月: 2020年7月

警察署への出頭:痴呆への一里塚(30)

 さっき、練馬警察署に行ってきた。練馬区に住んで30年、二回目である。一回目は20年も前のことだったか、「盗まれた自転車が出てきた、登録番号でお宅だとわかった」という連絡があった。盗みの手口をみると前輪の鍵を豪腕で横に押し出したもので、合い鍵なしでなるほど簡単に盗めるものだと妙に納得したことを覚えている。別所の保管場所までいって、手数料払って引き取り、帰る途中の自転車屋で直してもらったが、店主は何かもの言いたげであった(たぶん「盗んできたものではないよね」だったのだろう)。

 今回は、二日前の電話で始まった。マンションの宅配ロッカーの管理会社からで、あれ、荷物早くとって下さいという件か、でもそんな宅配ないはずだがと思いきや、「ロッカーのカードを拾ったという連絡が警察からあった、身分証明書を持参し、窓口で拾得物番号○○といって下さい」と。そういえば、数日前から財布のカード入れの一つが空になっていて、そこに何入れていたっけ、とボンヤリ思ってはいたのだが、とんと思い出さなかったのである。宅配ロッカーのカードとは気付かなかった。その場所に定番で入れていたはずなので、これを耄碌という。このカード、以前割れたとき再発行にたしか千円以上かかったので、出てきたのはビンボーな年金生活者にはありがたいことだ。

 というわけで、くだんの耄碌老人はここぞとシルバーパスを使って地下鉄一駅乗って、練馬駅からちょっとだけ歩いて、そこが警察だと思い込んでいたところは消防署で、そこにはとうぜん警察署はなく、ちょっとうろうろしてとなりにみつけ、やっとたどり着いた。こういう思い込み(決め打ち)は耄碌のなせるワザで、最近の(いや、昔から)私にはよくあることだが、いずれ見慣れているはずの街頭に呆然とたたずんでいる我が姿が見えるようだ。

 窓口で拾得物番号を言ったらものの数分で、書類に住所・氏名・電話番号を書き込んで、無事回収。こちらから聞くまでもなく、対応慣れした係員のほうから、スーパーの買い物籠にあったといわれ、たぶんイオンのポイントカードをレジで出したときに、後で待っている人はいるし、お釣りやらレシートもらったりでおたおたしてて落としたのだろう(小型財布のせいか、最近ときどき小銭を床にばらまくようになっているし・・・)、と例によって事後分析は完璧である。問題は落とさないようにすることなのだが・・・(^^ゞ

 帰りに、駅のコージコーナーでご褒美にジャンボシュークリーム二種類を2つづつ買って帰った(¥520也)。なんのご褒美か我ながらわけがわからないが、ま、いいか。家まで歩けばその言い訳となるのだろうが、この暑さでマスクで歩くのもおっくうなので、歩くのは省略してのご褒美。妻はいつも1つしか食べないというのも計算の内で、このあたりの小ずるさだけはいまだ健在なのであ〜る。

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巨大恐竜発見のお話:飛耳長目(50)

 夕食後に眠ってしまい、目が覚めて起き出したのが7/30午前0時前だった。で、NHKBSプレミアムカフェで1998年放映の「巨大恐竜の化石をさがせ:スーの冒険」を偶然見ることになった。

 1990年に化石ハンター(要するに発掘品の売買を商売にしている人)が、サウスダコダ州の荒れ地で地主に金を払って発掘していたのだが、もともとダイバーだったスーザン・ヘンドリクソンが発掘最終日に予定外の場所で偶然見つけたものが(妙な者で最終日とか、こういうジンクスは現場でよくあることらしい)、6700万年前のティラノサウルスの90%以上のほぼ完全骨格だった。これまではせいぜい40%くらいだったから、前例のない大発見だった。この化石は発見者の彼女の綽名から「スー」と名付けられ、地主に5000ドル払って発掘した地元の化石業者が一旦購入したつもりが、その価値を知った地主が欲をこいて、そこに州なんかもしゃしゃり出てきて(地主がネイティブ・アメリカンだったので、土地がネイティブの居留地で不当に奪われないように州の信託物件とされていたという特殊事情)ごちゃごちゃの裁判沙汰になり(みな欲得なんだ)、結局、発掘業者側がボロボロの敗訴。その後、NYのサザビー・オークションに出品され、なんと860万ドルで落札されて(当時の価値で、10億円!)、1997年以来シカゴの博物館に所蔵されることになった。そんなお金出す人がいるんだ、と二度ビックリ。ところでその金は誰の懐に入ったのだろうか。

