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コロナ以後の古代ローマ史研究への提言

 たいした提言ではありませんが、せっかくの新傾向の芽生えがあったのだから、今後も前向きに実践してほしい、と思いまして。すぐにできることは、

①「ウェブでの論文公表の促進とそれへの学界的認知」であろう。論文公表は私が試みているようにウェブにアップすればいいだけのことである。多くの図版やデータをカラーで掲載できるので、読者の理解を深めるにはきわめて有効、と自己満足しているが、いかんせん後続は皆無。ただ問題は、知的所有権や著作権の侵害問題を恐れる人が多いので、それをどうクリヤーするかであろうが、活字論文でも実施しているように典拠引用をきちんとしておけばいいという了解を、できれば学界的に得ることできれば簡単と思う。実際、私のウェブにこれまでのところ抗議は一切来ていない(ま、それほど全然注目されていない、ということでありんすが (^^ゞ)。

 そして、さらに重要なのは、そのウェブ論文を研究業績として学界が認知することである。ただウェブはアップした個人とともに消滅してしまうのが普通なので、恒常的な保存の裏打ちとして、ウェブ論文管理学会といった組織設立がもとめられ、そこでクラウドにアップして、会員はいつでも閲覧できるようにすればいいのでは、と考えている。

 本当は、ウェブ論文をアップする前段階として ②「テレワークによるインターナショナルな発表・討論の実施」がなされるべきである。これは、事始め的にはせめて日本語でやってもと思うが、相互批判を避ける内向きでシャイな日本人にとって、かなり高いハードルになるだろう。しかも、そもそも我が国には実のある討論ができるほど古代ローマ史研究者の蓄積がないので、活発な討論を期待する素地がもともとあると思えないが、やらないよりはやったほうがいいに決まっている。ことと次第によっては、①にコメントつけていくやりかたでもありかと。 

 よって、なんたら研究会の月例会なんかも一堂に会するための交通費なんかを不用にできるわけで、テレワークですればいいだけのこと、と思ったりしております。

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世界キリスト教情報第1531信:2020/5/25

= 目 次 =      
▼エルサレムの聖墳墓教会が制限付きで再公開      
▼バチカン美術館が6月再公開、カステル・ガンドルフォ教皇離宮も      
▼デンマークの中学校が教会墓地で数学授業、「対人距離」確保策      
▼新型コロナ、教会のミサで集団感染 独フランクフルト      
▼トランプ大統領が州知事に教会の活動再開求める      
▼ミャンマーで「キリスト教徒はコロナに免疫」と説教した牧師逮捕

 4番目だけ紹介するが、5,6番目をみても、やはり二次感染、注意する必要ありのようだ。

【CJC】独西部フランクフルトで5月10日に行われた教会のミサに参列した人のうち、40人以上が新型コロナウイルスに感染していたことが分かった。現地メディア報道としてAFP通信が24日伝えた。
 地元保健当局は独DPA通信に6人が入院したと明らかにした。現地紙『フランクフルター・ルントシャウ』によると、このミサが行われる数日前にドイツでは宗教施設が再開されていた。
 ドイツでは新規感染者数が堅調に減少したことから、感染拡大の抑制を図る移動制限が5月初旬から緩和され始めた。アンゲラ・メルケル首相は6日、新型コロナウイルスの感染拡大を鈍化させるという同国の目標が達成されたとして、ロックダウン(都市封鎖)を段階的に緩和していくと発表している。
 サッカーのブンデスリーガにも再開許可が下り、学校は夏季に徐々に再開する。
 また他人との接触に関するルールは今後1カ月間継続されるが、2世帯間の面会や食事が認められるほか、介護施設や障害者施設にいる高齢者は特定の1人との面会が可能になる。
 経済活動はすでに限定的に再開されてはいるが、今回の規制緩和はより広範なものになる。ドイツ国内の感染者数は欧州の近隣諸国の一部と比較して少ないものの、感染拡大の第2波への警戒は根強い。
 フランクフルト近郊のマイン・キンツィッヒ郡当局は22日、フランクフルトで開かれたイベントに参加した16人が感染したと発表していた。
 北部ニーダーザクセン州当局は23日、同州レーア市内の飲食店で7人が感染し、約50人が隔離されたと発表した。
 フランスでは、福音派教会が今年2月に開き、1週間の期間中に約2000人が出席した催しが原因となって全土に感染が拡大した。
 米国ではドナルド・トランプ大統領が22日にホワイトハウスで行った記者会見で、「必要不可欠」だとして宗教施設の再開を州知事らに求めた。
 独ロベルト・コッホ研究所によると、23日現在、ドイツ国内で公式に確認された感染者は17万7850人、死者8216人となっている。

