作者別: k.toyota

今日から帰広:Conアーチ門の太陽神について

 数日間、二か月ぶりに広島の実家を見に行ってきます。

 何を持って帰ろうかと思案しているうちに、予想外の居残しに気付いたのでアップしておきます。それはローマのコンスタンティヌスのアーチ門(凱旋門)上の東面に掲げられているトンド内の太陽神像です。以下に、トンド全体像と太陽神拡大図を掲載してみます。

東面トンド

 みなさんは、何かお気づきのことありませんか。・・・ 私は以前からこの太陽神に違和感を感じてきました。らしくない、のです。まずなんとなく女性っぽい描き方なんですが、この点は西面の月神が明らかに女神として描かれているので、それとの対照により一応除外しておきます(顔つきは月神のほうがきつい感じすらします:太陽神のほうが摩滅しているせいかもしれません)。また、着衣が横皺が目立つトーガのようには見えず、ギリシアの女性用のように見えるせいもあるでしょう。

 そんなこともあって、らしくない、そう、勇ましくないのです。これはSol Invictusとの対比からくるせいかもしれません。このHPの「実験工房」のほうで2018/5/20口頭発表「戦勝顕彰碑としてのコンスタンティヌスのアーチ門」を掲載してますが、その末尾近くでこのトンドに「東に4頭立て戦車、クワドリガで今まさに海上から天空に浮かび上がってきた太陽神、それを導くアモル、海中でそれを眺めている海の神オケアノスが描かれています。なおここでの太陽神は、放射冠をかぶっていません」と触れていますが、放射冠抜きなのです。ところが、アーチ門の東側廊での太陽神はかなり破壊が進んでいますが、斜めからの写真だと頭上に放射の鋭角の三角形が辛うじてわかります。またアーチ門上に複数刻まれている軍旗の竿頭飾りのそれでもちゃんと放射冠が確認できます。

左、東側廊の太陽神を左45度でみる;右、西面における太陽神:頭部上の枠に波状の刻み

 こうして、同じアーチ門上で、東面トンドのそれと他の太陽神の表現が放射冠に関して異なっていること、そして東面トンドのほうがとりわけ不敗太陽神Sol Invictusとしては特異な表示である、と指摘できるように思います。それが何を意味しているのかは、若い人たちに委ねざるをえますまい。宜しくお願いします。

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古代ローマの感染症:(8)その工芸品?への反映[閲覧注意]

 残念ならが、今秋の広島での学会大会も中止されたようだ。確かに晩秋であれば年中行事のインフルエンザの流行にまぎれて、コロナの再発もありえるわけだ。そこで発表予定だった内容の中心部について、概略を記しておこう。初めに弁解を。この勉強を始めて海外に発注した本を二か月経っても未だ入手できていない。航空機が飛んでいないためだろう。また、国内大学図書館も休館中である。そのため文献的に完璧をきせてないことをお断りしておく。

 マルクス・アウレリウス時代の疫病については、すでに史料的限界が許す限りでの検討が行われてきた。ここではちょっと従来と違うアプローチを試みる。それは、出土遺物の、とりわけ彫像類において病気を示した事例の検討である。それに関して、古来(といってもせいぜい19世紀以降であるが)挙げられてきたものを列挙する。

 ちまたでは、疫病の考古学的証拠として、たとえば、エジプトのファラオ・ラムセス5世(前1157年死亡)のミイラの頬にイボがある所見から、彼の死亡原因が天然痘だったのではと言われてきたが、最近では、この痕跡は水疱瘡によるものではと疑われているらしい(水疱瘡はヘルペスウイルスで、人類誕生以来感染していた)。さてどうだろうか。私のような素人からすると、庶民のミイラもたくさん出てきているのだから、それらの調査ではどうなっているのだろうか、とつい思ってしまうところである。

左はラムセス5世のミイラ、頬のぶつぶつに注目;右は水疱瘡の皮膚所見:ぜんぜん違うような

 古代の医療に関しては、ex voto(病気治癒の祈願成就の奉納品)の出土がまずは注目される。たとえば以下は、ローマのテルミニ駅の東、引き込み線操車場の南に隣接のTempio di Minerva Medica(医神ミネルヴァ女神殿)出土のex votoである。

