投稿者: k.toyota

レアメタルと深海の環境破壊

 2026/6/29発信「海底に眠るレアメタル 商業開発前夜、「怖さ」感じて一時停止に」(https://mainichi.jp/articles/20260627/k00/00m/030/188000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20260629)を一読して、複雑な気持ちになった。

 資源貧困国の我が祖国が将来を見据えて、深海調査を行っていることは、私にとって直結の成果よりも、精神的安定感を与えてくれる情報ではあったが、それに環境破壊という問題が潜んでいたのは、不意打ちだった。

 「どんどん採る」から「いったん立ち止まる」のは正しい判断ではあるが、それはご近所の覇権志向大国をもまき込む動きとなるのかと考えると、正直複雑な思いにとらわれざるをえないのだ。

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ピサの河川港と沈船発掘

 私は現役時代、ローマ帝国の港湾施設がらみの科研で現地調査をする機会があった。ここでのピサ港とはリグリア海に面したPorto PisanoないしTriturritaのことではなく、現在の内陸都市Pisaの河川港を意味している(https://en.wikipedia.org/wiki/Porto_Pisano)。それを含めて二回ほどこの街を訪問する機会があったが、初回はまあルッカを引っかけつつの観光旅行に毛の生えた程度で終わり、二度目は港と沈船に焦点を当てての再訪だったのだが、港の発掘現場(鉄道駅の近所)はいうまでもなく立入禁止で、受付に置かれていたパンフの資料収集のみに終わり(その後、著作も入手したので、書架のどこかに埋もれているはず)、沈船を展示しているという博物館(メディチ家の旧兵器庫)も閉館中で、なすすべもなく後ろ髪を引かれる思いでローマに撤退せざるをえなかった。博物館が開いている時に再訪を念じていたのだが、未だ果たしていない。古代の沈船関係ではローマ空港内やアクイレイアやネミ湖、それにシシリアのマルサラなどの博物館で見ているのだが、未見で恨めしく思っているのは、このピサとドイツのマインツの博物館である。

 最近、G.Huissenのブログ「Roman Ports」から投稿連絡が届いた(https://www.romanports.org/en/articles/ports-in-focus/533-the-lost-harbour-of-pisa.html)。投稿は2019/2/23のようだが、それなりに詳しいので参考になるだろう。しかしその後、同じG.Huissenの2024/8/8発信「The resurfaced fleet of Pisa」(https://www.romanports.org/en/articles/human-interest/882-the-resurfaced-fleet-of-pisa.html)を見つけた。こっちのほうが簡明なのでそれをここで紹介するほうがいいだろう(但し、掲載写真はよくない)。その情報元は、Jacopo Suggi, Storia del ritrovamento delle navi antiche di Pisa (finestresullarte.info) とされているが、Jacopo Suggi, La flotta riemersa. Storia dello straordinario ritrovamento delle navi antiche di Pisa, 2024/07/23, Finestre sull’Arte のほうが正確な表記かもしれない。

 また発掘報告書も数冊出版されているが、最新の研究としては以下がある。Andrea Camilli, Le navi antiche di Pisa, Pacini Editore, Seconda edizione 2021. 後進の参入を期待している。

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 1998年、Pisa San Rossore駅の近くで、ピサの海運の歴史を塗り替えることになる、驚くべき考古学的遺産が偶然発見された。

 「航海することは必要だが、生きることは必要ではない(navigare necesse est, vivere non est necesse)」という、大ポンペイウスが荒れ狂う海へ向かうよう水夫たちを鼓舞した言葉は、今でもよく知られている。時を経て、この言葉はハンザ同盟のモットーとして、あるいはイタリアの作家Gabriele D’Annunzio(1863-1938)によって英雄的行為を揶揄する文脈で引用されるなど、幾度となく使われてきた。より一般的には、古代ローマにおいて海運が軍事と商業という二重の機能を担い、いかに重要であったかを示すためにこの言葉が引用される。当時の国家、経済、社会、そして組織体制を支える力として海運が存在したことは、海底から多数の難破船が発見されていることからも裏付けられている。それらは、悪天候下であっても乗組員が海に出ざるを得なかった状況を物語っている。しかし、こうした劇的かつ不幸な出来事は、私たちにとっては幸運なことでもある。それらは、海洋考古学や水中考古学を通じて、過去の文明に関する豊富な情報を知る機会を与えてくれるからだ。

