翻訳:ペルペトゥアとフェリキタスの殉教者行伝

 20年近く前に翻訳したものをアップする。邦訳としてはその時期にも教文館版(土岐正策訳、1990年)があったが、それが底本にしたH.Musurilloの英訳(1972年)には、とりわけ古代ローマ史に関する知識に問題があったこと、それ以上に、フェミニズム史学華やかりし頃、女性史関係の叢書の巻頭言部分で引用された邦訳の意味不明さに辟易したという体験から、より正確な邦訳を目指したわけである。
 なお、気が向けば、2001/5/13の日本西洋史学会大会古代史部門での口頭発表レジメを掲載するでしょう。

 この殉教者行伝に関する聖人伝としては、以下がある。
①「三月七日(2)聖女ペルペチユア殉教、聖女フエリシテ殉教、他四名の聖殉教者」シルベン・ブスケ『聖人物語 三月之巻』1912(明治45)年3月16日印刷[全12巻、聖若瑟教育院、1910(明治43)-1926(大正元)年]。
②「3月6日 フェリシタス、ペルペツア両聖女殉教者(Ss.Felicitas et Perpetua MM.)」光明社編『カトリック聖人傳』上巻、光明社、第三版、昭和38年(初版、昭和13年)、215-218頁。
③「167 聖サトゥルニヌス」ヤコブス・デ・ウォラギネ(前田敬作・山中知子訳)『黄金伝説』第4巻、人文書院、1987年、339-343頁(原著は13世紀半ばの著作)。

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『聖ペルペトゥアと聖フェリキタス殉教者行伝』Passio Sanctarum Perpetuae et Felicitatis

I (1)もし古い信仰の諸模範 exempla が、神の恵みを立証し人間形成に参与することで、そのため諸文書に書かれてきたとするならば、というのは、それらの朗読と出来事の描写によって、神はあがめられ人は強められるからだが、それならば、新しい諸文書が等しく両方の目的にふさわしく書かれないことがあろうか。というのは、同様にこれらもいつか古くなるであろうし、そして後代の人々に必要になるからである。古代性のほうが優先的に尊敬されるので、たとえそれらは、それが生じたその時代において、より小さな威厳しかないと見なされるのであるが。
(2)しかし、唯一の聖霊の力が virtutem、もろもろの時代の諸世代に(同じように働いていると)判断する人々は,以下のことを見るべきだろう。より大いなるものとは、より新しくそして最新(=最後)のものであるとみなされるべきである。なぜなら、恵みの豊かさ(噴出)は現世の最終の時期に定められているからである。
(3)「だが終わりの日々に」と主は仰せになる。「わたしはわたしの霊をすべての肉 carnem の上に注ぐ。すると、息子たちと娘たちは預言するであろう。そしてわたしの僕たちとはしためたちの上に、わたしはわたしの霊を注ごう。すると、若者たちは幻をみ、老人たちは夢をみるだろう」【行伝2.17-18:参照ヨエル23.1-2】。
(4)それゆえ、我々も、同じように約束された新しい預言と幻を承認してあがめ、聖霊の他の力をも教会の道具と見なすのである。そこにも同じものが派遣される。主は、あらゆる賜物を管理なさり、すべての人々におのおのに応じて分配なさる【エフェソ書簡4.7】。我らは、不可避的に順序正しく記入し、神の栄光のため朗読を言祝ぐ。それというのも、信仰の弱い人ないし懐疑の人が、殉教あるいは啓示への評価によって、ただ古人たちの場合だけのみに神の恵みが改宗をもたらした、と考えることがないためにである。常に主は、約束されたことを実行なさり、非信者たちには証しを【マルコ6.11】、信者たちには恵みを【ヨハネ3.36】お約束くださってきた。
(5)それゆえ我々もまた「聞き、かつ見、そして触れて」【ヨハネ第一書簡1.1】、そしてまた汝らに伝える【ヨハネ第一書簡1.3】。兄弟たちと幼子たちよ、というのは、あなた方の中で居合わせた人たちは主の栄光を思いだし、そしてそれをいま聞いて学んでいるのなら、聖なる殉教者たちと、また彼らを通して主イエス・キリストとの交わりを持つことができるからである、彼に光輝と誉れが代々に至るまで、アーメン【ヨハネ黙示録5.13】。

II (1)若い教理研究者たちが逮捕された。レヴォカトゥス Revocatus と彼の奴隷仲間フェリキタス Felicitas、それにサトゥルニヌス Saturninus とセクンドゥルス Secundulus である。彼らの中にヴィビア・ペルペトゥア Vibia Perpetua もいた。彼女は高貴な生まれで、自由教養諸学科の教育を受けており、結婚していた既婚婦人で、父と母、それに二人の兄弟 fratres が存命中であり、その1人は等しく教理研究者だった。そして両の乳房に乳飲み子の息子 filiorum infantem を抱いていた。とはいえ彼女自身はおよそ22歳だった。かの女は彼女の殉教のすべてを順に、続いてこれから(示すように)自ら物語った。いわば彼女の手で、そして彼女の意志で書き付けて残したのだった。

