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「停戦」の現実と、薄氷の我が祖国

 「媚び媚び外交」(https://www.mag2.com/p/news/673483)の書き込み読んで、我が祖国のいつもどおりのだらしなさを痛感していたら、いつものように深夜に起きていて、2つの情報に接して、いささか興奮。

◎ 「首相を羽交い締め」騒動(https://www.mag2.com/p/news/673543?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_fri&utm_campaign=mag_W000000001_20260410

◎「休戦破壊のメタニヤフ策動」(https://mainichi.jp/articles/20260409/k00/00m/030/195000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20260410

 いずれにせよ、アメリカの危機が我が祖国の危機に明らかに連動しているわけで、このトンデモ情報のリークは、現段階では真偽の確認はとれていないにしても(本当だとしたら、お互い自制の効かないあぶない支配者を持った不運を嘆きたくなる)、霞が関からのものと容易に推定可能だろう。

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TACOのやり口に学ぶ古代ローマ帝国論

 私は昔からどうして軍事ド素人の政務官(執政官や法務官)が操ってローマ帝国が拡大・隆盛することができたのか、ありえないと不思議に思ってきた。

 それを軍事ど素人のTACOの最近の振る舞いを見ているにつけ、要するに、内外共にむき出しの金力・権力・軍事力を背景にしての恫喝政治だったのでは、との着想が生まれた。それまでの私は、そういう背景あったにしても、まだ牧歌的にしか状況を捉え切れていなかったわけだ。換言すれば、えげつない現実を薄める立場の存在を過大評価してきた欧米良識派の見解にごまかされてきた、といえる。いや彼らはそれを指摘していたが、凡庸な私はそれを安直に読み流していたのかもしれない。

 よって、ライバルに軍事その他でちょっと才能ある存在が現れると、そのライバルがご同様の存在にしても、もろくも敗北してしまう、その連続だったのではないか。ローマ帝国は相手が弱小野蛮人の間は成功するが(衰退期にはそれすら不可能となるが)、カルタゴやササン朝ペルシアといった対等以上の相手には手こずってきた。

 アメリカの歴代大統領の最後の軍隊経験者はパパ・ブッシュだったそうだ。息子のやり口と違っていたのもその経験があったからという見解があるが(https://news.1242.com/article/162779)、ま、その故事に倣うと、未経験者は全能感に酔い痴れて暴走しがちで、それを諫める周囲あっての綱渡りが、徴兵逃れのTACOの場合は取り巻きがイエスマンばかりな上に、テクノクラートを大量解雇しているという事情もある(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40434?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=20260409)。自業自得と言うしかない蛮行であるし、使用言語も限りなく下品だ。

 どこかで読んだことあるが、前線に投入された兵士はアドレナリン全開させて目前の戦いと向き合っているので(自分の生死がかかっているのでそりゃそうだろう)、いたずらな作戦中止は士気低下を招き、その後の作戦にも影響が延引しかねない、それで司令官はこの期に及んでの作戦中止を好まないと。TACOはそんなこと考えもしないで右往左往の挙げ句あれこれ汚く言い散らしているが、生身の人間兵士は当たり前だが機械ではない。ロボット兵士の実戦投入なんかまだ夢物語なのだが、そうでない現状にどこかで安堵している自分がいる。

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学術論文代筆業のShadow scholarたち

 NHK BSで、2回にわたってのドキュメンタリー番組(イギリス、2024年作成)。初回をさっきまでやっていて見た。続きは明日23:25からある。

 場所はケニアのナイロビで、そこだけで4万人が、多い順でアメリカ、英国、オーストリア、中国などの学生たちからの要請で、大学生・院生のレポートや学位論文を代筆しているのだという。請け負った方は低賃金ではあるが、数十億ドル規模の業界となっている由。・・・ということは、世界を股にかけてかなりの利用者がいるということ。

 この仕事のおかげで自分の学費を払い、車を買い、妹を大学に行かせ、両親に家を買うことができた成功者もいるらしい。

 ケニアは1963年までイギリスの植民地だったので、そこでの高学歴者は英語が使えるわけで、だがしかし毎年100万人の大卒者に就職先はないという現実の中で、その方が売り込みやすいので白人のふりしてShadow Scholarとなってお金を稼いでいるのだそうだ(https://www.imdb.com/video/vi1443612697/?playlistId=tt33321994&ref_=tt_ov_ov_vi)。

