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そろそろ、いよいよかな:痴呆への一里塚(42)

 この正月明けに、私としては普段扱わない大金を送金しなければならないことがあった。それを最初パソコン経由のダイレクトでやろうとしたら5万円以上は面倒くさそうだったので、窓口ですることにした。となると通帳とかカードがいる。それを探したのだが見つからない。どこにあるのか忘れていることに気付いた。

 当方現在73年と5か月。間に休憩を含め、半日探して結局は見つけることができたのだが(そのため振込は翌日になってしまった)、とても疲れた。どこに入れたのか、それはたぶん「あれ」だったはず、でも、その「あれ」をどこに置いたのか、それが思い出せなかったわけ。見事な空白である。その事実に直面したのが疲れの大部分だったはず。

 そのあと、ウェブでのフィッシング騒ぎもあったりで、自分の認識能力を信じることがそろそろできないかも、と考え出さざるをえなくなっている。身近な例をあげるなら、さっきコンビニで他大学から入手したコピーの文字が小さいので拡大コピーしたのだが、元が裏表のB5でそれをA4に拡大するところを、なぜかB4やA3でやって失敗したりで、散々だった。昔はこんな無駄は出さなかったのだが、と言っておこう。

 考えてみると、50歳台あたりからこれまで幾度か認知能力の著しい衰えの節目があった。やたら勘違いしたり、ささいなことを思い出せなくなったり、記憶できなくなったり。まあはなから記憶力いい頭ではないという自己認識はあったが、それが予想を越えて働かなくなるのだ。だが、そういう谷間を通り過ぎると、数年間なんとなく元に戻った感じの時期が流れていく。はたして、今回もそういう谷間なのだろか。それとも・・・

γνῶθι・ σαυτόν(汝自身を知れ):アッピア街道Villa Quintilii付近の墓地出土、ローマ国立考古学(テルメ)博物館所蔵
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疫病対策の歴史:遅報(63)

 たった10分間の講義であるが、これは面白い視点だった。片山杜秀・慶應大学教授「伝染病予防法廃止から見えてくる新型コロナウイルス問題:新型コロナウイルス問題を日本の疫病対策の歴史から考える」(https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3227&referer=push_mm_rcm1)。私にとって目からうろこは、オンタイムでのホッブス対ジョン・ロックの主張の解釈で、そのあたりを抜かしての学者先生(含む、私)の神学・哲学論争のバカらしさを再認識した次第。

 「伝染病」から「感染症」への表現の変化もあったのか・・・。全然気付いていなかった。

 私の妻からすると、政府や自治体によって保健所がこれまで予算削減対象になってきていて、だから今回みたいな状況になると、後手後手にわまるのよ、というわけ。

【追記】2021/1/10 広がる格差「コロナで変わる世界」(http://nml.mainichi.jp/h/ad4xa6m4gZyoiBab

 コロナ下で困窮している層増加の半面、さらに蓄財している富裕層の、2分解が促進している、という話。専門家の見立ては「所得が低いほど対面のサービス業や肉体労働が多い。高所得層ほどITなどコロナの影響が少ない業界で働く人が多いほか、テレワークができる事務系の職種に就いており打撃が少ない」。

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それでも私に忍び寄る?新コロナ、そしてネアンデルタール人

 私の周辺で未だ一人も感染者は出ていないこともあって、日々ゆるく生きている。普段は家を出ることないが、不要不急ならするなと言われている感染都市間(東京ー広島)の移動は、個人的な必要があって、このところ一か月に1,2回往復しているが、私にとっての最大課題は新幹線車内(このところ乗客が多くなったにしても3分の一くらい)でうたた寝して風邪を引かないことだったりする。これはこれまではよくあったが、なぜかこの一年ないのは、なぜ?