III (1)彼女は言った。「まだ、私たちが監視人 prosecutor たちとともにいて、そして私に父が言葉でもって改心させようと望んで、そして彼の愛情によって思いとどまらせるようにし続けた時、私は言います。『お父様、見えますか、たとえば、ここにある容器、水差し、ないしは他のものが』。そして彼は言いました。『見えるとも』。
(2)そこで私は彼に言いました。『それでは、それをそうである別の名前で呼ぶことはできるでしょうか?』。彼は答えた『できない』。『それでは私はキリスト教徒ですから、私であるものとは違う、別のもので呼ばれることはできないのです』。その時、父はこの言葉に怒って、私から両目を抜き取る勢いで、私に向かって詰め寄ってきました。しかしただ悲しみに打ちひしがれ、立ち去りました。悪魔の狡猾さを持っていたのですが、うち負かされたのです。
(3)その後、数日、私は父に煩わされずにいましたので、私は主に感謝しました。そして彼の不在で私はくつろげました。わずかな日々のまさしくこの期間に、私たちは洗礼を受けました、そして私に聖霊が話しかけました。『洗礼ののちは、ただ肉の忍耐以外のなにも期待すべからず』。数日後、私たちは牢獄に収監されました。そして私はびっくりしました。というのは、私はこんな暗闇をまったく体験したことがなかったからです。
(4)なんとひどい日だったことか! 大勢の人いきれによる大変な暑さ、軍隊の職権乱用。最後に、そこにいた乳飲み子の心配で私は苦しめられたのです。その時、テルティウス Tertius さんとポムポニウス Pomponius さん、祝福された執事さんたちが、私たちの世話をしておられたのですが、こころ付けを用立ててくださいました。というのは、わずかな時間でも、牢獄のよりよい空間に移って、私たちがくつろげるようにと。
(5)その時、全員が牢獄から出て、自由になれたのです。私はすでに絶食で衰弱していた乳飲み子に授乳しました。彼のことが心配で、私は母に話しかけ、そして兄弟を fratrem 勇気づけ、息子を委ねたのでした。私はそのため憔悴していました。というのは、私のために彼らが憔悴しているのを私が見ていたからです。
(6)このようなもろもろの心配に幾日も私は耐えました。そして私と共に乳飲み子が獄中で過ごせるようにと願い出て、そしてすぐさま私は元気になりました。そして私は乳飲み子のための心痛と心配から解放されました。そして私にとって牢獄は突然軍団司令本部 praetorium となりました。というのは私はどこよりもそこにいることを好むようになったのです。

IV (1)その時、私の兄弟が私に言いました。『主において姉妹よ、もう大きな地位に dignitas あるのだから、幻を求めたらどうですか、受難するのか、一休みできるのかが、あなたに示されるでしょう』。そして私は主との語らいを会得し、彼の大きな恵みを体験していましたので、確信をもって彼に約束して、こういいました。『明日、あなたに伝えるでしょう』。
(2)そして私が求めたところ、私に次のことが示されました。私はとても巨大な青銅のはしごをみています。それは天へと伸び、そして幅が狭いので一人づつしか登れません。そしてはしごの両脇にはあらゆる種類の鉄器具類が打ち込まれていました。
(3)そこには、剣、やり、鈎(かぎ)、短剣がありましたので、もしだれであれ無造作に、または上の方に気をつけずに登ろうとしたならば、彼は引き裂かれ、彼の肉は鉄器具類に刺さってしまうでしょう。そして、はしごのすぐ下には(一匹の)龍が横たわっていました。とても巨大でして、それは登っていこうとする人々を待ち伏せて、立ちはだかり、また彼らが登ってこれないように追い払ってました。しかしサトゥルス Saturus さんが先に登っていきました。彼はあとから私たちのために自発的に自らを(官憲に)委ねたのでした。というのは、彼自身は私たちを教導してくださっていたのですが、私たちが連行された時に、たまたまその場にいなかったのです。
(4)そして彼ははしごのてっぺんに着くと、振り返り私に言いました。『ペルペトゥアよ、私があなたを守りますから。でも、あの龍があなたに噛みつかないように注意しなさい』。そして私は言いました。『龍は私を傷つけないでしょう、イエス・キリストの名において』。そして龍ははしごのすぐ下で、私を恐れているように静かに頭を投げ出していました。そしてまるで最初の階段を踏みつけるかのように、私はその頭を踏みつけました。
(5)そして私は登っていき、そして見たのです、無限の広さの庭を。そしてその中に白髪の男性が座っていましたが、彼は牧者の衣装を身につけ、大変大柄で、羊たちの乳を搾ってました。そしてまわりに(白い衣装の)志願者たちが何千といました。そして彼は頭を起こし、私に言いました。『よくやってきましたね、子供よ tegnon(gr.)』。そして彼は私に大声で呼びかけ、そして彼が搾りたて(のミルク)で作ったチーズから、私に一口ほどくださいました。そして私は両手を重ねて頂戴し、そして食しました、そして回りにいたすべての人々が言いました。『アーメン』。
(6)そして私は騒がしい声で目覚めたのです。今まで未知だった甘い味を飲み込みながら。そしてすぐに私の兄弟に話しました。そして私たちは来るべき受難を理解したのです。そして私たちはもはや現世にはなんの希望も持たなくなりました。