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映画「羅生門」:遅報(35)

 今、NHK BS 4Kで映画「羅生門」(1950年)をやっていて、見るともなく聞いている。言わずとしれた芥川龍之介作『藪の中』と『羅生門』が原作である。大学での「歴史学研究入門」で教材として使ったこともある。人間とはいつでもどんな場合でも平気で嘘をつける存在なのだ。100人いれば100の事実が存在する。その現実の中で何を基準にして歴史的事実を見定めることができるというのか。それを考えてほしかったからだ。

 映画の最後で、薪売りが捨て子を包んでいた衣服を持ち去ろうとする下人から「手前勝手のどこが悪い! そういうお前は何をやった。検非違使は誤魔化せたのだろうが、螺鈿造りの短刀を盗んだのはお前だろう」と、図星を突かれてしまう。そのままでは人間不信のまま話が絶望で終わらざるを得ないが、その薪売りが捨て子を育てる決心をすることで、人間を信じることができるというオチとなる。

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女王・昭子から見た秘書早坂、他:遅報(34)

 人は、どこまで本当のことを喋るのか。

 佐藤昭子『決定版 私の田中角栄日記』新潮文庫、2001年(初版1994年)が届いた。さっそく読み出したが、大変読みやすい(ゴーストライターいたんだろうな)。そして早くも序章で「自らいわく、側近中の側近、三顧の礼をもって迎えられたという元秘書氏が、講談調でオヤジを語れば、世の中の人はそれがすべて真実だと思ってしまう」(p.19)というくだりに出会う。ここでほのめかされている早坂への皮肉っぽい表現の内実は、おいおい多少踏み込んで述べられていて、情報の是正におおいに役立つ(p.67、75、93)。1952年以来33年間秘書だった彼女からすると、さしもの早坂先生も、出戻りの新参者にすぎず形無しだ。

1928-2010年:81歳

 その彼女がめずらしく感情的に激しく反応しているのは『文藝春秋』1974/11月号掲載の児玉隆也「淋しき越山会の女王」であって、立花隆のほうではなかった。それは彼女の知られたくないプライベート部分に触れていたからである。彼女は本書で具体的にそれに言及していない(p.18-9)が、娘あつ子によると、どうやら新橋の場末のキャバレーで働いていた時代のことだったらしい(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/40349)。

 昭子(改名前は「昭」)に言わせると、角栄の取り巻き(政治家はもとより、小佐野、神楽坂芸者たちを含む)はやたら角栄との関係を針小棒大に吹聴して、それがマスコミにより角栄の実像から乖離した「闇将軍」というレッテルを貼られることになり、世間の誤解を招くことになった、ということらしい。批判された金権政治もそんな金はみたことないと言い切っている。それは「金庫番」と名指しされていた彼女にとって真実だったのだろうか、それとも・・・。ただ論より証拠、彼女は逮捕も裁判沙汰にもなっていないのも確かである。早坂情報的な角栄の政治資金用金庫は他所にあったのかもしれない。彼女はそこを上手に切り分けて巧みに角栄を守ろうとしていて、私などもう説得されそうになる(p.104-8)。人事については自分の関与を明け透けに述べているのと比べると(これ自体、たいへんなことだが)、角栄が一枚上手だったのか(隠すというより、身内が知らないほうがいいこともあるし)、彼女が知らない顔をしているのかのどちらかであろう。それにしても、彼女もご多分に漏れず抜かりなく蓄財に励んでいたようで、娘のあつ子によると、一時は巨額の資産を所有していたが、資産を預けていた人物が1995(平成7)年に逮捕されてから大半を失い、そのうえ若いツバメを侍らせてもいたようで、影響力も低下した由(伊藤あつ子『昭:田中角栄と生きた女』講談社、2012年)。

