月: 2023年12月

研究者としてでもなく

 昨日届いた『図書』1月号をめくっていて、めずらしく心に残る記事が幾つかあった。ここでは竹内万里子のシリーズ「写真に耳を澄ます」4「語りの背後にあるもの」に触れておきたい。

 それは、私の妻がまたまた断捨離に目覚め、それまで我が家に保管してあった死亡した私から見ての義弟関係の書類を処分すると言いだしたことに関連している。私は個人的には市井の個人の記憶があっという間に消え去ることにいささかひっかかる性格なのだ。庶民の存在など消え去るのは造作もないことに、なぜか抵抗したくなる性分なのだが、実際問題として、庶民の家での限られた空間で保存するのはなかなか困難で、思うようにはいかないわけで。

 さて、登場するのは二人の女性である。一人が岐阜県に在住してダムで消えゆく運命の村を61歳から88歳で死ぬまで写真で撮りまくった増山たづ子さん(1917〜2006年)。村は彼女の死を追うように水没した。「ジャーナリストとしてでも研究者としてでもなく、ひとりの村民としてテープレコーダーとカメラを手に立ち上がった」。あとには10万枚を超える写真と600冊ものアルバムが残された。数冊の出版に結実している。

https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009072507_00000

 そして、偶然にも同じ岐阜県生まれで仙台に住んでいた小野和子さん(1934年〜)。35歳になって3人の子育てのかたわら、民話の採訪活動を始めたのである。50年以上にわたって「調査員としてでも研究者としてでもなく、ただひとりの主婦、いわば無防備なひとりの人間として、民話を求めて宮城県各地の村々をひたすら歩き続けた」。しば刈りの話は意味深である。

「聞く人が、受け取る人がいないと消えるのよ、残す人がいなければ全部きえてしまう,消えてったものはいっぱいある、私が拾ったものはほんのわずか」

 消えゆくものへの惜別の思い、ささやかな抵抗が、残そうという強い決意によって、思わぬ成果を産むことがある。私は何を残せるだろうか。

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オール・ジェンダー・トイレ:台湾の場合

 2023/11/28  毎日新聞報道(有料):「学校から始めるが台湾流 オールジェンダートイレ 導入のきっかけは」(https://mainichi.jp/articles/20231127/k00/00m/030/095000c)

 学校から始めているようだ。キモは、大小にかかわらずカギのかかる個室化していることだ。これは私には盲点だった。それに左右でそれとなく男女隔離もされているようだし。

 45年前の新入生歓迎バス旅行で行った姫路城での恥ずかしい体験を思いだしてしまった。そこのトイレは中央通廊の片側に男性用立ちションベン、反対側に大と女性用が並立しており、女子学生が列を作っている真ん前で男子は立ちションする羽目になったのだが、女子大・短大に赴任して最初だったので大いに戸惑ったものだった。

ググってももはや古い男女共用便所は姿を消したようでみつからず、とりあえず画像は入手出来なかったが、上記写真左のような構造で(大・女性共用が左に見える)、右側は写真右のような超古典的男性用立ちションだったのであ〜る。中央通路にうら若き女性たちが列をなしていた。もちろん下の写真のような今風の衝立などないわけで、トホホでした。

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「クローズアップ現代」の30年、いや23年

 ここ数日、NHKが30年前の1993年に始めた「クローズアップ現代」のスペシャル版を放映してきた。 そして2023/12/22の今晩は、その最初から2015年まで23年にわたって出色の看板キャスターだった国谷(くにや)裕子さん(1957年〜)を現在の桑子アナウンサーがインタビューする形式で放映。相変わらずの国谷さんを久しぶりに拝見してうれしかったのと同時に、あれからもう30年ないし7年もたったのかという思いと、その間パレスティナ問題もアフガニスタン問題もウクライナ問題も問題として取り上げられていたこと、しかし未だ何一つとして解決されていない現状に唖然とせざるをえない自分に気づかざるをえないのだった。

 ホモ・サピエンスを自称する人間は、愚かにも容易に忘却する動物である。残念ながら健忘症は後期高齢者に限られないのだ。

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水とお茶の話

 最近あるところでの雑談でイギリスの水と紅茶の話をした。その情報をアップしようと思いついて、ついでにイタリアの水にも触れておくことにした。

 ことの端緒は以下の通りである。大昔ロンドンのホテルで部屋にリプトンの(たぶん黄色の)ティー・バックが置かれていたので、あれれ安物だなあと思いつつ、紅茶を入れた。そして飲んであまりの旨さに仰天したのだ。それで残りのティー・バックを日本に持ち帰った。そしたら期待に反してチョーまずかったのである。まあ、このあたりで原因は水だなとは気づいたのだが、そのころは単純にあっちの水は硬水のせいなんだろうと思っていたが、以下引用のウェブ情報で、イギリスは軟水域と硬水域があることを初めて知ったのである。だから、イギリスからみやげ物として購入する場合は注意しなければならない。

