月: 2020年5月

顔にシミ出現:痴呆への一里塚(23)

 昨晩深夜、Stay Homeのせいで伸びた髭を剃っていて、初めて気付いた。

 両のもみあげ付近に小さなシミがそれぞれ2つあるのを見つけた。ご老人の顔面によくあるものが、私にもとうとう初お目見えというわけだ。

 両手にシミが目立ち始めたのはたしか65歳あたりだった。それより7年後、ということは、まさしく私独自の人生7年周期説(20世紀初頭のルドルフ・シュタイナー提唱の7の倍数で身体的成長[私の場合だと、衰弱]に見舞われるという仮説を換骨奪胎したもの:実際には、私の場合マイナス2年のようだ、即ち7×6のところ40歳に発現)を立証する重要証拠である、と言っておこう。

 ケーブルテレビつけていると、これでもかこれでもかと、年金狙いの顔面クリーム(と健康サプリメント)の宣伝のオンパレードで、ま、年齢からして当然のことながら鑑賞に耐えない一般女性が登場してきて顔に塗りたっくっている場面ばかりで、私は見るに忍びず(というか、見るに耐えず)チャンネル・ボタンを押すことになる(もうひとつ呆れているのは、韓国語のチャンネルが多いことだ。が、気がつけば番組はアメリカのも多いなあ)。

 念のため。私はシミ取りは買いません。サプリメント大好きな妻は、買っている気配が。

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わかったぞ:コロナに群がる政治家・官僚たち

 こんなデジタル記事が出だした。最近角栄本を読みあさっているので、気になり出している。「コロナ便乗商法:「コロナ緊急対策予算」これだけの不要不急https://mainichi.jp/articles/20200525/k00/00m/010/167000c

 「アベノマスク」の不明朗な4億円発注騒ぎで(https://news.yahoo.co.jp/articles/265a354ec2b440e1bb62f1f686b44033dbdcfeec;https://dot.asahi.com/wa/2020050300001.html)、なんか理解不能なことがおこっていると感じていたのだが。この緊急対策予算情報自体は新聞なんかにもちろん出ている。素直な私は深掘りもせず読み流していたが・・・。

 政治家や官僚にとって、今回のコロナ騒ぎは、補正予算をつけて、政治献金で回収するための、また権限拡大のチャンスという恰好のボーナスだったようだ。やはり角栄亡き後も裏では巨悪も怠りなくうごめいているわけだ。ま、その立場だったらやっちゃうだろうな、とつい思ってしまう私であるが。皆、あの世に持って行くのである。だからといってその事実がなかったわけではない。

【追伸】新恭氏の有料ブログ「永田町異聞メルマガ版」に以下が掲載された。「経産省が自作した電通隠れ蓑法人が給付金事務を受託する不透明」(https://mypage.mag2.com/ui/view/magazine/162281030?share=1)。ごく簡単に要約すると、コロナ対策で予算のうち、実務を国から769億で受託しそっくり749億で電通に丸投げしたのがこれまで電話もない幽霊組織「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」で、差額の20億はどこに消えたか、という次第。このブログになんと最近触れた有馬朗人氏もご登場されている。以上、初報は5/30の以下。https://digital.asahi.com/articles/ASN5Y6R35N5YULFA00P.html?iref=pc_rellink_03

【続報】「金になる人脈源「前田ハウス」に参加した渦中の元電通マン」(https://mail.nifty.com/mailer/pro/mailview.html)。そこで最後に曰く。「「えこひいき」がまかり通っているのが、この国の現実だ。首相が手本を示し ているのだから、なにより始末が悪い。」

【私の妄想】電通はオリンピックに深く関わっていた。https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/10654

だから、オリンピックの延期は、違約料などの問題となって電通に跳ね返ってくるはずだ。https://biz-journal.jp/2020/03/post_148441.html

と思っていたら、転んでもただでは起きないわけで、色々アドバルーンを揚げ続けている。https://www.excite.co.jp/news/article/Weeklyjn_22420/