 そんな折、じわりと感じたのが以下の情報だった。「運転士38人が感染「大江戸線減便」が示す深刻度:同線担当の15%,人員不足で運行本数7割程度に」(https://toyokeizai.net/articles/-/402252)。ミソは乗客ではなくて運転士さんたちだということではあるが、私は「シルバーパス」を利用しているので、当然のように大江戸線を使っているので気になるわけ。結果的にラッシュ時は乗客が三密状況になってしまうのだから。間引きをやるなら乗客がほとんどいない昼間でやってほしい。そうしてるとは思うが、みたところまだまだまばらだ。

【補遺1】ブラジルの例:「新型コロナ「集団免疫獲得の街」を歩く」(https://mainichi.jp/premier/health/articles/20201224/med/00m/100/001000c?cx_fm=mailhealth&cx_ml=article&cx_mdate=20210109)

 今が真夏のブラジルは、はたして我々の参考になるのだろうか。

【補遺2】「緊急事態宣言、なぜ効果低い?:経済学者が分析「罰則も期待できず」」(http://nml.mainichi.jp/h/ad4ta6mtc95Tqwab

 ま、死ぬべき人(老人・病気持ち=私)が死ぬだけのこと、という以外にない、と思う。それにしても、欧米人は世代交代が劇的に進む体質なのかもしれない。その点、アジア、とりわけ我ら東アジア系はそれほど激変に見舞われないので、漸次・保守的動きになるのかも、などと考えている。そこにネアンデルタール人の遺伝子が絡んでいるという説もあるようで(東アジアにはそれがない)、だとすると面白い(https://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info24.html#r24;https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35499)。

最初、アフリカでひどいことになると予想されていたが大外れだったのも、ネアンデルタール人遺伝子(赤印)がなかったせいか:出典:スバンテ・ペーボ教授、Hugo Zeberg教授。

 また、昨日だったかに見たNHKの地球温暖化に関する番組で、なんとシベリアの永久凍土が溶け出しているが、そこに封じ込められてきたメタンガスや太古のウイルスが再活動すると大変なことになる、とやっていた。もしそうなったら、現生人類はほとんど死滅してしまうこともあり得るが、まあこれも地球規模の歴史からするとこれまで時々生じた出直し現象にすぎないわけで・・・。

【追伸】太古の細菌やウイルスはそうおそれなくていい、という記事も。「温暖化で溶ける氷、蘇る病原体:パンデミックの危険性は?」2020/7/9(https://newsphere.jp/national/melting-ice/?utm_campaign=pc&utm_medium=cpc_uzou&utm_source=uzou)。となると天下のNHKさんも危機感煽ってるわけで、このあたりきちんと別情報も挟み込んだりして考慮してほしいところである。

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風邪・インフルと新コロナの密接な関係

 マスコミでは相変わらず感染者数ばかり言っているが、問題の核心はそんなところにあるわけでないのでは、と私は思う。そこで田中宇氏が持論をまた掲載しているので、疫病学に素人のこんな見解もある、と提示しておく。関心ある向きはご一読を。「コロナ危機を長引かせる方法」(https://mail.nifty.com/mailer/pro/mailview.html)。

 PCR検査が実はかなり「疑似陽性」を含んでいる、ということはまあ常識だけど、事実はどうであったかという事後追跡調査がきちんとやられているようには、私も思わない。他方で、通例のインフルエンザ感染者数がこの冬激減していて、それが新コロナに算定されているという統計結果が事実とすれば(そんな単純なことではないと、ド素人の私でも思うが)、なんという空騒ぎなのだろうかと思わざるをえない。きちんとした説明がなされてはいないから、デマ情報が拡散していく。

 国家規模で流言飛語に参加している現代社会とは何だろうか。これでは古代・中世の人たちを笑えない、というか、いい方向になにも変わっていないじゃないか、という認識を殊更に言い立てたくもなる。

 いずれにせよ、だ。昭和38(1963)年1月の豪雪に襲われて、それで中国山地の過疎化が一気に進んだ、という話がある。今風にいうといわゆる「限界集落」の原点である。東北・北陸の農村破壊はもっと先行していただろう。今般の新コロナ騒ぎで小規模な商いが大打撃を受ける事になりそうだ。これはⅠ生活者としてたいへん残念なことである。というは、近所の小規模スーパーが少し前居抜きで別の大手スーパーに買い取られたが、生鮮食料品の品揃えがコンビニ並みに貧相になってしまって、という体験があるからだ。たとえ大手でも店の規模が小中になるとそういう売れ残り無駄の排除となるのは理解できるのだが。裏で笑いがとまらないのが大企業、というのではあまりにも夢がない。

