せっかくの物語に後ろ足で泥をかけるようなマネはしたくはないが、こんなご批判を読んでいると、つい、もうちょっとなんとかならんかい、脚本家やディレクター、それに時代考証者もいるはずなのにと思ってしまう。
「「豊臣兄弟」の”初任給”はいくらだったか? 秀吉の30貫文と秀長の200文の価値と相場とは」:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40206
まあ、テレビを見る側はいちいちそんなこと気にしないで楽しんでいるのだろうし、まあそれでいいとは思うが、やっぱりそれで飯食ってきていた身からすると、やっぱりこんな手抜きでいいんだろうかと思ってしまう。NHKも落ちたものだなと、つい思ってしまうのだ。
逆に言うと、専門家といってもいい加減な物書きが最近なぜか目につくようになってる気がする。私の研究分野でも、専門書と一般向け概説の落差が目立っていて、大衆が身銭を切って購入する概説ものにいい読み物はなぜか見当たらず、他方、専門書はごく限られた専門家のみが対応可能で、内容的にも面白くなく、大衆の読者など期待すべくもないわけだ。
本来概説書とは、大衆向けでありながら専門研究を反映した内容であってほしいのだが、実際には50年以上も前の山川教科書と同レベルを平気で書き散らしているのだから、大衆読者を馬鹿にしているとしか思えないのだ。これを戯画的に表現すると、思い付きでの企画書提出しかねない編集者と、その内容で書いてくれる必ずしも専門でない書き手の癒着構造とでもいうべきか。
私的には、今や絶滅危惧種となった昭和の編集者と出会いたいものである。ま、そのためには精進しないといけないわけだが。