図1:発掘現場。写真:Cooperativa Archeologia
図2:発掘現場。写真:Cooperativa Archeologia

 近年、イタリア国内で行われた考古学的発見の中で、量的にも質的にも最も驚くべきものの一つが「ピサの古代船」である。この驚異的な発掘調査により、30隻以上の船の残骸に加え、多種多様な遺物や膨大な情報が明らかになった。その規模の大きさから、誇張(かつ不適切)ではあるが、「海のポンペイ」と称する声さえ上がったほどである。

 この発見は1998年、ピサ・サン・ロッソーレ駅近く(「奇跡の広場」から数百メートルの地点)で、トレニタリア(イタリア国鉄)の施設建設工事を行っていた際になされた。海岸から約10キロメートル離れた都市中心部という建設現場の立地を考えると、この発見は予期せぬものであっただけでなく、どこか非現実的なものにさえ思える。実際、ピサの歴史は海と深く結びついてきた。海岸線が現在よりもはるか内陸にあった古代はもちろんのこと、河川や水路の利用に伴う堆積物で埋め立てが進んだ後も、その関係は続いていた。

 発掘の初期段階、地下6メートル未満の深さから木製の遺物が現れたが、現地の特殊な環境条件のおかげで、それらはかなり良好な状態で保存されていた。しかし、その後に明らかになる事態を予想できた者は誰もいなかった。実際、発掘の第一段階は「緊急考古学調査」として実施された。つまり、当初は当該地域の遺物の特定と回収に主眼が置かれ、費用も鉄道会社が負担していた。ところが、わずか数ヶ月後、地下に保存されていたものの規模が想像を絶するものであると認識されるようになった。遺物の量と質が極めて膨大かつ例外的であったことから、この発見の重要性が浮き彫りになり、1999年の夏にはすでに、本格的な調査体制へと移行することが決定された。これにより、体系的な研究を行うためのエリアが設けられ、当初の計画よりもはるかに長期間を要するプロジェクトへと進められることになった。

 これら初期の調査は、考古学者であり教授でもあるStefano Bruni氏、続いてAndrea Camilli氏の指導の下で実施された。

図3:「古代船博物館」に収蔵された発掘現場の一部

 3,500平方メートルを超える広範囲に及ぶ、この綿密な層位学的発掘調査の結果、鉄道当局は当初計画していたインフラ整備事業の断念を余儀なくされた。その後、当該地はピサ中央駅として再開発されることとなった。調査に携わった考古学者たちは数多くの困難に直面したが、その最大の要因は、極めて厚い堆積層と豊富な地下水という、この地域特有の環境条件にあった。

 浸水の問題を克服するために機械式ポンプが常時稼働された一方、もう一つの大きな課題――発見された木材の急速な劣化や乾燥への対処、および層位学的発掘に伴う多大な労力――については、「区画ごと」の発掘を行うことで解決が図られた。具体的には、船体の小さな部分だけを露出させて記録を取り、その後、薄いガラス繊維の層で再び覆うという手法である。同時に、タイマー制御の散水システムを用いて、適切な湿度を継続的に維持した。

 また、発掘された遺物(特に木製品)の処理に必要な技術を確立するため、修復センターを設置することも決定された。木製品は洗浄・脱塩処理の後、木材本来の成分を、不活性かつ除去可能な別の物質に置換・含浸させる必要があったからである。

