月: 2025年11月

久しぶりのGrand、そこ出土の「いわゆるメディトリナの石碑」

 文献検索していたら、偶然以下に行き当たった。M. Michel Bouvier, Une nouvelle interprétation des stèles de Grand (Vosges), Bulletin de la Société nationale des Antiquaires de France,  Année 2012,  2006  pp. 267-282.

 その冒頭を読んで気付いた。おお、あのグランではないか。「グランは、ヴォージュVosges県にある人口500人の小さな村である。しかし、ローマ時代には大都市であり、部分的に修復された1万7000席の円形闘技場、城壁、350㎡の巨大なモザイク画を収めたバシリカ、そして無数の地下水道など、かつての壮麗さを物語る重要な証拠を誇っていた」。かの論文は、その村の円形闘技場へ続く道沿いで1841年に発見された「いわゆるメディトリナの石碑」Stèle dite de Meditrinaについて、フェリックス・ヴーロ Félix Voulotによってアスクレピオスの娘であるメディトリナ神la divinité Meditrinaを表わすものと同定されたものを再検討するものである。

 このグランはかつて温泉治療場として名を馳せていて、コンスタンティヌス大帝もここで神託を得たと伝えられているので、アスクレピオス関連のものが出てきても一向に不思議ではないのである。

 だがその後、この女性を、石鹸、菓子、チーズ、あるいはより有力な説としてビールの製造を司る女神という説も提唱されてきたが、著者の言に依ると、いずれも根拠薄弱なのだそうで、さてそんな中でどんな新説を提出しているのか、読むのが楽しみである。

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アフリカ大地溝帯の人類史における意義

  私は、かつて「文書史料の落とし穴:聖書と考古学」上智大学文学部史学科編『歴史家の工房』上智大学出版、2003年、p.196f. で、この大地溝帯とその北に小アジア半島まで伸びている死海地溝について触れたことがある。そこでの主眼は人類の「出アフリカ」だったが、最近になって、古代エジプト文明におけるこの地溝帯の有していた現実的有効性、具体的には他に比べて鉱物資源が容易に入手できたというテレビ番組に触発され、紹介したことがあったが(2025/3/17)、このたび2025/11/5発信の「ナイル川が黄金の道だった」という記事を見つけることができて、我が意を強くした。https://www.labrujulaverde.com/en/2025/11/how-gold-flowed-through-the-nile-gold-mining-in-ancient-egypt-was-surprisingly-profitable-and-the-river-its-main-source/

 要するに、古代文明は他と比べて容易に資源を利用可能な地で発生した、というごく当たり前の指摘に過ぎないのであるが。

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