 インタビューアーは自身がケニア人でオックスフォード大学教授の女性。その彼女は、インタビューの中でこの間オックスフォードの学生の学位論文書いたということを聞いて絶句していた。世界でもっとも優秀とされている我が校の在学生が、というわけだ。

 インターネット社会で生まれた鬼子ではあるが、その彼らもAIの進出によって脅かされているはずであるが、逆にそれを利用して稼ぎまくることもできるかもしれない。

 この私のホームページも、利用しようと思えばレポートくらいは軽く書けるだろうな、と思うこともあったし、後続研究者を促してきた面もある。実際、アメリカや中国からのアクセスが時折、という以上に煩瑣な現実があり、私はそれを日本からの留学生がネタを求めて来ているのかなとか、ビッグデータのための巡回リサーチなのか、はたまた知的所有権違反のための調査だったらやばいなあ、とか思ってきていた。

 突き詰めて言えば、わが国の文系の研究者なんて、横文字を縦にして業績稼ぎしていると言えなくもないので、ある意味で同類かもしれないが、しかしそこはそれ、産みのストレスに、頭を掻きむしりながら、やけ食いしながら、不健康な徹夜を敢行しながらやっているので、そこを金払って楽に凌ぎきろうというのは(買う側の女学生で切羽詰まって、だけどお金もないので自分の裸の写真を売って、という発言もあったが)、やっぱりなんだかなと正直思わざるを得ないのだが。上に政策あれば、下に対策あり、というわけか。しかしそれでいいわけではないだろう、と思う私は性格的にTACOにはなれない軟弱者である。

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ポンペイ近郊で、ただよっていた薫香の正体

         ↑角っこに香炉

 2026年3月掲載された研究で、ポンペイとボスコアレの家の 2つのテラコッタの香炉の残留物の分析で香料の化学組成が初めて明らかにされた。ポンペイの工房で製作された香料には、地元の香木や葉の他にブドウ酒が含まれていた。 ボスコアレの別荘の納屋で発見された2つ目は、アフリカや中東から輸入された外来のブルセラ科樹脂(乳香や没薬に似た)の残留物で、現代の教会の匂いに匹敵するほど、豊かで「演劇的」な感覚体験を生み出していた。

左:ポンペイの香炉        右:ボスコアレの香炉

 この発見は、ローマ帝国各地に高級品を流通させていた商業ネットワークの存在を確認し、同時に、ブドウ酒も利用されていたことから、ポンペイ人が地元の農業と神聖な儀式との深い関わりをもっていたことを明らかにしたのである、報告は主張している。

 とはいえ、以前触れたことのあるポンペイ、IX.10.1(2024/1/7)で出土した祭壇がらみで、私はこうまとめていた。「なお祭壇の周りからは以前の献げ物の残骸も出てきて、ブドウの果実、魚、哺乳類の肉などが確認されたという。こうして文献史料からつい想像され勝ちなのだが、いつも高価な動物犠牲を奉献していたわけではない庶民層の日常的宗教慣習の具体例をおそらく初めて垣間見ることもできたわけである」。これは厳密にいうと香料の事例とはいえないものの、手近なものも献げ物にしていた、という点では共通といえるかもしれない。

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コンスタンティヌス巨像(コロッサス)とトイレ建造リール動画

 なんとまあ、イイ時代になったものだ。

 これは、デジタルクリエーターのNeuro Peel氏のリール動画の作品群(https://www.facebook.com/profile.php?id=61583396761975&sk=reels_tab)のひとつである。

 ここで紹介するのは、コンスタンティヌス大帝の巨像の作成プロセスを描いた動画である(https://www.facebook.com/reel/26224116467273961)。実際には、重量を支えるため背後の壁に密着していたはずであるが。

 13mの実物大のそれは、昨年の聖年の期間にカンピドリオ丘の一画に鎮座した。本ブログでは、2024/2/1に関連情報をアップしている。さて、聖年も終わってこの巨像どういう運命をたどったのであろうか。私としてはそのまま残しておいてほしいのだが。

