『ローマ教皇列伝』Liber Pontificalis 解読:第34章〜

 解題、第1章〜第33章の試訳は、本ブログの2022/2/8に掲載済みです。

 地名や数字にみられる不統一表記はいずれ再検討いたします。

 最近以下の論文を見つけた。いずれもかなり参考になりそうな内容で、おいおいその見解を加味していかなければならないだろう。

 Roberto Fusco, Le donazioni costantiniane di ambito liturgico nella testimonianza del Liber Pontificalis, Salesianum, 83, 2021, pp.329-351.

Eivind Heldaas Seland, The Liber Pontificalis and Red Sea Trade of the Early to Mid 4th Century AD,  in : Ed.by D. A. Agius et al., Navigated Spaces, Connected Places: Proceedings of Red Sea Project V held at the University of Exeter September 2010, Oxford Archaeological Reports Ltd, 2012, pp. 117-126.

第三十四章 シルウェステル SILVESTER 【314-335年】

 1. シルウェステルは生まれはローマ人で、父(の名前)はルフィヌスで、(司教座に)二十三年一〇月十一日間(着座した)。それはまた autem コンスタンティヌスとウォルシアヌスの諸時代、二月一日から、コンスタンティウスとウォルシアヌスの執政官職の一月一日に至るまでずっとであった。

 2. 彼はセラクテン(シュラプティム)山に流刑となっていたが、そして間もなく et postmodum、彼は戻って、栄誉とともにコンスタンティヌス正帝に洗礼を授けた。彼(コンスタンティヌス)を主が癩病から癒やし、彼はかの迫害を、流刑されたことで、始めから primo 逃れえたことが知られている。

 3. 彼(シルウェステル)は首都ローマの中でひとつの教会を ecclesiam とある cuiusdam 司祭の地所の中に in praedium 建てた、その(司祭の)名前はエクイティウスであった。それを彼はローマの名義(教会)と titulum 定めた constituit。それはドミティアヌスの浴場の傍らにあり*1)、今日に至るまでずっと usque in hodiernum diem、エクイティウスの名義(教会)と呼ばれていて、そしてこのとき ubi et 彼は以下の諸寄進を定めた constituit:銀製パテナ*2) 一皿、重さ二〇リブラ*3)、正帝コンスタンティヌスの寄進による。また autem 彼が寄進した(のは以下のごとし):

銀製スキュフォス*4)、二客、重さ各々一〇リブラ;

金製カリックス(カリス)*5)、一客、重さ二リブラ;

奉仕者 ministerriales 用カリックス*6)、五客、重さ各々二リブラ;

銀製ハマ(手おけ)*7)、 二つ、重さ各々一〇リブラ;

金メッキの auroclusam 銀製パテナ、一皿、塗油用、重さ五リブラ;

王冠型のファルム(シャンデリア)*8)、一〇灯、重さ各々八リブラ;

銅製ファルム、二〇灯、重さ各々一〇リブラ;

銅製蝋燭用カンターラ(燭台)*9)、十二灯、重さ各々三〇リブラ;

ウァレリアヌス農場 fundum、サビーニ地域 territurio*10)、(年間?)収益八〇ソリドゥス;

スタティアヌス農場、サビーニ地域、収益五十五ソリドゥス;

デュア・カーサ農場、サビーニ地域、収益四〇ソリドゥス;

ぺルキリアヌス農場、サビーニ地域、収益二〇ソリドゥス;

コルビアヌス農場、コラヌス地域、収益六〇ソリドゥス;

邸宅 domum 一棟、首都内 in urbe、風呂付き cum balneum、シチニヌス街区内に in Sicinini regione*11)、収益八十五ソリドゥス;

庭園一か所、首都ローマ内部 intra urbem Romam、アド・デュオ・アマンテス街区内に in regione、収益十五ソリドゥス;

邸宅一棟、オルフェウス街区内、首都内、収益八十五ソリドゥスと一トレミッシス*12)。

  *1) 上記名義教会は、現在の San Martino ai Monti で、トラヤヌス浴場公園のすぐ北にあったので、この浴場はトラヤヌスの浴場を意味していたのかもしれない。

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  *2) patena:平たく浅い皿で、ここではミサ聖祭で聖体をのせるために用いる聖体皿のこと。ご聖体が触れる内側表面は少なくとも金メッキ加工されている。初代キリスト教はギリシア語圏で発生・成長したので、祭具名にギリシア語起源が多い(ローマ教会においてすら三世紀までギリシア系司教が多く、典礼もギリシア語で行われていた)。以下、分かる範囲での註記である。

  *3) libra:古代ローマ時代の重量単位。1 libra=327.45g

  *4) scyphos:古代ギリシアで取っ手が二つついた深めの本来は酒器だが、ミサ聖祭では水とワインの混酒器というよりは、おそらく司祭が両手を洗うのに使用したのかもしれない。

  *5) calix:ミサ聖祭でワインを入れる金属製の杯。金製以外は金メッキされている。普通は「カリス」と呼称。

  *6) 陪席司祭用の意味か

  *7) (h)ama:ミサ聖祭で大きなカリスにブドウ酒を注ぐとき使用する器具、のようだ。

  *8) farum:

  *9) cantara:

  *10) territorium:首都ローマ城壁外の「領域」を示している?

