トイレ・ウンコ・シッコ本:トイレ噺(12)

 人生の主役ではないくせに、人々の意表をついて笑いを誘い、またのぞき見趣味を満足させるテーマだからであろうか、汗牛充棟でありながら玉石混交の書籍が溢れている、そんな印象を持つ中で、ここでは特徴あるものをまとめておこう。

(01) 山田稔『スカトロジア(糞尿譚)』講談社文庫、1977年:筆者(1930-)は元京都大学人文研教授(1994年退官)。専門がフランス文学のせいか、本書は古今東西の諸文献からの博覧強記の引用がなされていて、私の読書意欲を刺激してくれた。冒頭、水上勉『雁の寺』、太宰治『斜陽』、夏目漱石『こころ』、火野葦平『糞尿譚』、ゴンクール『日記』、で始まっているが、白眉はスイフト『ガリバー旅行記』やラブレー『ガルガンチュワ物語』あたりだろうか。

(02) 藤井康男『異説糞尿譚:古今東西、ちょっとくさい話』カッパ・ブックス、1986年:著者(1930-1996年)は、株式会社龍角散社長だったが(薬学部卒業後、理学博士号も取得)、ほとんど会社に寄りつかない多趣味な粋人だったらしい。本書においても、その面目躍如で、普通の人が書くのを避けている件にも果敢に切り込んでくださっている。ご自分の体験を惜しげもなく吐露されていて、多数の女性との交流から情報を得ているようで、あれれと思わされるし(とりわけ女性の立ちションと排尿時の音にやたらこだわってらっしゃる)、クラシック通だからだろう、モーツァルトのすさまじいスカトロジックな書簡の紹介には畏れいった次第(p.29-38)。ただ一点、別役実『道具づくし』大和書房、1984に騙されて「かわやだんご」「かわやどびん」をマジに取り上げているのはご愛敬か(p.186-188)。


 参考までに別役が掲載している「かわやだんご」の図を示しておこう。もっともらしい彼の註記によると挿画は『和漢三才図会』掲載とのこと。ちなみに「どびん」のほうは言及のみで挿絵はない。

p.201掲載

(03) 有田正光・石村多門『ウンコに学べ!』ちくま新書、2001年。有田(1950-)と石村(1957-)は東京電機大学理工学部所属の理系と文系の研究者のコラボ作品である。なので本書前半には数字がよく出てきていて、私には有難かった。そして、水洗になって大小便が水に流されてたちまち目の前から消え去ることに慣れてしまった私たちに、ウンコの行く末、下水処理の現実:資源の浪費を教えてくれていて、たいへん説得的である。そしてむしろかつての人糞を肥料として活用していた時のほうが合理的だった、とサスティナブルな視点で論じている。

(04) 安川実『ふうらい坊留学記:日本青年、アメリカ西部を荒らす』カッパ・ブックス、1960年。著者(1933-2010年)は「ミッキー安川」という芸名で20世紀後半から21世紀にかけて活躍したマルチタレント。1953年アメリカのテネシー大学留学生時のエピソード(アメリカ人学生がトイレでまず小を出してから大に移動するのを見て、日本人は同時に排泄できると賭けにもちこみ掛け金をせしめた)は、私もカルチャーで利用させていただいた。このエピソード、日経の「私の履歴書」でどなたか名前を失念したが、我がこととしてパクって書いていたのを読んだ記憶もある。今回ググっていて復刊されているのを知った(『ミッキー安川(の)ふうらい坊留学記:50年代アメリカ、破天荒な青春』サンケイ出版、1980年;中公文庫、1999年;復刊ドットコム、2010)。

左端が初版で、順に歴代再版表紙

(05) 斎藤たま文・なかのひろたか絵『おしりをふく話』福音館書店、1998年。これは児童向きの『月刊たくさんのふしぎ』の1998年9月号(第162号)である。なにがいいかというと、日本における大便の後始末の素材の変遷を絵入りで説明していることで、たとえば他の著作では「昔は稲藁の束で拭いていた」と文字で書くだけでおわっているものを、藁の折り方を図で示してくれていて具体的この上なく、私にとって大変役だった。そして、昔の庶民は身近に豊富にあった素材を工夫して使って、また自然に戻していたことをさり気なく伝えてもいるが(川の上流で尻拭きに使ったクソベラを、下流で薪として拾っていた、というのは笑えた)、はたして想定読者層の小学生に内容の真意が伝わっただろうか。

(06) 安岡章太郎編『滑稽糞尿譚:ウィタ・フンニョアリス』文春文庫、1995年(初版、講談社、1980年)

 この本のいいところは、色々な著作からトイレ話に関する部分を引用してくれていることである。吉行淳之介、北杜夫、入江相政から始まって21名の日本人文筆家、そのあとチョーサー、ラブレー、オイレンシュピーゲル、バルザック、風来山人(平賀源内)の抜粋が続く。

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