https://wired.jp/2014/12/23/dinosaur-13-clip/(捻れた頭部だけはレプリカで、本物は別所展示)

 ウェブに載っていた裏話として、折あたかも日本がバブル景気だったので、国外に流出するのではという危機感で、マクドナルドやディズニーなんかが束になって出資者となり、落札に成功したらしい。日本には2005年にレプリカでやって来たとのこと。

 最初の放映から20年、あそこでもっともらしく言われていた解説も、その後の研究でだいぶ修正されているようだが(ここでも、最初想定されたロマンは無残に崩れている)、まあ一発屋の宝探しとはいえ、発掘者が見つけたときの感激「6700万年もの間、私がみつけるのを待っていてくれていた」は、私にも十分分かるような気がする。

http://www.dino-pantheon.com/shoppingbasket/shoppingbasket_10.html

 その顛末は、以下に書かれている由。ピーター・ラーソン、クリスティン・ドナン著(冨田幸光監修・池田比佐子訳)『スー:史上最大のティラノサウルス発掘』朝日新聞社、2005年。わが図書館にはない・・・ので、さて・・・。

【追記】蛍光ペンでの書き込みがあるので格安だった古本を入手した。「その6年前、私が二一歳の時に始めたビジネスをもとに、・・・会社を組織したばかりの時期だった。ぎりぎりの経営状態で、なんとか収支を合わせるために、私は化学分析の仕事を続け、YMCAでプール掃除をし、チーズ工場でチュダーチーズをプレスにかけ、墓地で草掘りをした」(p.71)。好きな道を歩むということは、決して楽なことではない。換言すると、好きだからこそ耐えることができるわけ、ね。

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日本マスコミ論:飛耳長目(49)

 黒木亮「BBCの英首相会見で痛感、日本メディアの情けなさ:欧米の健全なジャーナリズムが羨ましい、それに引き換え日本は」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61461)

 日本では安倍も小池も大手マスコミ対策に余念なく、権力と癒着してメディアが生き延びてきた現実は、戦前の「大本営発表」と構造的にまったくかわっていないわけである。

 もちろん例外的に反骨精神旺盛な記者もいることは確かだし、記者クラブのぼんくらたちとて、真実を知らないわけでもない。国民に知らせていないだけだ。国民の求めている情報源は、今や文春砲なのである。それにしてもこのコラムの最後あたりで、こう書かれていたのは印象的だ。

 「1974年に「文藝春秋」誌に『田中角栄研究―その金脈と人脈』を発表し、田中首相を退陣に追い込んだジャーナリストの立花隆氏は近著『知の旅は終わらない』の中で、記事を発表したとき、真っ先に駆け付けたのは「ワシントン・ポスト」や「ニューズウィーク」など外国メディアで、日本の新聞記者の多くは「あんなことはオレたちは前からみんな知っていたんだ」とうそぶくだけだったと書いている。」

 気配り、空気を読む、穏便に、は日本人の美徳とされる。これはプラス的表現で、その裏側には当然マイナスの落とし穴がある。我々は隣国の中国や韓国や北朝鮮のあれこれをあげつらって、負の優越感に浸っている自称知識人たちの言説を受け入れやすい素地を持っている。私は、マッカーサーの1951年の発言(我が国では「失言」とされ、一挙に彼への好意が醒めてしまった、らしい)を思い起こさざるを得ない。「アングロサクソン民族が45歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人はそれとほぼ同年齢である。しかし、日本人はまだ児童の時代で、12歳の少年である。ドイツは・・・意識してやったのであり、無知のためではない。ドイツが犯した失敗は、日本人の失敗とは趣を異にするのである。ドイツ人は、今後も自分がこれと信じることに向かっていけるであろう。日本人はドイツ人とは違う。」