 ロッキード事件についても、角栄とはまったく関係ない、あれは石油関係のアメリカの国内問題での飛び火、および多方面でエネルギー資源確保外交を展開していた田中叩きのキッシンジャーたちユダヤ系の策謀だった、との田原総一朗説を紹介していて(p.249-251:「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」『中央公論』1976年7月号;実際は通産官僚あがりの小長啓一秘書官の発言)、私のような歴史畑の人間好みの仮説でなかなか読ませてくれる内容だ(もちろん、日本側の思い込みだとの反論もあって、たぶんそうだろう。角栄以下そう思い込みたかっただけのことだろう:https://www.excite.co.jp/news/article/E1469582127490/?p=3:徳本栄一郎『角栄失脚:歪められた真実』光文社、2004年)。

 そして「裁判というものが、こんなに変なものだとは知らなかった」ともっともな感想を漏らしている。時効期日に追われていた東京地検特捜部による強引な無理筋の事件では、被疑者を取調べした検察官が証言の行間を作文して「事実」を創作・捏造してゆくのだから、そういうことになる。角栄は身に覚えのない5億円授受を認める事ができなかったので一審、控訴審で有罪になってしまったが、法廷闘争技術的にはそれを認め、総理大臣の職務権限で争っていたら勝てたはずだという法曹関係者もいたほどだ、としていて興味深い(p.181)。裁判については弁護士・木村喜助の本が届いたので読んでみたが、なんだか本質からはずれた法的解釈に終始していて、新しいことはない感じだが、民間機に総理大臣の職務権限は成り立ちがたいので、そこで頑張れば無罪もありえた、という結論は納得できる。そのように方針転換しようとしたら角栄が倒れたので、従来通りでやるしかなった、と。それがP3Cだと軍事防衛費で職務権限に抵触してくるので、そっちは弁護側もまったく触れようとしないわけだ。いずれにせよ、法廷論義なんて真実の解明からほど遠いわけだ。

 被害者であったから、彼女のマスメディア批判は厳しいものとなる。そしてまた角栄の凋落でいとも簡単に人心が離反していく身勝手さ、薄情さ。「今さら驚くことはない」(p.230)と日記に書いて、裏切られた落胆を懸命に奮起させている様子は痛々しい。まさしく人情紙風船。子飼いの代議士が分裂して相争う後日談への眼差しは、太閤亡き後の正室寧々(高台院)もかくあらん(あ、昭子さんは側室か)、という感慨が襲う。

 あれこれ探っていると、つぎつぎ注目すべき本がでてくる。産経新聞特集部編『検察の疲労』角川文庫、2002年、も発注した。こんなの図書館にないからつい購入してしまうが、うっかりすると文庫本などアマゾンだと捨て値の1円や85円だったりする。それがつい検索で「日本の古本屋」を使うと800円だったりして高い買い物になる。しかし、同時代のマスコミで煽られた時流に抵抗して野次馬が真実を見ようとすることは大変難しい(今のコロナ騒ぎだって、そうだ)。それより当事者が死に絶えたあと、角栄の実像はどうなってゆくのやら。そんな自分に2000年前を論ずる資格というか能力があるのだろうか。疑問だな〜と思わざるを得ない。

【追記】中尾庸蔵『角さん、ほめられ過ぎですよ!:異常人気の「角栄本」の正しい読み方』扶桑社、2016年を、間違ってKindle版で購入(おかげでまた目まいに襲われた。目も痛い)。内容が正鵠を射ている感じで、なかなかいい。石原の本を買わなくていいこともわかったし。テレビでの、丸紅からの5億円授受を認めた榎本発言を検察も裁判所も弁護団もなかったことにした、というくだりには恐れ入った。

 ところで関係本を収集していて、「女たちがみた角栄」というレポートができそうだ、ということに気付いた。なんと愛人二人が書いているし、娘二人も書いているし。こういう人も珍しいかもしれない。

