2025/12/7-8に実施した由。
折角の所蔵品、保存を守りながら積極的に公開するのはいいことだと思う。
2025/12/7-8に実施した由。
折角の所蔵品、保存を守りながら積極的に公開するのはいいことだと思う。
世間ではまったく話題にもなっていないが、今を去る1700年前の325年は、高校世界史教科書にも登場する「第1回ニカイア公会議」開催記念年であった。
実は、私は「第十六回キリスト教考古学学会国際大会参加記」『ソフィア』61/1、2014/7、p.53f.の前書きで以下のように書いていた。「折しも、教皇フランシスコと正教会総主教バルトロメオ一世が、2025年にニカイア(現イズニク)での合同公会議開催に合意したというニュースが飛び込んできた。心からその実現を祈りたい」と(参照:http://www.christiantoday.co.jp/articles/13426/20140603/2025-nicaea.htm)。その約束の年が今年なのだが、総主教は存命であるものの、フランシスコは今年の4/21に死亡し、後継者レオ十四世(2025/5/8〜)が着座した。
現教皇は11月27日から最初の外遊先としてトルコを訪問し、ニカイア公会議の開催地である現在のイズニクを訪問し、キリスト教祈祷会に参加した(https://www.youtube.com/watch?v=j134oK3v5vU;https://www.vaticannews.va/ja/pope/news/2025-11/leone-xiv-iznik-preghiera-ecumenica-1700mo-concilio-nicea.html;https://www.cbcj.catholic.jp/2025/12/03/35663/)。

本来はもっと早い時期に開催すべきであったのだろうが(325/5/20から1か月間開始:https://basilica.ro/en/first-ecumenical-council-nicaea-1700-years/)、折悪しく教皇の代替わりの時期と重なり、そのへんのトップの温度差によるものか、合同公会議も祈祷会に縮小されたようだ。
この機会にバチカン市国は記念切手を発行したらしい。

いつかこれだけは入手したいものだ。
ところでどさくさ紛れで、第二バチカン公会議関係で、1962年発行の開始記念と1966年発行の終了記念の切手は、メルカリ経由で思いのほか安く入手できそうだ。とにかくこの公会議は私の卒論の冒頭で言及したものでひときわ思い入れ深い出来事なのだ。


1700年祭の次なる記念年は、330年コンスタンティノポリス創建記念日、337年コンスタンティヌス大帝死歿年と続く。う〜む、かろうじて5年後の前者は射程内かもだが、どうみても後者は私も死歿後だろうから、見届けなくて残念である。
2025/12/11:https://www.thehistoryblog.com/archives/74873#comments

トルコのブルサ県Bursa province、古代都市ニカイアNicaea(現在のイズニク Iznik)の、街の北東約3キロメートルの地点のヒサルデレ墓地Hisardere Necropoliの石室墓で、「善き羊飼い」として描かれたイエスを描いた希少なフレスコ画が発見されたと、トルコ・トゥデイ紙が報じた。研究者たちは、このフレスコ画がアナトリア地方でこれまでに確認されたこの種のフレスコ画の唯一の例であると考えており、トルコおよび世界の考古学にとって極めて重要な発見である。

背景
この発見は、2025年がニカイアで開催された第1回公会議から1700周年に当たる節目に行われた。ヒサルデレ墓地は、2世紀から5世紀にかけて、イズニクの裕福家系と貧困社会階層の両方によって埋葬地として利用されていた。遺跡には様々なタイプの墓があり、その中にはイズニク地域の特徴と考えられているテラコッタの板で覆われた石室墓chamber tombsも含まれている。
2025年の発掘調査期間中に発見され、新たに記録されたこの石室墓(hypogeum)は、そのフレスコ画で特に注目を集めている。この構造は南北方向に伸びていて、南壁は深刻な損傷を受けているものの、東壁、西壁、北壁、そして天井はほぼ完全に保存されており、装飾の詳細な調査が可能となっている。この地域の他の壁画墓とは異なり、このハイポジウムには人物像が描かれており、地元の葬祭風景の中で際立っている。

北壁には、死者を横たえるために使われた、正方形のテラコッタタイルで覆われた「kline」と呼ばれる高台が確認された。この基壇のすぐ後ろ、同じ壁には、珍しい善き羊飼いの構図が保存されている。
ローマ様式

善き羊飼いの場面は、簡素なチュニックをまとった、髭のない若々しいイエス・キリストを描いている。肩には角のある大きな山羊を担ぎ、その両側には一対の山羊が対称的に配置され、構図を完成させている。研究者たちは、この作品はこの地域において、イエス・キリストがローマ独特の芸術様式で描かれた稀有な例の一つであると指摘している。さらに、ヒサルデレ墓地遺跡内の墓でキリストの肖像が確認されたのは今回が初めてであり、アナトリアにおける初期キリスト教の視覚文化の研究にとって、この発見の重要性をさらに高めている。
年代と重要性
墓内からは年代を直接特定できる遺物は発見されなかったものの、その構造的特徴は、この墓地で既に知られている他の墓とよく一致している。このことから、この墓は3世紀に遡り、初期キリスト教時代に遡ると考えられる。この年代と、アナトリアで唯一知られている善き羊飼いの場面が保存されている可能性が高いという事実から、この墓はこの地域で記録されている初期キリスト教建造物の中でも最も注目すべきものの一つとされている。