 彼のアングロサクソンやドイツへの見解が正しいかどうかは別にして、あれからすでに70年。どうやら、日本人は永遠の12歳に甘んじているらしい。

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世界キリスト教情報第1540信:2020/7/27

= 目 次 =
▼アヤソフィアでイスラム教礼拝=85年ぶりに「モスク」本格運用
▼スウェーデン教会で女性聖職者数が初めて男性上回る
▼新型コロナで命落としたカトリック大司教・司教は世界で9人
▼高齢の修道女13人が新型コロナで死亡=米ミシガン州の修道院
▼聖パトリック大聖堂が財政難に=コロナで訪問者激減
▼チリで公共の場に「コロナ探知犬」配備へ
▼北朝鮮の新浦で、聖書を持っていただけの女性を処刑
▼仏ナント大聖堂火災で教会奉仕の男、放火認め勾留
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コロナ・トイレ関連三題:イギリスの今、スリッパ効用論

【閲覧注意!】「英国でトイレ危機 草むらで続出、女王の居城までも被害」(https://digital.asahi.com/articles/ASN7S3DVKN7RUHBI01V.html?iref=com_rnavi_arank_nr02)。2020年7月24日 但し有料。

 内容をまとめると、コロナで休業しているパブや公共施設が多いせいで、公園内での処理が続出している、とおもいきや、それ以前から予算削減で公衆トイレ全体の二割が閉鎖されていて・・・、というお話。それはたくさんの「拭いた紙」(但し、ティッシュなので雨でもすぐには分解しないわけで)が捨てられてのことで、だから小ではなく大なのだろう。

ロンドン東部の公園、ロンドン・フィールズ内に設置された「ここは公園で、トイレではありません。それは家に帰っておやりください」と書かれた掲示

 ポンペイやオスティアなど広大な遺跡でも、物陰にその痕跡があったりするが、元ワンゲルの私には「野ぐそ」は爽快で、普通にやっていたので違和感はない(但し、スコップで掘ってやっていた。いわゆる「キジ打ち」)。ただ、素人さんへ緊急時におけるご注意をひとつ。蛇やサソリなんかに咬まれないため事前に草むらをふみつけるのを必ずやること。また、これは実体験したことだが、朝夕の一定時間帯にはブトの活動が活発化する、それを知らなかった入部直後に露出したお尻を集中攻撃され(金玉もやられた)、テントに帰ってかゆくてしかたなくシュラフの中でボリボリかいて指の爪が血だらけになったことがある。皮膚の直下に血だまりがデキているからだ。呉々もお気をつけください。

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https://digital.asahi.com/articles/ASN572V8GN57UHBI00M.html?iref=pc_extlink 2020/5/7

いかにも英国:「ロックダウン」教授から「パンツダウン」教授に:外出制限中に自宅で密会  

 英国で、新型コロナウイルスの感染抑止策として厳しい外出制限の導入を政府に進言した著名な大学教授が5日、外出制限のさなかに女性を自宅に招いたと報じられた。教授は「判断を誤った。後悔している」として、政府の専門家会議の委員を辞任した。

 英紙テレグラフによると、感染症数理モデルの専門家、インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授は、政府が同世帯の人以外とは会わないことなどを国民に要請する外出制限に踏み切った3月下旬以降、少なくとも2回、交際している既婚女性(!)を自宅に招いていたことがわかり、大衆紙から「パンツダウン教授」とやゆされるはめに。

 ファーガソン教授は3月半ば、感染が疑われる症状が出た人だけに自宅待機を求めるなどの緩い措置のままでは25万人以上が死亡し、医療態勢もパンクするという試算を発表。これがきっかけとなり、英政府は全ての人を対象にした外出制限や商店の閉鎖などを含む厳しい措置に踏み切った。政府の施策に強い影響力を持つことなどから、同紙は教授を「ロックダウン都市封鎖)教授」と名付けている。