  *11) regio:首都ローマ城壁内の「街区」名を示している?

  *12) tremissis:三分の一ソリドゥス

 4. 彼は、全教会に関する de omni ecclesia 規定をおこなった fecit constitutum[11.3参照]。かくして etiam 彼の諸時代に、彼の指示で cum eius praeceptum ビティニアのニケアの中で公会議をおこなうことを factum concilium (定め)、そして三一八名の公同的な catholici 司教たちが召集された。彼らは、不謬で、公同的で catholicam、穢れない信仰を説き exposuerunt、そしてアッリウスと、フォティヌスと、サベッリヌスとそれどころかuel 彼らの信奉者たちをも断罪した damnauerunt。

 5. そして、首都ローマの中に彼自身が正帝の指示で consilio 二六七人(の司教たち)を集めた、そして彼は再度 iterum カリストゥスもアッリウスもフォティヌスもサベッリウスも断罪した damnauit。

 6. そして彼は定めた、司祭は悔い改めたアッリアヌス派を受け入れては susciperet ならない、(それができるのは)その地に選任された司教以外にいない、と。そして油の聖別は司教によってなされるべきでconfici、そして司教たちに episcopis 特権は、受洗が異端の説得を suasionem 理由に保証されるべきである[上記の意味は不明である:異端回心者の受け入れは司教に属するという意味か、また堅信礼での塗油なのか]。そして彼は以下を定めた、洗礼を受けていて水から持ち上げられた者に司祭は聖油を塗るべきである、死への移行の場合(臨終の受洗の場合のことか)。彼は定めた、いかなる平信徒も laicus 牧者に clerico 罪を帰してはならない、と。

 7. 彼は定めた、助祭たちはダルマティカを教会内で用いるべきである、そして linostima 製(亜麻と羊毛で織られた)パッレアで pallea 彼らの左(肩)が覆われるべきである、と(pallaだと女性用の服装で以下の図様となる。pallium「肩衣」ではなく、むしろ後の聖体布ないし聖盃蓋に相当する布のことか)。

 彼は定めた、牧者の誰も、いかなる理由によっても法廷内に in curia 入らないよう、また、肩帯(着装の)裁判官の前で ante iudicem cinctum、教会内以外で nisi in ecclesia 訴訟を争ってはならない、と。彼は定めた、祭壇の犠牲[ミサ聖祭のことか]は絹や染色された布の上で挙行されては celebraretur ならない、ただ tantum 大地が生み出した亜麻はその限りでなく、(それは)いわば sicut 我らの主イエスス・キリストゥスの遺体が清潔な亜麻のモスリンで sindonem (くるまれて)埋葬されたように:このような条件で諸々のミサが挙行されるべきである caelebrarentur、と。

 8. 彼は定めた、もし誰かが教会内での服務またはaut 昇進を望むのであれば、読師 lector 三十年、祓魔師 exorcista 三十日、侍者 acolitus 五年、副助祭 subdiaconus 五年、殉教者たちの番人 custus martyrum(カタコンベ担当のことか)五年、助祭 diaconus 七年、司祭 presbiter 三年を、あらゆるサイドから、そしてかくしてetiam et [これ以降、34.22まで出てこない]外部からも、良き証言を持ち、ひとりの妻の夫で、聖職者からa sacerdote 褒められる妻を持つこと。そしてこうしてsic 位階へと司教は近づかねばならぬ:誰であっても、より主要な、それどころか uel より優れた地位に locum 入り込まないこと、その時々の位階を慎みをもって 経験することなしに、全牧者たちの omnium clericorum 誓願により uotiua gratia、まったくomnino 誰も反対する牧者 clericum なしであること、と。彼は司祭たちと助祭たちの位階(叙階式)を ordines 十二月に六回執り行い、司祭四十二名、助祭二十七名、様々な時に首都ローマで;様々な場所のために司教たちを数にして六十五名(の叙階を)執り行った。

