月: 2023年6月

現生人類も人肉を食べていた

2023/6/29発NATIONAL GEOGRAPHIC「人類が人肉を食べた最古の痕跡か、145万年前、骨に石器の切り痕:1970年に見つかっていたヒト族のすねの骨を最新手法で分析」(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/062800333/?P=1)

 米スミソニアン国立自然史博物館の古人類学者ブリアナ・ポビナー氏は6年前にナイロビのケニア国立博物館に収容されている数十個のヒト族の骨を調査した。それらは1970年に著名な人類学者メアリー・リーキー氏が発見した骨だった。ポビナー氏はそれに他の獣骨で見慣れた石器による切り痕を見つけた。

 要するに、肉を食べるためにつけた切り痕だったという結論で、これまで80万年前に確認されていた人類共食いの痕跡の可能性が、一挙に145万年前までさかのぼることとなった。

 すでにチンパンジーやネアンデルタール人に確認されていた共食いが現生人類にも立証されたわけで、ありていにいって空腹を満たすため肉の供給源としてやっていたのだろう、ということらしい。

 50年前に発掘された遺物を最新技術(この場合は3Dスキャンでのデータベース比較)で検討し直すことで思いもよらない再発見することができるわけである。私にとってはこれが注目点だ。

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トイレのウェブ発見:第一報

 ラルゴ・アルジェンティーナ関係でぐぐっていて、とんでもないブログをみつけてしまった。私的には大収穫。

 管理人は、Bob Cromwell氏で、旅行してるうちにおもしろ情報がたまり、2010年にこのサイトを作ったらしい。https://toilet-guru.com/blog/1.html

 サンダル履いてエフェソス見物ですか。かなり怪しいグルに思える。

 私的には、テッサロニカのガレリウス帝のトイレをさっそくコピーさせていただいた。

 ここではとりあえず、ラルゴ・アルジェンティーナの場所を示しておくが、ウェブ上の帯をクリックして他の遺跡にいくことができる。https://toilet-guru.com/roman-republic.html

 最初、Webの帯に日本のトイレ表示が使われていたのでおやっと思ったが、日本にも来ているようでトイレの紹介もしている。情報は若干古い感じがする。というか、彼にとってはシャワートイレよりもこれまで伝統の金隠しの古典的トイレのほうがよほど興味深かったようだ。

 なお、今現在話題の米・元大統領トランプの彼のゴルフ・リゾートのシャンデリアがぶら下がった”ださい”トイレに山積みされた極秘資料入れた段ボール写真なんかも掲載されていて勉強になる。

 

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6/20一般公開:Largo di Torre Argentinaの神域、そして巨大トイレ

 このブログでも2021/4/30に一年後に公開と紹介していたこの神域の整備がようやく終わって、この6/20から一般公開された。

 私にとって、この区画は20世紀末に1年間ナヴォーナ広場に滞在していたので、この付近は食堂や書店、エディコーラ、停留所と、とてもなじみのある地区にある遺跡だったが、とりわけ、西のカンポ・デイ・フィオーリからの流れで「ポンペイウスの100の列柱ポルティコ」(ここがカエサル暗殺の場)の東端の巨大トイレ(上図だと右上の5の下)が目視できるのできわめて注目してきたのだが、現在の地上の上から見るしかできなくて、見えるから一層もどかしいことこの上ない遺跡でもあった(https://www.youtube.com/watch?v=7rKi4jfrZjI)。そのくせなぜかこの神域遺跡は猫の楽園になっていて、人間様を尻目になんで猫は自由に入れるんだよ〜と恨めしく思ったことだ。

 知人が教えてくれた今回の公開紹介の画像を見ても、東側からのがほとんどで、さて西側のトイレ方面、諸神殿の後ろ側に回り込める遊歩道の存在は望み薄だ。

https://video.yahoo.co.jp/c/19762/d898618986595f9e42bd38b8d5ddaffbebd7
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 この遺跡関係の情報量はかなりあるが、今は以下の件だけでもアップしておこう(後から確認したら、前回も紹介していた(^^ゞ)。オスティア遺跡への往復で渡伊中必ず一度は寄っていたローマ国立博物館分館のモンテ・マルティーニ博物館で、あるときふとこの神域出土品が置かれていたのに気づいた(なにしろ、ギリシア系の莫大な彫像の所蔵量なのでいちいち確認して見ていないわけでして(^^ゞ)。その代表が、B神殿から出土したフォルトゥーナ女神像断片。実に巨大な彫像で、頭部と肌を見せている部分は大理石であとは青銅製なんかだったらしい。こういう彫像をアクロリスacrolithという。その伝では、コンセルヴァトーリ地階中庭のコンスタンティヌス大帝の巨像もそれにあたる。

