漱石とあばた(痘痕):遅報(49)

 以下で、夏目漱石が4歳頃の種痘の失敗であばた面の持ち主だったことを初めて知った(2020/4/24:但し,有料)。小森陽一「夏目漱石と感染症の時代:『吾輩』の主人・苦沙弥先生はなぜ「あばた面」だったか」https://webronza.asahi.com/culture/articles/2020052200006.html

 これはけっこう有名な話だったらしく、彼のイギリスでの3大劣等感のひとつとされている(他の2つは、英会話苦手、短躯:158cm52kg)。昔読んだとき、そんな箇所私はすっ飛ばしていたのだろう、全然記憶にない。しかしそれにこだわって彼の小説なんかを読むと、当時のイギリスにおける人種差別まで考察が至ることができるわけだ。

左は晩年、右が大学予備門時代、写真の傷のように見えるが、両者でその位置が共通しているし、彼の写真はだいたい右向きなのも気になる

 それはともかく、彼の写真はあばたがきれいに修正されているのだということも(見合い写真は言うまでもなく、切手や昔の千円札でも)、初めて知った。ちょっとウェブ検索しても明確にそれらしいものはみつからなかったが、ロンドンでもじろじろ見られたというからにはかなりのあばた面だったに違いない。とはいえ日本ではそのころこんな感じ↓の人は珍しくはなかったのだろうが。

幕末の通弁御用役・塩田三郎、1864年撮影

 そういえば「あばたもえくぼ」っていうことわざもあったっけ。当時鉛をいれたおしろい(鉛白粉)が女性の化粧に使われていたが、それだとあばたが隠せたそうだ。ただし「引きずり痘痕」になるとそれも無理だったが、とのこと(https://www.isehanhonten.co.jp/wp-content/uploads/2019/10/vol47.pdf)。

この宣伝ってどう考えても嘘くさい。右に細工しての左だろう、たぶん
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