  こうして、「湿潤木材修復工房」が誕生した。これほど大規模な体制と費用の投入が行われたのは、この発見が極めて異例なものであったためである。シルトや砂が堆積した岸辺に、数多くの難破船が重なり合うようにして横たわっていた。これらは異なる時代の船の残骸であり、長年にわたる度重なる激しい洪水によって、この堆積地に運ばれてきたものである。

図4:薄いガラス繊維の層で覆われた難破船

 ヘレニズム時代から古代末期にかけてのものとされる出土品には、船体や板材の残骸だけでなく、ギリシア・ローマ様式のアンフォラなどの大量の土器も含まれていた。ただし、これらの土器が船の積荷の一部であった可能性は一部にとどまった。型式や年代に不一致が見られることから、これらは長い時間をかけて廃棄された「廃棄物」であると推測されたためである。

 こうした大規模な堆積層の起源については、数多くの復元案が提示されている。それらによれば、ローマ時代のピサの集落は、当初、アルノ川の沖積平野に築かれていたと考えられている。この平野には、アウセル川(現在のセルキオ川)をはじめとする他の河川も合流していた。洪水説は、船を沈没させるような壊滅的な自然災害に起因する堆積層が少なくとも5つ発見されたことによって裏付けられている。

 石の集積が見つかっており、Camilli自身によれば、これらは「一連の橋脚というよりは、内側の控え壁buttressを伴う粗末な防壁に近い、河岸の構造物の一部」として理解されるべきものである。また、直線的な壁の構造は邸宅の係留施設であった可能性がある。したがって、この発掘現場は港としてではなく、ローマ時代に激しい往来があった広大な水路、あるいは水上の「道路」として認識されるべきだろう。

 難破船の調査からは膨大な情報が得られ、その用途や歴史を少なくとも部分的に復元することが可能になった。発見された古い時代の船の残骸の中には、ヘレニズム時代の船とされるものがあり、船内で見つかった什器類から紀元前2世紀のものと推定されている。この船はカンパニアとスペインを結ぶ交易路を頻繁に往来し、塩水漬けの豚の肩肉を含む様々な商品を運んでいたと考えられる。

図6:「船A(Vessel A)」として知られる貨物船(oneraria)の残骸と復元図
図7:船 C=「Alkedo」(西暦1世紀)とそのレプリカ

 一方、船 Aは「オネラリア」oneraria、すなわち交易専用の大型船だった。全長は40メートルを超えていたと推定されているが(現存するのはその半分)、年代は西暦2世紀末とされている。最も注目すべき船の一つに、12枚の帆を備えた船がある。「Alkedo」(カモメの意)という名の銘板も発見されており、保存状態が極めて良好な船である。対照的に、船 Iは西暦5世紀の平底の河川用フェリーである。この船は、ロープとウィンチの仕組みを使って河岸から押されるようにして進んでいた。

図8:船 D(西暦6世紀の大型河川船)と船 I

  船 Dもまた川で使用された大型の平底船(barge)で、水路に沿って砂を運搬していた。帆(マストが現存している)を使って風の力で進むか、あるいは動物の力で河岸から牽引されていた。船 Fや船 Qといった他の発見例は「リントレス」(lintres)と呼ばれるタイプで、pirogues(丸木舟の一種)に似た形状をしていた。これらはオールで漕いで進み、小規模な物資や人の輸送に使われていた。発掘調査の過程で、さらに30隻分の船の残骸が確認されたが、その数については後に他の研究者から疑問が呈された。

図9:洪水で流された水夫(左)とその愛犬(右)の遺骸

 しかし、この発見の特筆すべき点は、船やその貴重な積荷だけにとどまらない。堆積物の中からは、犬と水夫の遺骨も発見された。この水夫は、愛する相棒である犬を救おうとして自らの命を捧げたものと考えられている。ほかにも、飲料用グラスとして使われたガラス器や高級市場向けのバルサム容器、木や石の工芸品、硬貨、船乗りの所持品、そして前述の通り1万3000点を超えるアンフォラの破片など、数多くの遺物が発見されている。