V(1)しばらく日にちが過ぎて、尋問が行われるという噂が広まりました。しかし私の父が都市からde civitate やって来ました。彼は苦悩で消耗し、そして私を転向させようと、私へと登ってきて ascendit ad me 言いました。『哀れんでおくれ、娘よ、私の白髪を! 父を哀れんでくれ、もし私がお前によって父と呼ばれるのに値するなら。もしお前をこの手ずからこの歳の花盛りまで私が導いてきたなら。もしお前をお前のすべての兄弟たちよりも私が上に置いてきたなら! 私を人々の恥辱の中に委ねないでおくれ! お前の息子のことを考えなさい。あれはお前のあと生きることはできないだろう! 強情を張るものではない。私たちすべてを破滅さないでくれ! わしらのだれも、自由に話しかけられはしないだろう、もしお前がそんなことを甘受しようものなら』。
(2)これらのことを彼は言ったのでした、父がその慈愛のために言うように。彼は私の片手に接吻し、そして私の両足に自らを投げ出し、そして私を涙ながらに娘ではなく婦人と呼んだのでした。
(3)そして私は私の父の問題で悩みました。なぜなら彼一人が私の全一門の中で私の受難を喜んでいなかったからです。そして私は彼を力づけて言いました。『このことは、あの台の中でも生じるでしょう。というのは神がお望みになられたであろうからです。いつか分かってください、確かに私たちは私たちの権力の中にではなく、神の中にあるべき存在なのです!』。そして彼は私から去っていきました、悲しみながら。

VI (1)別の日に私たちが朝食をとっていると、私たちは突然引き裂かれました。それは私たちが尋問されるためでした。そして私たちは広場に ad forum つきました。噂はただちに広場の近くの地域に広まり、そして大勢の民衆がやってきました。私たちは台に上りました。尋問されてほかの人々が告白しました。そして私の番になりました。そして父がその場に私の息子と現れ、そして階段から私を引きずりだし、嘆願したのです。『乳飲み子を哀れんでくれ!』と。
(2)そして、管理官 procurator のヒラリアヌス Hilarianus は、そのとき属州総督 proconsul で死去したミヌキウス・ティミニアヌス Minucius Timinianus の座にいて死刑執行権 ius gladii を拝命していたのです。彼がこう言います。『おまえの父の白髪を大切にしなさい! 乳飲み子の男の子を大切にしなさい! 諸皇帝の健康のために犠牲を行いなさい!』。そして私は答えました、『いたしません』と。
(3)ヒラリアヌスは言います。『お前はキリスト教徒か?』。そして私は答えました。『キリスト教徒です』。そして父は私を転向させようとしつこかったので、ヒラリアヌスによって引きずりおろせと命令されました。そして……彼はむちで痛めつけました。私の父のできごとは私を悲しませました、まるで私がむち打ちされたように、こうして私は彼の哀れな白髪のために悲しみました。
(4)そのとき、彼は私たち全員に判決を下し、そして野獣刑を宣告しました。そして私たちは晴れ晴れと牢獄に降りていきました、そのとき、乳飲み子は私から両の乳房を含み、私とともに牢獄にいることになっていたので、ただちに父のもとへ助祭のポムポニウスさんを乳飲み子を求めて送りました。しかし、父はそうしませんでした。そしてそれは神が望んだことだったのです。彼は以前よりは両の乳房を慕わなくなっていて、それらも私にいらだちをなさなくなっていたのです。私は、乳飲み子の不安も両の乳房の痛みにも苦しまなくなっていたのです。