 ファーガソン教授は報道後の声明で、新型コロナに感染して回復し、自分には免疫があると信じていたと弁明した上で「ウイルスの流行を抑えるためには社会的距離をとることが必要であり続けるという明確な(政府の)メッセージを揺るがしたことを深く後悔している」としている。(ロンドン=下司佳代子)

 記者は別所のインタビューで以下のように述べている(但し、有料):

Q なんか、めちゃくちゃですね。……。

A もっとも、不倫が問題になったというよりは、ロックダウンを言い出した専門家が自ら外出制限を破っていたことが批判されました。 たとえばジョンソン首相にしても、過去に2人の妻がいて、子どもは「少なくとも6人」と言われるなど、・・・(イギリス人に)あまり気にされている様子もありません。退院後に出産した婚約者ともまだ正式な結婚はしていませんし、日本とはとらえ方が違うのかもしれませんね。(聞き手・神田大介

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 コロナがらみでトイレ話をもうひとつ。「トイレスリッパは必要?実験でわかった意外な効果」(https://lidea.today/articles/46?utm_source=outbrain&utm_medium=display&utm_content=lifehack2&dicbo=v1-6676fddf5cf95f190087fecd57c801cd-00db9f691cb51569c0c01ab018dcadb8bc-geydayjugq3dcljtgi4tcljumm4tsllbg43ggllbmfswmztcmnrgeyrvgm)。アップは2014/10/23。

 欧米でのコロナ感染拡大に、屋内での土足そのままでの生活が一役かっているのかも。

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これこそプロだ! が、それにしても:痴呆への一里塚(29)

 今、4月初めに他大学の図書館に依頼してようやく届いた英文文献を読んでいる。これは論文集の一部なのだが、私が調べたときには、論文本体の頁数(pp.319-353)しか掲載されていなかった。普通ならそれで問題ないのだが、その論文集の方針だろう、巻末に註記(とおそらく参考文献も)がまとめて掲載されていたようで、と言うことは、普通だったら註記抜きでコピーが届けられても仕方ないはずのところ、ちゃんとそれもついていることに気付いた(ちなみに、p.398-9)。さて私がそれを指定していたわけはなく、さてはと思い、依頼先の元の職場の大学図書館リファレンスの担当者に事情を尋ねてみると、「該当文献の書誌事項を、確認のため検索している段階で、p.319-353, 398-399という記述もありました。また、図書の形態の著作集の場合、noteが別記になっているものがありますので、念のため、補記させていただきました」とお返事があった。コピー依頼する前に念のため(実際には私を筆頭に教員の杜撰なデーター表記とかも多いはず)ヒト手間をかけておられたわけである。深く感謝するしかない。

 以前にも、コピーを依頼した京都大学図書館から当方のコピー指定箇所の「註記に「参照、図版○○」とあるが、そちらのコピーはどうしましょうか」と、細やかな配慮で問い聞きあって心底感心したものであるが、来たものを見てみると私としてはそちらのほうが本命の原画像(しかもカラー)であった(それが、本ブログの2020/2/27掲載のもの)。研究者にとって二度手間なしで実にありがたい目配りであった。これはイタリア語の本だったので、係員がそれをフォローできたということを意味する。表彰状を送りたい気分だ。

 これまでも私の学外コピー申請で「それだったら本学のelectronic resourceでコピーできます」とご指摘いただいたりして、恐縮したことも数知れず。自宅からOPAC検索しているのだが、検索の仕方が悪いのか(ロートルなので昔覚えたレベルでしか調査しないし)、本学に所蔵なしとリアクションされ、それで反射的に他大学にコピー依頼するクセがついていて・・・。その心中はいざ知らず、嫌な顔一つしないで淡々と処理していただいて、もう感謝感激するしかありません・・・といってばかりでなく、この耄碌じじい、そろそろ退け時ではと自問せざるをえない、昨今の私なのである。

