ロシア・ウクライナ問題の宗教的裏事情

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2025/6/11 朝日新聞記者レター

 駒木明義「バチカンを切り捨てたロシア:ウクライナ問題の背景に複雑な宗教事情」

 以下、本論部分のみ転載:

 ウクライナ危機の背景には、米国主導の北大西洋条約機構(NATO)の拡大といった安全保障面だけでなく、歴史と宗教をめぐる根深い問題があります。最近、この事実を改めて思い出させるできごとがありました。それは、ロシアとウクライナの直接協議の開催場所をめぐる駆け引きです。 5月8日に新ローマ教皇となったレオ14世は、ロシアとウクライナの仲介に意欲を表明しています。これを受けて、今年2回目以降の協議がバチカンで開かれるのでは、という観測が広がりました。ロシアとウクライナの交渉仲介にレオ14世が意欲 トランプ氏は後退 ところがロシアのラブロフ外相は5月23日、モスクワで開かれたシンポジウムの壇上で、このアイデアをばっさり切り捨てました。 「この場に教皇庁の代表はいるだろうか。現実的ではない選択肢を考えるために無駄な努力をするなと言いたい。正教の国同士が、根本原因の除去についての問題をカトリックの地で協議するのは、品が良いとは言えないだろう」 ラブロフ氏の言葉通り、ロシアもウクライナも多くの国民が、キリスト教の宗派「東方正教会」を信仰しています。そしてロシアの正教会は、長くカトリックと厳しく対立してきました。正教のつながりを理由の一つとしてウクライナとの一体化を進めようとするロシアにとって、バチカンほど協議の場としてふさわしくない選択肢はないのです。 歴史をさかのぼると、ロシア、ウクライナ、ベラルーシという東スラブ3国の源流となったのは、現在のウクライナの首都キーウを中心に9世紀に成立した大国、キーウ・ルーシ公国です。10世紀末、公国を率いるウラジーミル大公がキリスト教を国教として受け入れ、広く信仰が広がりました。 公国は13世紀にモンゴルの侵攻を受けて崩壊。その後、キーウに代わってモスクワが東スラブの中心都市として栄えるようになります。 プーチン氏はこうした歴史を踏まえて、ロシア、ウクライナ、ベラルーシは一体不可分の存在だという主張を繰り返しています。

 プーチン氏は2016年、モスクワ中心部のクレムリン近くに、ウラジーミル大公の巨大な像を建立しました。ロシアが公国の正統な後継国家であることを誇示する狙いでしょう。それだけでなくプーチン氏は、自身の名が伝説的な大公と同じウラジーミルであることも意識しているはずです。 歴史の話に戻ると、カトリックと東方正教会が、主として教義上の理由から分裂したのは11世紀のことでした。その後、ロシアは正教世界の中心を自任するようになります。そんなロシアにとってカトリックは、同じキリスト教という親近感の対象ではなく、むしろ「敵」という位置づけでした。「西方からの脅威」だったカトリック そのことを浮き彫りにした歴史の一場面があります。 1598年のことです。ロシアで「雷帝」として知られるイワン4世の三男フョードル1世が死去。ウラジーミル大公の直系でつないできた王朝の系譜「リューリク朝」が断絶しました。 大混乱に陥ったロシアに、死んだはずのイワン雷帝の末子ドミトリーを自称する男が現れます。彼は民衆の支持を得てモスクワに攻め上り、ついにはクレムリンに入城して戴冠(たいかん)式まで行いました。「偽ドミトリー1世」です。 このとき偽ドミトリーの権力奪取を支えたのが、カトリックの国ポーランドであり、ポーランドを拠点に正教徒へのカトリック布教を進めていたイエズス会でした。この歴史は、ムソルグスキーの傑作オペラ「ボリス・ゴドゥノフ」でもいきいきと描かれており、ロシアで知らない人はいないでしょう。 つまり端的に言えば、カトリックとは、ロシアの混乱に乗じて攻め入り、正教世界を乗っ取ろうとする西方からの脅威だったわけです。 カトリックは特にウクライナとの関係で、さらに複雑な問題を抱えています。それは、ウクライナ西部を中心に今も多くの信者がいる東方典礼カトリック教会(ギリシャ・カトリック)の存在です。 この教会の特色は、儀式などでは正教会の伝統的な典礼を維持しつつ、ローマ教皇の権威やカトリックの教義を受け入れたことにあります。イエズス会の働きかけなどを受けて、16世紀末に生まれました。その後18世紀にロシア帝国領に組み込まれた地域では、正教の裏切り者として、厳しく弾圧されました。 ラブロフ氏も前述のシンポジウムで、東方典礼カトリック教会に触れて「(2014年の)クーデター後のウクライナの現体制を積極的に支えている」と批判しました。本来は正教世界の一部なのに西方の権威にひれ伏したという意味で、ロシア離れを進めるウクライナの現政権に重なる許しがたい存在なのです。

 もっとも、ウクライナの伝統的な正教会の多くも、近年はロシアからの自立を進めています。そのことも忘れるべきではないでしょう。 ウクライナ問題の背景の複雑さの一端を説明できたでしょうか。この問題の宗教的な側面を知るには、元駐ウクライナ大使の角茂樹さんの著書が、とても役に立ちます。

 (著者に会いたい)『ウクライナ侵攻とロシア正教会』 角茂樹さん

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15445644.html?linkType=article&id=DA3S15445644&ref=komakiakiyoshi_mail_top_20250611

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