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ヴェーヌへの書評が眼にとまり

 ポーランドのウェブ「News from world of ancient Rome17/06/23」がメールで送られてきて、それを見ていたら、今さらであるが、「Review: When Our World Became Christian: 312 – 394」が眼にとまった(https://imperiumromanum.pl/en/reviews/review-when-our-world-became-christian-312-394/)。

 私はこの2007年出版のヴェーヌの著作の邦訳が2010年に岩波書店から出た機会に、書評を依頼されて書いたことあり(『西洋史学論集』50、2013/3、pp.154-157)、そこでヴェーヌの才気には敬意を表しつつも、稚拙な言説が見受けられたので、まああれこれ酷評したことがあったので(それ以前に眼にとまっていたAmazon読者の手放しの高評価は素人さんだからしょうがないがーーと一応言ってみるが、そのレベルが大手を振っているわけ:だいぶ経って行ってみたらものの見事に消去されていて、へ〜状態ーー、我が国碩学たち?の、ヴェーヌの意図を誤読しての提灯記事に辟易していたこともあったからだったが(著者の著述意図を翻訳者が誤った先入見・刷り込みに引きづられて訳すと、微妙なニュアンスを軒並み誤読・誤訳して、読者にとって理解しづらい文体となる):抜き刷りを書店編集部に送ったのだが、受領返信もなかったのに驚きもしなかったけど、とても失礼なんじゃないかな:それ以前から感じていた編集者のレベル低下を実感したものだ)、さてポーランドではどう読まれているのだろうと興味を持ったわけである。

 短い新刊紹介なので、大枠では評価しつつ、だが「フランスの知識人の間では例外ではない、政治的な「赤」への傾倒を示す独自の信念を持っていることは理解できるが、それが科学的な研究分析にそれほど強い影響を及ぼしてはならないと思う。私が問題だと思うのは、記述された状況において、著者の政治的シンパシーが過去の事実の解釈の一部に強くバイアスをかけ、その結果、彼の仕事の科学的側面が損なわれていることである」といかにもポーランド的体験に基づいた批判眼を示しており、ヴェーヌは「まだ外国語に翻訳されていないAleksander Krawczuk教授の著作に見られるような客観性を羨むべきだ」と、辛辣であったのは、ちょっと違うんだけど、なるほどなと思ったことだ。

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大英博物館での招待講演会情報

 在イタリアの藤井慈子さんから、唐突にメールが届いた。昨日ロンドン入りしたのだが、いつものことだが、イタリアではインターネットの不調が日常的で、連絡とれなかったけど、明日、大英博物館で招待報告する、のだそうだ。

 教えてもらった告示にいってみると(https://www.britishmuseum.org/events/gold-silver-and-glass-middle-east-eurasian-steppe)、「Gold, silver and glass from the Middle East to the Eurasian steppe:Lectures & discussions / Study days & courses / 18 Jun 2023、09.25–17.30」と、顔写真入りで紹介されていた。

 彼女は私のゼミ出身で、大学院以来ローマ・ガラスの研究を継続し、在野ながら在伊滞在を武器に研究調査をヨーロッパ各地で積極的に続けて来ており、この10年は、截金研究を東京藝大の並木秀俊先生と共同研究してきていたが、それをササーンガラスのSt.John Simpson氏が評価してくれてのことらしい。見ている人は見ているわけで、ともかく、慶賀すべきことである。ここには利権がかったガラス・ムラなどないようで清々しい(でも私がしらないだけで、もちろんイタリアなんか本当はありそうな (^^ゞ)。

 彼女が学位論文を春風社から公刊したのが2009年、それからもう14年も経っているのだが、情熱未だ尽きずといった感じである。給料もらっていて研究やめてる研究者も多いというのに。