VII (1)その後、数日して、私たち全員で祈ってますと、突然祈りの最中に私から声が出てきたのです。そして私はディノクラテス Dinocrates の名前を呼んだのです。そして私は唖然としました。というのは、決してそれはその時以外に私の心に浮かばなかったからです。そして私は苦しみました。彼の死を思い出したからです。そしてすぐに、私がふさわしくそして彼のためにそうせねばならない、と気づきました。そして私は彼自身のためにしばしば祈りをし、そして主に対してうめき ingemescere 始めたのでした。
(2)ただちにその夜、私に以下が示されました。私はディノクラテスが暗い場所からでてきたのを見ました。そしてそこには多くの人たちがいました。彼は大変に暑がりそしてのどが渇いていて、顔つきが汚くそして顔色は青ざめていました。そして彼の顔面には傷がありました。彼が死んだときそれを持ってました。このディノクラテスは私の肉の上での兄弟で、7歳でしたが、彼は病弱のため顔面の腫瘍が悪化して死んでいたのでした。そのために彼の死はすべての人々によって嫌悪されたのです。
(3)この彼のために私は祈祷oratio をしたのです。そして私と彼との間にはかなり距離がありました。そのため私たちはおたがい相互に接近できないほどでした。さらに、ディノクラテスがいたその同じ場所に水をたたえた水槽がありました。それは子供の身長よりも高い縁を持っていました。そしてディノクラテスは飲もうとするかのように背伸びしました。
(4)私は悲しみました。というのは、その水槽には水があったのですが、でも縁の高さのために彼は飲めなかったからです。そして私は目が覚めました。そして私の兄弟が窮していることを知りました。しかし私は、彼の苦労に私が役立つであろうことを信じていました。そして私は彼のために毎日祈りました。それは、私たちが兵営の牢獄にいくまでのことでした。というのは、兵営の余興(見せ物) munura castrensia で私たちは戦わされることになっていたのです。そのとき、副帝ゲタの誕生日に。そして私は彼のために昼も夜も祈りました。うめき、涙を流し、それが私に許されるようにと。

VIII (1)私たちが【自殺防止用拘禁具の】革ひもで過ごした日に、私に以下が示されました。私は、私が以前見ていたあの場所を見ています。そしてディノクラテスを。(彼は)清潔な身体で、よい衣服を着て、くつろいでいます。そして傷があったところに、私は痕跡を見ます。そして以前私が見たあの水槽も、子供のおへそほどに縁が低くなっています。そして水がそこから絶え間なく流れ落ちていたのです。そして、縁の上には水でいっぱいの黄金のfiala(gr.:jialh:平鉢)があります。そしてディノクラテスは近づき、そしてそれから飲み始めました、その平鉢はけっして尽きることがありませんでした、そして彼は水を堪能し、子供たちがよくやるように水で遊びはじめました。彼は喜んでいます。そして私は目覚めたのです。そのとき、彼が罰から移り出たことを私は悟ったのでした。

IX (1)ついでしばしの日々の後、百人隊長補佐 optio の軍人プデンスPudens、彼は監獄長 praepositus carceris だったのですが、彼が私たちをあがめ始めたのです。私たちの中に大きな力を悟ったようです。彼は多くの人々が私たちに(接見することを)許可しました。それで私たちと彼らは相互にくつろいだのでした。
(2)ところで、見せ物の日にちが近づいたので、私の父が私のところに入ってきます。心労で消耗して。そして彼は彼のあごひげをむしり取り、そして地面に投げつけ始めました。そして自ら顔面を打ち据え、そして彼の歳に不平をいい、そしてあらゆる被造物を揺り動かすであろうような多くの言葉を語りました。私は彼の不幸な老年のため悩みました。

