いまさらではあるが。せっかくの娯楽物に後ろ足で泥をかけるようなマネはしたくはないが、こんな批判を読んでいると、つい、もうちょっとなんとかならんかい、脚本家やディレクター、それに時代考証者も雇っているはずなのにと思ってしまう。
橋場日月 「「豊臣兄弟」の”初任給”はいくらだったか? 秀吉の30貫文と秀長の200文の価値と相場とは」:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40206
まあ、テレビを見る側はいちいちそんなこと気にしないで娯楽として楽しんでいるのだろうし、それでいいとは思うが、これまでそれ関係で飯食ってきていた身からすると、やっぱりこんな手抜きでいいんだろうかと思ってしまう。NHKも落ちたものだなと、つい思ってしまうのだ。
逆に言うと、専門家といってもいい加減な物書きが最近なぜか目につくようになってる気がする。彼らは研究者とはいえない。私の研究分野でも、専門書と一般向け概説の落差が目立っていて、大衆が身銭を切って購入する概説ものに私の目から見ていい読み物はなぜか見当たらず、他方、専門書はごく限られた研究者のみが対応可能で、内容的にも微に入り細を穿っていてとりあえずちっとも面白くなく、大衆の読者など期待すべくもないわけだ。
本来概説書とは、大衆向けでありながら専門研究を反映した内容であってほしいのだが、実際には50年以上も前の山川教科書と同レベルを平気で書き散らしているのだから、大衆読者を馬鹿にしているとしか思えないのだ。これを戯画的に表現すると、思い付きでの企画書提出しかねない編集者と、その内容で書いてくれる研究やめてしまった書き手の癒着構造とでもいうべきか。
私的には、今や絶滅危惧種となった昭和の編集者と出会いたいものである。ま、そのためには当方も精進しないといけないわけだが。
そんなことを思っていたとき、以下の本の存在を知った。読んでみようと思う。佐藤賢一『歴史小説のウソ』ちくまプリマー新書、2025年。どこかで見たことある名前だと思ったら、あ、『カエサルを撃て』を書いてたよね。東北大学大学院出身。これは期待できそうだ。
【追記】その後、以下を偶然見た。「「豊臣兄弟」の謎に磯田道史と木下昌輝が迫る」(https://www.youtube.com/watch?v=D3Mpr2L2U-U)
磯田先生、えらくべらべらしゃってましたが、秀吉の歯垢の話は面白かった(読者コメントで、淀君だって同じだから問題なし、には畏れ入った。本当にそうだったのだろうか)。磯田も佐藤を読んでいるとは。彼が出演するNHK総合の「英雄たちの選択」で歴史学者と小説家が出てくるのはそれを意図しての配置なのだろうか。でもそれほど切り口的に違いを感じることはこれまでなかったが。
あとコメントに以下があった。「それにしても歴史家は適当な事をしゃべくって、尚且つお金が貰える気楽である意味生産性の無い職種なのでは・・ 簡単に言えば詐欺師の類いとも言えるのでは・・知らんけど・・残念無念・・・・」。大河ドラマみた庶民の偽らざる感想でしょう。
【追記】橋場日月 の続きが出た。これも今川の狙いが言われている上洛ではなかったという視点で面白かった:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40310

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