 マスコミは、政権の優柔不断をこぞって言い立てているが、現政権が二人羽織であることには触れようとしないし(ようやく出だした:https://mainichi.jp/articles/20210109/k00/00m/010/115000c)、たとえ現実の舵取りが不首尾だとしても、じゃあ誰がきちんとやれるのか、となると誠に現状では心許ない。となると、我ら庶(愚)民には「自助」するしかないわけだ。

【追記】以下のようなウエッブ記事が。「感染爆発を招いた「悪夢のアベ・スガ政権」に殺される国民の不幸」(https://www.mag2.com/p/news/482263/3)。それに以下のような文言があったが、これに関しては私も賛同する。

 「チグハグというか、支離滅裂というか。アベ・スガ政権のこの約8年、不合理な政策と欺瞞的な説明が、まかり通ってきた。実に不思議なことである。その底流に何があるのか。識者のなかには、太平洋戦争において、人間関係に流され、精神論と希望的観測に迷い込んで、合理的作戦を立てられなかった日本人のメンタリティーに「解」を求める向きがある。
 それも一面の真理に違いない。だが、それほど上等な分析をしなくても、答えはしごく簡単なのではないか。
 要するに、そろいもそろって合理的思考ができない人たちだということだ。多角的にものを見て、最悪の事態まで想定し手を打つなどという観念はゼロ。偏狭なイデオロギーや経験則に基づき、自分たちに都合のいいよう策を立てたり、発言したりする。だから、あちこちに綻びや歪みが出て、どうにもならなくなる。
それを取り繕おうとして、ありとあらゆるウソをつくのである。」

 ま、危機管理ができていないわけ。いや、だからこそかつての参謀本部レベルなんだ、と私はいいたい。

 こんなこと思っていた時、チャンネルネコで映画「軍旗はためく下に」(1972年・東宝・深作近二監督:原作・結城昌治)をやっていた。まあ製作の時代が時代だけに若干の臭さはあるものの、戦争や軍隊の不条理さは認識できるいい出来である(ウエッブテレビで¥400でみることできる)。私はこれを見ながら、先日のNHK BS1放映「アウシュビッツ:死者たちの告白」を思い出していた。ディレクター氏がさかしく答えを予想して発した問いに対し、生き残りのハインツ・クーニオ氏が答えたのはまった予想外の「空腹」だったそうだ(https://news.yahoo.co.jp/articles/846114a07593e6fd945c145a2528f97145db29fc?page=4)。

 「これはディレクターの卑しいところですが、同胞を見殺しにしたことへの罪の意識や後悔が出てくるのではと期待していたわけです。  しかし、クーニオさんの答えは「空腹」でした。何日も食べ物を与えられず、限界までお腹が空くと、何も考えられなくなる。理性や感情といった“人間性”などいともたやすく失われてしまうのだと言うのです。いかに自分の想像がちっぽけで浅はかだったか、ハッとさせられた瞬間でしたね。」

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世界キリスト教情報第1563信:2021/1/4

= 目 次 =
▼岡田武夫・前東京大司教の死去に教皇フランシスコらが弔意
▼教皇は難色示していたがアルゼンチンで人工中絶合法化
▼バイデン次期米大統領が就任式前夜にコロナの犠牲者追悼行事
▼クロアチアでM6・4の地震、7人死亡
▼英国国教会の献金が新型コロナ禍の影響で約4000万ポンド減少
▼マカオで教会の献金箱から現金盗み中国本土出身の男逮捕
▼聖書の言葉をすべてABC順に並べ直しデータ化

 今回は、その下にリンクが張られている以下のほうが目についた。「神社本庁「コロナ禍の初詣」強行のウラ、金と権力の罰当たりな事実」( https://i.mag2.jp/r?aid=a5fe2bb1a14db6