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バイデン氏はカトリック:遅報(46)

 だからといって、どういうこともないのだが、私は迂闊にも今日までそれを知らなかった。周知のようにアメリカ合衆国はこれまでワスプWASP(白人・アングロ・サクソン・プロテスタント)の国である。よって歴代大統領は当然のことながら彼らが占めてきた。唯一の例外はJ・F・ケネディだった。私の出身中学・高校はカトリック校で、したがってその時の大統領選挙でもしケネディが勝ったらイングリッシュの中間試験だっけをなしにすると、米人イエズス会神父が約束して、まあありえない話が本当になり、約束は律儀に実行されたという逸話すらある。

 以下のブログで、大統領候補として、1928年のアル・スミス、1960年のケネディ、2004年のJ・ケリーに次いで、J・バイデンが4番目の、いずれもアイルランド系で民主党からの大統領候補だということを知った。https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_66.html;https://www.spf.org/jpus-j/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_29.html

 宗教を政治家に結びつけることが、いつも正しいとは限らない。それでなくとも、カトリック教徒はカトリックの候補者への採点が厳しくなりがちである。政策やスローガンよりも人物を見てしまうからで、その点でバイデンは認知症疑惑に、セクハラとか息子の件で問題ありの人物なのだから(この点でトランプは全然負けてはいないが)。人間だれしもそういう弱点は持っていて(叩けばほこりは出るものである:私も例外ではない)、それを赦すのがカトリックの教えであっても、なかなかそうはならないのが人間感情なのだ。アメリカの歴史の中で現在は、有権者の中でのヒスパニック系(=もはや単純にカトリックとはいえないが)の漸増や、人工妊娠中絶問題の転換期にあたる。このように、従来の宗教分布で単純に割りきれなくなっている現状の中で、票のゆくえがどうなるのか、野次馬的に注目したい。

 思い出したので書いておく。日本で歴代宰相の中で、原敬(1856-1921年:65歳)は、20歳前の不遇な苦学生の時、カトリックの洗礼を受けている。その意味で我が日本最初のカトリック信者宰相でもある(1918-1921年:第19代総理大臣)。だからといって彼が政治家としてカトリック精神を発揮したとは全然思わないが。

 吉田茂(1878-1967年:89歳:第45、48-51代)も、最初の妻雪子がカトリックで、一家は長男健一以外みな受洗していたが(基本その時代、カトリック信徒が異教徒と結婚する場合、子供の受洗が条件となっていた)、茂は生前から「天国泥棒やってやろう」と話していて、それを聞いていた当時の東京大司教区司祭・濱尾文雄(のち、枢機卿)から臨終の洗礼を受けている。息子健一もそうで、こうして彼らを称して「天国泥棒」と呼ばれることになる。健一の妹は麻生家に嫁いだので、息子太郎(第92代)も幼児洗礼である。そして、山田風太郎氏は、原敬はいうまでもなく、吉田父子について、この件は記載していない。ところがウィキペディアにはちゃんと記載されていて、油断ならない。

 細川護熙(第79代)も栄光学園中学在学中に受洗しているが、日経の「私の履歴書」でそれに一言も触れず、むしろ名物校長G.フォス師の教育方針を批判しているが、私には納得できない。いずれにせよ学業成績不振で高校は学習院に進学した。そのくせ・・・、と続けたくなるがやめておく。

 プロテスタント信者には、片山哲(第46代)、鳩山一郎(第52-54代)、その孫・由起夫(第93代)、大平正芳(第68、69代)がいるのは周知の事か。

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続・死の訪れかた:痴呆への一里塚(28)

風太郎氏の本の続きである。

 64歳:伊藤整は日記に死までにまとめたいテーマを書いていた。それを風太郎氏は「妄執」と言い切る。

 「人は死に臨んで、多くはおのれの「事業」を一片でも後に残そうとあがく。それがあとに残る保証はまったくないのに。ーーーこれを業という」(第二巻、p.432)。私にとっても辛辣な言葉だ。だが、と思う。これはそのまま自分にブーメランとして帰ってくる刃ではなかったか、と。物書きの「業」を人並み以上に彼は感じていたはずではないか。

