月別: 2019年1月

新年を迎えての読書会予定告知

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

一部の方たちへ送った賀状返礼で(リタイア後から基本的に、こちらから紙メールでの賀状は出さないと決意しまして)、年号を「平成30年」としていたようで、失礼しましたm(__)m  ま、耄碌爺のやることなので、お許しください。

 さて、新年初頭での四ッ谷での読書会ですが、アウグスティヌス『神の国』を第13巻まで読んだところで、みなさんくたびれ果て(彼のぐだぐだ話に付き合うのは、本当に忍耐がいります)、またまた休憩します。実は、 第14巻おもしろそうだったのですが(^^ゞ。

 代わりに、ケルト関係で以下をやることになりました。 アマゾンの古書で出物あります。
 ヤン・ブレキリアン(田中仁彦・山邑久仁子訳)『ケルト神話の世界』上下 、中公文庫

とりあえず次のような予定です。

 1/24 序章・第2章

 2/ 7 第3章  

 2/21 第4・5章  

 3/ 7 第6・7章  

 3/21 第8・9章  

 3/27 第10・終章   

場所は、四ッ谷駅下車、麹町教会南の真田堀通りをちっと下ったところにあるイエズス会日本管区で、その門を入り右の建物でエレベータで三階の304号室です。18時から90分程度です。場所代その他で、一回2000円が参加費です。

 奮ってのご参加を大歓迎します。

【補遺】現在、講師都合により0.5回遅れで進んでいます。ちなみに、3/14が第6・7章;3/28 第8・9章;4/11 第10・終章

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身体能力低下:痴呆への一里塚(3)

  今朝、NHKの「朝イチ」で緊急事の対応をやっていて、やってみないと分からないことばかりで(防火壁の蹴破り方、等々)、勉強になった。たぶん知らなければ、いざというとき、せっかくの救命設備が全然役立たないことだらけだった。

 さて、いつごろからだったろうか、一,二年まえくらいか。これまでなんなくできていたことが、できなくなった。たとえば、実に日常的なささいなことなのだが、包装紙にちゃんと切れ目が入っていても、両手の指の力では破れなくなった(素人診断だが、原因はわかっている:長年の痛風投薬の後遺症かと)。

 実は、80台後半あたりの母が、そうだった。「こんなこと、なぜできないの」と不思議に思ってやってあげていたのだが、自分がそうなってみると(しかも、母よりえらく早い年齢だ)、指に全然力が入らないのである。しょうがないから、はさみで切れ目を入れてから破っている。

 で、今日の「朝イチ」だが、航空機が着水して救命胴衣を座席下からとりだして、ビニール・カバーを破らないといけないのだが、たぶん私にはそれすらできなくなっている、という現実である。

 これを見ていた妻が、「だから私は小さなはさみをいつも持っている」と。機内にナイフは持ち込めないから、化粧・裁縫道具として持ち込めばいいか。セラミック製だと完璧か。

 でも、もういいや、と思わないでもない。今さらじたばたしたところでなにほどのことあらんや、だ。正月の初仕事として、3日夜に妻のエレクトーンを大型ゴミで出したが、気をつけたつもりでそう無理な体勢とったとは思わなかったのだが、3階から地下1階まで妻と2人で、片方の端を台車に載っけて(工夫したつもり)、そっちを私が後ろ向きになって引っ張って、廊下とエレベーターで移動させたら、私だけ二日後くらいから一種のぎっくり腰状態が出てこのところ続いている(まだ直りそうもない)。そのうえ昨日など、地下鉄で優先席が空いたので座ったのはいいのだが、下車しようとして、座席から立ち上がれないのには畏れ入った。どういう具合か分からないが、身体全体のシステムが連動して機能不全という感じで、足が悪いわけではないのに、足に力が入らないのである。幸い端に座っていたので腕を回して横棒をてこにしてなんとか立ち上がったが、よそ目には老人が棒立ちで立とうとしている、と見えたに違いない(実際、見た目通りそうなのだが)。そのうえおまけに、そのとき読書会のため若干重た目の書籍や辞書を入れたリュックを担いでたせいだろう、今朝は体の節々が強ばった感じで前かがみでとぼとぼ、よろよろと歩いているざまで、これではまるで老いぼれのご老体である。あ、もう老いぼれだった。