 9. 彼の諸時代にコンスタンティヌス正帝は以下の諸聖堂 basilicas を建て、そしてそれらを装飾した:

コンスタンティヌスの聖堂(サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂* のこと)、そこに以下の諸々の奉納物を供したposuit dona:銀製の打出し加工された argenteum battutilem 破風 fastidium (= fastigium:以下の図参照**)、それは正面に in fronte、高官椅子に sella 座した救世主(の像)を持つ、高さ五ペース、重さ一二○リブラ、そして十二使徒たち(の像)、各々五ペースで重さ九〇リブラ、最高純度の銀を用いた冠(型シャンデリア)付き;

 * この教会については以下参照:Ed.by L.Bosman, et al., The Basilica of Saint John Lateran to 1600, British School of Rome Studies, Cambridge UP, 2020, 表紙、p.149, 153, 154, 163, 166,193. ここでは表紙の復元想像図を掲載しておく。

 ** 下図参照:Dimitri CASCIANELLI, Ancora sul fastigium lateranense: riflessioni alla luce del recente dibattito, Vetera Christianorum, 56, 2019, p.95, 94, Fig.2,1.

 10. さらに item、(fastidiumの)裏側に a tergo、アプス内に面して、玉座に座した救世主(の像)、高さ五ペース、最高純度の銀製で、重さ一四〇リブラ、そして銀製の四天使(の像)、彼らは各々高さ五ペース、一〇五リブラ、両目にはアラヴァンダ製の alabandenis 貴石とともに、槍を持つ;

ファスティディウム自体の重さは二〇二五リブラ、銀製艶出し加工 ex argento dolaticio。純金製の丸天井 camara、そして純銀製の farum(一灯)、それは(qui)ファスティディウムの下に五〇頭の純金製のイルカ delfinos、重さ五〇リブラを、重さ二十五リブラの鎖とともに吊り下げている;

純金製の冠(型シャンデリア)四、二〇頭のイルカともども、各々重さ十五リブラ;

聖堂の(アプスの)丸天井 camera(=camara)、長さと幅の中で 金箔で trimita(cf., 17 = trimma)、五〇〇リブラ;

純銀製の祭壇七基,重さ各々二〇〇リブラ;

金のパテナ七皿、重さ各々三〇リブラ;

銀のパテナ十六皿、重さ各々三〇リブラ、純金製のスキュフォス七客、重さ各々一〇リブラ;

珊瑚の金属製の ex metallo coralli 特別のスキュフォス(一客)、それは、ネギ色とヒヤシンス色の貴石(pl.)で至るところ ex undique gemmis prasinis et yaquintis 装飾され、金で縁取りされ auro interclusum[ここと次節のみに登場]、それは(qui)全部の重さ二〇リブラと十二分の三リブラ;

銀製のスキュフォス二〇客、重さ各々十五リブラ;

純金製のハマ(手桶)二つ、重さ各々五〇リブラで、容量各々三モディウス;

純金の小カリックス四〇客、重さ各々一リブラ;

陪席司祭用の ministeriales 小カリックス五〇客、重さ各々二リブラ。

 11. 聖堂内部の装飾:

 最高純度の金製の(ひとつの)fanum cantharum、それは祭壇の前にあって、その中に純度の高いナルドの香油が燃焼するのだが、イルカ八〇頭つきで、重さ三〇リブラ;

銀製の(ひとつの)fanum cantharum、それにはイルカ二〇頭つきで、重さ五〇リブラで、そこでは純度の高いナルドの香油が燃焼する;

聖堂中央部には銀製シャンデリア canthara(pl.)四十五灯、重さ各々三〇リブラ、上述の油が燃焼する;

聖堂右手の部分には、銀製シャンデリア(pl.)四〇灯、重さ各々二〇リブラ;

聖堂左手には、銀製シャンデリア(pl.)二十五灯、重さ各々二〇リブラ;

聖堂中央部の銀製燭台五〇灯、重さ各々二〇リブラ;

最高純度の銀製メトレテス μετρητής[古代ギリシア・ローマ時代のワインやオイル用の大型容器:38.88リットル] 三つ、重さ各々三〇〇リブラ、容量一〇メデムヌス medimnus[1 μέδιμνος = 6 Roman modii ≒ 54リットル];

真鍮製の燭台七灯、諸々の祭壇(pl.)前に、それら[qui]は[幅?、長さ?]一〇ペース(1 pes = 29.6cm)で、預言者たちの小像 sigillis で縁取りされた銀製の装飾付きで、重さは各々三〇〇リブラ;

 12. これら照明の維持のため彼は定めた constituit:

所領 massa* Gargiliana**、スエッサ地域で territurio Suessano、(以下、年間?)収益 plaest. 四〇〇ソリドゥス;

