よりの提供

 この箇所のスレートと文字モザイクの位置関係は以下のごとし。

京大で発表時のDeLaine女史配布レジメより

 但し、一番右側のスレートは、J.DeLain女史の想定であって、原位置では下のように枠内にスレートはない。又、上図の文字モザイクとの対応関係を考えると、左端の「OMN[I]A」の下部にもうひとつスレート枠があっていいはずだが、現況ではその痕跡はない。

           ↑スレートはめ込み枠

 逆に、右端のスレートの上部にも銘文を印したTABULA ANSATAが予想されるが、上部の壁は崩壊しているので確かめようもない。ただ、判明している3つの銘文を連続で捉えるなら、「OMNIA FELICIA ANNI」で、「アンニウスの(商売)すべて上首尾」と読めるので、右端スレートについてのDeLaine女史の想定が正しければ、「(女神)Eponaによって DE EPONA」に類する文言だっただろうということになる。

 さらに、区画14の南面右角の上部にニッチが確認される(DeLaine女史の位置づけは間違い)。ここにエポナ女神像が安置されていた可能性は高いが、店主のアンニウスの彫像だったかもしれない。

DeLaine女史想定位置↑             ↑現況のニッチの場所

 検討すべき論点は多い。スレートには以下が描かれている。現状左端が、両脇のドリウム[型式からスペイン産オリーブ油用と思われる:関連でこの集合住宅の北側に当然注目すべき]に挟まれた人物と右上に机に座った人物(どちらかがたぶんアンニウス)、中央は帆に風をはらんだ商船と舵をとっている人物、そして想定されている右端は、左右に馬を従え玉座に座り、右手で馬の口に手ずから餌を与え、左手に豊穣の杖らしきものをもった女神エポナが描かれている。このエポナ像は構図やアトリビュート的に他の一般的なエポナ像と比べて特異といっていいだろう(一般的なポエナ像は以下参照:http://www.epona.net;但し、Jovicic, Bogdanovic, New evidence of the cult of Epona in Viminacium.pdf掲載のFig.10の紅玉髄製貴石の構図は、女神像に限って極めて類似の印象)。

左スレート
中スレート:船体の前方にスレート制作年を表示する丸い押印が見られる
右端想定スレート:女神の頭部は失われている
左手に持っているのは鞭だろうか。今一不明
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