ケルト読書会によせて:体感的キリスト教

 これもうろ覚えですが。
 今日、偶然にも途中からBS4で「知られざる古代文明:マヤのピラミッド」をみたら、最後に極めつけの文言が研究者の口から発せられて、脱帽。
 征服者スペイン人がやってきてキリスト教を強要した。マヤ人たちはそれまで多神教だったが、それまで1000の神を信じていたとして、彼らはキリスト教を単に1001番目の神として受け入れたに過ぎなかった、と。
 まあ、ケルト人にとっても、同じことであったのではないか、と。

 ところで、多神教の中で自分の守護神として一人の神を選び取ることを「一神礼拝」monolatryといいます(アブラハムもそうだったとされてます)。キリスト教側では教義的に自分たちは「唯一神礼拝」monotheismだ、と一生懸命主張するわけですが、実際の信者たちの多くにとっては「一神礼拝」にすぎなかったりします。
 信者であれば体感的にこのことは分かっているのですが(特にカトリックでは)、頭で自分はキリスト教を理解できていると思いこんでいる信者でない人たちは(いや、自分はちゃんと信じていると思っている人でさえも)、この肝腎な部分が分かっていないので、見当外れの言説を飽きもせず再生産しているように思うのは、私だけでしょうか。

 理念追求の神学や哲学はそれでいいとして(正直本音では、いいとはまったく思ってませんが (^^ゞ)、現実を直視すべき歴史やってる人がそれでは、どうも、ね。

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