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いい加減にしてほしい、大学改悪:飛耳長目(44)

 こんなウェブ記事が飛び込んできた。当時の官僚におだてられ、いいように鼻面を引き回された結果ではあるが、100年先を見通しての見識がなかったわけだ。「国立大学法人化は失敗だった:有馬朗人元東大総長・文相の悔恨」:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00158/051900003/?n_cid=nbpnb_mled_mpu

 有料記事なので、ここでの全文引用は控える。

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 国立大学の教育・研究活動に必要な基盤的経費である国立大運営費交付金。2004年に国立大学が法人化して以降、年々減少が続いており、東大もその例外ではない。この法人化の方向性を決めたのが、1998~99年に文部大臣(現・文部科学大臣)に就いていた元東京大学総長の有馬朗人氏だ。当時は、大学に自主性が生まれるといった効果を期待して法人化されたが、結果的には、そうした効果以上に人件費に充当される運営費交付金の削減で、若手研究者の減少を招くこととなった。法人化は「失敗だった」とする有馬氏に、法人化の経緯や今後のあるべき姿を聞いた。

  日本の大学は海外に比べて資金が不足しているといわれます。東京大学総長や理化学研究所理事長、文部大臣も務められた経験から、今の大学についてどうみていますか

1930-:89歳

有馬朗人・元東京大学総長、文部大臣(以下、有馬氏):1990年代半ばごろ、日本はバブルが崩壊した後で経済市場が危機的な状況にあり、政府は多過ぎる公務員を減らそうとしていました。そして同時にいわれたのが、国立大学も何とかできないかということでした。最初、国立大学を私学化する案も出ていましたが、むしろ日本ほど大学教育で私学が大きな役割を果たしている国はないと、大学の在り方を検討する国の会議の委員も務めていた私は反対しました。

 米国もハーバード大やプリンストン大といった私学はあるが、州立大もきちんと役割を果たしている。ドイツやフランスはだいたいが国立や州立です。私学がこれほど頑張っているのは日本くらい。むしろ、国に対してもっと大学が貢献できるようにするなら、私立大を国立にすべきだと言いました。

 そんな議論がされている間に、持ち上がってきたのが国立大学の法人化でした。そのとき私は文部大臣を務めていて、世界中の大学を調べてみると、オーストラリアの国立大学は法人で、ドイツやフランスの大学関係者からも「法人化したほうが自主性が高まる」という答えが返ってきた。文部省でも検討委員会をつくって議論した結果、法人化したほうが良い面があるという結論が出ました。それで私は法人化を決心したんです。

運営費交付金は減らさない約束だった

海外事情も調べたうえで決断したのですね

有馬氏:ところが、実際、2004年に国立大学が法人化されると、その後、毎年1%ずつ運営費交付金が減らされていきました。

 こうしたことが約10年続きました。この結果、運営費交付金には人件費が入っているので、若手研究者が雇えなくなったんです。全国の大学で正規雇用の若手研究者がガタっと減り、理工系で博士課程に進む数も大きく減りました。運営費交付金が毎年減らされていくことを、私は読み切ることができませんでした。(以下、略:残り 1265文字 / 全文 2245文字)

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 この記事のシリーズ名が「東大の突破力 「知」はコロナ後の日本を救えるか」。笑ってしまった。経歴見ても徹頭徹尾あの悪名高い「原発村」でどっぷり体制側の人だし。読者のコメントにも「東大を潰してその予算を全国の国立大に振り分けたほうが雇用も研究も増えるのでは?」「この失敗の経験がこれから役立つことは無いであろうと思います」と、多少見当外れだが辛辣なものが多い。むべなるかな、むべなるかな。