左,上左が胎盤(右は不明)・下左が内臓、下右が子宮;右、足と手

 こういったex voto以外にも、グロテスクな異形の人物像(例えば、くる病、朱儒など)を表現した遺物は多く、中には義足・義肢らしきものの出土すらある。

左上、エジプト出土ミイラの、左下、イギリス出土の足指補正具;右はカプア出土の義足とその縦断面

 だが、我々が知りたい感染症関係の証拠はほとんどない。かろうじてこれまでそう主張されてきたものについて、きわめて慎重なのが以下の論考である。M.Grmek e D.Gourevitch, Les Maladies dans l’art antique, Fayard,1998, pp.341-347. なにしろそもそもの彼らの章立てが「錯覚の病理学 Les Patrologies illusoires」で、彼らが列挙するうち、マルクス・アウレリウスの疫病に直接関係するのは、②、③、⑤の3つだけで、しかも著者たちはいずれに対しても病気を表現したものでないと結論づけている。これをめぐって若干の論争があるがここでは深入りしないでおく。

① 播種性結節により神経線維腫の診断が下された小立像:

現在、所在不明で調査不能

② 皮膚に結節が描かれているサテュロス像:ローマのVilla Albani-Torlonia所蔵

足に顕著なぼつぼつは、野蛮性を表現しただけのことでは、と:右二つはシレノス像

③ 多数の結節が描かれた肘ないし膝の断片

何を表しているのか諸説あるが、先述のTempio di Minerva Medicaで発見されたので、膿疱の可能性も否定できない。

④ 単なる女神・女性像の頭髪部分の剥落事例?

これもTempio di Minerva Medicaで発見されたので、「禿頭」平癒祈願との解釈もあながち捨てきれないような

⑤ 髭ないし毛瘡を思わせるドッド模様

胸にも見えている:ナポリ国立博物館所蔵

 たしかに古代の事物製作者がいかなる意図でそう描いているのか、慎重に考察すべきであるが、とりわけex votoの場合は病理現象に関わっているという方向で捉えてよいかもしれない。

天然痘の症状

【余談】ところで、アスクレピオス神殿等での古代ギリシア以降のex votoの奉献物に、明らかに腹部切開による内臓器や子宮の奉献物があるわけで、これはすでに古代において人体解剖は行われていた、としか私には思えないなあ、と。やはりガレノスの動物解剖は世間的目くらましだったのだろう、という確信が強まらざるを得ない。我が愛しい嫁さんは、「動物を解体して食していたのだから、生きた人間に何かをするのは避けるにしても、死体を腑分けするなんてことは簡単なこと」とのたもうた。この調子だと私の死後、平気で腑分けされそうで恐ろしい。ちなみにご自分は解剖させていただいた恩返しで献体登録されていらっしゃる。

左、パレストリーナ博物館;右、ローマ・ティベル中の島出土
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世界キリスト教情報第1532信:2020/6/1

= 目 次 =      
▼教皇、パンデミックによる試練に置かれた世界のために祈る      
▼教皇、中国の信者を“聖母に託して”祈る      
▼WCC常置委員会が新型コロナの影響を受けウェブ会議      
▼スウェーデン初のオンライン・エキュメニカル・リトリート      
▼NY市警察、ユダヤ教超正統派神学校を強制閉鎖      
▼韓国の首都周辺の京畿道で12教会に施設閉鎖と集合禁止命令      
▼黒人暴行死、米抗議デモが各地で暴徒化し4千人拘束      
▼コスタリカで同性婚を合法化、中米初      
▼ラリー・クレーマー氏が死去、同性愛・エイズ活動家

 やっぱりユダヤ教超正統派とか、やらかしているようですね。

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顔にシミ出現:痴呆への一里塚(23)

 昨晩深夜、Stay Homeのせいで伸びた髭を剃っていて、初めて気付いた。

 両のもみあげ付近に小さなシミがそれぞれ2つあるのを見つけた。ご老人の顔面によくあるものが、私にもとうとう初お目見えというわけだ。

 両手にシミが目立ち始めたのはたしか65歳あたりだった。それより7年後、ということは、まさしく私独自の人生7年周期説(20世紀初頭のルドルフ・シュタイナー提唱の7の倍数で身体的成長[私の場合だと、衰弱]に見舞われるという仮説を換骨奪胎したもの:実際には、私の場合マイナス2年のようだ、即ち7×6のところ40歳に発現)を立証する重要証拠である、と言っておこう。