所領 Bauronica、スエッサ地域で、収益三六〇ソリドゥス;

所領 Auriana、ラウレントゥム地域で territurio Laurentino、収益五〇〇ソリドゥス;

所領 Vrbana、アンティウム地域で territurio Antiano、収益二四〇ソリドゥス;

所領 Sentiliana、アルデアトゥム地域で territurio Ardeatino、収益二四〇ソリドゥス;

所領 Castis、カティーナ地域で territurio Catenense、収益一〇〇〇ソリドゥス;

所領 Trapeas、カティーナ地域で、収益一六五〇ソリドゥス;

最高純度の金製香料容器 thymiamateria (Du Cangeによると、thymiamaterium = thuribulum : vas, in quo thymiama sevatus[香料を入れる容器])二器、重さ(各々)三〇リブラ;

諸祭壇の御前に ante altaria お香の奉納 donum aromaticum、毎年一五〇リブラ。

* massae (large estates composed of a series of fundi ) https://www.jstor.org/stable/41933702 p.9 (ANNA LEONE, “Bishops and Territory: The Case of Late Roman and Byzantine North Africa”, Dumbarton Oaks Papers , 2011-2012, Vol. 65/66 (2011-2012), pp. 5-27):農地で構成された「所領」。

 ** cf., Edward Champlin, Saint Gallicanus (Consul 317), Phoenix, 36-1, 1982, pp.71-76;Anthony Alcock, Liber Pontificalis Silvester 1 (314-335), ?, ?, Pp.27 : オスティアがらみでもあるので、この人物についてはいずれ触れてみたいものだ。

 13. 聖なる泉水を fontem(彼は寄進した)、そこで正帝コンスタンティヌスが受洗したのだが、それは紫赤色斑岩製で lapide porfyretico、そしてすべての部分が覆いかぶされ coopertum、内部も、そして外側も、そして上部も、そして水を張る continet 限りにおいて、最高純度の銀で、重さ三〇〇八リブラ。

https://www.romanoimpero.com/2022/03/sotto-battistero-lateranense.html

 泉水の真ん中には、紫赤色斑岩製の一本の柱があり、それには蝋燭が立てられる金製の(一つの)平皿がfiala (= φιάλη)設置されていて、最高純度の金で、重さ五十二リブラ、そこで ubi 復活祭の日々に二〇〇リブラのバルサム(油)が焚かれる、まさしく uero 純粋な麻屑を用いて nixum uero ex stippa amianti (Du Cangeによると、mixum vero ex stupa amianta:amianthus = Ἀμίαντος) 。洗礼堂の泉水の縁には in labio fontis baptisterii、水を注ぐ金製の(一頭の)小羊、重さ三〇リブラ;

小羊の右側には最高純度の銀製の救世主(の立像)、(高さ)五ペース、重さ一七〇リブラ;

小羊の左側には、銀製の洗礼者聖ヨハネ(の立像)、(高さ)五ペース、(それには)以下の碑銘が刻まれ保有されていた:「見よ、世の罪を取り除く神の子羊を」ECCE AGNUVS DEI, ECCEQV I TOLLIT PECCATGA MVNDI(ヨハネ福音書、1.29)、重さ一二五リブラ;

水を注ぐ七頭の銀製の雄鹿、重さ各々八〇リブラ;

最高純度の金製の(一つの)香料容器 tymiamaterium、四十九個のネギ色の貴石付き cum gemmis prasinis、重さ一五リブラ。

 14. 聖なる泉水への寄進:

神聖侍従長官の praepositi sacri cubiculi フェストゥス Festus の所領 massa 、それを正帝コンスタンティヌスが寄進した、 ペネストリウム地域で territurio Penestrino、(年間?)収益 praest. 三〇〇ソリドゥス ;

所領 Gaba、ガビイ地域で territurio Gabinense、収益二〇二ソリドゥス;

所領 Pictas、前述の地域で、収益二〇五ソリドゥス;

所領 Statiliana、コーラ地域で territurio Corano、収益三〇〇ソリドゥス;

所領 intra Sicilia Taurana 、 パラムネニウム地域で territurio Paramnense 、収益五〇〇ソリドゥス;

首都ローマ内での邸宅 (pl.) と倉庫 (pl.) 、収益二三〇〇ソリドゥス;

バッスス農場 fundum Bassi、収益一二〇ソリドゥス;

所領ラニナエ、カルティオリ地域で territurio Cartiolano、収益二〇〇ソリドゥス;

カクラエ農場 fundum Caculas、 ノメントゥム地域で territurio Nomentano、収益 五〇ソリドゥス;