 現行制度に問題があるから(しかし、問題はいつでもどこにでもある)、改善を目指すと称して「改革」が試みられる。今の場合、文系の私の理解では、教授・助教授・助手という封建的主従関係が学問の発展を疎外しているとされ、大学的には国際化をめざしてあくまでその是正のため制度をいじったはずなのだが、実際には人員削減ばかり行われて、かえって(水増しされた)若手研究者の首を絞める結果となっているし(もう少し言うと、アメリカ式の消耗戦をよしとして採用したわけ:私も大変お世話になった日本育英会奨学金だって、貸与型導入で改悪されてしまった:私は免除職19年勤務で返還義務が免除された)、学問の国際化が進展するどころか、研究の継続性はぶち切られ、理系ですら研究業績数の先細りばかり言われている始末である。いずれにせよ、いつものことだがそうなる恐れは最初から指摘されていた(その点、慎重でつむじ曲がりの研究者にいささかも怠りはない)。それに目をつむって(押さえ込んで)飛び込んだ先は、もっとひどい地獄だったわけである。なんともはや、というしかない。

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テレワークで、ラテン語いっしょに読みませんか

 以前からラテン語で以下を読んでいました。エウトロピウス『首都(ローマ)創建以来の略史』全一〇巻

 これまで渋谷の貸ルームでやっていましたが、ご多分にもれず4月末からZoomでのテレワークでやり始めており、今週で第3巻まで新しい方針(原文直訳主義)で訳し直しました。今現在、密着授業がないので、ポーランドから林君も参加してます(あっちは真昼です)。来週からは第4巻の見直しに入ります。後期古代の文体なのでむつかしくありませんし。気軽に参加してみませんか。部屋代もいらないので、参加料は不用です。

 毎週、火曜日、午後6時半から90分ないし120分です。テキストはBudé 版(初版一九九八年、第二版二〇〇二年)です。当方(k-toyota@ca2.so-net.ne.jp)に連絡いただければ、ラテン語テキストと見開きの仏訳のpdf版を送付します。現参加者は歴史畑の連中ばかりなので、肝心な箇所で音韻的背景あるのかと思っても放り投げています。語学系を求めてます。

 Zoomでのテレワーク接続についての段取りは、江添誠氏(macezoe@kokushikan.ac.jp)にホストをお願いしておりますので、彼にご連絡・ご相談下さい。

テレビ画面は最初と最後だけで、勉強中は音声のみ。この日一人はWi-Fiの調子が悪くてiPhoneの音声で参加、林くんはポーランドから参加、でも音声遅延はなし
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マリー・アントワネットと角栄:飛耳長目(43)

 これまた偶然、NHKの4Kスペシャルで「マリー・アントワネット最後の日々」(2019年フランス製作)の再放送を見ることができた。革命政府の裁判のでたらめさは、まあ予測できたが、あからさまな19世紀的女性蔑視の表明だったという件には、考えてみれば当たり前であるが、私にとって欠落視点で勉強になった。最後に、でっち上げの証拠で死刑に導いた検察官エベールや、全員一致で死刑に同意した裁判の陪審員たちも大半がその後ギロチンで処刑されたという後日談もあって、ちょっとだけ救われた思いである(ルイ17世の哀れな死についても初めて知った)。これを見ていて、以前、2019年3月に「ピュイ・デュ・フー」について書いたことを思い出した。

1755-1793年(37歳)

 最近、テレビでNHK「未解決事件」シリーズの再放送で、ロッキードがらみのものを見たことを連想。そこでロッキード事件の核心について、私など驚天動地のP3Cが本丸だったのだが、という話も出てきていた。それもあって、早坂茂三『怨念の系譜:河井継之介、山本五十六、そして田中角栄』集英社文庫、2003年(初版、東洋経済新報社、2001年)を読む気になったのだろう。まあすでに歴史上の前2名についてはそれなりに平静に読めたものの、私自身の同時代史で報道に翻弄されていた田中角栄(1918-1993年:75歳)については、なにしろ早坂が当事者のマスコミ対策の秘書だったこともあり(1962-85年)、未だ記述内容に疑心暗鬼の呈である(当時、立花隆『田中角栄研究』講談社、1976年[初版『文藝春秋』1974年]を貪るように読んだものだ:早坂は立花の名を挙げずに「路地裏の狙撃兵」[p.233]とかなり貶めている])。だが、政界やマスコミの毀誉褒貶、それによる世論操作・大衆の変節は、フランス革命と寸分変わりないわけで(ロッキード裁判も国内法を無視した超法規的証拠による一審実刑・控訴審棄却判決のあと、死亡による最高裁での控訴棄却で未決着のままである:こんな記述もある。「木村弁護士の著書の中に、・・・記者たちとのやりとりが出ている。・・・記者の諸君が・・・(中略)・・・と言うので、『何でそれを書かないんだ』と聞くと、『いやデスクが通らないんです』などと言う。・・・現場の記者が多少の真実を伝えようと努力しても、マスコミ社内の空気が許さなかった」(p.254-5):今だってそうだろう、我々も気をつけないといけない)、まだまだ評価が定まるには時間がかかりそうだ。弁護人・木村喜助『田中角栄の真実:弁護人から見たロッキード事件』弘文堂、2000年、や越山会の女王・佐藤昭子『私の田中角栄日記』新潮社、1994年、を読んでみようと思う。