 ひるがえって、凡百の庶民は最期を意識したとき、どうあがくのだろうか。風太郎氏のこの本にはそんな平凡な人たちのあがきはでてこない。いや、我々はえてしてスポットライトを浴びたその瞬間で、華々しく語られることが多い著名人をイメージするが、一皮むけばオレたちと同じなんだ、と読者に安心感を与えているのが、この本の持ち味なのかも知れない。

 我が国の西洋史家で挙げられているのは、今のところ、上原専禄のみを見つけえている。彼は、消息を絶って四年後の1975年10月に76歳にして京都で隠棲死していて、死後三年八か月後に朝日新聞が発見して記事にした。60年安保闘争で友人に裏切られての大学等公職を辞職、妻の死による遁世だったとはこの書で初めて知った。

 彼の著作集は、娘弘江と評論社・編集者・竹下春信の手で1987年から2002年までに全28巻中20巻が出たが、そこで途絶えた。

 ともかく、かっぱえびせんと同様クセになってつい読んでしまう。

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世界キリスト教情報第1539信:2020/7/20

= 目 次 =
▼バチカン、性的虐待対処の手引き発表=教皇が作成要請
▼中国地下教会の司教が死亡か=公認教会加入拒み20年以上消息不明
▼NY大司教区のカトリック系20学校閉鎖、学生数減にコロナ禍で
▼仏ナントの大聖堂で火災、放火の疑いで捜査開始
▼EUのアヤソフィアに関する声明をトルコ外相「拒否」
▼トルコ大統領がアヤソフィアを突然訪問、礼拝控え視察
▼米公民権運動の指導者ジョン・ルイス下院議員死去
▼≪メディア展望≫

今回は上から2番目と3番目。

◎中国地下教会の司教が死亡か=公認教会加入拒み20年以上消息不明  
【CJC】中国政府公認のカトリック(天主教)教会への加入を拒否したことで逮捕され、その後20年以上消息が分かっていない地下教会の司教が、死亡した可能性がある。中国当局が最近、後任司教の任命についてバチカンに承認を求めているという。カトリック系UCAN通信が報じた。  
 死亡が推定されているのは、保定教区(河北省)のジェームス蘇志民(ス・ジミン、蘇哲民とも)司教(88)。蘇司教は1996年、政府公認の「中国天主教愛国会」への加入を拒んだことから、「反革命分子」として逮捕され、収監された。司教の家族が2003年に保定市内の病院に司教が入院しているのを偶然、目撃したが、その後17年間、司教の安否は確認されていない。  
 司教のおいとされる、蘇天祐(ス・ティヤンヨ)氏が、UCAN通信に語ったところによると、中国共産党は、保定教区のフランシスコ安樹新(アン・シュシン)補佐司教を司教に任命するようバチカンに要請したという。そこで、蘇司教はすでに死亡している、との観測が出てきた。  
 安司教はかつて、教皇のみに忠誠を誓う地下教会に所属していたが、1996年に逮捕され、10年間にわたる自宅軟禁の後、公認教会で奉仕することに同意し、自宅軟禁を解かれた。  
 一方、蘇司教は1981年に司祭に叙階され、93年に当時の教皇ヨハネ・パウロ2世から保定教区司教に任命されたが、中国政府は認めてこなかった。  
 安司教の教区司教任命を求めた中国共産党による最近の要求をめぐり、天祐氏は、蘇司教の安否確認と釈放を中国側に要求することを、バチカンに求めているという。