 「英国老舗紅茶商 【 RINGTONS 】 公式 リントンズジャパン」の「サイトマップ」で「紅茶とお水はとても大切な関係」に行ってご覧下さい。キモは以下の地図にある。イギリスには硬水域と軟水域があり、ロンドンは硬水域なのであ〜る。茶葉はおのずとそれ用に調整されているのだ。そして、後年スコットランドを自動車で遺跡巡りしたとき、拠点にした民宿での料理が、とかくの風評に違えてとてもおいしく感じたことも、あるいは軟水域だったせいかもしれない、と思い至ったことだ。

 以下、イタリアの水については以下参照。https://guideassociation.com/mailmagazine/post-4102/

 イタリアでもアルプス近くだと軟水的となる。ちなみにローマで緑茶を飲む場合は、水道水を沸騰させて上澄みをとり、2回目のそれで飲むとおいしいのだそうだ。石灰分が沈殿するからだが、そのことを知らなかった私はサバティカルで一年滞在したとき、日本から持ちこんだ緑茶や番茶をすべて捨ててしまった。ローマの水道水は紅茶にも合わない気がした。あろうことか表面に虹色の金属膜が浮かび、浮遊物が対流しているのが目視できるので見た目で全然おいしそうに思えないのだ。

ローマ市の水道水を沸騰させるとこんな具合なる。

 ちなみに、日本のシャワートイレが欧米に普及しないのは硬水なのですぐに管が石灰分で詰まるからだいう言説がある。本当だろうか。

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ローマ、Tuscus通りの邸宅発見

 イタリア在住のFさんから最近の発掘報告が入ってきたので、本人了解のもと、内容を一部付加修正して転写いたします。

                       ↑vicus Tuscus

本日は、パラティーノ丘での共和政末期のドムス発見のニュースが 12日にイタリアを騒がせ、続く13日~15日に開催された「Convegno internazionale di studi | Ninfei antichi e moderni a Roma e nel Lazio – Curia Iulia, 13-15 Dicembre 2023」の2日目(14日)に、さらなるその詳細が Parco archeologico del ColosseoのRoberta Alteri女史によって発表された ことのご報告です。

 13日にローマ・ガラスの大家ルチア・サグイ先生から、この会議について連絡をいただきました( https://roma.corriere.it/notizie/cronaca/23_dicembre_12/archeologia-ricca-domus-romana-scoperta-tra-il-foro-e-il-palatino-sangiuliano-nuovo-tesoro-della-romanita-9dfe2da9-27bf-4b24-81ae-68cda3356xlk.shtml)。皆様にすぐにご連絡をと存じましたが、この会議はYoutubeでストリーミング配信され、Roberta Alteri女史の発表を含む3日間の発表と質疑応答が録画されることがわかりましたので事後報告とさせていただきました。

 なお、Alteri女史の発表につきましては下記のURLの18~49分あたり、その質疑応答は3時間30分以降にあたります(https://www.youtube.com/live/k_iCHG4MD3Y?si=VQBT4LTjR4hf0byx)。 12月14日 9:50-10:10 Roberta Alteri (Parco archeologico del Colosseo) La scoperta della domus tardo repubblicana del vicus Tuscus. Architettura e decorazione a mosaico di un nuovo specus aestivus

概要:ティベリス川沿いの港とフォルム・ロマヌムを結ぶ商業道路Vicus Tuscusに並ぶアグリッパが建造した倉庫群Horrea Agrippianaの背後にあたるフォルムの斜面で、前2世紀後半から前1世紀末にかけて少なくとも3段階に分けて建てられた数階建てのドムスが今年9月に発見された(この区域自体は 2018年から発掘調査が開始)。

 吹き抜けの庭を取り囲むように配置されたドムスは、まだ発掘調査中だが、とりわけ前2世紀の最後の数十年間に建造された 、洞窟を模した夏の宴席用pecus aestivusの部屋がセンセーショナルな発見となっている。すなわち、この部屋の東壁、高さ約5m、幅約5.60mの全面が、 «rustico»(田舎風)と呼ばれるモザイク(貝殻、エジプシャン・ブルーの テッセラ、ガラス、白大理石や様々な石の破片を使用)で覆われ、さらにその壁面から水が流れ落ちたり、吹き出したりしていた可能性が、何本もの水道管が埋め込まれていた痕跡から報告された。田舎風モザイクの装飾主題は、半月状のルネッタにみる景観図と、その下の建築的装飾からなる。景観図では、帆を張った大きな船や小型船2艘が航行し、魚が泳ぐ海を見下ろす城壁に囲まれた都市が、列柱、門、塔(内1つは灯台か)、大きな公共建築物など共に描かれている。また、都市の背後にはトラバーチン(tartari di travertino)で模造された崖(?)が、向かって左端には牧歌的な風景が描かれ、家畜の中に立つ唯一の人物像もみられる(海岸沿いの都市の表現は、ドムスの所有者、元老院議員階級の貴族による戦争的征服を暗示か)。