 ケーブルテレビつけていると、これでもかこれでもかと、年金狙いの顔面クリーム(と健康サプリメント)の宣伝のオンパレードで、ま、年齢からして当然のことながら鑑賞に耐えない一般女性が登場してきて顔に塗りたっくっている場面ばかりで、私は見るに忍びず(というか、見るに耐えず)チャンネル・ボタンを押すことになる(もうひとつ呆れているのは、韓国語のチャンネルが多いことだ。が、気がつけば番組はアメリカのも多いなあ)。

 念のため。私はシミ取りは買いません。サプリメント大好きな妻は、買っている気配が。

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わかったぞ:コロナに群がる政治家・官僚たち

 こんなブログが出だした。最近角栄本を読みあさっているので、気になり出している。「コロナ便乗商法:「コロナ緊急対策予算」これだけの不要不急https://mainichi.jp/articles/20200525/k00/00m/010/167000c

 「アベノマスク」の不明朗な4億円発注騒ぎで(https://news.yahoo.co.jp/articles/265a354ec2b440e1bb62f1f686b44033dbdcfeec;https://dot.asahi.com/wa/2020050300001.html)、なんか理解不能なことがおこっていると感じていたのだが。この緊急対策予算情報自体は新聞なんかにもちろん出ている。素直な私は深掘りもせず読み流していたが・・・。

 政治家や官僚にとって、今回のコロナ騒ぎは、補正予算をつけて、政治献金で回収するための、また権限拡大のチャンスという恰好のボーナスだったようだ。やはり角栄亡き後も裏では巨悪も怠りなくうごめいているわけだ。ま、その立場だったらやっちゃうだろうな、とつい思ってしまう私ではある。皆、あの世に持って行くのである。だからといってその事実がなかったわけではない。

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第二次世界大戦での「狼の子どもたち」:遅報(37)

 かつて(2019/8/18)、日本での戦後の戦争孤児のことに触れたことがあった。しかし、ヨーロッパの占領地で両親を亡くしたりはぐれてしまった敗戦国のドイツ人の子どもたちがどんな戦後を過ごさざるをえなかったかは、知らなかった。https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/19/080100060/

 掃いて捨てるほどいるはずのナチス研究者のうちどれくらいが、こういうことをちゃんとフォローして研究しているのであろうか。はなはだ心許ないことだ。記事中に「歴史を記述するとき、子どもたちの証言が取り上げられることはまずない」、なぜかというと「子どもを使ってナチズムを正当化し、ドイツ人も戦争で散々苦しめられたのだと主張する極右修正主義者の領域”へと追いやられてしまった」からだとしても、こういう眼差しを忘れてはいけないはずだ。ま、右向け右の凡百に求める方が酷というものか。

 神ならぬ身の歴史家は、絶対的な真実や証拠を掴んでいるわけでないので、常に複眼的相対的な見方を堅持するよう勉めなければならないが、私などはどうしても「狼の子供たち」に感情移入してしまう。

 日本人の子どもたちだって、外地でどんな目にあったことか。研究者の試みる聞き取り調査でも、殺害し見捨ててきた当事者が口を固く閉ざして語ろうとしない現実がある。

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菜食だった剣闘士:遅報(36)

 久々に坂本鉄男先生の「イタリア便り」(https://www.aigtokyo.or.jp/?cat=27)に行ってみたら、以下のようなコラムが。

古代ローマの剣闘士は菜食主義者

 古代ローマ人は血なまぐさい決闘競技を見物するのが好きだった。良い季節には、首都ローマの巨大円形闘技場コロッセオをはじめ、植民地にまで建てさせた多くの円形闘技場で闘技が催され、市民を喜ばせた。

 演目は北アフリカから運ばれた猛獣退治に始まり、剣闘士同士の命をかけた決闘で終わる。当時のアフリカは地中海沿岸まで森林が続き、ヒョウなどの野獣がたくさん生息していたが、ローマに送るための動物狩りで激減してしまったといわれる。

 催しの最後を飾る剣闘士について、最近、古代遺跡オスティアの研究者による「剣闘士の骨の調査」の興味深い結果が発表された。

 剣闘士は、ローマとの戦いに敗れた異民族の戦士から、身長1メートル68前後の屈強な30~30歳ごろの若者が選ばれた。彼らは剣闘士養成所で訓練を受ける。

 体中傷だらけになって死ぬまで戦う運命となった彼らの食事は、現代のレスラーのイメージから、血の滴るビフテキなど肉類が主だと類推しそうなものだが、骨の調査から意外にも現在の菜食主義者とほとんど同じであることが判明した。

 主な食べ物は大量の大麦と豆類。飲み物には動物の骨を焼いて砕いた粉や岩塩を溶かし入れたという。

 古代ローマの剣闘士の方が、現代のわれわれより健康的な食事だった?

