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最近の「クリスチャン・トゥデイ」

 ◎ ローマ教皇フランシスコ逝去とコンクラーベ開催へ

  一般報道ですでに報告されているが、復活祭の翌日の2025/4/21の朝、死去した。彼は男子修道会のイエズス会出身の最初の教皇で、解放の神学と深い関わりがある初の南米出身でもあった。

 教皇空位の間を教皇代理として取り仕切るのは教皇秘書長のカメルレンゴcamerlengoで、今回は枢機卿がその職にあるが、ダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』でのように、教皇秘書長職にあるのはいつも枢機卿とは限らない。

 次期教皇選挙(コンクラーベconclave)を仕切るのは首席枢機卿で、5/7より開始することが公示された。

 ◎ 京都にある学校法人ノートルダム女学院は2025/4/25に傘下の「京都ノートルダム女子大学」の2026年以降の学生募集停止を発表した。この学校法人は、1833年南ドイツに誕生したノートルダム教育修道女会に淵源し、日本には戦後にシスターが派遣され、中学・高校・小学校を創建し、1961年に女子大を設立。2020年には定員330で429名だったが、翌年から定員割れが続き、24年度の入学者数は186人だった。

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「私は日本のスパイだった」

 2025/4/28のNHKBSで、1982年のNHK特集で放映されたもの。副題は「秘密諜報員ベラスコ」

 ぎりぎり当事者が生き残っていて、肉声を残し得た貴重なドキュメンタリー。

 冒頭で、戦争中の日本側電信文をアメリカはほぼ凡て解読していたと。それが「マジック」と呼ばれる書類で、通信文ともども保存され、その中に、第2次世界大戦前夜から在マドリッド日本公使館(公使須磨彌吉郎、一書記官三浦文夫[通訳])が組織したスパイ組織「東」(とう)の記録もあった。公使の発案で中立国スペインで計画がなされたが、その諜報機関の中心メンバーがアルカサール・デ・ベラスコで、総勢20名ほどの要員がアメリカに貼り付けられた。主力はカリフォルニアの6名。

左:当時の写真       右:インタビュー時の映像

 それによって貴重な情報がもたらされたが、問題は、日本政府や軍部にそれを活用する発想がまったくといっていいほどなかったことだ。それが日本がガダルカナル戦線や原爆製造情報への有効対応をとれなかった結果となった。

 戦線に出る米軍兵士から神父になりすまして情報を得ることもあったようで、これはなかなか面白かった。カトリック教徒の告解での情報である。

 日本側の参謀本部・軍令部関係者の生き残りの言も出てきていて、その情報を把握していなかった現実を明言している。日本に有利な都合のいい情報のみが採用される傾向があったのだ。米軍側では、日本にも情報分析組織があると思っていたが、あとからどうもそれがないと判明したとは、笑い話にしか聞こえない。海軍・陸軍・外務省での情報一元化がなされていないどころではなく、その逆ばかりやっていたのだそうだ。

 情報戦で日本はすでに敗北していた件は、日本人の弱点としてこれまで口が酸っぱくなるほど言われてきたことである。「虫のいい楽観論」。現在においても、その教訓が活かされているといえない現実を我々は日々体感している。

 当時、三浦書記官44歳、ベラスコ33歳、そして40年が経った。「まだ生きているよ。…あれから40年がたった、そう40年だ」。それが放映されてから、もう45年が経とうとしている。何も変わっていないという現実は実に重い。

 もちろんアーカイブまたはオンデマンドで見ることができる。見るべきだろう。

【付録】この件で以下を無料でみることができることを知った。ただし今年7月末まで。

「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第4集」1993年放送

【追記】寺島実郎の以下の講義を偶然見た。彼の警告はよく理解できるが、日本政府や外務省には対米追従外交以外に期待できないのは残念である。https://www.youtube.com/watch?v=rSExUm9_9WE

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最近の古代ローマ関係情報

 講演会の準備で触れてなかったここ1か月の目に付いた情報を転載します。

◎ 2025/3/15 対カエサル戦に備えたケルト貨幣退蔵島の集落調査           https://www.thehistoryblog.com/archives/72677

◎ 2025/4/27 ウィーンのサッカー場建設工事現場から前例のない大量の戦死死体出土https://www.thehistoryblog.com/archives/72825

◎ 2025/4/7 オルレアンでガリア語呪詛板発見 https://www.thehistoryblog.com/archives/72852

仏、オルレアンのガロ・ローマ時代の墓地で、21枚の鉛製の呪いの銘板が発見され、そのうち2世紀後半に遡るF2199号墓からは、ガリア語で書かれた呪詛板がでてきて注目された。

◎ 2025/3/ ポンペイ、Porta Sarno墓地から等身大の夫婦像出土https://www.thehistoryblog.com/archives/72840

 これが一番重要に思う。

もっとも詳しい解説は、E-Journal:Scavi di Pompei, 2025/3/31(Llorenç Alapont et als., A Monumental Tomb with a relief of twospouses in the funerary area of Porta Sarno)にある。

