つぐない:今日のコミカレの落とし前

 って、まるでテレサ・テンの歌みたいですが、接続コードを一つ忘れてしまって、今日は画像抜きの講義となりました。申し訳ないので、画像だけでもアップしようと思い立ちました。以下まずレジメ、資料。

アウグスティヌスとモニカ

白人として描かれるAugustinus像:6世紀、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ宮殿図書館
中央がAugustinus:7世紀、ブレシア博物館
ボッチチェリ、1480年:フィレンツェ・オンニサンティ教会
典拠不明、最近よくウェブに登場
白人的なモニカ像:15世紀Benozzo Gozzolnii
Ary Scheffer,1846:いかにも北アフリカ人的表現で納得できる
典拠不明:最近よく見かける
男性は旅行時のガイドさんと遺跡案内人:女性の顔の刺青に注目、さてモニカはどうだったのだろう

古代ローマの外港:オスティアとポルトゥス

復元想像図:左が二段構えのPortus港、右端の河口港がOstia

Ostia antica遺跡でのアウグスティヌスらの宿舎の想定場所

Ostiaの共同墓地は、この地図では中央の幹線道の右端の先にあった
北からみた現在の庭園

Borgo全景:上が北

ムスリム軍を警戒して左の砦を作ったのは、後の教皇ユリウス2世
右がSaint’Aurea教会:奥が司教館、その手前の広場で碑文発見か
教会内部:GoogleEarthで360度パノラマ写真もある
右側の小礼拝堂:正面に「窓辺で話す母子」の絵
小礼拝堂の左壁に強化ガラスで覆われた碑文断片
右が裏側:私には石棺のフタの再利用に見えてしまうのだが
Junius Bassus(†359年:首都ローマ長官在職中に死亡)のキリスト教的石棺:バチカン、サン・ピエトロ大聖堂・宝物館所蔵(但し、碑文を献呈したAnicii家のBassusとは無関係)

ローマ、ナヴォーナ広場周辺:右が北

縦長にSan Luigi dei Francesi教会↑     右中央横長がSant’Agostino教会↑    

Sant’Agostino教会

左奥チャペルの聖モニカ祭壇
左壁に、聖モニカ石棺
余談ですが、見るべき所蔵品:カラヴァッジョ作「巡礼者(ロレート)の聖母」1604-6
教会入り口付近の聖母子像:実はローマ時代の女神像の由

【参考図像】近くのSan Luigi dei Francesi教会所蔵のカラヴァッジオ作品・聖マタイ三部作

左から「召命」「霊感」「殉教」

かつての高額紙幣10万リラの裏面:犯罪人を紙幣の顔にしてしまう国、それがイタリア

背景の彼の作品「女占い師」(1595年頃、ルーブル)も、実は手相を見る振りして少年の指輪を抜き取ろうとしている絵、との解釈あります。つくづく、イタリア的!

アウグスティヌス母子の名前を冠したアルジェリア産ワイン


【追補】昔のファイルから見つけた。

モンニカが若すぎるけど
1990年発行の『地球の歩き方』105「カルタゴの夢チュニジア」ダイヤモンド社、p.47(絶版)には「顔にはバルコースを使って化粧が施されている」と。背景を明るくしてみると、
娘と孫だろうか。未婚の孫にはまだ刺青はない。

他にも昔のHPに現代のベルベル人の写真が掲載されていた。もう消えているので勝手に転載しておく。

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