所領スタティウス、サビーニ地域で territurio Sabinense、収益三五〇ソリドゥス;

所領ムリナエ、アルバヌムのアッピア地域で territurio Appiano Albanense、収益三〇〇ソリドゥス;

所領ウィルゴ、コーラ地域で territurio Corano、収益二〇〇ソリドゥス;

 15. 海外:

 アフリカの諸部分partes内:

 所領イウンキス Iuncis、ムカリオ地域で、八〇〇ソリドゥス;

 所領カプシス Capsis、カプシタ−ノ地域で、収益六〇〇ソリドゥス;

 所領 Varia Sardana、ミムネンセ地域で、収益五〇〇ソリドゥス;

 所領カマラス Camaras、クリプタルーピ地域で、収益四〇五ソリドゥス;

 所領ヌマス Numas、ヌミディア地域で、収益六五〇ソリドゥス;

 所領スルフォラータ Sulphorata、ヌミディア地域で、収益七二〇ソリドゥス;

 所領ワルザリ・オリーブ園 Walzari oliaria、ヌミディア地域で、収益八一〇ソリドゥス;

諸ギリシア内 in Grecias:

 所領ケファリナ Cefalina、収益五〇〇ソリドゥス;

 Mengaulum*内:

 * これはどうやら現在のマルタ諸島のことらしい。有り体に言えば、マルタ本島(=Melite)とGozo島(= Gaulos)の両島表示か。cf., Mario Buhagiar, Gozo in Late Roman, Byzantine and Muslim Times, Melita Historica, 12(2), 1997, pp.113-129(https://www.um.edu.mt/library/oar/handle/123456789/42390). CIL, X, 7492 : Chrestion, proc(urator) Melite et Gaul ;Louis J. Scerri, Medieval Malta in the Vatican archives, The Sunday Times, 2005/10/16, pp.22-24(http://ofm.org.mt/downloads/ahbar/ahbar2005/ahbarnov05.pdf). ちなみに新約聖書「使徒行伝」28.1-10に登場する ‘Μελίτη’ は通常マルタ(島)と訳されている。

 所領アマゾン Amazon、収益二二二ソリドゥス。

 16. 同じ頃、正帝コンスタンティヌスは、(ひとつの)聖堂を祝福された使徒ペトルスのために Apollo の神殿内に作り(サン・ピエトロ大聖堂のこと:LP, 22. 4の図参照)、聖ペトルスの遺骸(を収めたそ)の柩を loculum 以下の如く安置した。まさにその柩を loculum 至る方向から undique キプロスの青銅で囲ったのである、(それで)それは不動となる:頭部側に、五ペース;両足側に、五ペース;右側面に、五ペース;左側面に、五ペース;低面に、五ペース;上面に、五ペース;こうして sic 彼は祝福された使徒ペトルスの遺骸を閉じ込め、そして安置した[要するに296cmの青銅の立方体で囲われた、という記述になるが、20世紀前半の発掘では青銅は確認されていない]。そして上部には紫赤色(岩)の柱(pl.) そして別の蔓巻上の柱(pl.) で装飾した、それらを彼はギリシア(各地)から運んだのだ[この件については、物的証拠と発掘報告があるが、それらは必ずしも LP の記述の正確さを立証してはいない:参照、P.ザンデル『バチカン サン・ピエトロ大聖堂下のネクロポリス』上智大学出版、2011年]。

左、コンスタンティヌス帝の大聖堂司祭席を描いた Samagner(クロアチアのプーラ)の象牙製小箱の部分:五世紀作成;右、それに基づいた「コンスタンティヌスの記念物」Memoria Constantiniana の再現図(アポッロ−ニ・ゲッティ他「報告書」による):紫赤色の「円柱」は確認されていないが、蔓棚 pergola を構成していた白大理石の螺旋柱のうち八柱は、現在は教皇専用高祭壇が位置する大クーポラを支える四つの構造体の上部に二本づつ保存されている(下写真の大天蓋の上部左右ニッチに注意)他、私は宝物殿(大聖堂内から入れる:有料)でも少なくとも一柱が展示されているのを身近で見たことがある。それと、象牙の図像には祭壇上部に吊り下げられた王冠型のシャンデリアも見えている。