 ついでに、トイレのも。https://www.facebook.com/reel/769822785923940

 これらフェイク画像を見ながらつくづく思い至るのは、土木作業も建築作業も、彫像やモザイク装飾も、実際の作業すべてが奴隷によって担われていたということ。見る学生たちにはそれを見落としてほしくない。

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古代ローマ死亡乳幼児埋葬情報・新情報

 知人の書き込みあったので眺めていて偶然みつけた。私にとって内容が重要なので全文引用する。翻訳は幾つか試してみたが、今回はDeepLが一番的確な気がする。

Romano Impero 2026年3月26日 16:00 

 フランス北部のリュオクールRuyaulcourtで、INRAP(フランス国立考古学研究所)が紀元1世紀に遡る魅力的な考古学的遺物を発掘した。ガロ・ローマ時代の農村集落において、2歳未満の幼児の墓が発見され、そこには並外れた情感を帯びた副葬品が納められていた。少年の火葬された遺骨や一連のミニチュア壺の傍らで、考古学者たちは、優しく抱き合うカップルを表現した珍しいテラコッタの小像を発見した。両親を象徴すると解釈されるこの作品は、永遠の守護と断ち切ることのできない愛情の絆の象徴として機能しており、古代世界における家族の喪に深い洞察を与えてくれる。

 13ヘクタール以上に及ぶこの遺跡は、紀元前400年から4世紀にかけて活動していた農村共同体の姿を明らかにしている。幼児の埋葬地に加え、小道沿いや農地の囲い付近に配置された複数の埋葬群が確認されており、副葬品は単純な容器から、ガラス質粘土製の首飾りや家庭用火格子といったより貴重な品々まで多岐にわたる。これらの出土品は、アトレバティ族Atrebatiのローマ化の過程を物語っており、そこでは帝国の儀式が地元の伝統と融合し、深い人間愛に満ちた行為を通じて死者の記憶が生き続けた。(https://www.stilearte.it

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今月の『図書』巻頭言につくづく思うこと

 本日届いた『図書』2026/4 月号ネコ特集の巻頭言でネコの撮影で著名な岩合光昭がいいことを書いていた。

 一芸に秀でた人だけにいい文章である。

 私も及ばずながら「半世紀以上」やってきて、世間的には専門分野についての「知識は一応持っている」と思われているかもだが、「思惑は見事にはずれる」ことばかり多くて・・・、まだまだだなと言ってる場合ではなく、もう先がないわけで。

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誤報だったあのモザイク情報

 2025/7/15のブログで「第二次世界大戦中にドイツ国防軍大尉が盗んだモザイク画、ポンペイに返還」の情報を報告した。すなわち第二次世界大戦中にイタリアでナチス将校によって略奪され、返還者に寄贈されたとされていたが、ところがその後、モザイク画の真の起源が、研究者によって発見された(https://www.thehistoryblog.com/archives/75534)。このモザイク画はポンペイとその周辺地域とは全く関係がなかった、らしい。おそらく件の大尉が盗品を入手する際売人にそう吹き込まれたのだろう。

 その決定的な手がかりとなったのは、2025年に返還されたモザイクが報道陣に公開された際の偶然の出会いだった。その発表会に出席した考古学者の一人、ジュリア・ダンジェロ Giulia D’Angelo はマルケ州出身で、彼女の地元での知見が謎の解明に結びついた。

 このモザイクは、マルケ州フォリニャーノ Folignano 郊外のロッカ・ディ・モッロ Rocca di Morro 村にあるローマ時代の別荘から出土していた。最初の記録は1790年、バルダッサーレ・オルシーニ Baldassare Orsini がアスコリ・ピチェーノ Ascoli Piceno にあるフェデリコ・マラスピーナ Federico Malaspina 侯爵の宮殿の古代遺物の中にこのモザイクを記述したものがあった。それから80年後の1868年頃、画家で考古学者のジュリオ・ガブリエッリGiulio Gabrielli(1832-1910)は、このモザイク画のスケッチを描き、主題と発見場所についてメモを残していた。それが以下である。

ただスケッチは実物を見たものではなく記憶に基づいて描かれたため、いくつか誤りがある。彼は、男性が女性に性的サービスの見返りとして金銭の入った袋を差し出している場面だと解釈し、盛り上がった覆いを金袋と誤解した。