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世界初「婚礼用花馬車」修復なって公開中

 かつてこのブログでも発見報告したチヴィタ・ジュリアーナCivita Giuliana出土の馬車が修復されて、2023年5月4日から7月30日までローマ国立博物館(ディオクレティアヌス浴場)で展示されている、らしい。それが展覧会「瞬間と永遠: 私たちと古代人の間に」«L’istante e l’eternità. Tra noi e gli Antichi»でである。以下、2023/4/29掲載のパオロ・コンティPaolo Contiの報告から紹介する。私の渡伊予定は8月末からなので、残念ながら見学できないが、せめてカタログくらいは入手したいと考えている(発注済み)、いまさらだけど。

 2021年にポンペイ遺跡の北のチヴィタ・ジュリアーナで発見された結婚儀礼用馬車は、ブロンズのカバーと銀の装飾が施され保存状態が非常によかった。

  その郊外ヴィッラ遺跡は、20世紀初頭に一部確認・調査されていたが、その後残念ながら墓荒らしによって「再発見」された。その盗掘が発覚した後、発掘調査は、トッレ・アヌンツィアータ検察庁Procura della Repubblica di Torre Annunziata、文化財保護部隊カラビニエリCarabinieri del Nucleo Tutela Patrimonio Culturale、ポンペイ考古学公園の綿密な連携のもと、2017年に秘密裏に始まった。

 この遺物は「新郎新婦の馬車」«Carro degli sposi»と呼ばれ、新郎新婦のエロティックな場面、キューピッド、女性像など、豊かな装飾が施されているので、ピレントゥムpilentum(富裕層が儀式や花嫁の新居に同行するために使用する乗り物)であることが判明した。

 現在は博物館総局長Direttore generale dei Museiで、2018年当時はポンペイ遺跡公園長direttore del Parco di Pompeiとしてチヴィタ・ジュリアーナの作業を開始したマッシモ・オザンナMassimo Osannaは、次のように述べている。「発見時には、イタリアで同様の発見と比較できるものがありませんでした。同様の戦車は、数年前にギリシャの古代トラキアの高貴な一族の墓から発見されてましたが、それは放置されたままでした。ピレントゥムpilentumが復元・研究されたのは世界で初めてのことです」。

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”AD79eruption”が消えた!:データベース保存の訴え

 これまでのウェブの先達でポンペイ・エルコラーノ関係で大変重宝していた”AD79eruption”に行こうとしたら、どうもうまくいかない。Safariだと「サイトがみつかりません」という表示が出てしまう。ビューアを変えてみたり、PCを変えたり、あれこれうろうろして、ようやくあのウェブが消えてしまったのではという、大変残念な結論に達してしまった。これが間違っていることを今でも心から願っている。

 ググっていると出てくる「○○の画像検索結果」を見てみると、下図のような身慣れた平面図はまだ残っているのだが、ウェブ自体にはもう行けないのだ。

 以前、2021年にイギリスがEUから離脱することになったときに、もう一つのおおいに頼りにしていたウェブ ”Pompeiiinpictures”が、イギリス以外ではアクセスできなくなるといった告知がされたことがあって、そこはとにかく遺跡の写真が多く収集されていたので、大変ショックを受けたものであるが、これはどうやらEU離脱がらみのガセ情報で杞憂に終わって、今でも利用できる。しかし写真によく写りこんでいる奥様とおぼしき女性もいいお歳のようにお見受けするので、早晩消え去る運命となりそうなのは寂しい限りだ。もし可能なら、コピーを撮って保存したいほどだが、こっちも先がない身である。

 私にはよくわかっていないのだが、いったんインターネットに書かれた情報は永久に消えないなどといわれているが、私の体験だとそんなことない。現実には、数十年蓄積されたデータが一瞬で消滅するのだ。

 ウェブ情報になっているのはそれなりの理由がある。書籍にするより格段に簡便だからだ。カラーもふんだんに使えるし。他方で、書籍には図版掲載が価格問題で限定的だから、これも問題で、ひどい例になると文字情報ばかりで誰も読まない理解できない叙述を書いて済ましている者もいる。こうなると昔の呪詛板の呪文そのものである。図版示せば百聞は一見にしかずなのだが。

 確かに管理者は年々年取っていき、いずれこの世から遅かれ早かれ消え去るわけだが、その成果の優れたウェブはなんとか生き延びていくことはできないであろうか。他力本願ではあるが、なんとかならんかの〜、と思わざるをえないのである。