 開催者の一人であるAlfonsina Russaが「パラティーノ丘は発掘しつくされてもう何も出てこないといわれていましたが、このような素晴らしい、しかも共和政末期のドムスが発見されるんです」とおっしゃっていましたが、本当に今回の発見には全身の血が湧きました。ポンペイをはじめ、水にかかわる壁面に田舎風モザイクが施され、その中にガラスの破片やテッセラが光るのは目にしてきましたが、「モザイク・ガラス」または「大理石を模したガラス製」の円盤(半球?)が模様の一つとして貼られていた事例ははじめて目にしました。 また、カタコンベの壁面に円盤型のVetri doratiやガラスを貼る発想は、共和政末期のこのようなモザイクに遡るのかもしれないと、ぼんやり思いました。 さらに、サグイ先生のコメント(壁面装飾にあわせた形状加工されたガラスのモザイクは近くに工房がないとできない。この事は、一般にストラボンの記述に基づきアウグストゥス帝時代からガラス製造が始まったと言われる都ローマ で、1世紀近くも前にガラス製造が始まっていたことを示す)など、ローマ・ ガラス研究者の端くれとして、まだ高揚した気分がおさまりません。

 この他にもこの会議の詳細につきましては、下記URLをご参照ください。プログラムも掲載されています(Convegno internazionale di studi | Ninfei antichi e moderni a Roma e nel Lazio – Curia Iulia, 13-15 Dicembre 2023 – Parco archeologico del Colosseo)。

 ところで、このNinfei会議を追うことで、10月にH先生やO先生と拝見したエルコラーノの北西小浴場(エルコラーノの調査申請では「パピルス荘の浴場 」と指定しないと、「郊外浴場」と紛らわしいそうですが)の天井部が、洞窟を模した偽鍾乳石装飾が施されていたことから、本当に「浴場」だったのか、むしろ「Ninfeo」の一種ではなかったのか、などと疑問が湧いてきました。もっともNinfeoについてよくご存知のエルコラーノの方々が浴場と解釈されたのですからその通りだと思いますが、いずれにしましてもNinfeoや模倣洞窟への嗜好を知る上でもこの会議の内容は重要だと思いますので、また、アーチ構造を専門とされるO先生には興味深い発表も多いのではと僭越ながら思いましたので、是非お時間のある時にみていただき、ご教授いただけたらと存じます 。   なお、この国際会議は昨年から12月に行うようになったそうで、来年も「ローマ時代の商業・生産空間spazi produttivi e commerciali di epoca romana」をテーマに発表を募るそうです。

【補遺】以下も参照:http://www.thehistoryblog.com/archives/date/2023/12/14

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痘痕つながりで:スターリン

 今でもよく読まれている私の初期のブログに「漱石とあばた(痘痕)」(2020/8/15)がある。

 今回、偶然あのスターリンがご同様に5歳の時天然痘にかかりひどいあばただっただけでなく、なんと身長が163cmくらいしかなかったことを初めて知った。がっしりとした体躯とスッキリした顔面は作られたイメージだったのだ。「スターリンの顔は醜い痘痕顔であり、片手(左手)に麻痺がある風采のあがらない小男」だった。憲兵の報告書では彼は「あばた」があだ名だった。

左と真ん中は1911年の秘密警察のファイル;右は1932年のあばたが残る写真

https://jp.rbth.com/history/84737-stalin-byou

 身長に関しては以下参照(https://celeby-media.net/I0003525)。

 ところで、スターリンという名は実名ではなく「鋼鉄の人」といういわばペンネームで、「イオセブ・ベサリオニス・ゼ・ジュガシヴィリ」というグルジア(現在のジョージア)人だった。

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マスコミ的あおりと法的現実

 特捜から報道への意図的リークが今回目に余る印象が強い、自民党のとりわけ安倍派のパーティー券キックバックであるが、昨日(2023/12/18)のBSフジの「プライムニュース」に出演した元特捜検事の高井康行の明確で冷静な発言とキャスターの反町理の落差が面白かった(https://www.youtube.com/watch?v=rnM-IdRPyIo;https://www.youtube.com/watch?v=sMvpopv8oPQ)。法的観点からすると今回の例は単なる不記載にすぎず、議員と秘書の共犯は成り立たず無罪になる可能性が強い、ということらしい。

