9/13 サルノ川景観探査

 最近の私はポンペイ遺跡そのものよりも、周囲、とりわけサルノ川流域の景観に興味がある(Aqua Augustaがらみでの水源地点Serino探査は過去行ったことがある)。今年の3月にはポンペイ遺跡内の円形闘技場近くの大訓練場列柱廊にかねて出土壁画中心に展示がされていたMoregine遺跡の発掘地を訪ねたが、ポンペイ市街地から小一時間、積年の酷使でかねて不調の右足首をかばいつつ進んで到着。そのときこの付近、一面の平坦な土地柄で、市街地を離れると畑と空き地が展開し、ゴミ投棄で埋もれたような用水路は一本だけだったが、さながら2000年前にサルノ川の氾濫流域にラグーンが構成されていたことを予想させるものだった。

 今回は、そのサルノ川本体を目視すべくモルジネ遺跡からさらに300m南を走る河川に沿って西に向かって、可能なかぎり河口近くまで接近しようと考えた。前日にモルジネに行くには周遊鉄道はだめでバス利用しかない感触を得ていたのだが、1時間1本という感じでいつ来るかも、どこに停まるのかもあてにならないバスよりも、時間的にも短縮できて安全を期すなら徒歩2時間足らずと表示しているケータイの地図表示に従って歩いたほうが無難と判断して、宿舎を8時頃出発。東西を流れる小川のこれが2つめと思った小さな流れがどうやらサルノ川本流のようで、こっからはいつものように車両が疾駆する自動車道の、脇にあるかないかの歩道線を頼りに、河沿いを歩くことになる。しかし、古代の復元地図に登場するBottaroの丘らしい高みを判別・確認するには至らなかったが。

 この小川差し渡し20m足らずと思いがけなく幅の狭い川で、しかし水量は豊富とみえた。かつては汚染で悪名高かったようだが(現在も河岸は樹木が繁茂し、道筋に不法投棄は数知れず・・・)、しかしカモの親子が浮かんでいたりしているので、水質はかなり改善されているようだ。狭い自動車道を避けたつもりで、道を大幅に間違え引っ返すなどしてかなり手間取り、どうやら河口に最接近できたのは11時半。左右の土地は私有地らしいので、これ以上は無理に見えたが、実際には激しいゴミ投棄を尻目に右岸のかなり先までいけた。GoogleEarthを見てみると、橋を渡ってずっと北(右)に道がついていてそこから左折して海岸にでることできるようなのだが、そこまで行く勇気はとりあえず私にはなかった。

カモメと思しき鳥たち多数が浮かぶその河口付近の橋の上でしばらくたたずんでいたら、パカパカと蹄の音が高く響いて、一頭立ての馬車が通り抜けてゆく。結局これ一頭だけでなく、真剣な表情をした一人乗りの御者に操られた馬車に街中でも何台もすれ違って、河口に隣接する右岸の私有地と思しき鬱蒼とした草地に姿を消していったので、競走馬の調教馬場が奥にあるのかも知れない。

 それまで比較的楽に歩けたのは緩やかな平地続きだったせいだろう。10時頃から日差しも強烈になり、さすがに帰路は足取りもおぼつかなくなりもしたが、来るあてのないバスを30分待ってみたりしながら、帰路は2回ほど水補強したりして(やたら喉が渇いたのだが、同じようなテ・ペスカが河口付近の場末のバールで1.5だったが、ポンペイ付近では3.5とられたのはいかにもイタリア的であった)、私のiPhoneのヘルスケアで19.4km、28000歩を記録。9/8の17.2kmを凌駕した。足の疲労はそれほどでもなかったが、途中から腰ではなく背中の筋が痛み出したのはなぜ。

 宿舎に帰り着き、シャワーを浴びてハイネッケン2本を飲み干す。19時半頃1度目を覚ますが、なんだか昨日の魚というかポレンタがまだ残っている感じなので、夕食抜きにして二度寝する。ウトウトしながら起き出してこれを書いたのは4時からだった。これで基本今回のポンペイ訪問の活動は終了。最終日には表敬訪問で遺跡に入って、できればヴェスヴィオ門外に出て地形を確認してみたいものだ。

 

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