 これらの情報を追伸での丸投げと合わせ考えるなら、・・・ おのずと、電通への損益保障という図式が見えてくるではないか。

【続報2】「官僚も憤る電通「中抜き」の構図:源流にあの「官邸官僚」と民主党時代の決定」(https://mainichi.jp/articles/20200708/k00/00m/040/006000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20200708)

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秘史・第二次世界大戦での「狼の子どもたち」:遅報(37)

 かつて(2019/8/18)、日本での戦後の戦争孤児のことに触れたことがあった。しかし、ヨーロッパの占領地で両親を亡くしたりはぐれてしまった敗戦国のドイツ人の子どもたちがどんな戦後を過ごさざるをえなかったかは、知らなかった。https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/19/080100060/

 掃いて捨てるほどいるはずのナチス研究者のうちどれくらいが、こういうことをちゃんとフォローして研究しているのであろうか。はなはだ心許ないことだ。記事中に「歴史を記述するとき、子どもたちの証言が取り上げられることはまずない」、なぜかというと「子どもを使ってナチズムを正当化し、ドイツ人も戦争で散々苦しめられたのだと主張する極右修正主義者の領域”へと追いやられてしまった」からだとしても(これが論理として破綻していることはいうまでもない)、こういう眼差しを忘れてはいけないはずだ。ま、右向け右の凡百に求める方が酷というものか。

 神ならぬ身の歴史家は、絶対的な真実や証拠を掴んでいるわけでないので、常に複眼的相対的な見方を堅持するよう勉めなければならないが、私などはどうしても「狼の子供たち」に感情移入してしまう。

 日本人の子どもたちだって、外地でどんな目にあったことか。研究者の試みる聞き取り調査でも、殺害し見捨ててきた当事者が口を固く閉ざして語ろうとしない現実がある。「聞いた話だが・・・」と前置きして・・・・

【追伸】https://digital.asahi.com/articles/photo/AS20170803001728.html

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菜食だった剣闘士:遅報(36)

 久々に坂本鉄男先生の「イタリア便り」(https://www.aigtokyo.or.jp/?cat=27)に行ってみたら、以下のようなコラムが。

古代ローマの剣闘士は菜食主義者

 古代ローマ人は血なまぐさい決闘競技を見物するのが好きだった。良い季節には、首都ローマの巨大円形闘技場コロッセオをはじめ、植民地にまで建てさせた多くの円形闘技場で闘技が催され、市民を喜ばせた。

 演目は北アフリカから運ばれた猛獣退治に始まり、剣闘士同士の命をかけた決闘で終わる。当時のアフリカは地中海沿岸まで森林が続き、ヒョウなどの野獣がたくさん生息していたが、ローマに送るための動物狩りで激減してしまったといわれる。

 催しの最後を飾る剣闘士について、最近、古代遺跡オスティアの研究者による「剣闘士の骨の調査」の興味深い結果が発表された。

 剣闘士は、ローマとの戦いに敗れた異民族の戦士から、身長1メートル68前後の屈強な30~30歳ごろの若者が選ばれた。彼らは剣闘士養成所で訓練を受ける。

 体中傷だらけになって死ぬまで戦う運命となった彼らの食事は、現代のレスラーのイメージから、血の滴るビフテキなど肉類が主だと類推しそうなものだが、骨の調査から意外にも現在の菜食主義者とほとんど同じであることが判明した。

 主な食べ物は大量の大麦と豆類。飲み物には動物の骨を焼いて砕いた粉や岩塩を溶かし入れたという。

 古代ローマの剣闘士の方が、現代のわれわれより健康的な食事だった?