◎NY大司教区のカトリック系20学校閉鎖、学生数減にコロナ禍で
【CJC】米カトリック教会ニューヨーク大司教区は7月9日、教区内のカトリック系20学校を閉鎖すると発表した。この中にはマンハッタンのコーパスクリスティー校などが含まれる。ニューヨークのメディア『WABC』などが報じた。
 学生数が年々減少していたところに新型コロナウイルスの蔓延が追い打ちをかけた。失業などで授業料が払えなくなった家庭が多く、学生数はさらに減少、ミサや募金活動を中止したこともあり、教会自体が財政的に成り立たなくなった。
 閉校で生徒2500人と教職員350人が影響を受ける。ティモシー・ドーラン大司教(枢機卿)は「生徒は別のカトリック系学校で受け入れるようにする」と説明している。同教区のマイケル・ディーガン教育長は「連邦議会が審議中の支援策が成立しなければ、追加の閉鎖もありうる」と警告している。
 ブルックリン教区、クイーンズ教区も6校を閉鎖する、と9日発表した。
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死の訪れかた:痴呆への一里塚(27)

 最近、薬を飲んだかどうかでしばし記憶をたどることが多くなっている。考えても思い出さない場合は、服用したことにしている。そんなおり、偶然読んだブログで以下を知って、古書で早速注文した。山田風太郎『人間臨終図鑑』徳間文庫、全4巻、2011年(初版、徳間書店、1986-7年)。

山田風太郎(1922–2001年)

 これは行年別に古今東西900人(といっても、ほとんどが日本人だが)の死に様を簡明に綴ったものである。もうすぐ73歳になる私は、72歳で死亡した人たちから読み出した。孔子から始まっており、後藤新平、徳川夢声、柳宗悦、佐藤春夫など、名のある人たちも含まれてもいる(そもそも著名人ばかり採りあげられているのではあるが)。それにしても物書きの人たちの多作・秀作と比べて、自らの精進のほどが恥ずかしい。柄にもなくまだまだ死ねないなと思うが、見果てぬ夢だ。ちなみに作者の風太郎氏は79歳で死亡。彼は手塚治虫並に早熟で多才なうえに大変な多作家だった。彼の死から20年(初版から35年)、そろそろ続編を書く人がでてきていいはずなのだが。

 私が72歳の中でも気に入ったのは、映画監督・内田吐夢だ。波瀾万丈、高等小学校中退という経歴の持ち主、家庭崩壊者で、時流に乗ろうとして裏目ばかりで、偏屈きわまりない人生を歩んだところがいかにも岡山県人にありがちで(代表作のひとつが「宮本武蔵・五部作」)、1970年の死の直前に「あと十年は生きたい。こんなに頭の中に作りたいものがたくさんあるのに」と嘆きつつ死んだことや、「小田原の部屋に残されていた貯金通帳の残高は、三万円であった」という件にも親近感を覚えたからである。これで気になってパラパラ読んでいて目に付いた中に、1953年に66歳で死亡の折口信夫の財産は山荘と書籍以外は30万円で、風太郎氏は「清貧というべきであろう」としていて気に入った(私はもっと清貧だ、あ、男色の趣味はない)。逆に、1959年に80歳死亡の永井荷風の遺産は2300万円超もあり、この年の大卒・公務員初任給は約一万円の時代だった。カツ丼だったらあとどのくらい食べれたのやら。このように遺産に注目して数字を記載してくれると面白いのだが、公開される方が稀なのでむつかしいのだろう。

内田吐夢(1898-1970年)

 新装版の第三巻の解説を書いている三浦しおんの言葉が身に浸みる:眠るように老衰死しても、生と死は等しく苦しみと滑稽さに満ちており、しかし、悪人だから苦しんで死ぬわけでも、善人だからぽっくり死ねるわけでもないという理不尽も厳然とある。三つめにして最大の「傾向」は、これだろう。「死はだれのもとにも平等に訪れるが、訪れ方はときとして激しく理不尽である」(p.441)。

 「うらを見せ、おもてを見せて、散るもみぢ」(良寛、73歳)。私も大小便垂れ流しで死んでゆくのだろう。やだなあ。でも私には私を慕う40歳も若い美貌の貞心尼は現れていない。良寛の事績は彼女のお陰で後世に残ることができた、のだそうだ。

 残余寿命あと2576日(2027年8月9日死亡想定)

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