【後日談】上記二日後には、立てない症状はほぼ元に戻りました。おかしなものです。なにげに立てるというのは精妙なシステムなのだと実感。ただし、朝起きて「いたた」と言いながらベッドから転げ落ちながら起きるのは従前通りですが。慢性筋肉痛。

 

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学会発表レジメ再録:ペルペトゥアとフェリキタスの殉教者行伝:2001/5/16、及び追記

【追記】 この発表内容、まだきちんと論文にしていないなあ。史料的には絶対にそれ以外読めないのでそうなるのだが、その事実があまりに刺激が強すぎて、時期尚早という自制心が働いていたのかもしれない(そんな配慮なんか全然しないくせに、とは陰の声(^^))。

 で、この発表での自分的に一番の目玉は、ペルペトゥアの夫(というか、今風に表現するとパートナー)は、サティルスであると断定した点にあるのだけれど、発表時においても今に至っても、それに注目する研究者は例の如く反応は皆無であった。これが、そもそも研究者層の薄い我が国の学界の常態なので、別に驚きもしないが、もう先のない身であるので、ここに事後談を含めて書き残しておこう。

 実は、この発表の1年以上後になって文献検索をしていて以下を見つけた。 Carolyn Osiek, Perpetua’s Husband, in:Journal of Early Christian Studies, 10-2, 2002, pp.287-290.

 そこにはなんとなんと、私と同じ結論が書かれていたのであ〜る。ただこの件については理系論文よろしくどっちが早いとかの先陣争いということよりも、私見が妥当だったという安堵感のほうがむしろ強かった(実際,口頭とはいえ当方の発表の方が先だったという満足感はある。私の研究史上、全世界レベルでの新説発見はこれが初めてかと:もちろん極東の無名の私は、インターナショナルな知名度でOsiek女史に負けているが)。私が何をいってもそれは我が国では「珍説」にすぎないのだが、欧米研究者によってそれの「新説」の可能性が生まれたのだから、これを慶賀しないでどうする。

 その後今にいたるまで、この件に関して私の確信はいささかも揺らいでいない。

 今回その後の様子をググっタリ、手元文獻でちょっと調べてみた。まず、Osiek女史がカトリックの聖心侍女会(英語表記でRSCJ:我が国では聖心女子大学を経営している女子修道会)の修道女らしいことを知って仰天した(https://rscj.org/carolyn-osiek-rscj-provincial-archivist)。どうやら新約聖書学が本業のようで、すでに10冊以上の単共著を持っているシスターだったのである。

 次いで、ペルペトゥアの夫問題にはシスターの文献がなぜか2012年以降ようやく引用されるようになってはいるが、やはり全幅の賛意からではないように感じるのは、私のひが目であろうか(たとえば、Thomans J.Heffernan, The Passion of Perpetua and Felicity, Oxford UP, 2012, p.273, 328;Ed.by Jan N.Bremmer & Marco Formisano, Perpetua’s Passions :Multidisciplinary Approaches to the Passio Perpetuae et Felicitates, Oxford UP, 2012, p.59, n.12;Rex D.Butler, The New Prophecy, and ‘New Visions’ : Evidence of Montanism in the Passion of Perpetua and Felicitas, BorderStone Press, 2014, p.91, n.18;Petr Kitzler, From Passio Perpetuae to Acta Perpetuae, de Gruyter, in:Arbeiten zur Kirchengeschichte, vol.127, 2015, S.41, Anm.178)。

 このあたり俗世にまみれた一般研究者のほうがより身近なので、体験に基づいて積極的に発言すればいいのにと思うわけだが、そんなこと書くと自らの旧悪を暴露・追求されかねないので避けているとしか思えない立ち振る舞いなのであ〜る(実際、常に珍説を唱えている私など、周囲から「お下劣」「好き者」と誤解されまくっていて、たいへん迷惑している。この機会に声を大にしていっておこう。言われなき冤罪だ!、と。ただひたすら史料の忠実な読み取りをしているだけなのだ。攻撃は史料解釈への批判であってほしい)。研究者など学問的真理追求を気取り清廉潔白づらしていても一皮むけば、史料の身勝手なちょい読みで、手早く業績を稼ごうというそのレヴェル。現実の追究など実は少しもできない、する気もない輩の集団なのである。その証拠に、私はともかく、清浄な生活を送ってこられたシスターの方がむしろ本質に迫ることができている、というこの事実は無視できないはず。これをみてどう判断するのか、よーく考えてみてほしいものだ。

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