X (1)私たちが戦うはずの前日に、私は幻の中で in horomate(cf., gr.:ヤora ォw)以下を見ます。執事のポムポニウスさんが、牢獄の入り口にやってきて、そして激しく叩きます。そして私は彼の方に行き、それを開けました。彼は帯なしの白衣を着ていました。それには多くの玉飾りがついています。そして彼は私に言いました。『ペルペトゥアよ、私たちはあなたに期待してます。お出でなさい!』。そして彼は私の手をとりました。そして私たちはでこぼこの、そして曲がりくねった場所を通って歩き始めました。
(2)やっとのことでついに、私たちはあえぎながら円形闘技場へ ad amphitheatrum つきました。そして、彼は私をアレーナの中央に導き入れ、そして私に言いました。『おびえてはなりません! ここに私はあなたと共にいて、そしてあなたと共に一緒に働きます』。そして彼は立ち去りました。そして私は大観衆を見つめます。彼らは熱狂していました。そして私には野獣に定められていることが分かっていましたので、私は不思議に思いました、なぜ野獣たちが私に放たれないのかと。
(3)そして私に対してエジプト人が出てきたのです。ものすごい形相で、助手たちを伴って cum adiutoribus、私と戦うために。そして私には美しい青年たちが現れました。私の助手たちそして世話係たち fautores です。そして私は(衣服を)奪い去られ、そして男になりました facta sum masculus。そして世話係たちは私をオイルで磨き始めました。そうするのが競技では in agonem 習慣だったのです。そして私が見ると、それに対しかのエジプト人は土ぼこりの中を in afa 転がり回っています。
(4)そしてとても巨大なある人物が出てきたのでした。たしかに彼は円形闘技場の天井のてっぺんを突き出るほどで、帯なしでした。彼は、2つの縁飾りclavus の間から胸の真ん中で紫衣を(みせて)着ていて、そして金と銀でできた多くの玉飾りもつけていました。そして彼は帯同していたのです、剣術師範の lanista 鞭のようなものと緑の枝を。その中に黄金のリンゴpl.がありました。
(5)そして彼は静粛を要求し、言いました。『このエジプト人は、もしこの者(女性形)に勝てば、この者を剣で殺すだろう。そして、もし彼女が彼に勝てば、彼女はかの緑(の枝)を得るだろう』。そして彼は去りました。そして私たちは相互に接近し、そして私たちは両拳を放ち始めました。彼は私の両足をつかもうとしました。他方で私は彼の顔面を(両方の)かかとで打ちました。
(6)そして私は空中に持ち上げられ、そして私はほとんど地面を踏むことなく、彼を打ち始めました。でも、時間がかかりそうだと見てとった私は、両手を組みました。指pl.の中に指pl.をつっ込んでそうしたのです。そして彼の頭をとらえようとしたのです。そして彼は顔面から倒れました。そして私は彼の頭を踏みつけたのです。そして人々は歓呼し始めました。そして私の世話係たちは詩篇を歌い始め、そして私は剣術師範に近づき、緑(の枝)を受け取りました。
(7)そして彼は私に接吻し、そして私に言いました。『娘よ、汝とともに平安あれ』。そして私は栄光とともに勝利者の門へと portam Sanavivariam 向かい始めました。そして私は目覚めました。そして理解したのでした、私は野獣とではなく悪魔に対してこそ戦おうとしていることを。しかし私が勝利することも分かりました。こうして見せ物の前日にいたるまで私は過ごしました。さらに見せ物そのものの実際については、もし誰かが欲すれば、その人が書くでしょう。」

XI (1)ところで、そして祝福されたサトゥルスは彼自身の以下の幻を述べた。それを彼自身が記したのだった。彼は言った、「私たちは受難しました。そして私たちは肉から離れました。そして私たちは4人の天使によって東に運ばれ始めました。彼らの手は私たちに触れていませんでした。私たちはしかし、後ろ向きにねじられて垂直に上の方にではなく、まるでおだやかな丘陵を登るように(運ばれたの)でした。
(2)そしてこの世を離脱すると最初に私たちは無限の光を見ました。そして私はペルペトゥアに言いました。というのはこの人は私の傍らにいたからです。『これこそ、私たちに神が約束されていたものです。私たちは約束を受け取りました』。そして私たちが4人の天使たち自身によって運ばれている間に、私たちに広い空間が示されました。そこはまるで庭園のようで、バラの樹木やあらゆる種類の花々がありました。樹木の高さは糸杉ほどもありました。それらの葉っぱが絶え間なく降下していました。
(3)ついでさらに、庭園の中に別の4人の天使たちがいました。彼らは他よりもより輝いていました。彼らが私たちを見た時、彼らは私たちをうやうやしく迎え、そして他の天使たちに言いました、感嘆を込めて。『ほら、彼らですよ! ほら、彼らですよ!』。
(4)そして、その4人の天使たち、すなわち私たちを運んでいた天使たちは畏れかしこんで、私たちを下に置きました、そして私たちは私たちの足で広い道を競技場へと stadium 移動しました。私たちはイオクンドゥス Iocundum、サトゥルニヌス Saturninum そしてアルタクシウス Artaxium に会いました。彼らは同じ迫害で生きながら燃えたのでした。そしてクイントゥス Quintum にも。彼自身は獄中で殉教者として旅立ったのですが、私たちは彼らに尋ねました。他の人たちはどこにいるのですか、と。天使たちは私たちにいいました。『まずおいでなさい、入りなさい。そして主にご挨拶なさい!』。

XII (1)そして私たちはその場所の近くに行きました。その場所の壁は次のようでありました。まるで光で作られたもののようで、そしてその場所の入り口の前に、4人の天使たちが立っておりました。彼らは入ってくる人々に白のストラを着せていました。そして私たちは入りました。そして次のように斉唱している声を聞きました。『聖なるかなagios、聖なるかな、聖なるかな』と、絶え間なく。
(2)そして私たちは、その同じ場所の中に座っているまるで白髪の人を見ました。彼は真っ白な頭髪を持っています。そして若者の顔つきです。彼の両足を私たちは見ませんでした。そして右と左に4人の老人たち、そして彼らの後ろには別の多くの老人たちが立っていました。
(3)そして私たちは入ったのですが、感嘆しながら玉座の前に立ちました。そして4人の天使たちが私たちを持ち上げ、そして私たちは彼に接吻しました。そして彼は、彼の片手を私たちへと(差し出し)顔をお向けになりました。そして別の老人たちは私たちに言いました。『立ちましょう!』。
(4)そして私たちは立ち、そして平和(の接吻)をしました。そして老人たちは私たちに言いました。『あなたは行きなさい、そして楽しみなさい』。そして私はペルペトゥアに言いました。『あなたの望みはかなえられましたね』。そして彼女は私に言いました。『神に感謝! 私は肉においても晴れやかでしたが、ここでこのようにより一層晴れやかです』。

