世界の常識、日本の非常識:皇室の歴史

 今日も今日とて、2000年前のローマ帝国の素晴らしさをテレビでやっている:2026/9/5 BS朝日「天海祐希と古代ローマの謎を解く」(ただし、昨年の再放送)。水道といい、トイレといい、公衆風呂といい、日本がまだ弥生時代だったとき、古代ローマはすでに社会インフラがそこまで発展していた!

 一方で、「自民党の小林鷹之政調会長が7月、衆院議院運営委員会で述べた。「皇位の男系継承は、2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統です」(毎日新聞 2026/9/5)。これに対し「歴史学者が抗議の声」をあげたそうな。もっともである。彼はどういう歴史教育を受けてきたのか。さすがの山川教科書でもそんなこと書いていないよね。

 他方でアメリカで、なんとかいう大統領の岩盤支持層とされる福音派にとって未だ「聖書における人類創成は6000年前」なのだ。旧約聖書の記述を真実として信奉する彼らにとっては進化論なのありえないわけだ。聖書学者も聖職者もまともな人たちはもはやそんなことを言ってはいない。あれは古代人が編み出した神話なのだから。

 今を去る60年以上も前、私が高校生時代、イエズス会経営の学校法人にはたしか「宗研」と呼ばれた部屋があって、そこの書棚に「進化論は誤りである。神が人類を創成したのは6000年前のことである。精緻な人間の肉体構造ひとつとってもその完璧性からして、一瞬での創造としてしか理解不能である」といった類いの西欧の神学者が書いた本の翻訳があって、私などおいおい何書いているの状態で読んだのを覚えている。カトリック的高校においても進化論は常識だった。これは第二バチカン公会議以前の19世紀的反科学主義見地からの著作だったのだが、さて今その本はどうなっているのだろうか。おそらく廃棄処分になって図書室にも保存されていないだろうな(あったら再読してみたいと本心で思っている)。

 今上天皇が皇太子浩宮だったとき「我が祖先は朝鮮半島からの渡来人だった」と明言された記憶があって、さすが歴史のお勉強した人だ、と私は感心したのだけど、それをググって調べようとしたが、全くの空振りで、ただお父上の現上皇(平成天皇)が2001年12月23日の誕生日会見で「韓国とのゆかりを感じています」と述べたことだけヒットした(https://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu020110.html;詳しくは以下、https://hiyoshidai-yokohama.jimdofree.com/2021/08/16/%E6%97%A5%E5%90%89%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%A9%B1-%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%B6%9A%E3%81%8D-%E7%95%AA%E5%A4%96%E7%B7%A8-%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%AE%B6%E3%81%AE%E5%85%88%E7%A5%96%E3%81%AF%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%8D%8A%E5%B3%B6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%B8%A1%E6%9D%A5%E4%BA%BA%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F/)。重要なのになぜか見ることがそうないので、転載します。

《日本と韓国との人々の間には、古くから深い交流があったことは、日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や招へいされた人々によって、様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には、当時の移住者の子孫で、代々楽師を務め、いまも折々に雅楽を演奏している人があります。
こうした文化や技術が日本の人々の熱意と、韓国の人々の友好的態度によって、日本にもたらされたことは幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に大きく寄与したことと思っています。
 私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王(ぶねいおう)の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、このとき日本に五経博士が代々日本に招へいされるようになりました。また、武寧王の子、聖明王(せいめいおう)は、日本に仏教を伝えたことで知られております。
しかし、残念なことに、韓国との交流は、このような交流ばかりではありませんでした。このことを、私どもは、忘れてはならないと思います。
 ワールドカップを控え、両国民の交流が盛んになってきていますが、それが良い方向に向かうためには、両国の人々がそれぞれの国が歩んできた道を個々の出来事において、正確に知ることに努め、個人個人として互いの立場を理解していくことが大切と考えます。
 ワールドカップが両国民の協力により、滞りなく行われ、このことを通して両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております》

 最後にワールドカップが出てくるのは、この発言が2002年の日韓ワールドカップを前にしていたからである。

 国会議員もキリスト教信者さんもお勉強は必要なくて、信じるというレベルでやっておれるようだけど、それじゃあ困るんですよね。

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