坂本鉄男(2020年4月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)

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 これを読んで、「えっ、オスティアで剣闘士の骨? これはしたり」ということで慌ててググって見たが、2014年10月既報の記事で、
Medical University of Vienna、すなわちウィーン発情報で、出土場所は小アジアのエフェソスのものはずらずら出てきたが、オスティアは出てこなかった。ちょっとホッと。たぶん場所は坂本先生の記憶間違いかと。1933年発見のかの剣闘士たちの集合墓地出土の遺体を(後2,3世紀[前2,3世紀とする記事もあるが間違い]の全部で53遺体出土、うち剣闘士は22)で1993年に改めて調査したときに、残りの通常人との遺骨の成分比較をしたらしい。この墓やグラディエータの骨分析について我が国では踏み込んだ報告が未だなされていないが、私は20年来卒論で誰かやらないかとずっと言ってきたのだが、誰もしようとしないのは、やっぱりドイツ語になっちゃうからなのだろうか。現地のMuseum Ephesosで開催の展示会パンフも出ていて手軽にまとめることできる穴場なのだが。あのパンフさしあげますよ、やる人いたら。Hrsg. von Österreichisches Archäologisches Institut et als., Gladiatoren in Ephesos:Tod am Nachmittag, Selçuk, 2002, 105S.

発掘地点は、右の図で「DAM93G」

 こんな書き込みもみつけた:https://gigazine.net/news/20180630-gladiator-diets/

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私の精選「角栄語録」

◎早坂茂三『捨てる神に拾う神』祥伝社、1991年:

 学者はだめだ。世間を知らない。人間を知らない。世の中を何も知らない。実験室での話だ。権限もない。数字を持っていない。これはだめだ。そんな者に会う暇はない。それはお前がやれ。オレは役人を使う。

◎中澤雄大『角栄の「遺言」:「田中軍団」最後の秘書朝賀昭』講談社+α文庫、2015年:

 母親が死んでから、ワタシの人生観が変わったッ。次はオレの番だと、こういうふうに変わった。ですから、これからはまさに刻むがごとき人生だと思って、マジメに職務に取り組まんといかん、こう考えておるのでありますッ!。

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やはりコロナは「令和の空騒ぎ」だったような・・・

 私は最初からどうも、例年のインフルエンザのほうがワクチンあってもひどいのに、と今回のコロナ騒ぎが理解できないできた。実際、今に至るまで私の回りから死者はもとより感染者すら一人も出ていないし、テレワークでの参加者たちに聞いてもみなそうだ。

 そんな中、田中宇氏の集団免疫論や、漠然とした一般論でなく、持病持ちの高齢者や施設収容者、そしてマイノリティーにおける感染死亡率に注目すべきだ(こういっちゃなんだが、前時代だったらとっくに死んでる人たちや社会的弱者が、一掃されているだけのこと)、とかの、「非人道的」と非難されかねないごく少数派の見解に同意してきたのだが、以下のような統計が出てきて、素人の私の直感を統計的に裏づけてくれているようなのは有難い。「コロナ致死率、全年齢で0.4%? 米国疾病予防管理センター発表でわかった各国の過剰政策」(https://www.mag2.com/p/money/923739?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000204_thu&utm_campaign=mag_9999_0528&trflg=1)。

 それにしても、マスコミが恰好の話題に群がって煽りまくるのは当然としても、アメリカやブラジルの大統領といった一部の例外を除いて(彼らとて褒めたものではないが)、世界中の政治家たちまでもが雁首揃えてコロナ騒ぎに同調している「過剰政策」が、どうも納得いかないのである。裏に隠された何かがあるのでは、というわけだが、私のような一介の耄碌じじいにわかるわけはない。ただ国家情報戦略にかかわる情報の8割は一般報道で出ている、とおっしゃる佐藤優氏の持論を信じるとすると、予想される近未来の真のパンデミックの予行演習を、口裏を合わせてこの際やってみましょう、と衆議一決してのことのように思われるのだが、我ながらこの仮説、事実から間遠い感じがする。