サン・ピエトロ大聖堂のベルニーニ作の大天蓋を支えている四柱も螺旋状である。

 17. 彼はまたそして autem et 聖堂の光り輝く丸天井を金箔で trimma(cf., 10 = trimia)作った、そして祝福されたペトルスの遺骸の上部、それを囲った青銅の上部に、純金製の十字架を作った、重さにして一五〇リブラで、寸法に合わせて in mensurae locus、そこに ubi この文章がある:「コンスタンティヌス正帝そしてヘレナ・アウグスタが、この王者にふさわしい家を同じ輝きによってきらめく広間で取り囲んでいる」CONSTANTINVS AVGVSTVS ET HELENA AVGVSTA HANC DOMVM REGALEM SIMILI FVLGORE CORVSCANS AVLA CIRCVMDAT と、黒っぽい諸文字によって十字架そのものの中に刻まれていた[文法的におかしな文章]。

 18. (彼は)また autem 一〇ペースの燭台を candelabra 数にして四灯設置した、(それは)銀で覆われており conclusa、銀製の「使徒行伝」の諸小像 sigillis (pl.)*、重さ各々三〇〇リブラを伴っている;

 *下図のような「使徒行伝」由来のエピソードが描かれていたのだろう。

大英博物館所蔵、42 × 98 mmの象牙板製、430年作成(https://www.nasscal.com/materiae-apocryphorum/ivory-plaques-with-apostle-scenes/)。

金製カリックスを三客、ネギ色とヒヤシンス色の貴石(pl.) を伴い、それぞれ四十五個の貴石を持ち、重さ各々十二リブラ;

銀製の壺を metretas 二個、重さ二〇〇リブラ;

銀製のカリックス二十客、重さ各々一〇リブラ;

金製のハマ(手桶)二個、重さ各々一〇リブラ;

銀製のハマ(手桶)五個、重さ各々二〇リブラ;

金製パテナ(一皿)、一羽の鳩付きの純金製鳩小屋(s.) 付き、ネギ色とヒヤシンス色の貴石(pl.) で装飾され、それらは数にして二一五個の真珠を伴い、重さ三〇リブラ[Michek Fixot, Turris et reliques, in:C.Carozzi, H.Taviani-Carozi, Le pouvoir au Moyen Âge, PU PROVENCE, 2005, pp.31-50, n.59 付近では、この教会をラテラノとしているが受け入れがたい];

銀製のパテナ五皿、重さ各々十五リブラ;

遺骸の前方に(一つの)金製冠(型シャンデリア) coronam auream、それは farus cantarus (≒ LP. 34. 11 : fanum cantharum )で、イルカ五十頭付き、重さ三十五リブラ;

銀製 fara、聖堂中央に、三十二灯、イルカ(pl.) 付き、重さ各々一〇リブラ;

聖堂の右側に、銀製 fara 三〇灯、重さ各々八リブラ;

金メッキの auroclusum 銀製祭壇自体には、ネギ色とヒヤシンス色と白色の貴石(pl.) により至るところ装飾されていて、貴石の数にして四〇〇、重さ三五〇リブラ;

純金製の香料容器 tymiamaterium( = LP, 34,13) 、至るところ貴石(pl.) 、数にして六〇を伴い、重さ十五リブラ。

 19.  同じく item 収入について in reditum、正帝コンスタンティヌスが祝福された使徒ペトルスに捧げたオリエンス管区からの寄進 donum(は以下の通り):

  都市アンティオキア内でのダティアヌスの邸宅、収益 praest. 二四〇ソリドゥス;

  カエネ内での小邸宅 domunula、収益二〇ソリドゥスと一トレミスス;

  アフロディシア内での諸倉庫、収益二〇ソリドゥス;

  ケラテアス内の浴場、四二ソリドゥス;

  上記の場所の製粉所、収益二十三ソリドゥス;

  上記の場所の小料理屋、収益一〇ソリドゥス;

  マロの庭園、収益一〇ソリドゥス;

  上記の場所の庭園、収益十一ソリドゥス;

 都市アンティオキア近郊:

  正帝に奉納された所領 possessio シュビレス、収益三二二ソリドゥス、紙 charta 一五〇デカデス(一〇枚一セット)、香料 aromata 二〇〇リブラ、ナルドの香油二〇〇リブラ、バルサム三五リブラ;

 都市アレクサンドリア近郊:

  正帝コンスタンティヌスへのアンブロシウスから奉納された所領ティミアリカ、収益六二〇ソリドゥス、紙三〇〇デカデス、ナルドの香油三〇〇リブラ、バルサム六〇リブラ、香料一五〇リブラ、イサウリカの蘇合香五〇リブラ、相続者無しのエウテュムスの所領、収益五〇〇ソリドゥス、紙七〇デカデス;

20. エジプトに関して、都市アルメニア近郊:

  正帝コンスタンティヌスに奉納されたアガプスの所領;