XIII (1)そして私たちは出ました、そして私たちは扉の前に司教オプタトゥス Optatus さまが右に、教師役の司祭アスパシウス Aspasius さまが左にいるのを見ました。彼らは別々でそして意気消沈してました。そして彼らは私たちの足もとに身を投げ、そして言いました。『私たちを調停してください。なぜならあなたたちは出ていっていまったのです、私たちを残したまま』。そして私たちは彼らに言いました。『あなたは私たちのパパさんであり、あなたは長老ではないのですか。どうしてあなた達が私たちの足もとに身を投げるのですか』。そして私たちは心を動かされ、そして彼らを抱擁しました。
(2)そしてペルペトゥアはギリシア語で彼らとしゃべり出しました。そして私たちは彼らを庭園の中のバラの樹木の下に別々に連れて行きました。そして私たちが彼らと話していますと、天使たちがあの人たちに言いました。『彼らを放ってあげなさい! 彼らはくつろぐべきでしょう! そしてもしあなた達があなた達の中で何らかの不一致をもっているのなら、あなた達相互で解決なさい!』。そして彼らはそれら(の言葉)で当惑しました。
(3)そして彼らはオプタトゥスさまに言いました。『あなたの平信徒を正しなさい。というのは彼らはあなたのところへ、まるで競技場から de circo 帰ってきたかのように、そして党派で張り合っているかのように、集まってくるのですから』。そして私たちには、まるで彼らが門を閉鎖しようと望んでいるかのように見えました。そして私たちはそこに多くの兄弟たち(がいる)こと、しかも殉教者たちだということに気づき始めました。私たちは全員名状しがた香りで強められました。それは私たちを満足させました。その時、私は喜びに満たされて目覚めたのでした」。

XIV これらきわめて顕著な幻視こそ、サトゥルスとペルペトゥア、至福なる殉教者たち自身のものであり、それらを彼らが自分で書き付けた。セクンドゥルスをだが神はより早めに現世から、それゆえ獄中からの出立で召還された。これも恩恵であった。彼が野獣たちに与えられないようにとの。とはいえ、魂ではないにせよとにかく彼の肉は、剣を認識したわけである。

XV (1)フェリキタスについては、実に(以下のようなことだった)。そして彼女に主の恵みがこのように到達した。彼女はすでに8ヶ月のお腹だったので、つまり彼女は妊娠していて捕らえられたのだったが、見せ物の日が目前に迫り、彼女はおおいに悲しんでいた。お腹のために彼女は別にされてしまうのではないかと。というのは妊娠している者は(出産まで刑の)執行が許されないからである。そして他の冒涜的な人たちの中で、後から彼女が聖なるそして高潔な血を流すことになるのでは、と。
(2)しかし仲間の殉教者たちも真剣に悲しんでいた。同志のごときよき仲間を同じ希望の道に一人で残こすことになるのかと。そこでひとつに結ばれて、見せ物の日の三日前に主に祈ってうめいたのだった。祈りの後に直ちに陣痛が始まった。
(3)そして8ヶ月だったので当然困難で、彼女は出産において難儀して苦しんでいた時に、彼女に落とし格子の役人のある者が quidam ex ministris cataractariorum、言う。「この程度で苦しんでいて、獣たちに向かい合ったらどうするつもりだ。あんたは犠牲を捧げることを拒否した時は、屁とも思っていなかったらしいが!」。そして彼女は答える。「今私が苦しんでいるのは、私(一人)が苦しんでいるからです。でも、そこでは他の人が私の中にいらっしゃるでしょう。彼は私のために苦しんでくださるでしょう。なぜなら私は彼のために受難しようとしているのですから」。こうして彼女は一人の娘を生んだ。それをある姉妹が自分の娘として教育した educauit。

XVI (1)聖霊は、見世物の顛末を書き記すことを許し給うた。そして許し給うたということは、書き記すことを望まれたということである。そこで、私たちはこのような大きな栄光につつまれた物語に何事かを付け加えるにふさわしい者ではないが、あたかもいと聖なるペルペトゥアの命令、というよりは彼女が私たちに託した遺言のように考えてこれを実行し、ペルペトゥアの毅然とした態度と崇高な精神の一例をつけ加えよう。
(2)愚かな人々が密告したため、副官 tribunus は、殉教者たちがある種の魔術で牢獄から連れ去られるのを恐れて、殉教者たちの監視と制限をこれまで以上に厳しくした。この時、ペルペトゥアは副官に向かって抗議した。「一体どうして私たちがくつろぐのを許して下さらないのですか。私たちはもっとも重要な罪人、つまり副帝の罪人で、副帝の誕生日に(獣と)戦うことになっていますのに。それとも、私たちがもっと太った姿でそこに引き出されたら、あなたの不名誉になるのですか」。副官は恐れ恥じて、殉教者たちをもっと人間らしく取り扱うようにと命じた。その結果、ペルペトゥアの兄弟たちや他の人々が訪れて、殉教者たちと一緒に食事することが許された。この頃までに、監獄の百人隊長補佐その人もキリスト教徒になっていた。