【追記】第二波は当然来る。スペイン風邪のときの紹介があった(https://digital.asahi.com/articles/ASN5X5RGJN5VULBJ007.html?ref=mor_mail_topix1:ところで「スペイン」「風邪」という標記は誤りで、本当は「インフルエンザ」だったし、本来原発地も「アメリカ」だった)。「日本での第一波は1918年11月に訪れ、約4万4千人が死亡した。その後、収束に向かったものの、約1年後の冬に第2波が到来した。米国やフランスなどでは第2波の方が脅威となり、国立感染症研究所によると、致死率は第1波のときの10倍だったという」。ここではなぜか第二波の犠牲者について具体的に述べていないが(死亡率は第一波より4倍半も高くなり、しかし約4万だったらしい:http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/SAGE/SAGE2005/flu.pdf、そこでは、いずれの場合も流行期間はピークを挟んで前後おおむね4週間だったとされている:今回の東京もそれに似ている。感染者数のピークは4/17)。1世紀も前のことで、まあなんでもかんでもそのせいにしたという予想は簡単に思いつくが、ともかく第一波では日本の死者は4万4千人だった。今回死者は900人弱でまだ1000人を越えてもいない。その代償としての経済的打撃とか考えてみると、これを「押さえ込んだ」と自画自賛するのか、「空騒ぎ」とみるのか、みなさんにアンケートとってみたい気になる。

 とはいえ、誤解されても困るから付言しておく。なんだかんだ言っても、犠牲者が100年前より押さえられていることは、いいことだ。今回何が奏功しているのか、これはもう少し経ってからでないと出そろわないだろうが。

【追記2】田中宇氏が持論をアップした( http://tanakanews.com/200604corona.htm )。私はそこまで言い切るのは躊躇するが、今般の軌を一にした国際的な動きには首を傾げている。

【追記3】毎日新聞に途中経過ながら面白い記事が:2020年6月10日 06時30分https://mainichi.jp/articles/20200609/k00/00m/040/201000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20200610

氷河、もとえ表が面白い。

【追記4】「あたらしい生活様式、保育では無理難題」(https://digital.asahi.com/articles/ASN595G1HN58UTFL01D.html?iref=pc_rellink_02)。それはそうだと思う。そもそも保育を視野にいれていないわけで。ところで「新しい生活様式」を問題視する人もいるようで。「感染拡大せず「日本スゴイ」・・・80年前と重なる嫌な流れ」(https://digital.asahi.com/articles/ASN6N54S3N6HUPQJ006.html?iref=com_favorite_01)。たしかに行き過ぎは問題だが・・・、そしてコロナ後がそんなに変化しないと私も予測しているが、私的には牽強付会を感じてしまう。時流に乗ってうごめく連中が気にくわない、ということか。でもそんな輩はいつでもいるわけだし、生活の見直しは必要と思うので、なんとなく腑に落ちない。

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真相やいかに:ロッキード事件をめぐって

 私がなにかを考えることができるほど物心ついて以降だけでも世間を騒がした大事件に、1968-9年の大学闘争、1976年のロッキード社の疑惑事件(以下、「ロ社」「ロ事件」と略称)、1989以降の一連のサリン事件、1991-3年のバルブ崩壊、2011年の東日本大震災、そして止めとして今回のコロナ騒動、などなどと枚挙に暇ない。そのうち実際に多少関わった大学闘争関係については、このブログですでに触れている(2019/5/17「一万年後に想いをはせてみる」:遅報(7);2019/12/10「人はなぜ体験を書かないのか、否、語り始めるのか」:遅報(15))。だが私にとってあとはすべて間接情報にすぎないので、同時代といっても単なる傍観者である(東京サリンの場合、たしかその1週間ほど前に学振関係の会議で霞が関に地下鉄で行っていたので、これがちょっとずれれば、私も被害者になったかもしれなかった)。ただ、1968年の三億円事件や、1984-5年のグリコ・森永事件といった事件の場合、ある意味単純な犯罪である。そうでなくて背後に政治的な思惑・巨悪・魑魅魍魎がうごめいていると、問題は複雑になる。その代表例は断トツでロ事件であろう。政財界に、法曹界をも巻き込んだ一種の国家的隠蔽事件と思われるからである。