  所領パッシオノポリス、収益八〇〇ソリドゥス、紙四〇〇デカデス、胡椒五〇メデムノス、サフラン五〇リブラ、蘇合香一五〇リブラ、シナモン香二〇〇リブラ、ナルドの香油三〇〇リブラ、バルサム一〇〇リブラ、リネン一〇〇麻袋 saccus、丁香一五〇リブラ、Cypris油一〇〇リブラ、清浄なパピルスの茎一〇〇〇本;

  正帝コンスタンティヌスにHybromiusが奉納した所領、収益四五〇ソリドゥス、紙二〇〇デカデス、シナモン香五〇リブラ、ナルドの香油二〇〇リブラ、バルサム五〇リブラ;

  属州ユーフラテス内で、都市キュロ近郊:

  アルマナゾンの所領、収益三八〇ソリドゥス;

  所領オバリア、収益三六〇ソリドゥス。

21. 同じ時代に、正帝コンスタンティヌスは一つの聖堂を basilicam 祝福された使徒パウルスへ、司教シルウェステルの提案で作ったが(San Paulo fuori le mura大聖堂のこと)、彼(コンスタンティヌス)は、彼(パウルス)の遺骸を以下の如く ita 青銅の中に in aere 密封しrecondit、そして封印したconclusit、ちょうど sicut 祝福されたペトルス(の遺骸)のように。その聖堂に彼(コンスタンティヌス)は以下の寄進を提供した:

 キリキアのタルスス近郊:ゴ(コ)ルディアノン島、収益八〇〇ソリドゥス

 すなわち enim すべての神聖なる諸々の器(pl.)、金製もしくは銀製、または青銅製のものを、以下のごとく ita、祝福された使徒ペトルスの聖堂内に置いたのと同様に sicut、祝福された使徒パウルスの(聖堂)にも彼(コンスタンティヌス)は整えた ordinauit。そしてしかし、金製の十字架を祝福された使徒パウルスの場所の上に置いた、重さ一五〇リブラ。

 都市ティルスの近郊:

  所領コミトゥム、収益五五〇ソリドゥス;

  所領テュミア、収益二五〇ソリドゥス;

  所領フロニムサ、収益七〇〇ソリドゥス、ナルドの香油七〇リブラ、香料五〇リブラ、シナモン五〇リブラ;

 都市アエジプティア近郊:

  所領キュリオス、収益七一〇ソリドゥス、ナルドの香油七〇リブラ、バルサム三〇リブラ、蘇合香三〇リブラ、没薬一五〇リブラ;

  所領バシレア、収益五五〇ソリドゥス、香料五〇リブラ、ナルドの香油六〇リブラ、バルサム二〇リブラ、サフラン六〇リブラ;

  所領マッカベス島、収益五一〇ソリドゥス、清浄なパピルスの茎五〇〇本、リネンの麻袋三〇〇。

 22. 同じ時代に、正帝コンスタンティヌスは(一つの)聖堂をセッソリアヌム宮殿内に建てたが、そこには ubi かくして etiam、我らの主イエズス・キリストゥスの聖十字架の木(片)のために de ligno、金と貴石で(彼は)密封し recondit、そしてそこに ubi et 教会の ecclesiae 名前を奉献した、それは以来今日もなお usuque in hodiernum diem ヒエルサレムと添え名されてきている[Santa Croce in Gerusalemme 教会のこと];

その場所に以下の寄進を(コンスタンティヌスは)定めた constituit:

 聖なる木(片)の前に、銀で輝いている燭台 candelabra 四灯、それらは四福音書にちなんだもので、重さ各々八〇リブラ;

現在のイエス受難の聖遺物棚と、聖十字架の木片を収めた十字架型聖遺物顕示台

 銀製カンターラ五〇灯、重さ各々一五リブラ;

 金製スキフォス、重さ一〇リブラ;

 陪席司祭用の金製カリックス五客、重さ各々一リブラ;

 銀製スキフォス三客、重さ各々八リブラ;

 陪席司祭用の銀製カリックス一〇客、重さ各々二リブラ;

 (一皿の)金製パテナ、重さ一〇リブラ;

 金メッキの銀製パテナ(一皿)、貴石付き、重さ五〇リブラ;

 銀製祭壇(一基)、重さ二五〇リブラ;

 銀製ハマ三つ、重さ各々二〇リブラ;

 そして、宮殿自体に隣接する土地凡てを教会の寄進に ecclesiae dono 彼は提供したdedit;

 さらに item 所領スポンサス、ラビカナ街道、収益二六三ソリドゥス;

 都市ラウレントゥム近郊、所領ファトラス、収益一二〇ソリドゥス;

 都市ネペシナ近郊、所領アンジェレシス、収益一五〇ソリドゥス;