 だから、今回の場合、起訴に持ち込める可能性がかなり低いので、社会的制裁を期待しての意図的特捜リークという流れになる、というのが私のような屈折者の読みになる。

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博物館・美術館の今後を占う

 先般の国立科学博物館のクラウド・ファウンディングは予定額1億円のところなんと9億2千万円集め素晴らしい大成功だったが、どの施設でもそういうわけにはいかないだろう。

 私は上京して以来首都圏で海外の特別展を含めて参加することが容易になったのは確かだが、いつもとんでもない人出の混雑に辟易、冥土の土産にしたいのだろうけど、今さら見てもどうなるのよ、とつい毒づきたくなったものである(すみません)。とかくするうちに、私自身が冥土目前になっているわけであるが。

 ところで、こういった箱物施設では収蔵物は年を経ることで増加していく。しかし展示スペースは限られているので、要するに普通収蔵品の閲覧はごく一部に限られる。ところが、それをデジタル化してHPに展示する労力を払えば、極端にいうと、すべての収蔵品を見ることができるし、観客に邪魔されることもなく、展示期間に限られることもなく、微細画像を自宅や研究室でじっくり監察することもできる(ミュージアムの「トリアージ」と「終活」 避けるために必要なこと)。

 今後の施設はこういった視野をもって経営されるといいと思う。ウェブではサムネイル画像で見て、必要な画像は有料で入手出来るようにすれば、施設も多少なりとも経済的に潤うことになるだろう。問題はデジタル化の経費捻出と、そのプロセスにかなりの日数を要することだろうが、これはやるしかないとしても、スキャナ技術の日進月歩とどこで妥協するかといった問題も壁となるだろうから、そう生やさしい作業ではないかもしれないが。

 

 

 

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「ニュー・ポープ:悩める新教皇」再放送を見ている

 今日(2023/12/16-17)のスターチャンネルで全9話の再放送をやっているのを偶然知った(2019年製作)。これはシリーズ1「ヤング・ポープ:美しき異端児」全10話(2016年)の続編で、いずれも面白いドラマだった。未見の方にはお勧めする(https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0912ZRGMP?&linkCode=ll2&tag=exstar2022-22&linkId=1ea02caa04cba7ae663bd447addbec0c&language=ja_JP&benefitId=starch&ref=dvm_ptm_off_jp_ac_c_starch&_ebx=6uez1ce1s.1611773608.7tl5iop)。

 続編第1回の、教皇選出が難航しているとき、枢機卿たちの独り言が数人分でてくるが、それらが多様な見解や期待を持った枢機卿集団の事実をあぶり出しているようでたいへん秀逸で、その後の展開もコミカルかつシニカルに展開していき、視聴者を飽きさせないのである。しかも人間の哀しみ、人間の業(ごう)への洞察も随所で描かれていて深い:「私は神にうとまれているのだ」。これは脚本・監督のパオロ・ソレンティーノの力量である。

 再放送を見逃しても色んな手段で鑑賞することができる。いうまでもなくフィクションであるが、如何にもありそうな感じの設定で必見のドラマ。

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新シリーズ「日本人とは何者なのか」を見た

 2023/12/6からNHK新BS夜21時に放送開始。それを見て驚いた。古代人のDNAを解析することによって、従来説がものの見事にひっくり返されてゆくのである。面白かった。

 現生人類の「出アフリカ」によって、氷河時代に日本列島が大陸と陸続きになって、最初に日本に渡来した原日本人が縄文時代を、その後、大陸から金属器と稲作を持ってきた弥生人が弥生時代を構成し、これが現代日本人の先祖であった、というような簡単な図式が提示されてきたが、ここ数年の研究で、なんと原日本人のDNAになったのは実は古墳時代のことだった、すなわち、中国での動乱の余波のせいか古墳時代に大量の移民が日本列島に移住してきた(限られた帰化人レベルではない大量の庶民レベルを含む)としか考えられない現象がDNA的に立証された、と。

 来年の12/3までオンデマンドで見ることできる。以下参照。 https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2021/10/story/2021-10-story-story_211005/

 こう考えることで、これまで孤立的だった日本人の起源が地球レベルの中で再検討される契機となりえるわけだ。

 テレビの刑事物の冤罪を見ていると、昔のDNA鑑定の未熟さがよく登場するが、そういったレベルをすでに脱していることを祈らざるをえない。データ数が増えればまた別仮説が登場するのは必定であるが。それが研究だ。https://digital.asahi.com/articles/ASR9V4GJNR9QULZU00Q.html?pn=5&unlock=1#continuehere

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