 この画期的な発見により、古代の航行における河川・海洋システムから、交易、集団間の交流、そして何世紀にもわたるピサの役割に至るまで、多岐にわたるトピックに関する知見を深めることが可能になった(そして今後も可能であり続けるだろう)。 出土品の多くは現在、ピサ古代船博物館(Museo delle Navi Antiche di Pisa)の魅力的な展示コースの一部となっている。同館は2019年より、かつてのメディチ家の造船所(Arsenali Medicei)を拠点としている。この施設は、古代から現代に至るまで、このトスカーナの都市と海・海運との密接なつながりという「時の軌跡」を再現するものである。それにより、あの象徴的な「ピサの斜塔」を擁する中世の都市という側面だけには到底収まりきらない、この地域のより複雑で豊かな歴史物語が明らかになっている。

図10:船 Aから出土した木製錨(紀元2世紀)

出典– Jacopo Suggi – La flotta riemersa. Storia dello straordinario ritrovamento delle navi antiche di Pisa (2024年7月23日) Finestre sull’Arte

【補遺】それで思いだしたのだが、ローマからピサ行きの鉄道地方線を使って、チビタベッキアのかなり手前のサンタ・セヴェラ駅で下車して南西に向かって歩き、アウレリア街道(現国道1線)に出て Monumento naturale di Pyrgi の表示で一本道をさらに南南西に歩いて海岸に出ると、そこに中世の城と集落があって、「海と古代航行博物館」Museo del Mare e della Navigazione Antica がある。こじんまりとした規模であるが、その内容の充実度は高かったのが印象的だった。

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Neuro Peelがリール動画に新たな投稿:女神ウェヌスとローマ神殿

 ハドリアヌスは、後64年のローマ大火で廃墟となっていた黄金宮を解体して、最大の神殿ウェヌスとローマの神殿を建てたが、そのときネロの巨像を、既に後80年に完成していたコロッセオの横に移動させたのだが、それがそのように描かれていないのは?だけど。

 ま、リール動画はもっともらしいフィクションにすぎないけれど。

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辺野古転覆事故:マスコミどころか政府がやらたしつこいなと思っていたら

【辺野古転覆事故】

こういうことだったのか。

共産党・小池晃書記局長の抗議船ライフジャケット不適切着用写真に捜査当局も重大関心 《共産党に見解を問うと…》

https://bunshun.jp/denshiban/articles/b14122?utm_source=denshiban-mail-new&utm_medium=email&utm_campaign=2026-05-30&pnespid=4umeyNlY5rCd4bLq.xj.vaYb_kAOuSh4ggY7AUUptE6VxWf541.MlI5P_O0kIkfTe9sDU4YR


【追記】2026/3/19発信の「クリスチャン・トゥデイ」によると、死亡船長は日本基督教団佐敷教会牧師だった。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/35928/20260519/henoko-boat-accident-pastor-kanai-to-be-charged.htm
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この二ヶ月間の発掘情報

 私的には、中世のドイツのトイレ出土の書字板と、スペイン出土のハドリアヌス長城付近で作成されたコップにいたく興味を持っている。いずれもかねて注目してきたテーマである。