 ガブリエッリはまた、モザイク画の所有者歴も記録していた。彼は、モザイク画がロッカ・ディ・モーロにあるマラスピーナ家の邸宅で発見され、マラスピーナ家はこのモザイク画をオークションで売却し、その後「詐欺師」の手に渡り、さらにアスコリ・ピチェーノ出身の蚕業を営むジョヴァンニ・トランキッリ Giovanni Tranquilli という人物の手に渡った、と。そしてシルヴェストリ Silvestri 家が最終的な所有者だったことにも触れている。この最後の記述は、ミラノ国立考古学博物館の調査部門のアーカイブにあった。そこには、ルチア・シルヴェストリ Lucia Silvestri という女性がモザイクを彼らに売り込もうとしていた記録が残されていた。

 「素晴らしいチームワークです」と、ポンペイ考古学公園のガブリエル・ズフトリーゲル Gabriel Zuchtriegel 園長は述べる。「最新の研究のおかげで、ラツィオ州には貴重なモザイクを専門的に生産する生産者がおり、おそらく相当な量をマルケ州、カンパニア州、プーリア州などの地域に輸出していたことが明らかになりました。これはローマ美術史だけでなく、ローマ世界の経済史にとっても非常に興味深い発見です。」

 あらぬ冤罪がそそがれたドイツナチスにとっても朗報である。私の推測だが、売人が外国人に盗品を売る場合の常套句だったのだろう。それにしても購入しなかった美術品に関しても記録を残しているなんて、美術品がらみで問題多いお国柄のせいだろうが、さすが北イタリアだなあと感じ入ってしまった。

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ここ一ヶ月の発掘・発見情報

◎ 3/29 :Exceptional Roman cargo shipwreck found in Lake Neuchâtel

  http://www.thehistoryblog.com/archives/75705

◎ 3/21:Asparagus foraging mission yields Roman tombstone

 http://www.thehistoryblog.com/archives/75650

◎ 3/17:Only image of Gallo-Roman god found in Burgundy sanctuary

 http://www.thehistoryblog.com/archives/75624

◎ 3/14:Mosaics from early Christian churches found in Albania

  http://www.thehistoryblog.com/archives/75598

◎ 3/8:Two rare Roman lead ingots found in Wales

  http://www.thehistoryblog.com/archives/75549

◎ 3/4:Roman shield umbo, Greek inscription found in necropolis in Romania

  http://www.thehistoryblog.com/archives/75516

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TACOの期限延長の真意がみえた感じ?

 タコにとって、すっかり恒例になっている猶予期限延長であるが、こんたびも「48時間」から「5日間」に延長した。それで世間は和平への道が開けた、水面下で交渉しているのだといった楽観論も出ているようだが、私には疑問であった。一方の当事者のイランがそういった交渉をしていないと断言しているわけで、タコが交渉中などといっても信じられないからである。いや、タコが交渉中といっていても、これまでそれを裏切る行動をとるのが常だったからだ。

 私の疑問は、辛坊治郎がこの火曜のラジオで言っていたことで、納得がいった。すでに沖縄の海兵隊が出発した、というのがミソなのかも、と。彼らが現地に到着し、参戦するのに最低5日間が必要なのだ、ろう。種々雑多な情報収集の必要を感じてしまった。

 なのに、我が国のいわゆる公共放送は油(断)の話ばかりで、まったくそのような観測すらしていないように見えるのはどうしたことか。

 タコのやり口はいつも不意打ち、騙し討ちである。彼の商いの仕方(ディール)をそのまま政治・外交に持ちこんでいるのだろう。私は商売に関わったことはないが、そこでは恫喝による値引き要求など日常茶飯なのだろう。和平を求めているスタンスを表面でとっていても、真珠湾攻撃を地でやってるわけだ。座学の軟弱エリートとは出発点から違う思考方法である。

 イランも地上戦への対応を十分準備していると思いたいが、実際にはどうなんだろうか。もちろん、地上戦が起こってほしいのではないが、イランの覚悟の程は想像できても、彼らの軍事力の実力がどれほどのものなのか、私は知らない。イラクのように一方的な敗走になるのか、持久戦に持ち込めるのか。そうこうしていたら、しびれをきらしてイスラエルが戦術核兵器を使用しないとも限らない。押さえをきかす存在がいない現状では悲観的にならざるを得ない。

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