 現在進行形の安倍政権でも手前勝手な法のねじ曲げが顕著で、見え透いた稚拙な手法でそれがまかり通っているのをなんとも歯がゆく感じているのは我々無告の民の共通体験であるが(但し、本当にそれが彼の指示によるのかどうか、個別的に冷静に判断すべきとはいえ)、時間が秘密を知りえた人々を消し去って迷宮入りとなるはずのところ、どういう拍子か当事者が重い口を開く場合もある。それがロ事件で生じた。私はなぜそういうことが生じるのか、知りたいと思う。

 それは事件当時丸紅の航空機課長の坂篁一氏の衝撃的告白で、2016年7月に放映されたNHK『未解決事件』第5回「ロッキード事件」でのことだった(NHK「未解決事件」取材班『消えた21億円を追え:ロッキード事件40年目のスクープ』朝日新聞出版、2018年;中尾庸藏『角さん、ほめられ過ぎですよ!:異常人気の「角栄本」の正しい読み方』扶桑社、2016年)。彼はまさしく5億円を上司に進言した張本人だった。すでに多くの人によって紹介されているのでここで詳細はくり返さないが、私には、彼が「軍用機を国産されると、丸紅に口銭が入らないが、輸入なら商社に巨額の口銭が入る」と、「こうせん」などという私などには聞き慣れない商慣習的な言語を使っていたのが、実に生々しく聞こえたものだ。そして軍事費がらみの国策転換だと総理大臣の職務権限による汚職となって角栄有罪が濃厚となるわけだが、それ以上に、日米貿易格差是正でアメリカ政府・ニクソン大統領にとってもベトナム戦争での武器開発で赤字になったロ社立て直しで、外国の金で武器が売れて会社が立ち直る方が都合がいいという構図の中で、日本での騒動の論点が本丸の対潜哨戒機P3Cを隠して、民間機トライスターに目が向くように動き出したとなると、法的形式論理では角栄有罪は冤罪だったということになって、小者を除いて特捜が敗北し、いずれ八方丸く収まるという算段も成り立っていたはずなのだが、角栄の思わぬ脳梗塞発症(67歳)・死亡(75歳)で終結してしまったというわけか。被疑者のうち、裁判途中での死亡者は、田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治、丸紅ルートの大久保利春専務(伊藤宏専務は有罪確定、檜山廣は実刑確定したが高齢のため未収監)、全日空ルートの橋本登美三郎元運輸大臣(佐藤孝行運輸政務次官、全日空若狭社長以下6名は実刑確定)、がいる。ロッキード・ルートで起訴されなかったが、限りなく黒に近い灰色高官とされた者に、二階堂進元官房長官、佐々木秀世元運輸相、福永一臣自民党航空対策特別委員長、加藤六月元運輸政務次官がいた。捜査に当たった堀田力は「それはもう深い物凄い深い闇がまだまだあって」と、日本の検察だけでは解決できない何かを暗示しているようだ(真相は把握している口ぶり)。

左、TriStar;右、P3C

 しかし坂氏の告白以前でも、そもそもその発端となった1967年2月4日のアメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会で、ロ社のコーチャン元副会長は、すでに児玉誉志夫に約21億円の工作費を贈ったと証言していた。それが角栄の場合、別件の5億円の授受(筆頭秘書官榎本らは、賄賂ではなく政治献金と主張するわけだが)に矮小化されているのは、言われてみれば奇妙なことだ。アメリカですら、当時航空機の売り込みに政治家に賄賂を渡すのはむしろ当たり前で、賄賂が少なければどんな性能のいい航空機でも売れない、というのが業界の現実だったとか、またアメリカでは海外で工作費として賄賂をしても不問に付されるので、一旦それ名義で国外に持ち出して、あとから回収するという脱税方法が行われた可能性もあった。それが誰にばらまかれたのか、アメリカ側が明かすはずはない。