坂本鉄男(2020年4月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

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 これを読んで、「えっ、オスティアで剣闘士の骨? これはしたり」ということで慌ててググって見たが、2014年10月既報の記事で、
Medical University of Vienna、すなわちウィーン発情報で、出土場所は小アジアのエフェソスのものはずらずら出てきたが、オスティアは出てこなかった。ちょっとホッと。たぶん場所は坂本先生の記憶間違いかと。1933年発見のかの剣闘士たちの集合墓地出土の遺体を(後2,3世紀[前2,3世紀とする記事もあるが間違い]の全部で53遺体出土、うち剣闘士は22)で1993年に改めて調査したときに、残りの通常人との遺骨の成分比較をしたらしい。この墓やグラディエータの骨分析について我が国では踏み込んだ報告が未だなされていないが、私は20年来卒論で誰かやらないかとずっと言ってきたのだが、誰もしようとしないのは、やっぱりドイツ語になっちゃうからなのだろうか。現地のMuseum Ephesosで開催の展示会パンフも出ていて手軽にまとめることできる穴場なのだが。あのパンフさしあげますよ、やる人いたら。Hrsg. von Österreichisches Archäologisches Institut et als., Gladiatoren in Ephesos:Tod am Nachmittag, Selçuk, 2002, 105S.

発掘地点は、右の図で「DAM93G」

 こんな書き込みもみつけた:https://gigazine.net/news/20180630-gladiator-diets/

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私の精選「角栄語録」

◎早坂茂三『捨てる神に拾う神』祥伝社、1991年:

 学者はだめだ。世間を知らない。人間を知らない。世の中を何も知らない。実験室での話だ。権限もない。数字を持っていない。これはだめだ。そんな者に会う暇はない。それはお前がやれ。オレは役人を使う。

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やはりコロナは「令和の空騒ぎ」だったような・・・

 私は最初からどうも、例年のインフルエンザのほうがワクチンあってもひどいのに、と今回のコロナ騒ぎが理解できないできた。実際、今に至るまで私の回りから死者はもとより感染者すら一人も出ていないし、テレワークでの参加者たちに聞いてもみなそうだ。

 そんな中、田中宇氏の集団免疫論や、漠然とした一般論でなく、持病持ちの高齢者や施設収容者、そしてマイノリティーにおける感染死亡率に注目すべきだ(こういっちゃなんだが、前時代だったらとっくに死んでる人たちや社会的弱者が、一掃されているだけのこと)、とかの、「非人道的」と非難されかねないごく少数派の見解に同意してきたのだが、以下のような統計が出てきて、素人の私の直感を統計的に裏づけてくれているようなのは有難い。「コロナ致死率、全年齢で0.4%? 米国疾病予防管理センター発表でわかった各国の過剰政策」(https://www.mag2.com/p/money/923739?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000204_thu&utm_campaign=mag_9999_0528&trflg=1)。

 それにしても、マスコミが恰好の話題に群がって煽りまくるのは当然としても、アメリカやブラジルの大統領といった一部の例外を除いて(彼らとて褒めたものではないが)、世界中の政治家たちまでもが雁首揃えてコロナ騒ぎに同調している「過剰政策」が、どうも納得いかないのである。裏に隠された何かがあるのでは、というわけだが、私のような一介の耄碌じじいにわかるわけはない。ただ国家情報戦略にかかわる情報の8割は一般報道で出ている、とおっしゃる佐藤優氏の持論を信じるとすると、予想される近未来の真のパンデミックの予行演習を、口裏を合わせてこの際やってみましょう、と衆議一決してのことのように思われるのだが、我ながらこの仮説、事実から間遠い感じがする。