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秘匿されてきたアスレティック・モザイク

 イタリアの首都ローマから20km南東に、カステッリ・ロマーニCastelli Romani と呼ばれる丘陵地が広がっていて、古来より著名な保養・観光地である。その中でもひときわ有名なのがフラスカーティFrascati で、その名前の白ワインとポルケッタ(豚の丸焼き)が名物となっている。そこに林立する由緒ある別荘のひとつに、1582年に枢機卿Bonanniによって建設されたVilla Lancellotti がある。その後の詳しい来歴を辿るのは今は省略して(Wikipedia 参照)、ただちに本論に入ろう。

現況:ちなみに現在非公開の由

 この別荘には、実は「トゥスクルム・モザイク」Il Mosaico Tuscolano と称される床モザイクが一階玄関間に保存されている。それは古代トゥスクルムの斜面に位置するカマルドリ会修道院の庭で発見されたものだった。それを最初に報告したのはE.Pinderで1862年9月のことだった(Musaico Tuscolano, Bullettino dell’Instituto di Corrispondenza Archeologica, 1862-9, pp.178-182)。その翌年、今度はH.Hirzel が Pinderの先行研究を批判的に再検討している(Musaico Tusculano, Annali dell’Instituto di Corrispondenza Archcologica, 35, 1863 pp.397-412。そして41年後にHans Lucas, Athletentvpen, Jahrbuch des kaiserlich deutschen archäologischen Instituts, 9-3, 1904, pp.127-136 が発見以来の研究を総括的に論じた。 余談になるが、19世紀と20世紀初頭の上記3論文はたいへん有難いことにウェブ検索で入手できた。研究はその段階で早くも終わったようで、私はこれまで後続研究を見つけ得ていない。

典拠:Isa Belli e Maria Grazia Branchetti, Ville della Campagna Romana, Rusconi 1981.

 Pinder によると、そのモザイクは、12 passi × 6 passi(≒ 9m × 4.5m;他説では12m × 6m;いずれにせよ、上記写真を見る限り、私には幅と縦の比率が2対1のようには見えないのが不審)の長方形で、おそらく体育訓練場 palestraの床を飾っていたものだったらしい。その部屋の山側の壁面は、発掘当時まだかなりの高さで壁が残っていた(4〜5 passi)。そしてモザイクはほぼ完璧な保存常態で、白黒のテッセラだけで作製されていた。製作年代を彼はハドリアヌス時代としている。この別荘への移設の際、両脇の2つの小さな四角の枠内に銘文が埋め込まれ、以下のように書かれているらしい。「ROMANVM HOC VETVS OPVS E TVSCULO TRANSLATVM」(この古いローマ(時代)の作品は、トゥスクルムから移設された);「PHILIPPVUS LANCELLOTTVS HIC POSVIT ANNO MDCCCLXXIII」(フィリッポ・ランチェッロッティがここに1873年に設置した):典拠は以下、M.Domenico Seghetti, Frascati nella natura, nella storia, nell’arte, 1906(未見。なお1986年なり2007年にAtesa社から再刊されたらしい。なお、銘文中の2箇所の「U」表示はママ)。ここに登場する人名はフィリッポ・マッシミリアーノ・マッシモ・ランチェッロッティ公爵(1843-1915年)。彼は1865/2/22にエリザベッタ・アルドブランディーニ(1847-1937年)と結婚し、この別荘を翌年購入していた。

 一見して分かるように、古代の接近格闘競技を中心に描いているが(具体的には、下部右から順に、ボクシング、レスリング、円盤投げ、徒競走?、パンクラティオン、幅跳び、など)、なぜか通常のそれ関係の本では紹介されることのないモザイクである(少なくとも、私は知らない)。私はググっていて偶然見つけた。その具体的解題は,地元のジャーナリストによって詳細に紹介されている。Achille Nobiloni, Il Mosaico Tuscolano della Villa Lancellotti a Frascati : Rinvenuto nel giardino dei Padri Camaldolesi nell’estate del 1862 (http://achillenobilonifrascati.blogspot.com/2010/01/:2010/1/14)

 今回はこの希有なモザイクの存在を紹介するにとどめるが、いずれ詳細に論じたいと思っている。その際、下部左端(No.10-13)に何が描かれているのか、が焦点となるはずである。その際、Pinderが数字を付し(おそらく玄関奥から見ている)、それを具体的に図示したNobiloniの図(逆に玄関から見ている)を示しておく。

