ケルト・メモ:(4)4000年前の沼地殺人事件

 またも 4/12に、偶然関連あるテレビ番組の後半を見てしまいました。
 BS朝日 地球大紀行 *44「4000年前から来た男、遺体の謎を追え」   https://www.bs-asahi.co.jp/wild-nature-chikyu/lineup/prg_044/

  2011年にアイルランドのキャシェルCashelで、土を掘っていた重機のオペレーターが、埋もれていた死体を見つけた。当初、これは殺人事件の被害者かと思われたが、それはあまりに保存状態が良いために起こった誤解だった 。  
 科学鑑定で遺体の男性は、4000年前に死んだという驚くべき結果が得られた。ではなぜ、彼は死んだのか? CTスキャンや胃の内容物の調査、そして犯罪捜査の手法を用いて謎の死因に迫る。そして見つかった証拠の数々…。  
 彼は若き王だったのか? だとすれば、なぜ彼は殺されなければならなかったのか? カメラが彼の正体に迫る。  
 (実は、昨年の9/14には、*36「沼に沈んだ遺体 2000年前の殺人事件の謎を解く」もあったようです。https://www.bs-asahi.co.jp/wild-nature-chiky u/lineup/prg_036/)  

 この番組の主眼は、沼地で殺害された男たちは王で、しかし穀物の実りが不作だったので、女神の怒りを解くべく殺された(遺体に傷つけられた様子でわかるのだそうです)、その時期は、沼の有殻アメーバーの研究から、青銅器時代から鉄器時代の変わり目(前750年頃)に気候の大変動が実証された、という仮説の提出にあるようです。  
 でもそれだと、遺体の年代と1000年もずれている気がするのですが、前半を見ていないので、はっきりしません。しかし、不作の責任をとっての王の処刑というのはケルト神話的にもありえる話だなと思いました。
 そして関連で、デンマークのを調べている内に、有名な「ヴィンデビーの少女」が骨格やDNA鑑定によって、最近では若い男性だった可能性が出てきていることも知りました(しかも、姦通の相方とされていた男性は300年も前の人物だった由)。最近のポンペイでの寄り添って死んでいる石膏像の「乙女たちの像」の少なくとも一方が男性だったことが判明したのとよく似た現象で、面白かったです。でもなんだかなあ、ロマンが・・・。
出土状況
あとから見つかった部位を含め、広げるとこうなるらしい

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