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映画「教皇選挙」

 笑ってしまう。私が調べた3月下旬の時点では、明日で終わりと表示されていたはずだが、なんと教皇フランシスコ逝去の報があってから「まだ見れますよ」という情報があったので調べてみたら、ななんと、最終上演日未定でばく進中のようである。

 それが欧米のことでなら想定内である。https://news.yahoo.co.jp/articles/7dbf26c734a1632713f90ed0f9cb49cecb78f8cd

 これまでローマ・カトリック教会に関心もない我が国でもそうなのはちょっと意外な感じ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/50ea6fb973e9191cd879057684c4155b4f97c5b2

 それにしても、教皇の葬儀に、日本では相変わらず外相レベルの参列でお茶を濁しているのは、どうも感心しない。

 かつて以下を見てその斬新さに驚嘆したのであるが、今回のも期待できそうな内容のようだ。

ヤング・ポープ 美しき異端児
ニュー・ポープ 悩める新教皇

 仕事が一段落したので、妻と一緒に見に行こうと思っている。

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テレビドラマ「激情のコロッセオ:死にゆく者たち」

 スターチャンネルでシリーズ1(5話)放映が再放送されているようで、私は最近第2回を偶然テレビで見た。たぶんBS10スターチャンネルだった。https://www.bs10.jp/star/drama/thoseabouttodie/1/

 そこに放送スケジュールも掲載されている。

 皇帝ウェスパシアヌスにアンソニー・ホプキンスを当てているので、適当な作品ではない。

 再放送ではかったるいと待てない人用に、配信もあって、以下にアクセスすると、第一回は無条件で無料で鑑賞できる。以降は登録しての7日間無料視聴となる。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0DXPTG35D?&linkCode=ll2&tag=exstar2022-22&linkId=ce2075a6da95e184fb5dfc0e6a57006c&language=ja_JP&ref_=as_li_ss_tl&_ebx=u1ba8evpos.1706844802.80npw7h

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「買うには絶好のタイミング」

 今般の騒動は、一貫してディールという単語が使われているが、まさしく商人が商機を自作自演して儲けようという茶番にすぎないように、私には思える。

 一流の経済人たちが右往左往しているのが私には不思議なのだ。否、その振りしてちゃっかり投機に参加しているのではないかと悪推したくなる私がおかしいのであろうか。

「この日午後、ホワイトハウスの外で記者団に対応したベッセント氏は、「トランプ大統領が1週間前に始めた交渉作戦の成功が今日、明らかになった」と強調。今回の方針転換が、あたかも当初からの戦略であったかのような発言をして、忠臣ぶりをさりげなくアピールした。(ワシントン=榊原謙)」

 そうなのだ、トランプとその取り巻きが甘い汁を吸うための、当初からの戦略だったのである、となぜご高名な評論家たちは喝破しないのだろうか。商いとはそんなものではないのか。

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ヒトラーも薬物依存症だった

 2025/3/24のNHK総合「映像の世紀バタフライエフェクト」は「AI ヒトラーの隠された素顔に迫る」の初回放映だった。NHK+では一週間無料でみることできる。

 内容は、愛人エヴァ・ブラウンが16ミリフィルムに4時間残したヒトラーたちの映像に登場する人物をAIに他の映像を読み込ませて特定し、同時に読唇術で彼らの会話を復元しようとしたもので、なるほどこういう活用方法があるのかと感心しながらみた。

 それによって、総統に常に影のごとく寄り添っていた側近たちが解明され、その中に医者が2名含まれていたが、そのうち一名は、裸になるのを嫌った総統に対して、注射器で栄養剤などの投与で対応していた医師テオドール・モレルで、彼の診察記録から、ブドウ糖、ムタクロールなど80種類、その中にはアヘン系の依存性の強いオイコダールもあった。彼の診察記録から1944/7/20の暗殺未遂事件後にはヒトラーはより強力な薬物を頻繁に求めるようになったことも確認され、それが晩年の作戦に影響を与えないはずはなかった、と。

モレルのヒトラーへの投与記録

 後から調べたら、ウィキペディアではすでにこういったモレルの行きすぎた治療に関して報告がなされていて(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AC%E3%83%AB)、知らないのは私だけだったようだ。

 私は以前このブログで、マルクス・アウレリウス・アントニヌスに同様な薬物が処方されていたことに触れたことがあったが(2020/3/25)、権力者には高揚感を得るためにも特権的にアヘンといった依存性の強い劇薬が使用されることも可能だったことを知ることとなった。

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なんと、オスティア遺跡中心部でミクヴァ発見?