May 16, 2026Finely-decorated Roman lead coffin goes on display

May 14, 2026Wax notebook, silk tp found in medieval latrine

May 10, 2026Unlooted brick grave found in Roman necropolis in Croatia

May 9, 2026More of finely detailed Zile mosaic uncovered

May 4, 2026Ptolemaic circular bath, Roman villa found in Alexandria

May 3, 2026Roman sailor’s gravestone found in New Orleans repatriated to Italy

April 27, 2026Rare Roman calibration plate found in Czech Republic

April 26, 20262,000-Year-Old Hadrian’s Wall Cup Discovered in Spain

April 25, 2026Unique Athena statue found in Laodicea’s ancient theater

April 24, 2026Charred loaf of bread found at Roman military camp

April 22, 20261,500-year-old kitchen knife set found in Hadrianopolis

April 20, 2026Iliad fragment found in Roman-era mummy

April 12, 2026Unique circular temple found in Egypt

April 11, 2026Head of Medusa stolen a century ago to be restored

April 10, 2026A journey through the Ara Pacis in vivid color

April 7, 202630 previously unknown verses by Empedocles found on papyrus

March 29, 2026Exceptional Roman cargo shipwreck found in Lake Neuchâtel

March 21, 2026Asparagus foraging mission yields Roman tombstone

March 17, 2026Only image of Gallo-Roman god found in Burgundy sanctuary

March 10, 2026Page from Archimedes Palimpsest rediscovered in Blois

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救世主TACO

 これは4/15の発信であるが、何考えているのか気になったので記録のためアップしておく。

 「トランプ、自身をイエスに見立てた画像投稿するも、すぐに削除」https://www.christiantoday.co.jp/articles/35815/20260415/pope-leo-says-he-has-no-fear-of-trump-administration.htm

次のは、4/15のもの:https://www.yomiuri.co.jp/world/20260416-GYT1T00301/

 この問題に関心ある人は以下をお読みください。この台湾系の投稿はかなり教皇寄りではあるが。

https://japan.storm.mg/articles/1122288#page1

https://japan.storm.mg/articles/1121267#page1

 逆にちょっと批判的なのは以下:https://wien2006.livedoor.blog/

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令和関東大地震の予兆?

 私は自分なりに地震には興味を持って来た。最大の関心は研究対象の古代ローマ時代におけるナポリ湾岸のそれであるが、住みだしてから40年近い東京がいつ地震に襲われるかという個人的問題もある。私はそれなりの地震発生を想定して、マンションも3階を選んだ。生き残っていればの話ではあるが、それだったら1・2階が潰れてもなんとかなるだろうし、とりわけ断水してもぎりぎり水運びに苦労しないであろう(どっから水を得るかはまた別問題だが)と考えたからである。

 というのは、高校・大学・院生時代に受験や学会で上京して数日滞在した場合は、必ずといってもいいほど大地や建物が揺れる体験に出会っていたからだ。それが安普請の木造の旅館だったりしたせいもあるのかもしれないが、移住してからはマンション住まいで、今度はなぜか日々よほどのことがない限り揺れを感じることがなくなってしまった(テレビで地震報道されても感じないことだらけ)。これはいずれどかん!と大地震に襲われるのかも、と考えざるをえなかった理由である。

 そんな今日、「まぐまぐニュース!」の配信で以下の情報に接したのだ。「地質学者が懸念する「令和関東大震災」と日本沈没」https://www.mag2.com/p/news/463888?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_sun&utm_campaign=mag_W000000001_20260524

 もちろん仮説の真偽は各自に情報を味読して判断していただくしかないが、この仮説にしたところで、まずはマリアナ海溝があぶないといった地理的に若干間遠い話ではあるのだが。以下、関連記事。

関東で地震の発生相次ぐ。江戸から伝わる「前兆」現象は本当か?
https://www.mag2.com/p/news/455056?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_sun&utm_campaign=mag_W000000001_20260524

「東京のマンション1億円超え」異常な高騰の中、首都直下型地震70%確率の現
実に背を向ける愚者たち
https://www.mag2.com/p/news/676462?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_sun&utm_campaign=mag_W000000001_20260524

【追記】折良く、今晩(2026/5/27)は2022年にNHKでかつてやった「南海トラフ・巨大地震」全2部が、「映画・NECO-HD」で18:20から放映されている。https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009051543_00000