 実は、私のかつての職場には退職して6年も経つのに私のHPがまだ残っている。教職員には退職者通知は当然告知されているのだが、担当センターがそれをチェックしていないからだろう(あっちから言わせると、本人から退職通知があるべきということだろうが)、そういうのんびりした管理の公的HPだと、いつか律儀な担当者が現れて大なた振るって整理するまでは生き残ることできるわけだが、プライベートなPHでは年度毎の入金が途絶えれば即削除されてしまうわけで。というわけで遺産相続者たちに、私はHP用にだけ私名義の預金を残してくれ、とすでに遺言しているのだが、どーせ薄情な連中だから、そんな故人の希望などその時になったら忘れ果てていることだろうし(私だって、葬式用に母が指定していた写真どこに保存されているのか未だ不明なのであ〜る)、それほどまでして残す価値あるHPなんだろうか、と思わざるを得ないけれど、私はどうも諦めが悪いようで、なんとかならんかいなと未だ未練たらたらなのである。

 いいデータベースを拾い上げて保存する、そういうシステム構築がある意味学界的に検討されるべきではなかろうか。そう、出発点としては、学会のHPでの保存など手軽にできていいはずなのだが。いざ実施となると、玉石混合のうえに、知財的な問題も生じるのでそう簡単ではないにしても。

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文書史料の危うさ、について

 東大出版会から月刊『UP』608、2023/6月号が届いた。毎月真っ先に開くのは山口晃氏の「スゞシロ日記」であるが(私はなにせ練馬に住んでいるし)、今回次いで表題にひかれて池上俊一氏の「歴史における嘘と真(まこと)」を読んで、いささか考えることがあった。その後半末尾の要旨が以下である。

 中世において、「真の過去とは、神の意志に合致したものであるべきだった。だから断片的な記録しか手元になくて大きな隙間が空いているときには、あったかもしれない、否あるべきだったーーそのほうが、神の思召にかなうーー記録を創って、その隙間を埋めたのである。偽造は、修道士や聖職者にとっては、より大きな善、神の栄光のための聖なる欺瞞行為であった」(p.7)。

 最後の一文はイエズス会のモットー「神のより大いなる栄光のために」(A.M.D.G=Ad Majorem Dei Gloriam)を私につい思い出させてしまった。池上氏は具体的に、メロヴィング朝の証書の約60%、カロリング朝カール大帝下での約40%が贋作と判明している、等々と数字を挙げている。中世においてこういう事実があったことはそれとなく知ってはいたのだが、ここまで高率だったら、今回つい時代をさかのぼって、我々がこれまでローマ史で「史料」として珍重してきた文書史料、はたして大丈夫なのかと思ってしまったのである。

 というのも、おりしもある読書会でテキストにしているキース・ホプキンズ『神々にあふれる世界』岩波書店、2003(原著1999)年の下巻をまとめていて、初代キリスト教の信者たちが、自分たちの信仰によかれと、自分たちに都合のいい筋書きで次々とイエスの物語を紡いできた挙げ句がキリスト教の正典『新約聖書』や外典・偽典なのである、とあっけらかんに述べている箇所にぶつかってしまっていたからである。

 これまで研究者によって新約関係の文書には考えられる限りの精緻な史料精査が加えられてきていて、そのあたりの事情は水準以上に知っていると思ってきた私であるが、自分の信念にとってよかれと思っての捏造創作意欲、という視点は今さらながらちょっとした落とし穴だったなあ、とそんな思いに捕らわれてしまったのだ。文字を操れる立場にあれば、なにも修道士や聖職者だけにその傾向があったわけではなかろうし、と。なにしろ人間は平気で嘘をつける、すべて善意というわけではない、そういう存在なのだから。

 文書史料を扱う上で、著者の著述意図を踏み誤ることなく、事実をあぶり出すことの困難さを改めて感じてしまった。たとえば、書き手の主観が入り込みやすい叙述史料に較べて、比較的手堅い史料と考えられている法律文書にしたところで捏造とはいわないまでも写字生による誤記はもとより、編纂者による意図的ないし意図せざる改竄も当然予想されてしかるべきで(ここまではどの研究者も同意するはず)、ならばもう一歩進んで何らかの理由での捏造挿入も想定されるべきかもしれないのである。私はそれをかつて扱ったことのあるディオクレティアヌス帝による「マニ教禁令」での諸矛盾を含んだ文言をどう解釈すべきかで直面したことがあった。当時は、捏造の可能性などはまったく思いつきもせず、当然のように真正文書との前提で扱ったのだが、はたしてそれでよかったのであろうかと今は思うことしきりである。写本の発見が後世であればあるほどその可能性が紛れ込む余地は大になるはずだし。