それは、2025/12/16のことだった。11年にわたる工事期間を経て新コロッセオ駅で1駅先のポルタ・メトロニア駅と同時に開業式が行われた。


ここでは、C線が当初2000年の大聖年の完成をめざしていたが、予定より大幅に遅れての開業(いまだ全線開通とはなっていない:総工費も膨大になっている)についてどうこう言うのは差し控え、以下の写真を見ていただこう。工事中に発掘された出土品が駅構内に保存・展示されているのである。



こうなると、イタリア的センスを十二分に発揮しての、もう立派な博物館である。私など、地下鉄駅リレー見学で十分一日をすごすことができるわけだ。しかし、早く報告書なりガイドブックが出てほしい。年金生活者だし、円安なので・・・(なんと182円/ユーロだぜ)
隣のポルタ・メトロニア駅には2世紀のローマ軍の兵舎などが保存されており、今後一般公開されるという。
以下は、2018年に公開されたSan Giovanni駅での展示状況:https://jp.trip.com/travel-guide/attraction/rome/stazione-museo-san-giovanni-55838546/
実はまだ行っていない。


中国新聞2025/12/18:https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/760585
宮原と三津田、尾道東と尾道北を統合か 都市部が対象:2033年度まで目標、県教委 高陽・高陽東・安西は3校を一つに