 上述の都市近郊、所領テラガ、その収益一六〇ソリドゥス;

 都市ファリスカ近郊、所領ニュンファス、収益一一五ソリドゥス;

 さらに item 都市ファリスカ近郊、ヘルクリウスの所領、そこを彼は正帝に寄進し donauit 、そして正帝がエルサレム教会に ecclesiae 提供した obtulit 、収益一四〇ソリドゥス;

 都市テュデル近郊、所領アングラス、収益一五三ソリドゥス。

 23. 同じ頃、彼(コンスタンティヌス帝)は、聖なる殉教者アグネスの聖堂を basilicam 彼の娘の懇願によって建て[Sant’Agnese fuori le Mura のこと]、そして同じ場所に洗礼堂を baptisterium(建て)、そしてそこで ubi et 彼の姉妹のコンスタンティアが正帝の娘と共に、司教シルウェステルによって洗礼を授けられ、そしてそこで ubi et 彼は以下の寄進を donum 定めた:

 純金製パテナ二皿、重さ各々二〇リブラ;

 金製カリックス、重さ一〇リブラ;

 純金製冠型シャンデリア coronam farum cantharum、イルカ三〇頭付き、重さ一五リブラ;

 銀製パテナ二皿、重さ各々二〇リブラ; 

 銀製カリックス五客、重さ各々一〇リブラ;

 銀製シャンデリア farum cantarum 三〇灯、重さ各々八リブラ;

 真鍮製シャンデリア四〇灯、浮き彫りが彫刻された銀メッキの真鍮の燭台四〇台;

 十二の灯心の金製オイルランプ、泉水の上、重さ一五リブラ;

そして収益としての寄進:

 都市フィグリナエ周辺の凡ての耕地 agrum、収益一六〇ソリドゥス;

 サラリア通り、旧市壁近隣、聖アグネスの耕地凡てに至る、収益一〇五ソリドゥス;

 ムスクスの耕地、収益八〇ソリドゥス;

 所領ウィクス・ピシオニス、収益二五〇ソリドゥス;

 耕地カスラエ、一〇〇ソリドゥス。

24. 同じ頃、彼は一つの聖堂を祝福された殉教者ラウレンティウスのためにティブルティーナ通りの所領ヴェラヌスの、砂岩製の地下礼拝所の上に建てた[San Lorenzo fuori le Mura 教会のこと]。そして、聖なる殉教者ラウレンティウスの遺骸まで、上がり降りするための階段(pl.) を作った。その(教会の)場所に、彼はひとつのアプスを建設し、そして赤紫色の大理石(赤色斑岩)で装飾し、そして上方からその場所を銀で覆い conclusit、そして、複数の柵を純銀で装飾した、それらは重さ一リブラ;

そして、地下礼拝所内のその場所自体の前に、以下を置いた:

 一〇の灯心の純金製オイルランプ、重さ二〇リブラ;

 純銀製の冠、五〇のイルカ付き、重さ三〇リブラ;

 金製燭台二台、高さ一〇ペース、重さ各々二〇〇リブラ;

 祝福された殉教者ラウレンティウスの遺骸の御前に、銀メッキの小像群で彼自身の受難(を描いた)、二つの灯心の銀製オイルランプを複数伴い、重さ各々一五リブラ。

 彼が提供した寄進:

 金製パテナ一皿、重さ二〇リブラ;

 銀製パテナ二皿、重さ三〇リブラ;

 純金製スキュフォス、重さ一五リブラ;

 銀製スキュフォス二客、重さ各々一〇リブラ;

 陪席司祭用銀製カリックス一〇客、重さ各々二リブラ;

 銀製ハマ二つ、重さ各々一〇リブラ;

 銀製 fara 三〇灯、重さ各々二〇リブラ;

 銀製の壺/甕 metreta 、重さ一五〇リブラ、容量 portante 二モディウス medemnos;

25. 同じ場所で;

 キュリアカなる信心深い女性の所領、そこを国庫が迫害の際に占領していたのだが、農場ヴェラヌス、収益一六〇ソリドゥス;

 所領アクア・トゥティア、それに並んで、収益一五三ソリドゥス;

 正帝の所領、サビネの領地、収益、キリスト教徒たちの名義で一二〇ソリドゥス;

 スルフラタエの所領、収益六十六ソリドゥス;

 所領ミキナス・アウグスティ、収益一一〇ソリドゥス;

 所領テルムラス、収益六〇ソリドゥス;

 所領アラナス、収益七〇ソリドゥス;

 セプティミトゥスの所領、収益一三〇ソリドゥス。

 

 

 

 

 

 

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