月: 2022年3月

古代ローマ、家内奴隷はどこで寝ていたか

 2021/11/8にポンペイ郊外のCivita Giulianaの別荘villaから奴隷が居住したとおぼしき区画が出土した件を報告した際に、私は多少の疑義を匂わせておいた。

 それは以前、九大の堀先生から、さてあれはオスティアでだったかポンペイだったか、「あの壁の凹みは何ですか」と聞いた私に、「あそこに家内奴隷が寝ていたのです」とお答えいただいたことがあったからだ。たまたまその写真に遭遇したので、忘れないうちにここに表示しておく。

 写真の場所はポンペイ「百年祭の邸宅」の一画である。部屋の隅にこういう凹みがときどき見つかるのだが、ここに奴隷がむしろでも敷いて寝ていて、起きたらそのむしろを畳んで置いていたのだろう、というわけ。ご主人様の傍にいていつでもご主人様のご要望(小便したいから尿瓶もってこい、喉かわいたから水もってこい・・・)に対応すべく、ま、ペットの愛犬並の扱いだったと思えばいいのかもしれない。もちろん、奴隷の皆が皆、というわけではなくご主人様一家の身の回りのお世話をする下男・下女役に限ってのことで、他はさてどうしていたのやら。台所の上に作られ物置の役を果たしていた中二階や納屋などでのごろ寝だったと思われる。

 ところで、この壁下の空間の狭さからも、家内奴隷のこういう役回りに子供が重用されていたことが立証されるかも知れない、と思ってしまう私がいる。

 成人して扱いにくくなった男子奴隷は、より苛酷な農業奴隷や鉱山奴隷として売り払われ、そこで鎖でつながれて納屋の中に閉じ込められていたはずである。

【追記】私がかなり信頼しているアルベルト・アンジェラ『古代ローマ人の24時間』を読み直していたら、彼も奴隷がどこで寝ていたかに付言していた。文庫版のp.42:邸宅domusは奴隷を平均5〜12名抱えていたが、彼らは、「めいめいの部屋をあてがわれることはなく廊下や調理場で眠るか、あるいは小部屋で折り重なるようにして眠る。そして、もっとも信頼されている奴隷は、主人(ドミヌス)の寝室の前の床で眠るのだ。ちょうど忠実な犬が飼い主の足元で眠るように」と。わたしはそれをご主人様の「寝室内の壁際の床」のほうがいいのではと考えるわけである。

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イギリス高速鉄道工事現場から古代ローマの大墓地発見

 2022/2/5発:HS2の考古学プログラムの一環として、考古学者がエールズベリー Aylesbury 近郊のフリート・マーストン Fleet Marston(HS2が2018年からロンドン-バーミンガム間で調査した100以上の考古学的遺跡の一つ)でローマ時代の埋葬地を発掘し、2千年前のローマ時代の英国の生活について以前に増してより深い発見に出会えた。

 出土した数々の生活遺物には今は触れないにしても(以下参照、

https://www.buckinghamshirelive.com/news/buckinghamshire-news/gallery/hs2-dig-aylesbury-fleet-marston-6604938)、400体以上の遺体が掘り起こされ、うち約10%が首を切られており、そのうちの数体は頭部が足の間や足の横に置かれていて、俄然注目された。

発掘現場
左、断頭され両足の間に置かれた例       右、普通の埋葬例

 私の知っているこれまでの事例でもなぜかイギリスでは、ローマ時代後期の埋葬で断頭は「ごく普通」であったが、同時にそれは「犯罪者または追放された人々」の遺体であることを示唆している、とされている。

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久々にトイレ噺:室内用便器、実証される

 このような素朴な素焼きのテラコッタ容器は、古代においてごくありふれているもので、これまでほとんど穀物などの貯蔵用と安直に判断されてきた。上掲は、シチリア島のど真ん中のGeraceの古代ローマ時代の別荘跡で2019年に見つかった5世紀頃のもの(高さ31.8センチ、縁の直径34センチ)で、上記写真左は出土時の状況、右はそれを修復・整形したもの。

右写真の左下の赤丸が発掘地点:たぶん写真に写っていない左隣りがトイレかと 

 それの出土場所がトイレ近くだったことにケンブリッジ大学の研究チームが注目して、容器の内側にへばりついていた鉱物性付着物を調査したら、そこから腸管寄生虫の鞭毛虫の卵が確認された。

左、容器内側   右、発見された寄生虫の卵

こうして1500年前のテラコッタ製容器で排便(もちろん排尿も)していたことが今回初めて実証されたわけである。おそらくこのテラコッタ容器は室内に持ち込まれ、強度の関係もあって直接跨がってというよりも、下図のような穴の開いた箱か椅子の下に置いて使用されていたのであろう。いわば室内便器chamberpotであった。後始末はいうまでもなく奴隷の仕事で、汚物を棄て、水洗いして、倉庫に入れて次の使用のために準備されていたものが今回発掘されたわけなのであろう。

 これにより、これまで単純に貯蔵用と考えられて処理されてきたテラコッタ容器に、室内便器だった可能性も出てきたことを、私は高く評価したい。

 以下参照:Sophie Rabinow et al., Using Parasite Analysis to Identify Ancient Chamber Pots: An Example of the 5th Century CE from Gerace, Sicily, Italy, Journal of Archaeological Science, February 2022:DOI: 10.1016/j.jasrep.2022.103349

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