中央が田中、右が早坂(1930-2004年:73歳)、目つきが、ね

 但し、田中が郵政相時代にバセドー氏病を発病し投薬を受けて「やや躁」にコントロールされていたことを暴露しているのは、秘書ならでは知りえた極秘情報だ(p.280-1:後から入手した児玉隆也『淋しき越山会の女王、他六編』岩波書店、2001年、p.48にもそれが書かれていた[ということは、1974年にすでに言及されていたわけ])。無類の汗かきだったのもそのせいか。躁状態は並の凡人を驚かす言動を平気でやってしまう。それを人々は「天才」と誤解する場合もある。否、自在にそんな自分を操れるのが天才なのだろう。コントロールされない場合、もちろん普通は「異常者」扱いされるのがオチなのだが(私は角栄の娘の言動にそれを見てしまう)。私的にはこの一点で田中の人心収攬術の秘密を掴みえた気になっている。

【追記】5/21:なんか変だな〜と思っていたら・・・。官邸が検察庁K某がらみの「法改正」をやたら素直に引っ込めたので、世間ではツィッターの勝利なんて言っているようだが、私のような旧世代からするとあんなものにそんな力はない、妙な雲行きだなおかしいなと思っていたら、裏に文春爆弾があったのか:https://mainichi.jp/articles/20200521/k00/00m/040/003000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20200521。官房長官がいかに口頭否定したところで、見え見えですね。だれも信じません。事実はともかく、これでK氏は退け時ではあります。

 ところで、今回の件、実は広島三区の河井克行前法務大臣夫婦の問題もからんでいたことを、初めて知った。新恭氏による「永田町異聞メルマガ版」:「検察庁法改正案で挫折した安倍首相に迫る河井前法相立件のXデー」(https://www.mag2.com/p/news/mag_author/0001093681)。モリカケ問題再燃もありかも。ところで河井君、広島学院同窓会名簿によると、20期生で宗研所属の由。宗研(カトリックの宗教研究会)でなにを学んでいたのやら。今さら猛省促しても無駄だろうな。

 なんと、官邸が抱き合わせで検事総長辞任を求め始めているらしい。ただ検察側としても同じ穴のむじなで、人事に裏は付きものだが、おおいにもめてほしいものだ。:https://mainichi.jp/articles/20200521/k00/00m/010/093000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20200521

【追記2】広島ネタで思い出したので、2010年に村木厚子厚生労働省元局長改竄問題で逮捕された前田恒彦をググってみたら、なんと本人のフェイスブックがヒット。自分の事件のノートも書いていて、その姿勢は評価したい(但し有料:https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20151228-00052360/)。今般の問題についても、やっぱり内部事情には詳しく説得力ある(https://ja-jp.facebook.com/MaedaTsunehiko/)。彼は法曹界への復帰はしないと公言しているらしい。ま、こういう生き様もあるわけだ。応援したくなった。そもそも被告にとっての事実と法廷での事実認定には深い乖離があって、納得できないことが多いのが常だ、し。