 それにしても、はたして事実は奈辺に存在しているのであろうか。かくして、より客観的な証拠を求めようとするならば、私などどうしても、考古学をはじめとする学際的な諸研究を視野に入れたくなってくる。そうしたところで最終的に結論が出るとは限らないのだけれど。

【補遺:2023/6/26】関連で田川建三がらみで補遺を書いたのだが、更新を忘れて終了してしまったので、あたり前だが原稿が消えてしまった(この耄碌振り、なんともまあ困ったものだ)。今、再度書く気力はない。いずれ改めて書くかもだが、彼の『ヨハネの黙示録』(作品社、2017年)で、古代ローマ史関連で面白い記述を見つけた。まずはp.534-、ローマ皇帝崇拝をめぐってである。それに関して研究の真似事やった記憶のある身には痛い内容だったが、参照してきた先達の國原も弓削も写本レベルの問題にそんなに触れていないのだからどうしようもないが(弓削は第一〇巻は真正文書と気安く請け負ってさえいる:日本基督教団出版局、1984年)、しかしだからといって安直な孫引きの言い訳にならないわけだ。日本に限らずこういったレベルは紹介であっても研究とならないわけで。突っ込めば即国際レベルの論文になりそうな気配なのだが、新約聖書学者の田川に教えられてしまった。慚愧。(ただ、小プリニウスによるウェスウィオ火山噴火日時問題については、ちょっと言いたいことある:8/24-25と小プリニウスがつい書いてしまった彼の頭の構造にかかわることで、まだ誰も言及していないようなので、これもいつか触れたいテーマではある)

 蛇足として面白かったのはp.523-で、そこで田川は日本有数のマルキスト高坂逸郎(田川は名前を挙げてはいないが九州大学としているので明々白日)のドイツ語読解が誤訳であると書いているだけなのだが、私がウィキペディアでちょっと調べたら面白いエピソードに出会ってしまったのである。それが向坂逸郎と岡崎次郎の、岩波版マルクス『資本論』の翻訳と印税がらみのちょっと陰湿な話である。著名人の名前で翻訳を出しているけど、その実、下訳に手も加えず、印税はちゃっかりともらっちゃうという、(今に通じる!)出版界の恥ずべき内幕に私には思えてならない。社会的に清廉潔白を装っても、研究者の堕落した実態の一端が暴露されていて興味深いが、それはともかくとして、誤訳についての田川の指摘は、自虐志向の私などには痛快でさえある。要するに、〇〇の専門家といっても、ネイティブでない外国語について、すみずみまでニュアンスをとれるほど堪能でない研究者は(圧倒的大部分のはずだ)、たいした根拠もない○和辞書掲載の訳語をあてはめてお茶を濁しちゃうわけで、今も昔もこんなものであって(私自身若干真似事しているのでよくわかる:戦々恐々、実に苦痛に満ちた苦々しい営みである)、それを出版社の権威のもとお金払って誤訳だらけの難解な文章を読まされる読者こそいい面の皮である。翻訳天国の日本文化は同時に誤訳天国なのだ。

 ま、来世など信じないマルキストにとって、死後での失態暴露などどうでもいいことかもしれないが。来世を信じているはずのキリスト教徒もご同様ではお話にならないだろう。

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トイレ話:2500年以上前の排泄物の分析

 2016年にエルサレムで、上流階級使用の石作りのトイレが発掘されていたが、今回、その下の汚水溜の内容物を分析した結果、2023/6/25に論文で、下痢を引き起こす寄生虫の痕跡が見つかった、と発表された。「ジアルジア症」というものらしい。この感染症は下痢や腹部の痛み、体重の減少を引き起こす。以前にも現在のトルコに当たるローマ時代の土地や、現在のイスラエルに当たる中世の土地で発見されていた。