Pinder, p.180.
Nobiloni

【警告!】 私は今回の件で、未入手本の検索をしていて、どうやらフィッシングにあった可能性がある。無料で本のコピーが手に入る、ロボットでないことを証明するためカード・データの提示を、と求められたのだが、その後、肝心のダウンロードはできなかった。お陰で正月早々カード番号の変更をするはめになった。みなさまもお気をつけあれ。

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虐殺実行者はゾンダー・コマンド:遅報(62)

 さきほど、NHK BS1で「アウシュビッツ:死者たちの告白」の再放送を偶然見た。強制収容所でこれまで8箇所、ユダヤ人でありながら同胞殺害に加担させられたSonderkommandoたち(特殊任務部隊兵:分断のため14ヶ国のユダヤ人、ロシア人捕虜で構成)のメモが、焼却炉の周りから発見されていて、インクが滲んだり薄れてこれまで読み取り不可能だったものが数年前から解読可能となったらしい。よくも遺したものだ。これがユダヤ人らしいところだろうか。いや、裏切り者とされた彼らが死を覚悟しての一斉蜂起を目前にしての後世への遺言行動だったのだろう。この録画、NHKオンデマンドで1年間みることができる。みんなに見てほしいと思う。

収容所内のレジスタンスが隠し撮りした死体焼却作業中の彼ら

 後半で、第2次大戦中に、ナチス占領下でのユダヤ人迫害は彼らの財産奪取でドイツ系市民を潤したこと(これなんか、米国が日系市民にした処遇とまったく 同じ)、他方、イギリスなどは多数のユダヤ人亡命者の流入を警戒した政府によって、ユダヤ人絶滅作戦の情報を故意に握り潰したこと、が指摘されていて興味深かった。自由陣営を標榜してきた側の素の実態が、わが身かわいさで見捨てていたのだ、という指摘は実に鋭い。 それ以外でもよろず悪いことはすべてナチになすりつけているが(例えば、人種差別や非健常者の断種・ロボトミー手術)、同時代にどの国でも(イギリスやアメリカでも)同じようなことを実はしていたことは口をつぐんでいるわけだ。勝者の身勝手な論理にごまかされてはならない。

 いつも思うことだが、いわゆる専門研究者たちがなぜこれを研究テーマにしてこずに、おめおめみすみすマスコミに先を越されているのか、たとえ触れたとしても勝者の論理に取り込まれて論じて恥じない、その不感症・無関心の根源を問いたくもなろうというもの(参照、ウィキペディア「ゾンダーコマンド_(強制収容所)」;https://news.yahoo.co.jp/articles/846114a07593e6fd945c145a2528f97145db29fc;https://www.newsweekjapan.jp/ooba/2016/01/post-11_1.php;https://news.yahoo.co.jp/byline/satohitoshi/20171229-00079884/)。

 それにしてもアイヒマンたちは、「私は一人もユダヤ人を殺していない」「大量虐殺など見たこともない」というご飯論法で自らの潔白を主張しているのは、実に立派な法廷用論理である。それを実際にやっていたのはゾンダー・コマンドたちだったのだから、それはそうだ、その通りである。上官に命令され、部下に命じただけのことだ。だが勝者の論理はそれをあえて無視し、結論先にありきの軍法会議方式で、弱い下級責任者に無理矢理責任をなすりつけてゆく。そうしないと感情が鎮まらないからだ。現に上意下達でただ命じられてのことであっても、被害者の視野内の現場にいた当事者が告発対象のやり玉にあげられ、処刑されてしまうことはよくあることで、それはわが日本軍でもB級・C級戦犯が現地で簡単に処刑され、A級戦犯は生き延びたという事例と重なってくる(雲上人の天皇ともなると利用価値ありとして免責されたではないか)。この不条理はなんともいたしかたない。負けるとそういう目に会うということで、そこに勝者にも正義などありはしない。