 彼の問題は、むしろ私的には彼の大学時代の恩師金澤文雄先生があの当時ご壮健だったことが分かって嬉しかったことを思い出す(1928-:さて現在ご健在なのだろうか)。先生は、東北大学のご出身で、当時の広島大学政経学部で刑法学を講じておられたが、学内のカトリック研究会の顧問であらせられ、集会届けなどの印鑑いただきに毎月研究室におじゃまし、お掃除に来られていた奥様にもお会いする機会もあった。新潟人らしい律儀なたたずまいの方だった。お、新潟県人・・・。

【追記3】新恭氏「永田町異聞メルマガ版」:「河井前法相の買収疑惑はいよいよ自民党本部に波及か」(https://www.mag2.com/p/news/453740?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_fri&utm_campaign=mag_9999_0605&trflg=1)。今回の手入れが、総理に至る前段階として、自民党本部の金庫番の元宿某氏にまで及ぶかどうか、に注目している。

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世界キリスト教情報第1530信:2020/5/18

= 目 次 =      
▼新型コロナに対抗、子どもを力づける米国の日曜学校教師たち      
▼米教会が『Zoom』提訴、オンライン聖書勉強会で性的虐待動画流れる      
▼中国当局が河南省で高齢司教の葬儀を規制      
▼北朝鮮、韓国ドラマ流布や聖書所持していた住民を“処刑”

 なお、これまでの「情報」は以下で全て見ることができる。http://www.kohara.ac/news/
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年金と生活保護費:痴呆への一里塚(22)

 ウェブ記事を見ていたら(「困窮し東京離れる団塊世代 料理人コウイチさんの老後」https://digital.asahi.com/articles/ASN5F51M4N5CUTIL00M.html?ref=mor_mail_topix2)、都内某区の74歳単身男性が毎月受領している生活保護費が月13万円ほどと書いてあった。都内の特養は待機者が多く、群馬県の施設でも3食付きで月15万かかる由。差額2万はどうしていたのだろうと気になったが、それには言及がなかった。私の母の場合、父が死ぬまでずっと専業主婦で扶養家族だったが、それでも月13,4万くらい年金もらっていた。広島で施設に入った場合でも、なんだかんだで20万弱はかかり、それが東京だと特養は入所が無理なので、私立の施設でまあ軽く25万、とそのあたりは実体験したので見当がつく。私の母の場合は広島の賃貸収入があったので、老後後見人としては本当〜に助かった。私の年金もまったく足りそうにないから(団塊の世代の我ら1947年生まれから年金ががくんと減った:私の年金受領額は月あたりで生活保護費の5万円ほど上乗せにすぎない)、広島の家を手放す気はまったくない。しかし築40年物だからあと10年持つかどうかだろうが。ま、私の生存期間には十分か。

 それはさておき、私がその記事を読んで不意打ちだったのは、生活保護費が年金並にもらえている、というこれまで知らなかった事実だ。昨年10月の厚労省の調査だと、生活保護を受給している世帯は164万人弱で、うち高齢者世帯は90万弱、うち単身世帯は82万強で過去最多、の由。

 これが日本における高齢者の平等な受給現状なのだ、と初めて得心がいった。ありがたい制度だと思う反面、いずれにしてもとてもではないが、年金に依存しての老後など心細い現状には違いない。

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朗報!図書館再開

 大学での授業再開(といってもオンライン授業のようだが)に一週間先だって、わが書棚代わりの大学図書館が来週月曜から再開されるらしい。そこに研究個室ももらえているので、大変有難い。もともと3月にだって、それでなくとも人影が絶えていたキャンパスの中でも図書館には職員以外だれもいなかったので、個人的には休館する意味も、光熱・人件費節減ということ以外に理解できなかったのだが。

 考えてみたら、Stay Homeで都のシルバーパスもこの2か月ほとんど使っていない。四ッ谷の立ち食いソバ屋の味も恋しい。これで少しは外出する気になるだろう。体重だけは確実に成長中で、だけど怖い?ので体重計にも乗っていない。以前週刊誌かなんかの表紙に「これではコロナでなく成人病で殺される」といったタイトル見た記憶があるが、本当にそうだ。

 全人代もこの26日に開催される由。さてどうなることやら。

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