偶然見つけました。是非一度ご覧下さい。
【軌跡特集】日本にキリスト教が普及しなかった理由│ザビエル “論破されて逃げた説” の真相(1549-1551)
https://www.youtube.com/watch?v=vB2VRKVfXMI
紹介した読書会メンバーから以下の反応あり、それに私は以下のように答えました。
>当時の人々にとっては、先祖が救われない、と言う不安や恐怖が強かったと聞いた事があって、作り話だと思っていましたが、本当だったのですね。
このエピソードはザビエルの書簡集で、当時のカトリック神学にしたがって洗礼受けてないと救われないと回答したら、ご先祖様が救われず自分だけが救済されるのは受け入れられない、とキリスト教から離れた人が多くいたと報告されてます。現代ではこの教義は放棄されてます。
>論破されて逃げた、と言うか、出直さなきゃダメになって、そのまま亡くなってしまったと言う事ですかね。
そもそもイエズス会の日本布教の目的は、当時鎖国政策だった巨大人口を有する中国布教を可能にするためという位置づけだったので、一概に失敗というわけではありません。イエズス会日本管区はいまだそのために存在している、と私は考えてます。
>じゃあ、仏教は外来宗教なのに何故定着したのでしょう? 唯一絶対、ではないところが受け入れやすかった?
仏教思想の根幹はどうすれば解脱できるのかという哲学だったので、そもそもインドでも仏教は一般に普及しませんでした(庶民はヒンズー教;ちなみに中国では庶民はもっぱら道教)。日本には最初、鎮護国家思想として入ってきて、鎌倉時代になって日本的風土に組み替えられて初めて庶民層にも受容され出した、といわれているはずです。現世で苦しんでいる庶民にとって、極楽浄土に救済されるという信仰にすがってたわけ。
あの映像でちょっと出てきたのですが、言葉の問題って実は重要です。ま、仏教でもお経は大多数の庶民には不可解ですが、この呪文性が民衆宗教には必要で、だからカトリックでもミサがラテン語から日本語になったら、ありがたみが失われてしまったわけです。宗教には必ずこのダブルスタンダードが存在します。
映像では農民に説く姿がかなり頻繁に出てましたが、上からの改宗を目論んで、支配層(武士階層)への布教を追究していたのがイエズス会の方針だったはずなので、ちょっと違和感が。ま、このあたりが後発のフランシスコ会あたりの布教方針とのごたごたの一原因だったのでは、と私は推察してますが。
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