ローマで前6世紀の住居出土:遅報(73)

 2015年に、現在のローマ市の中心部から前6世紀の大きな邸宅が発見された(参照、https://www.digitalaugustanrome.org/:85付近かと)。その場所は、古来Quirinaleの丘と呼ばれている地区で、現在ではテルミニ駅から共和国広場を経て、バルベリーニ広場に弧を描いて至るバルベリーニ通りの北端に位置するPalazzo Canevari(Largo di Santa Susanna, 13)の敷地内で、その改築現場での2010年からの予備発掘によって出土した。この歴史的建造物は、19世紀後半にイタリア王国で3度財務大臣を勤めたQuintino Sellaによって建てられ、地質学研究所の元本部で、現在はCassa Depositi e Prestiti S.p.A.が100%所有するCDP Immobiliare=不動産開発セクターの所有である。2013年に前五世紀の神殿が発見され(幅25m、長さ40mと、当時ローマ最大級:その下から前七世紀の新生児の骨格も出てきた由)、調査は周辺に拡大され、そこで今回の発見に至った。

中央上部の赤印がPalazzo Canevari

 ローマ第6代の王セルウィウス・トゥリウス(紀元前578-535年)による城壁の北西端に位置していたその場所から、なんと、かの王と同時代の前六世紀に属する大きな住居がでてきたのである。保存状態は良好で、家は長方形で(3.5m × 10m)、玄関と柱廊玄関のあるトゥフォ石のブロックで区切られた2つの部屋、壁は粘土で覆われた木で作られ、高さは3m、屋根は瓦で覆われていた可能性がある。ここ10年間でもっとも重要な発見とされているのも無理はない。

左図赤線がセルウィウスの城壁:出土地は上部くびれやや下付近か;右写真、中央に女性が立っている

 この地域は城壁内とはいえ場末であったので、従来ネクロボリス=墓地としての使用が想定され、ローマの住民はフォロ周辺(上記地図ではティヴェレ川蛇行付近以南)に居住しているものとばかり考えられてきたが、今回、居住地が予想以上の広がりを持っていたことが実証されたわけである(考えてみれば、城壁でわざわざ護る必要があったのだから、まあ墓地よりも住民がそれなりにいたはずではある)。その一方で、2013年に発見された前五世紀の神殿との関連でその管理人の住居だったという、時代設定的に若干矛盾したような想定もされているようだ。別の考古学者は、この住居はかの神殿ができるまでの約50〜60年間使用されていた、と考えている。

 イタリアでは、このような発見があると、私有地といえども遺跡保存されなければならない法律があるので、いかなる形になるかは不明だが、遺存されるはず。たとえばナヴォーナ広場北側でドミティアヌスのスタディウムがビルの地下と一階部分の空間を割いて保存されているように(以下の写真参照)。

は時々見学会が開かれている地下遺跡、は現在の通りから見ることできる入場門
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