【追記】第二波は当然来る。スペイン風邪のときの紹介があった(https://digital.asahi.com/articles/ASN5X5RGJN5VULBJ007.html?ref=mor_mail_topix1:ところで「スペイン」「風邪」という標記は誤りで、本当は「インフルエンザ」だったし、本来原発地も「アメリカ」だった)。「日本での第一波は1918年11月に訪れ、約4万4千人が死亡した。その後、収束に向かったものの、約1年後の冬に第2波が到来した。米国やフランスなどでは第2波の方が脅威となり、国立感染症研究所によると、致死率は第1波のときの10倍だったという」。ここではなぜか第二波の犠牲者について具体的に述べていないが(死亡率は第一波より4倍半も高くなり、しかし約4万だったらしい:http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/SAGE/SAGE2005/flu.pdf、そこでは、いずれの場合も流行期間はピークを挟んで前後おおむね4週間だったとされている:今回の東京もそれに似ている。感染者数のピークは4/17)。1世紀も前のことで、まあなんでもかんでもそのせいにしたという予想は簡単に思いつくが、ともかく第一波では日本の死者は4万4千人だった。今回死者は900人弱でまだ1000人を越えてもいない。その代償としての経済的打撃とか考えてみると、これを「押さえ込んだ」と自画自賛するのか、「空騒ぎ」とみるのか、みなさんにアンケートとってみたい気になる。

【追記2】田中宇氏が持論をアップした( http://tanakanews.com/200604corona.htm )。私はそこまで言い切るのは躊躇するが、今般の軌を一にした国際的な動きには首を傾げている。

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真相やいかに:ロッキード事件をめぐって

 私がなにかを考えることができるほど物心ついて以降だけでも世間を騒がした大事件に、1968-9年の大学闘争、1976年のロッキード社の疑惑事件(以下、「ロ社」「ロ事件」と略称)、1989以降の一連のサリン事件、1991-3年のバルブ崩壊、2011年の東日本大震災、そして止めとして今回のコロナ騒動、などなどと枚挙に暇ない。そのうち実際に多少関わった大学闘争関係については、このブログですでに触れている(2019/5/17「一万年後に想いをはせてみる」:遅報(7);2019/12/10「人はなぜ体験を書かないのか、否、語り始めるのか」:遅報(15))。だが私にとってあとはすべて間接情報にすぎないので、同時代といっても単なる傍観者である(東京サリンの場合、たしかその1週間ほど前に学振関係の会議で霞が関に地下鉄で行っていたので、これがちょっとずれれば、私も被害者になったかもしれなかった)。ただ、1968年の三億円事件や、1984-5年のグリコ・森永事件といった事件の場合、ある意味単純な犯罪である。そうでなくて背後に政治的な思惑・巨悪・魑魅魍魎がうごめいていると、問題は複雑になる。その代表例は断トツでロ事件であろう。政財界に、法曹界をも巻き込んだ一種の国家的隠蔽事件と思われるからである。

 現在進行形の安倍政権でも手前勝手な法のねじ曲げが顕著で、見え透いた稚拙な手法でそれがまかり通っているのをなんとも歯がゆく感じているのは我々無告の民の共通体験であるが(但し、本当にそれが彼の指示によるのかどうか、個別的に冷静に判断すべきとはいえ)、時間が秘密を知りえた人々を消し去って迷宮入りとなるはずのところ、どういう拍子か当事者が重い口を開く場合もある。それがロ事件で生じた。私はなぜそういうことが生じるのか、知りたいと思う。

 それは事件当時丸紅の航空機課長の坂篁一氏の衝撃的告白で、2016年7月に放映されたNHK『未解決事件』第5回「ロッキード事件」でのことだった(NHK「未解決事件」取材班『消えた21億円を追え:ロッキード事件40年目のスクープ』朝日新聞出版、2018年;中尾庸藏『角さん、ほめられ過ぎですよ!:異常人気の「角栄本」の正しい読み方』扶桑社、2016年)。彼はまさしく5億円を上司に進言した張本人だった。すでに多くの人によって紹介されているのでここで詳細はくり返さないが、私には、彼が「軍用機を国産されると、丸紅に口銭が入らないが、輸入なら商社に巨額の口銭が入る」と、「こうせん」などという私などには聞き慣れない商慣習的な言語を使っていたのが、実に生々しく聞こえたものだ。そして軍事費がらみの国策転換だと総理大臣の職務権限による汚職となって角栄有罪が濃厚となるわけだが、それ以上に、日米貿易格差是正でアメリカ政府・ニクソン大統領にとってもベトナム戦争での武器開発で赤字になったロ社立て直しで、外国の金で武器が売れて会社が立ち直る方が都合がいいという構図の中で、日本での騒動の論点が本丸の対潜哨戒機P3Cを隠して、民間機トライスターに目が向くように動き出したとなると、法的形式論理では角栄有罪は冤罪だったということになって、小者を除いて特捜が敗北し、いずれ八方丸く収まるという算段も成り立っていたはずなのだが、角栄の思わぬ脳梗塞発症(67歳)・死亡(75歳)で終結してしまったというわけか。被疑者のうち、裁判途中での死亡者は、田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治、丸紅ルートの大久保利春専務(伊藤宏専務は有罪確定、檜山廣は実刑確定したが高齢のため未収監)、全日空ルートの橋本登美三郎元運輸大臣(佐藤孝行運輸政務次官、全日空若狭社長以下6名は実刑確定)、がいる。ロッキード・ルートで起訴されなかったが、限りなく黒に近い灰色高官とされた者に、二階堂進元官房長官、佐々木秀世元運輸相、福永一臣自民党航空対策特別委員長、加藤六月元運輸政務次官がいた。捜査に当たった堀田力は「それはもう深い物凄い深い闇がまだまだあって」と、日本の検察だけでは解決できない何かを暗示しているようだ(真相は把握している口ぶり)。