 いずれにせよ、日本政府はその後、米国から1機100億円超のP3Cを計100機輸入した。こうして現在、日本は世界第2位のP3C保有国となっている(最近、安倍政権もトランプに言われて防衛装備をさらに爆買いするらしい)。

 私にインタビューのチャンスなどもとよりないが、たとえば坂篁一氏がなぜ今になってそのような告白をする気になったのか、聞いてみたい気がする。普通は、国士・児玉のように黙ってあの世に持って行くのが普通であろうに(後から読んだ『消えた21億円を追え』p.162に、彼が信頼する弁護士の説得があった、と;別例ではあるが、口の堅い秘書たちの離反は娘の真紀子の無体な言動への反発だった、という事例もあったようだ)。それにしても、角栄が無罪を主張したのも、法的論理上まんざらゆえないことではないと思えてくるのだが(だからといって金権政治を是認するわけではないが)、こういう法的形式論理に慣れると、なにが正義なのか段々分からなくなってくるのも確かである。

 「小さな正義を振りかざす善人と、清濁併せ吞んで強力なリーダーシップを発揮する政治家と、どちらが国家・国民にとって本当に有用なのか」(山本皓一『素顔の田中角栄:密着!最後の1000日間』宝島社。2018年、p.211)。

【補遺】放送では触れられなかったと記憶するが、『消えた21億円を追え』p.190-に、「もう一つのロッキード:ダグラス・グラマン事件」で以下が述べられている。1979年に早期警戒機E2C導入が問題になり、今度は日商岩井から代議士・松野頼三への「政治献金」5億円のはずだったが、それがいつしか次期戦闘機F4Eファントム売り込みへと、「ロ事件」と同様な論点ずらしが行われ、政治家では岸信介(2万ドルの見返りメモあり)ら6名(角栄を含む)の名前も出たが時効を口実に捜査打ち切りとなり、社員3名の形式罰的な有罪判決のみで終結した。なお、この時の戦闘機の口銭は40〜42億円だった由。5億払っても十分だったわけである。逆にいうと早期警戒機のほうは一層膨大な儲けだったのだろう(1983年より合計13機購入)、政治家にとっても会社にとっても。なお誤解のないように付言しておくが、この時代は現在より賄賂に対する法的規制は相当にゆるかったのである。とはいえ、金権政治が問題であることに変わりはない。

左、E2C;右、F4Eファントム
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コロナ以後の古代ローマ史研究への提言

 たいした提言ではありませんが、せっかくの新傾向の芽生えがあったのだから、今後も前向きに実践してほしい、と思いまして。すぐにできることは、

①「ウェブでの論文公表の促進とそれへの学界的認知」であろう。論文公表は私が試みているようにウェブにアップすればいいだけのことである。多くの図版やデータをカラーで掲載できるので、読者の理解を深めるにはきわめて有効、と自己満足しているが、いかんせん後続は皆無。ただ問題は、知的所有権や著作権の侵害問題を恐れる人が多いので、それをどうクリヤーするかであろうが、活字論文でも実施しているように典拠引用をきちんとしておけばいいという了解を、できれば学界的に得ることできれば簡単と思う。実際、私のウェブにこれまでのところ抗議は一切来ていない(ま、それほど全然注目されていない、ということでありんすが (^^ゞ)。

 そして、さらに重要なのは、そのウェブ論文を研究業績として学界が認知することである。ただウェブはアップした個人とともに消滅してしまうのが普通なので、恒常的な保存の裏打ちとして、ウェブ論文管理学会といった組織設立がもとめられ、そこでクラウドにアップして、会員はいつでも閲覧できるようにすればいいのでは、と考えている。

 本当は、ウェブ論文をアップする前段階として ②「テレワークによるインターナショナルな発表・討論の実施」がなされるべきである。これは、事始め的にはせめて日本語でやってもと思うが、相互批判を避ける内向きでシャイな日本人にとって、かなり高いハードルになるだろう。しかも、そもそも我が国には実のある討論ができるほど古代ローマ史研究者の蓄積がないので、活発な討論を期待する素地がもともとあると思えないが、やらないよりはやったほうがいいに決まっている。ことと次第によっては、①にコメントつけていくやりかたでもありかと。 