XVII そしてその翌日、彼らが「自由の食事libera」 と呼ぶあの最後の食事を、彼ら自身の中では自由の食事ではなく「アガペ」(愛餐)として agapem であったが、摂ったとき、彼らはおなじ確固不動さで人々にむけて以下の言葉を繰り返し述べ、神の裁きがあると警告し comminantes、彼らの受難は恵みであると確証し、民衆の好奇心をあざ笑った。サトゥルスは言った。「明日で十分ではないのですか、あなた達には。今日の友は明日の敵。しかしあなた達のために私たちの顔をしっかりと憶えておくがいい。私たちをその日思い出せるように!」。このため、すべての人々は驚嘆して退去したのだった。彼らのうちで多くの者が信じた。

XVIII (1)彼らの勝利の日が明けた。そして彼らは牢獄からあたかも天へいくように円形闘技場の中へと in amphitheatrum 前進した。晴れやかな優美な表情で。もし(震えていたとしても、それは)おそらく、喜びによって奮えていたのであって、決して恐怖からではない。ペルペトゥアは光り輝く表情で、そして穏和な足取りで後に従っていた。キリストの妻として、神のしとやかな娘として、両眼の活力で彼女はすべての人々の視線をなぎ倒していた。
(2)同じくフェリキタスは喜んだ、野獣たちと戦うために健康を手に入れたことを。そして血から血へ、産婆から三叉剣闘士 retiarius へ、出産の後に第二の洗礼で洗われることを(喜んだ)。そして彼らは門の中につれていかれ、そして衣装、男はサトゥルヌス神の神官たちの sacerdotum Saturni、女性はケレス女神の聖女たちの sacratarum Cereris それを着るのを強要されたとき、気高い彼女は最後まで断固として抵抗した。
(3)なぜなら彼女は言った。「今まで自発的に私たちがこのような目にあっているのは、私たちの自由を閉じこめないためだったはずです。だから、私たちの魂を私たちが委ねたのは、このようなことを多少でも行いたくなかったからだったはずです。これについてはあなた達も(意見が)一致していました」。不正義が正義を容認した。副官は屈した。そのままで、彼らはそのまま導き入れられたのだった! ペルペトゥアは詩篇を歌った。すでにエジプト人の頭を踏みつけているのだ。
(4)レヴォカートゥスとサトゥルニヌスとサトゥルスは見物の民衆に警告した。そのあと、ヒラリアヌスの視野の下に彼らが達するやいなや、身振りと手振りで彼らはヒラリアヌスに語り始めた。「あなたは私たちを(裁いたが)」、彼らは話した、「だが神はあなたを(裁くだろう)」。これで民衆は激昂し、並んだ闘獣士たちの venatorum 鞭で彼らが虐待されることを渇望した。そしてとにかく彼らは感謝した。それで多少とも主の諸受難に従えたからである。

XIX (1)しかし、「求めよ、さらば与えられん」と述べた方は、求める人々おのおのに彼が熱望してきたところのご自分の成果を与えてこられた。たしかに、もし彼らの中で殉教に関する彼らの願望をしゃべった時、サトゥルニヌスはすべての野獣に自分が差し出されることを要求すると公言していた。なぜなら、当然より大いなる栄光の冠を彼は得れるだろうから、と。
(2)そこで見せ物の始めに、その彼とレヴォカトゥスは、一匹の豹(ひょう)を体験させられ、さらにまた舞台の上で一匹の牡熊から虐待された。
(3)しかしサトゥルスは、もっとも牡熊を嫌っていたので、むしろ豹のひと噛みで自分がかみ砕かれることを以前から期待していた。このようにして、彼が一匹の牡猪の下に運ばれた時に、彼を牡猪にしっかり縛り付けるようとしていた一人の闘獣士 venator が、むしろその野獣によって下から突き上げられて、余興の数日後に死んだ。サトゥルスはまったくただ引きずられただけだった。そして一匹の牡熊に彼が橋の上でしっかり結ばれてしまった時も、その牡熊は檻から出てこようとしなかった。そこで、二度、サトゥルスは無傷で戻らされた。