 落書き研究としては、住居部分の外壁レンガに以下の刻みが発見された情報は興味深い(映像で収容所内のそれらも少しだけ写っていた)。

 ところで、NHKの独自調査で、これを記した本人の、戦後結婚して生まれた娘たちが見つけ出され登場したのには、びっくり。収容所が解放されたのはこの日付の1年後のことで、彼自身証拠隠滅のため処分されるはずのゾンダーコマンドだったのだから。よく生き延びて、戦後に子をなし得たものだ。

 やはりウィキペディア情報だが、ガス室で使用されたのはチクロンBという青酸化合物の殺虫剤で、それを開発したのがユダヤ人研究者だったというのは、悪い冗談としかいいようもない。ただそれにしても毒性の拡散までそうとう時間がかかるようで、そのあたりリアルな情報が欲しいところ。ちょうどギリシア生まれイタリア系ユダヤ人、シュロモ・ヴェネツィア(鳥取絹子訳)『私はガス室の「特殊任務」をしていた』河出書房新社、2008、を見つけたが、わが図書室にはなかったので、購入しようと思う。

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2021年賀状と画題

 私は2,3年前から、今後メール賀状にするので、アドレスを教えて下さい、と繰り返しお願いしているのだが、なぜか未だ亀さんメールで年賀状を送ってくださる人がほとんどメール・アドレスを記入してくれていない現実があって、これはまったく理解できない現象だ。

 もう今年から返礼いたしません。念のため、運良くここをご覧下さった方々に重ねて周知しておきます。

最初は住所やなんか明記していたが、悪用されるといやなので削除しました

 今年の賀状がわりの上記の絵は、作成時の着色を想定しての復元画像(https://www.youtube.com/watch?v=IkzvQs6dRJI)。中に牛がいたので採用しました。本当は古代ローマ史関係では下図1のような牛の骸骨が同じ「平和の祭壇」の淺浮彫もあって、12年前に送ってくださる方もあったのだが、正月早々骸骨ではなんだし、やっぱり時節柄ちょっと憚れる気がしたので、こっちにしました。Ostiaでも下図2があるのだが、ちょっとストゥッコの剥落がひどく、見栄えが今一なのであきらめた。

下図1
下図2
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消えゆく庶(賤)民史:からゆきさん

 「「1日で49人の相手を…」過酷な労働、波乱の人生赤裸々に:「からゆきさん」肉声テープ発見」(https://mainichi.jp/articles/20201228/k00/00m/040/337000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20201229)

 昔、山崎朋子作『サンダカン八番娼館』(1972年)を読み、のちに映画(1974年)も見た。いや、順番はこの逆だったかもしれない。いずれにせよ、今回のテープと内容は驚くほど似ているように思う。

 しかし今回の記事の中で、近世社会では娼妓(しょうぎ)奉公をしていた女性も奉公を終えれば結婚をし家に入るという経路が確保されていたが、むしろ、明治以降の近代化に伴って廃娼運動などをきっかけに娼婦への差別、蔑視が強まった、という所見は不意打ちだった。キリスト教的な正義感による救済事業の持つ負の面が出ていたわけである。

 私は「からゆきさん」で念頭に浮かぶのは、彼女たちの出身地が天草・島原なんかに多かったので、どうしても中に隠れキリシタンの子女がいたんじゃないか、と思ってしまうのだが。

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ポンペイで新発掘の居酒屋と落書き

https://gigazine.net/news/20201228-pompeii-fast-food-stall/;http://pompeiisites.org/en/comunicati/the-ancient-snack-bar-of-regio-v-resurfaces-in-its-entirety-with-scenes-of-still-life-food-residues-animal-bones-and-victims-of-the-eruption/

今回は、なぜか日本の報道も早かった。

 色があざやかで、往時の様子を窺わせている。場所は、このところ新発掘が連続している第5区のどこかであろう。

【追記1】ようやく私の定番チェック先のウェブに載った。https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2020/12/street-food-shop-emerges-in-pompeii.html

【追記2】このタウンターの犬の箇所に落書きがあるとの情報で、さっそくチェック。上部の黒い枠の部分でみっけ。

https://www.youtube.com/watch?v=xgd4FVyKUdI&feature=emb_rel_end

NICIA CINAEDE CACATOR」:「ニキアスよ、ホモ野郎よ、ウンコ垂れ!」といったあたりか。

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