 よって、なんたら研究会の月例会なんかも一堂に会するための交通費なんかを不用にできるわけで、テレワークですればいいだけのこと、と思ったりしております。

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世界キリスト教情報第1531信:2020/5/25

= 目 次 =      
▼エルサレムの聖墳墓教会が制限付きで再公開      
▼バチカン美術館が6月再公開、カステル・ガンドルフォ教皇離宮も      
▼デンマークの中学校が教会墓地で数学授業、「対人距離」確保策      
▼新型コロナ、教会のミサで集団感染 独フランクフルト      
▼トランプ大統領が州知事に教会の活動再開求める      
▼ミャンマーで「キリスト教徒はコロナに免疫」と説教した牧師逮捕

 4番目だけ紹介するが、5,6番目をみても、やはり二次感染、注意する必要ありのようだ。

【CJC】独西部フランクフルトで5月10日に行われた教会のミサに参列した人のうち、40人以上が新型コロナウイルスに感染していたことが分かった。現地メディア報道としてAFP通信が24日伝えた。
 地元保健当局は独DPA通信に6人が入院したと明らかにした。現地紙『フランクフルター・ルントシャウ』によると、このミサが行われる数日前にドイツでは宗教施設が再開されていた。
 ドイツでは新規感染者数が堅調に減少したことから、感染拡大の抑制を図る移動制限が5月初旬から緩和され始めた。アンゲラ・メルケル首相は6日、新型コロナウイルスの感染拡大を鈍化させるという同国の目標が達成されたとして、ロックダウン(都市封鎖)を段階的に緩和していくと発表している。
 サッカーのブンデスリーガにも再開許可が下り、学校は夏季に徐々に再開する。
 また他人との接触に関するルールは今後1カ月間継続されるが、2世帯間の面会や食事が認められるほか、介護施設や障害者施設にいる高齢者は特定の1人との面会が可能になる。
 経済活動はすでに限定的に再開されてはいるが、今回の規制緩和はより広範なものになる。ドイツ国内の感染者数は欧州の近隣諸国の一部と比較して少ないものの、感染拡大の第2波への警戒は根強い。
 フランクフルト近郊のマイン・キンツィッヒ郡当局は22日、フランクフルトで開かれたイベントに参加した16人が感染したと発表していた。
 北部ニーダーザクセン州当局は23日、同州レーア市内の飲食店で7人が感染し、約50人が隔離されたと発表した。
 フランスでは、福音派教会が今年2月に開き、1週間の期間中に約2000人が出席した催しが原因となって全土に感染が拡大した。
 米国ではドナルド・トランプ大統領が22日にホワイトハウスで行った記者会見で、「必要不可欠」だとして宗教施設の再開を州知事らに求めた。
 独ロベルト・コッホ研究所によると、23日現在、ドイツ国内で公式に確認された感染者は17万7850人、死者8216人となっている。

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映画「羅生門」:遅報(35)

 今、NHK BS 4Kで映画「羅生門」(1950年)をやっていて、見るともなく聞いている。言わずとしれた芥川龍之介作『藪の中』と『羅生門』が原作である。大学での「歴史学研究入門」で教材として使ったこともある。人間とはいつでもどんな場合でも平気で嘘をつける存在なのだ。100人いれば100の事実が存在する。その現実の中で何を基準にして歴史的事実を見定めることができるというのか。それを考えてほしかったからだ。

 映画の最後で、薪売りが捨て子を包んでいた衣服を持ち去ろうとする下人から「手前勝手のどこが悪い! そういうお前は何をやった。検非違使は誤魔化せたのだろうが、螺鈿造りの短刀を盗んだのはお前だろう」と、図星を突かれてしまう。そのままでは人間不信のまま話が絶望で終わらざるを得ないが、その薪売りが捨て子を育てる決心をすることで、人間を信じることができるというオチとなる。

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