【尚志会のこと書いたときに気付かなかったが、教師も不用になってきてるということなんだな、と納得:まだ素案段階で、今後紆余曲折があるだろうが】
さっそく反応が:2025/12/18 中国新聞夕刊
◎尾道市長「唐突だ」 都市部の広島県立高校再編計画巡り 「中山間地域の学校とで整合性取れない」
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/761063?utm_source=mail&utm_medium=letter_yuu&utm_campaign=letter_yuu
◎山口県でも、「1学年3学級」以下の県立高14校を7校に統合する案を公表したが(https://news.yahoo.co.jp/articles/180c6e25b9924387898fed088ac4e0e04090a0f9)、他の中国地方の県でも同様の動きが。少子化や2026年度に予定する私立高の授業料の無償化を踏まえた国主導の動きが背景にある模様。
◎軌を一にして、定員割れの県立職業訓練施設、広島や三次の3校廃止へ:https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/760303
いずれも高卒者や離職者向けの職業訓練施設だが、少子化や人手不足を背景に定員割れが続いていた。県は2026年度中に存廃を判断する由。
2025年12月16日 朝日新聞:但し有料記事。https://digital.asahi.com/articles/ASTDD2PG3TDDUPQJ004M.html
政治改革と青雲の志をもって国会議員になって、直面したのが、派閥の現実。
「新人議員を集めた派閥の勉強会のことは今でも忘れられません。僕は、父と同じ清和会に入りました。当時の領袖(りょうしゅう)は安倍晋太郎さんで、講師役は、後に首相になった有力政治家ですが、最初に教わったのは『出席した会合に有名人が来ていたら、体を寄せて秘書に写真を撮らせなさい』。二つ目は『届いたお中元やお歳暮は、中身を確認したら包み直して選挙民に配りなさい』。それから、『秘書や事務員を雇うのは大変だろうけど、統一教会が無給で提供してくれるから何人でも申請しなさい』。とんでもない話だと僕は部屋を飛び出しましたが、有力政治家が追いかけてきて『人が話している最中に失礼だろう』と叱責(しっせき)された。期待に胸を膨らませて政界入りしたのに、涙が出るほど悲しかったです」
「当選2回の時、小泉純一郎さんから、お前のような青臭いやつは国対でもまれてこいと言われ、国会対策副委員長に就き、日本政治の『裏』を見ました。野党の社会党とは鋭く対立しているように国民に見せかけて、実は仲良くがっちり握っている。各省庁からは毎晩のように料亭で接待されました。『今度の国会には○○法案を出します。うちのエースの○○課長が担当ですからよしなに』『地元の陳情は全部引き受けますから何なりと』。そんなことを1年もこなすと、次は好きなポストを得ることができる。自民党は機会平等。当選回数に応じたルートが確立していたんです」
「政官財がもたれあい、政治腐敗の温床になっている。これを何としても壊さねばならず、小選挙区制はダイナマイトとして使える――。僕なりの『目撃者責任』の果たし方でした」・・・しかし・・・
――小選挙区比例代表並立制は導入され、政権交代も起きました。しかし、日本政治が良くなったとは到底言えない。むしろ悪くなったのでは?
「それは、改革が中途半端だったからでしょう。たとえば政党の政治活動を支えるために導入された、国民ひとりあたり年250円を原資とする総額300億円以上の政党交付金制度は本来、企業・団体献金の廃止とセットだったはずです。なのに今も続き、高市早苗首相は国会で『廃止とセットだとの約束があったとは認識していない』。開いた口がふさがりません」
偶然見つけた。Xヘの書き込みで、管理人は「Shelk」氏。httphttps://x.com/Shelk_Shelk_
古代ローマのコインを中心に書いているが、私のような貨幣学初心者にとって未知の知識と蘊蓄を、平然と披瀝していて、なかなか油断できない。
書き込みの日時がなぜかバラバラなので、話の筋が連続して読めないという難点はあるが。
あと、2024/2/14ごろまで自伝めいたことを連続して書き込みしていたのだが、その後一足飛びに飛んで6/18を最後に書き込みが途絶えているのが気になる。
30年以上も前に、古代ローマの基本文献である藤井昇訳『マールティアーリスのエピグランマタ』上下、慶應義塾大学、1973-4年を、古書店から購入して(上下揃いで1万2千円だった:なんと青焼きで慶應義塾大学言語文化研究所長・松本正夫名の配布のご挨拶も同封されていた)、だがしばらくして気付いたのだが、上巻の後半に2箇所乱丁があった。裏切られた思いでガックリしたが、大学図書館の蔵書から該当箇所をコピーして、とりあえずは繕ったのだが、やっぱり完本がほしいと思い、そのとき「日本の古本屋」で調べたのだが、そのころは上下揃いばかりでしかもかなり高価だったりして諦めた経緯があった。
今回、引用文の参照で手に取り、その気になったのでちょっと古書を調べたのだが、アマゾンでみたら上巻のみで、新刊2万3千円強とか(おいおい残り11点もある由:蔵出し品か)、古書だとなんと8170円を最安値として22冊も売りに出ていたので、驚嘆した(郵送料は別にかかる)。下巻はだが古書のみでたった2部しか出てなかったが、安い方は約8千円。念のため「日本の古書店」もみたら、上巻のみは2部、上下揃いで5部出ていたが、予想どおりやや高めだった。しかし昔のように目を剝く高額ではなくなっていた。
いずれにせよ、知らない間に品揃えが豊富になっていて大変驚いた。想像するに、世代交代で我ら以前の諸先輩の書庫からの流出品が出回っているということなのかもしれない。さっそく最安値の上巻を発注した。今更不要とも思えるが、なんだか長年の胸のつかえがやっと下りたような気がしている。
こうして私が入手して完品となった上下巻もそう遠からず古書に売りに出されるはずで、微妙な心持ちではある。
【追記】その気になって、1994年出版の私の主著をアマゾンで調べたら、なんと26冊も売りに出ているようで、これには心底驚嘆した。これまでだとせいぜい3,4冊だったのに。ま、他人事ではない。献本した同世代以上が断捨離の時期に来ているのだから。私も本の整理をして献本されたものを情け容赦なく処分しなければならない現実があるのだ。
2025/11/29:NHK BSの「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」での「「ADHD」その特性は障害か多様性か」が面白かった。私自身それに類する性向なきにしもあらずなので、なおさらである。
番組の趣旨は、幼少期にその傾向ある児童に対しどのように接するのがいいのかといったほうに重点があったように感じた。他との比較で横並びを求めるのではなく、特性を育てるべく成功体験を褒める、ということを強調していた。
思うのだが、「ADHD」に限らず、たぶん「自閉スペクトラム症」なんかもそうなんだろうが、どんな人間も一つの肉体の中に多種多様な性向を秘めている。要するに皆多重人格への性向や社会性に対して凸凹の現実を持っている。各々長所もあれば短所もある。完璧な人間など存在しない。文字通り「症状は、人の数だけある」。この当たり前の事実をまず押さえなければならないのだが、それが現実にはむつかしい。
私の出身大学、広島大学は文理科大学・高等師範・師範学校をその淵源にしている。かつては西の初等・中等教育の担い手として、その卒業生からなる「尚志会」は隆盛を誇っていた。一応、教育学部・文学部・理学部で教職を履修した者がその会員を構成している。
現在私は東京在住なので、「尚志会」東京支部に加入している(あくまで一応であって、積極的メンバーではない)。年に一回機関誌などが送られてくるのだが、それが今日届いた。そこにちょっと気になる数字が書かれていたので紹介したい。隆盛を誇っていた頃の数字を知らないので、比較はできないが、現状は以下の如し。
◎過去3年間の3学部入学者数、令和4年:829名、 令和5年:809名、 令和6年:799名
◎令和7年度教職説明会参加者数:215名
◎希望する校種: 幼:1、 小:74、 中:64、 高:101、 特:12
◎令和5年度、6年度卒業者教員採用者数

戦後、県ごとに教育学部が設立されたので、漸減はどうしようもない。
◎ 東京支部名簿によると、メンバー数27名、年齢構成は不明であるが、そのうち30年以上の会員は終身会員1名を含め16名。私は1988年以降支部会員のはずなので、となると通算37年となるのだが、なぜかその他の11名に含まれているようだ。高齢化と少数化は否めない。