月: 2020年10月

うん・どん・こん考

 今、以下を読み直している。河合潤『西暦536年の謎の大噴火と地球寒冷期の到来 』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年。この本は、表題以上に研究者たちの立ち振る舞いとか、研究手法への言及が多くて、それなりに読ませる。私にも思い当たることが多い。その中でいわく「研究とは地味なもので、ある程度頭が鈍くなければ、粘り強く継続できるものではありません」と(p.157)。

 そして思い出したのが、運・鈍・根、だった。私が大学一年時代、教養の英語読解を担当したのがなぜか文学部英文学科教授の田辺昌美先生だった。普通は教養部の語学教師がするのだが。ディケンズの『デビッド・カッパーフィールド』がテキストだったが、授業中時々妙なことを仰る人で、今でも覚えているのは、文字通りではないが、こんな調子だった。「君ら、川に橋が架かっているのはなぜだと思う。あれは人が渡りたいと願うから橋が架かるんだ」。まあ、逆転の発想とでもいうべきか。

 その彼のご自宅はたまたま私の実家の近くだった。一度だけ夕刻お邪魔したことがあった(そうなった子細は今は述べない)。すでに晩酌をかなり召されていた先生は、赤ら顔で、それがクセだったが目をつむり首を左右に振りながら「なあ豊田、研究者は運鈍根なんだ、知ってるかい」。18歳で知るわけはない。運が必要、鈍感でなければならない、根を詰める性格でないとだめ、というわけ。「お前の所の高山(一十先生:古代ギリシア史)、あれはかまぼこと呼ばれていたんだぞ」。板(机)に張り付いた肉塊、今風にいうとガリ勉という意味だったのだろう。その時思ったのは、自分は鈍ではあるが、もとより運はなし、性格的に軽佻浮薄で持続力もない、かまぼこなんて無理、こりゃだめだ、と。

 齢73にして思うのは、鈍ではあるし、尻軽も直っていないが、多少は運はあったようだし、年取ってきたらかまぼこみたいにパソコンの前に座っていて飽きないなあ、と。

 運で思い出すのは、津山の女子大で何かの時、学生の前で話す機会があったとき、これも英文の若手教師が「誰でも人生で大きなチャンスは3回はある、それを見逃したり、間違った道を選ぶと、それっきり。だから賢くあれ」と。なんだか職場朝礼での部長さんの訓辞めいていたけど、これもあとからなるほどなと。

カイロス(チャンスの神)には前髪しかない,それを掴め:後悔先に立たず
Filed under: ブログ

これどこの?:トイレ噺(18)

 下の絵は、古代ローマのトイレ、具体的にはイギリスのハドリアヌス長城の駐留軍(正確には補助軍)陣地に設置された水洗(流水型)トイレの復元想像図です。

Housesteads遺跡で発掘されたトイレと復元想像図

 こんな絵を見た後で次の写真見たら、古代ローマのだと思いますよね。

 でも違うんです。上の2つの写真はアウシュビッツの強制収容所のトイレです。どうやら水洗式ではなかったようです。ある情報では10秒間で用を足すことが求められていたそうですが、むしろ私は落とし紙になに使っていたのか気になります(ご存知の方、教えて下さい:k-toyota@ca2.so-net.ne.jp)。

 反論が出るかもなので、こういう水洗式が設置されていたすばらしい強制収容所もありました(皮肉です、念のため)、と指摘しておきます。

 しかしこれを知ったあとで、古代ローマの公衆トイレについての俗説(開けっぴろげで、一種の社交場でした、なんて)を信じることできるでしょうか。

【補遺】https://www.youtube.com/watch?v=hR2SR-2Pows:不潔なので監視も甘くなり、赤ちゃんの隠し場所となり43名助かった、とガイドさんが話してますが、一日2度しか行けない規則だったそうなのだが、赤ちゃんは乳を求めて泣かなかったのだろうか。なんだか作り話みたいな気がする。

Filed under: ブログ

535/6年の天変地異:はじめに

 我孫子での読書会の参加者から、後535年に全世界を襲った天変地異について背中を押された。中国や日本もその記録あるかも、いやあるはずです、と。6世紀となると私の研究射程圏から大幅にはずれるのだが、押されたからには挑戦せざるをえない。それにこれまで目をつぶってきてはいたのだが、ローマ帝国の衰退を考える上で、2世紀末から3世紀半ばに地中海世界を襲った天然痘と思われる疫病をその1とするなら、第二のそれが、それだったと思われるからである(第三は、西欧中世の黒死病となるだろう)。

 私の山勘での予想では、第1の破綻でローマ宗教からキリスト教の台頭、第2でムスリム台頭、第3でプロテスタントの台頭、となる。しかし1と3はともかく、2のムスリムについてはド素人なので、なぜムスリムがとすぐに疑問が浮かんでしまう。これが目下最大の悩みどころである。

 ブログのどこかに書いた記憶があるが、地球上の生物はごく稀にではあるが、文字通り絶滅の危機に直面してきた(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/091600540/)。その結果、哺乳類および人類が現在地球上での覇者となっているわけだが、人類の歴史は今のところせいぜい500万年くらいで、1億6500万年に及んだ恐竜時代とは比べものにならないことは、よくよく認識しておいたほうがいい。次の一手で跡形もなく消滅する可能性もあるのだし、実際、これまで死滅の縁に追い込まれたのも1、2回ではないからだ。

 その一つが、紀元後6世紀、皇帝ユスティニアヌスの時代にあった、ということになっている。普通にはそれは「疫病」とされているが、残存している文書史料によると、どうやら疫病にとどまらず、いわゆる「核の冬」の特徴に酷似していた。そうなると当時原水爆はないので、想定されるシナリオは次の3つ。小惑星衝突、彗星衝突、そして火山噴火。その気になって、3年前に強制スリム化された書棚をチェックすると、それでも以下があった。デイヴィッド・キーズ(畔上司訳)『西暦535年の大噴火:人類滅亡の危機をどう切り抜けたか』文藝春秋、2000年(原著: David Keys,Catastrophe: An Investigation into the Origins of the Modern WorldBallantine Books,  2000);石弘之『歴史を変えた火山噴火:自然災害の環境史』刀水書房、2012年;河合潤『西暦536年の謎の大噴火と地球寒冷期の到来 』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年。

 といった具合で表題を見れば、読書会のテキスト(ブライアン・ウォード・パーキンズ(南雲泰輔訳)『ローマ帝国の崩壊:文明が終わるということ』白水社、2014年)が小惑星の衝突とする主張と異なって、大勢は火山噴火となっているわけで、まあその線を素人ながら私も納得するしかない。あと関連参照史料で書棚に『日本書紀』はあったが、中国の『南史』『北史』は適当な邦訳は我が図書室にもない感じだ。O澤先生にでも聞こうかな。

 

Filed under: ブログ