2025/3/14:私にとって驚くべき報告がなされた。オスティア・アンティカ遺跡のど真ん中からユダヤ教の沐浴場が発見されたというのである。 イタリアのオスティア・アンティカ考古学公園は、2025年3月にイスラエル国外で発見された最古のミクヴェと思われるものを公表した(一般公開はまだのようだ)。この建造物が実際にミクヴェであり、推定年代が西暦3世紀から5世紀の間に遡ると確認されれば、ディアスポラで発見された最古のユダヤ人の儀式用浴場となる。

 https://www.timesofisrael.com/roman-era-jewish-bath-in-italy-may-be-oldest-outside-of-israel-points-to-vibrant-diaspora/の掲載写真によると、今回の発掘場所は劇場の左隣りの空き地のようだ。そういえばこの区画、最近訪問したとき発掘していたし、その一部の成果も公表されていた記憶ある。

写真の上部中央に劇場がみえている

 それにしても遺跡周囲を走る自動車道建設時に発見されたユダヤ教シナゴーグ遺跡(後1世紀創設)とはえらく離れていて、今回の発見は遺跡の中央部分で、そんなところにミクヴァが見つかるとはどうしても納得できないのであるが。換言するなら、シナゴーグ遺跡の方にその痕跡が見当たらないのが不自然ですらある。

ティベレ川湾曲の東のちょっと離れた遺跡印が劇場で、今回の発掘場所はその左側空き地か;
ユダヤ教のシナゴーグ遺跡は写真下部中央の遺跡印

 この沐浴場がミクヴァと断定されたのは、沐浴場に至る階段があり、その底からユダヤ教のシンボル、メノーラー(儀式用の燭台)とルラヴ(ヤシの枝)が刻印された無傷のオイルランプが発見されたからなのであるが、さて真相はいかに。

写真左の右下隅が沐浴場  写真右はその部分を拡大したもの

 沐浴場とユダヤ教的デザインのランプを結びつけての合わせ技一本、というわけでの結論だが、この場所の推定年代と関連付けて、さて…どんなものだろうか。

 ところで、ちょっと前の2022年の小論で書いたことだが、オスティア遺跡にあるのは現在のところ一見奇妙なことに、帝国東部発祥関係の宗教聖域ばかりで、帝国西部の宗教祭儀の現場は見つかっていない。これはある意味、宗教的に東部重視だった地中海世界の交易・流通網に即応していたとも捉えられる。その場合、西部は未だ植民地的な資源提供地レベルの、経済的・文化的・宗教的に無視していい劣位の位置づけに過ぎなかったというわけだろう。それなりの聖域を確保して専用構造物をなすことと、個人的にちんまり祀るのとでは遺構としての残存に雲泥の差が生ずる。それに、河川による土砂堆積とマラリア蔓延で放棄されたこの遺跡は都市として最終段階を示していることを、併せて考慮すべきだろう。

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も一つ驚いた:パリミッションの重たい調査報告

 今日クリスチャン・トゥデイから送られて来た情報が「パリ外国宣教会、所属司祭らによる性暴力の報告書を公表 日本でも被害訴える声」(https://www.christiantoday.co.jp/articles/34566/20250314/paris-foreign-missions-society-gcps-audit-report.htm)。

 どちらかといえばプロテスタント系のクリスチャン・トゥデイにしては例外的なカトリック関係の詳報と思えるが、明治以降、カトリック教会の日本宣教の主軸だった修道会でも例外ではなかったという現実は重たい内容で、しかもこの記事の最後に「関連記事」として以下が列挙されていて、いずれも既報とはいいながら・・・

 私は今、読書会で性善説的なペラギウスのお勉強をはじめているのだが、ペラギウスを異端に追いやったアウグスティヌスの原罪論に席巻された西欧キリスト教思想を見直そうというわけであるが、我と我が身を省みて、こういう情報に接すると性悪説に加担したくなってしまう。

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広島女学院大学の経営移管

 今日送られて来た中国新聞ニュースレターを見て驚いた。女学院大学(と幼稚園)の経営母体が山口の専門学校を運営しているグループに移管されると報じていた(中学・高校はこれまで通り経営)。しかも文科省がこの移管を承認するかどうかこれも不透明なのだそうだ。

 広島の私立大学の老舗だった女学院大学の今回の身売り話は、いよいよ大学冬の時代に突入という実感をもって私を襲った。

 実は、大学経営に関わっている知人とその話を1か月ほど前したことがあったのだが、イメージ低落を防ぐためにメンツを捨てて定員減をすることと、経済基盤として財源確保の手当をしておくことが肝要なのだが、それをしようとしなかった、ないしできなかったことが問題なのだと言っていた。先見の明が問われているわけである。

 そもそもそういう見識をもって学校経営するのが理事会の責任のはずなのだが、ありがちなことだが、選出された理事たちがなあなあの無難なお友達ばかりで固められたり、親身にかかわる姿勢が希薄になると(それは設立理念の消失に連動しているわけだが)、いくら頭数揃えていても身動きとれないのが現実なのである。

 公立化を模索していた加計学園傘下の千葉科学大学も沖縄の学校法人に移管されるそうである。文科省は移管に関してよもや門前払いはしないだろうが、いずれ募集停止・廃校となる可能性もあるわけだ。

 

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