 ところで私はかねて、この種の穴自体はいわゆるトイレではなく、トイレから汚水溜への土管の支持台ではないかと思っているのだが、どうだろう。

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違法サイトの研究使用、に思うこと

 以前書いたことがあるが、必要論文名を打ち込んでインターネットをググっていると、pdfで論文が無料で入手できる場合がある。もちろん有料のサイトもあるが、それは個人で契約してなんとかなる値段と、大学図書館が契約していてそれ経由だと無料となる場合もある。私はもちろん両方利用しているが、基本大学に登学して印刷するやり方から、最近はデータを降ろす方法をとっている。というのは大学図書館でアクセスするとデジタル版が入手できて、それを自宅に持ち帰って翻訳ソフトにかけることができてやたら便利だからだ。私の場合、これまで精確な文意を把握するため全訳作成を旨としてしたので(私のド頭だと誌面のざっと読みでは誤読したり、読んだところを忘れ果てたりするので)、これまでだと訳文をワープロで打ち込む手間にとんでもない労力と時間を必要としていた。emperorを「天皇」と訳してしまう簡易翻訳であっても、「;」のあとの文が飛んでしまう簡易翻訳であっても、二行にわたって「-」がついている単語を修正しなければいけない簡易翻訳であっても、瞬時に邦訳が印字される便利さは何物にも代え難い便利さである(他方で視力への負担はおびただしい)。もちろん肝心な箇所は原文に当たって修正するのはいうまでもないが(とはいえ、そんな箇所の手直しはやはり難しい)。

 デジタルの毎日新聞で以下が舞い込んできた。2023/6/6:鳥井真平「違法な論文海賊版サイト 便利だけれど「やばいかな」」。そこで話題になっていたsci-hubにはこれまでお世話になったことはないはずだが、まともにやると一本コピーを注文すると25€要求されたりするので、円安もあって年金生活者の懐でははなはだこたえるので、まとめて大学図書館に行ったとき降ろしている。すぐに読めないのは新鮮さとしてはつらいのだが、かつて3か月後に発注図書が届いたのと較べると、有難いことには違いない(届いた頃はもう関心が別に移っているのが普通なのです)。

 あれは今から20年以上前のことだったろうか、大学で図書館委員やっていたとき、所属大学の図書費予算のなんと半額が研究雑誌の購読料に取られて(しかも高額雑誌の大部分は実は学内で圧倒的に赤字学部の理系だった)、通常の書籍購入が圧迫されていたことが報告された。その時大学が取った対策は、不要不急の研究雑誌や、他大学などからコピーが取れる著名な紙の研究雑誌の講読廃止で、各学科に削減目標数が提示されたことがあった。赤字学部の理系のあおりを受けて文系まで削減かと怒って見せたことがあったが、それとて実際には焼け石に水だったはずだ。かくのごとく、一方で研究費の削減、他方で研究雑誌の高騰という現実あって、それをどう解消していくのか、すでにその頃から問題であったのだ。

 私が考えついたのは、文科省の下部団体でそのような著作権問題を解消するシステムを構築することだった。音楽のような著作権料を自動的に払えば降ろせる、といったシステムだ。大昔に危機感もったお役所がなんたらセンターを設置したので、早晩何らかの手が打たれるはずと大いに期待したのだが、未だ動きはない。研究水準の低下が言われてこれも久しいが、今ポストに座っているお役人は日常業務の消化で満足して、やらなければならない制度改革で汗を流す気はどうやらないようだ。ああ、「官僚の夏」の時代がなつかしい。

 今でも図書館経由で他大学にコピーを申請すると、1枚45円くらいのコピー代と郵送料がかかる。相互貸借で本自体を送付してもらうと往復1200円を超える郵送料金がかかる。前者だとデジタルで送れば無料だし(実際には図書館間でそれでやっているはずだ:特に海外の大学図書館なんかとは)、後者でもそれができれば問題ないが(私はオパックの調査不足で今でも時々やらかすのだが、ケンブリッジ大学出版会の本とか、版権切れた本がアップされたりしていて、それらだったら図書館経由で無料でみることもダウンすることもできるが[VPNを使用すれば自宅からでも可能らしい]、そうなると今度はコピーの年間使用枚数[我が社だと700枚と記憶する]がネックとなったり、総ページの半分しかコピーできない場合が出てくる)、もっと安くできないものかといつも思っている。

 こういった公的研究助成の仕組みがないかぎり、論文海賊サイトは繁盛し続けるはずだ。現在私は学際的な世界に頭を突っ込んでいるので、無料でコピーできる学術サイトは本当にありがたい存在なのである。

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