左、TriStar;右、P3C

 しかし坂氏の告白以前でも、そもそもその発端となった1967年2月4日のアメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会で、ロ社のコーチャン元副会長は、すでに児玉誉志夫に約21億円の工作費を贈ったと証言していた。それが角栄の場合、別件の5億円の授受(筆頭秘書官榎本らは、賄賂ではなく政治献金と主張するわけだが)に矮小化されているのは、言われてみれば奇妙なことだ。アメリカですら、当時航空機の売り込みに政治家に賄賂を渡すのはむしろ当たり前で、賄賂が少なければどんな性能のいい航空機でも売れない、というのが業界の現実だったとか、またアメリカでは海外で工作費として賄賂をしても不問に付されるので、一旦それ名義で国外に持ち出して、あとから回収するという脱税方法が行われた可能性もあった。それが誰にばらまかれたのか、アメリカ側が明かすはずはない。

 いずれにせよ、日本政府はその後、米国から1機100億円超のP3Cを計100機輸入した。こうして現在、日本は世界第2位のP3C保有国となっている(最近、安倍政権もトランプに言われて防衛装備をさらに爆買いするらしい)。

 私にインタビューのチャンスなどもとよりないが、たとえば坂篁一氏がなぜ今になってそのような告白をする気になったのか、聞いてみたい気がする。普通は、国士・児玉のように黙ってあの世に持って行くのが普通であろうに(後から読んだ『消えた21億円を追え』p.162に、彼が信頼する弁護士の説得があった、と;別例ではあるが、口の堅い秘書たちの離反は娘の真紀子の無体な言動への反発だった、という事例もあったようだ)。それにしても、角栄が無罪を主張したのも、法的論理上まんざらゆえないことではないと思えてくるのだが(だからといって金権政治を是認するわけではないが)、こういう法的形式論理に慣れると、なにが正しいのか段々分からなくなってくるのも確かである。

 「小さな正義を振りかざす善人と、清濁併せ吞んで強力なリーダーシップを発揮する政治家と、どちらが国家・国民にとって本当に有用なのか」(山本皓一『素顔の田中角栄:密着!最後の1000日間』宝島社。2018年、p.211)。

【補遺】放送では触れられなかったと記憶するが、『消えた21億円を追え』p.190-に、「もう一つのロッキード:ダグラス・グラマン事件」で以下が述べられている。1979年に早期警戒機E2C導入が問題になり、今度は日商岩井から代議士・松野頼三への「政治献金」5億円のはずだったが、それがいつしか次期戦闘機F4Eファントム売り込みへと、「ロ事件」と同様な論点ずらしが行われ、政治家では岸信介(2万ドルの見返りメモあり)ら6名(角栄を含む)の名前も出たが時効を口実に捜査打ち切りとなり、社員3名の形式罰的な有罪判決のみで終結した。なお、この時の戦闘機の口銭は40〜42億円だった由。5億払っても十分だったわけである。逆にいうと早期警戒機のほうは一層膨大な儲けだったのだろう(1983年より合計13機購入)、政治家にとっても会社にとっても。なお誤解のないように付言しておくが、この時代は現在より賄賂に対する法的規制は相当にゆるかったのである。

左、E2C;右、F4Eファントム
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