 それ見ながら思ったことは、電気での火事(通電火災)が後追いで被害を大きくすると。地震が来たら震度5強で配電盤をダウンさせる機器(感震ブレーカー)の設置を考えた方がいい、ということ。でも我が家だけでなくマンション全体でしないと無意味かも。

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2026-06-08:今日も今日とて、フィリピンで地震が起こった。ちょっと不気味。

フィリピン付近でM8.2の地震 日本の沿岸にも津波注意報:https://news.yahoo.co.jp/articles/bc682163910ea352b3a5d132e7fc6caf49e188b9 いつものように狼少年的事大報道だったけど。

その後、6月末に連続で青森(6/25 7時半ごろ:震度6強)と山梨(6/26 22時半ごろ:震度6弱)を震源地とする地震があった。けたたましいケータイの警戒音のあと、いずれも練馬の我がマンションもちょっとだけ揺れた。その後、NHKが番組を中断して無意味に同じ警報を流していたのが、うざい。

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映画「博士の愛した数式」を久々に見た

 私は、数学はからっきしダメだ。幾何で補助線を引いて解答するあたりから理解不能になったと記憶している。私からすると論理の飛躍が必要なのがなんとも理解不能だったのである。

 2004年に読売文学賞・本屋大賞を受賞した小川洋子の同名小説のあらすじは以下で読むことができる。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1491619124 私のような数学オンチですら、そこに登場する友愛数、完全数には感動させられた。虚数は相変わらず不可解であるが。

 なにしろ日本数学会が、多くの一般の人に数学の美しさを知らせたということで、日本数学会出版賞を授与したそうで、さらに「多くの数学者に数学の美しさを思い出させた」とも書かれていて、それで、ほとんどの数学者は数学の美しさに魅せられてこの世界に入ったはずであるが、この本を読んで「自分のやっている数学は実はすごく素敵なものなのではないか」と改めて認識し直させたという現実も、それとなく納得できる。

 それを小泉堯史が2006年に映画化し、寺尾聰、深津絵里、吉岡秀隆が押さえた演技で、数学の楽しさ・奥深さ・美しさをつたえてくれて、私のような数学オンチにも数学の世界に足踏み入れようかなと一瞬思わせてくれる秀作となっている。さて、歴史でこんな静謐さが実現可能だあろうか。ま、無理だろうな。

 

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新教もご同様なようでと思ってたら、政府内でもかい

◎ 2026年5月12日:東京YMCA元職員を逮捕、障がいある20代女性受講生に準強制わいせつ容疑

これまでの関連記事:

◎ 通産省出身エリート官邸官僚:https://api-esp-ap.piano.io/-c/156/50671/637712/2321188/291936/f9dedb2c1207fd162701cb0b9b54b3f9/-1/-1?attrs=0&order=0

 実に「浜の真砂は 尽きるとも 世に〇〇の種は尽きまじ」じゃのう。

◎ 米国カトリック教会にも触れておこう:https://wien2006.livedoor.blog/archives/52433306.html

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TACOからNACHOへ

 昨晩NHKの時事解説みていたら表記の略語が出てきて、「これは単数表記ですが複数だとTACOSとNACHOSになります」という解説で、メキシコ料理のタコスとナチョスの写真が映し出された。もちろん単数でもいいのだが、日本ではなぜか複数形の方が流布している。

 タコは言うまでもなくTrump Always Chickens Outであるが、新登場のナチョはNot A Chance Hormuz Opens=「ホルムズ海峡が開く見込みはゼロ」の略語で、それをメキシコ料理にことよせての語呂遊びである。

 メキシコ料理をよく知らない私にはTVの写真では区別がつかなかったが、ググってみると、タコスは主食であるトルティーヤに、肉や魚、野菜、豆などの具材と、サルサと呼ばれるソースをのせ、二つ折りにして手づかみで食べる料理で、ナチョスは、トウモロコシの粉から作られるトルティーヤチップスに、さまざまなトッピングを加えたスナックらしい。

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