XX (1)しかしながら、悪魔は娘たちにはきわめて凶暴な雌牛を準備した。そしてそれは準拠すべき慣習法に反しているのだが、彼は獣のかの性にすら嫉妬するのである。こうして、彼女たちは(衣服を)はぎ取られ、そして網をかぶせられて引き出された。市民たちは戦慄した。一方がしとやかな娘であり、一方が出産直後で両の乳房から(乳が)滴っているのを観察したからである。それで彼女たちは連れ戻され、そして帯なし(の衣服)を着せられた。
(2)最初にペルペトゥアが投げ倒され、そして腰まわりを切り裂かれた。そして彼女は座り直すやいなや、脇が引き裂かれたチュニカを太ももを覆うため引き戻した。苦痛のためというよりも恥じらいをより一層感じたからである。その後、彼女はピンがなくなったのに気づき、そして乱れた頭髪を留め金で縛った。というのは彼女は髪を振り乱して殉教を受け入れてはならない、彼女の栄光にあって嘆き悲しんでいると見られてはならない、と考えたからである。このようにして彼女は立ち上がり、そしてうち倒されたフェリキタスを見つけた時、彼女は近づきそして彼女に手を差し伸べ、そして彼女を立たせたのだった。
(3)そして彼女たちは二人ともいっしょに立ち上がった。そして民衆の冷淡さはうち負かされ、彼女たちは勝利者の門に ad portam Sanavivariam 呼び戻された。そこでペルペトゥアは、ある、名前をルスティクス Rusticus といい彼女にくっついていた教理研究者に支えられ、そしてあたかも眠りから覚めたかのように──その時まで彼女は聖霊の中に、そして恍惚状態にあったのだった──、周りを見回し始めた。そしてすべての人々が驚いたことに、彼女は言うのである。「いつ」と彼女は尋ねる。「私たちはあの雌牛へと連れ出されるのでしょうか。それを私は知りません」。
(4)そして、彼女は何がすでに起こったかを聞いたときにも、虐待の印を彼女の体や服装に認める前には信じなかった。そこで、呼び寄せられた彼女の兄弟と acccersitum fratrem suum、かの教理研究者を励まして、言う。「信仰を守り、そしてみな互いを尊重しなさい! そして、私たちの受難につまずいてはなりません!」

XXI (1)同様にサトゥルスは別の門のところで兵士プデンスを鼓舞して言う。「要するに」、彼は話す。「たしかに、私が期待し前もって言ったように、私はいまだ一頭たりとも野獣を経験していない。そして今こそ、こころから信じなさい! 見て下さい、私はあちらに進み出て、そして豹のひと噛みで殺されますから。」
(2)そしてただちに見せ物の最後に豹に投げ出され、ただのひと噛みで血で染められた。それで民衆は、戻ってくる彼に第2の洗礼を証しして何度も叫んだのだった。「いい湯加減 Saluum lotum! いい湯加減!」。たしかにとにかく彼は救済されたのだった。このように(血で)入浴したことで。その時、彼は兵士プデンスに言う。「さようなら!」、そして言う。「私の信仰を覚えておいてほしい。そしてこれらのことがあなたを混乱させずに、むしろ強めますように」。
(3)そして同時に指輪を彼の指から求め、そして自分の傷に漬けられた形見を彼に戻し、こうして彼に血の証拠と記憶を残した。それからすぐに気を失い、他の者たちとともに刺殺されるのが常の場所に投げ捨てられた。そして民衆が彼らを真ん中に求めたとき、というのは彼らが彼ら(殉教者たち)の体の中に剣が入るのを彼らの目でみて殺害の仲間となるためだったが、自発的に彼らは起きあがった。そして民衆が望んだそこに彼らは移動した。その前に相互に接吻した。こうして彼らは殉教を平和の儀式によって完成した。
(4)他の人々もたしかに微動だにせず、そして沈黙と共に匕首(あいくち)を受け入れたのだが、すごかったのはサトゥルスで、まっさきに(梯子を)登ったように、まっさきに霊を(天に)返し、こうしてペルペトゥアを待つこととなった。ペルペトゥアはだが別の苦痛を享受せねばならなず、肋骨の間を差し貫かれ叫び声をあげた。そして新米の剣闘士の gladiatoris 戸惑っている右手を自分で自分ののどに運んだ。おそらく、汚れた霊によって恐れられたこれほどの女性は、自ら望まない限りは殺されることはなかったであろう。
(5)おお、もっとも勇気あるそしてもっとも祝福された殉教者たちよ! おお、真に我らの主イエス・キリストの栄光の中への招待者たち、そして選ばれた人たちよ! (彼の栄光)を賞賛し、そして尊敬し、そして切願する者は、たしかにそして古き人々に(ことどもに)劣らないこの諸模範を、教会建設のため読むべきである。それは、新しい諸力 novae virtutes も、唯一のそして常に同じ聖霊が、そして全能の神なる父と彼の御子イエス・キリスト、我らの主が今までお働きになっていることを立証しているからである。彼に光輝と限りない権能が、代々に至るまで、アメン。

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