投稿者: k.toyota

重訳ですが、発注してみました

 いつものようにググってて偶然みっけ。

 ゾシモス(著)
重訳版『新ローマ史』第1巻 ―帝国の危機―

どうやらこのサイトは、Greek・Latin愛好家の今居清綱氏の運営で、原典翻訳が遅々として進まない学界の状況に苛立って重訳を始められたようで、現段階では以下の歴史書がでているらしい。

 最近は古い英訳のデジタルがアップされているので、手間さえ厭わなければ機械翻訳でざっくりよむことはできるが、その手間を省いて読むにはいいだろう、と、とりあえずゾシモスを購入してみようと思い立つ。どうやら「電子版」と「同人誌版」があるらしく後者が値段がちょっとだけ高い(https://psbw.booth.pm/items/5229023)。登録ないし送金で手間取ったが、無事書誌版のほうを発注できた。ちなみに2冊、送料込みで2000円弱。どんな出来具合か楽しみである。

 それでなくとも原典からの翻訳は、やたら西洋古典学の伝統的な作法がきつく(なにせ版本の検討からはじめないといけないし)、それもあってなかなか進まないので、次善の策として今後はこういう試みが有志によって盛んになることを願っている。私もお世話になってみようかとちょっと頭をよぎってしまった。

 

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YouTubeでみる「農三世界史」授業

 今、わたしはイスタンブールの前身、コンスタンティノポリスのことをちょっと調べている。それでそれ関係をググっていたら、偶然おもしろいYouTubeに行きつき、昨晩は急ぎの仕事を放り投げ、そのリストを作ることに費やしてしまった。

 私は大昔、トルコ旅行を一回したことがある。大体が小アジア西端めぐりとイスタンブール訪問で、ちょっとだけ内陸部に入った程度で、駆け足だったが、それなりの土地勘を得ることはできた。それにしても今回動画で見るイスタンブールは新鮮だった。

 その編集者は「農三世界史」と名乗っておられて、「森三中」ではあるまいし、最初私にはなにがなんだかわからなかったのだが、たぶんそれがらみなのであろう、朝日新聞社記者の鈴木峻なる人物が書いている記事「バズり過ぎた世界史授業、アラブの民族衣装で登場「なんだあれ!」」:(https://withnews.jp/article/f0200906001qq000000000000000W0f810701qq000021724A)を発見、そこで、「農三」が東京農業大学第三高校のことで、そこで世界史を教えている佐野浩先生(40代半ばと推察する眼鏡なし)のユニークな世界史授業が紹介されていることを知った。記者さんは昔の同窓生だったらしい。この先生私もやってた復元・実験考古学めいた試みもおやりのようで、一風変わった変な先生やっぱいるんだぁ状態でもあった。

 ところで、私はそもそも最初同じ「農三世界史」名でのYouTube「飛んでコンスタンティノーブル」をちょっとみて大いなる関心をもったので、ここではそっちを紹介したい。そこに登場する教師(もちょっと年上の感じで、眼鏡あり)が、前述の佐野先生と同一人物なのか確信できていないことを告白しておく。まあ高校で世界史の先生は一人ではないのは当然だが、イスラム関係の研究歴ある教員を重複採用してるなんで、にわかには信じられないわけで。

 この先生なにがすごいかというと、動画カメラを手持ちして街歩きしながら普通知られていない研究レベルの情報をすらすらとふんだんに話されていて、かなりの学識を感じさせられたからだ。約10か月イスタンブールに留学していたことあると述べていたので、さもありなんだが、留学中はイスラム時代に関心をもっていて、それ以前のコンスタンティノポリスについて改めてお勉強するための「飛んで」なんだと話されていた。なので、この特番は昔はやった歌手庄野真代の「飛んでイスタンブール」(https://www.youtube.com/watch?v=esLql3Yah24)でなく、「飛んでコンスタンティノーブル」なのだ。今の私の関心とずばり同軌していてありがたい。その私にとって圧巻だったのは、07のヒッポドローム編の最後あたりでの残存スタンド外側カーブ遺跡のド迫力だった。

【飛んでコンスタンティノープル】リスト

00:コンスタンティノープル書籍紹介 https://www.youtube.com/watch?v=4XzNvo7mvxU

01:ハギア=ソフィア大聖堂(アヤソフィア)https://www.youtube.com/watch?v=bOOb4ZKMIuU

02:テオトコス=キリオティッサ聖堂(カレンデルハーネ=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=dSB5XHHiXsM

03:ウァレンスの水道橋 https://www.youtube.com/watch?v=Sa2SiqHtI_E&list=TLPQMDcwMTIwMjaFRhwlv4C7jQ&index=2

04:アマストリアノス広場→ハギア=ポリエウクトス聖堂→マルキアヌス広場 https://www.youtube.com/watch?v=-3awCzcn5uw

05:聖使徒大聖堂跡(ファーティヒ=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=8-ieyb9CQIk

06:ミュレライオン修道院(ボドルム=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=yDXX7YqagMk

07:ヒッポドローム https://www.youtube.com/watch?v=o-QDObZicaM

08:コンスタンティヌス広場・円柱 https://www.youtube.com/watch?v=o-QDObZicaM

09:ハギア=エイレーネー聖堂→ハギア=パウロス孤児院→ゴート族の円柱 https://www.youtube.com/watch?v=Kzm5D2vIfgA

10:コンスタンティノープル大宮殿跡(ブルー=モスク)https://www.youtube.com/watch?v=P48WBPYeqSA

11:テオドシウスの城壁/聖ロマノス門→ハリシウス門 https://www.youtube.com/watch?v=M4K-bM7qOWs

12:ブラケルナエ宮殿/ポルフュロゲニトスの宮殿 https://www.youtube.com/watch?v=jDwXRnNBv5Q

13:ネオリオン港(エジプト市場→エミノニュ)https://www.youtube.com/watch?v=RwVDFNqm9ig

14:テオトコス=パンマカリストス教会→モンゴルのマリア教会 https://www.youtube.com/watch?v=RSKhXd0HIAQ

15:テオドシウスの城壁/黄金門(イェディクレ)https://www.youtube.com/watch?v=-SrBzEr7CZM

16:テオドシウスの城壁/鍵の閉め忘れの門 https://www.youtube.com/watch?v=1iFf6QauEa4

17:コーラ修道院(カーリエ=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=a08i0r64IAY

18:テオドシウス広場 https://www.youtube.com/watch?v=PFpfdItvHnY

19:パントクラトール修道院(ゼイレキ=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=duaNH4QT45E

20: 聖セルギウスとバッカス教会(キュチュック=アヤソフィア=ジャーミィー)https://www.youtube.com/watch?v=U5CpA-A2TtQ

21:ブーコレオン宮殿 https://www.youtube.com/watch?v=nFYagtgPajI

【番外編】:トプカプ宮殿(アクロポリス跡)https://www.youtube.com/watch?v=mDlFzxnCvPg

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1/6は「御公現祭」の祝日

  1月6日は、イエスが神の子として世に「公に現れた(顕現した)」(ギリシア語:ἐπιφάνεια, ラテン語:Epiphania Domini)ことを記念する祝日。東方の三博士(賢者たち)が幼子イエスのもとを訪れ、救世主として礼拝した出来事を祝うもので、クリスマスから12日目に祝われる、ともされているようだが、私的にはイエスの宮参りおよび割礼の祭儀をそれと認識してきた。

下図は、カンパニア州カゼルタ県のTeanoにあるTeanum Sidicinum市立博物館所蔵の、1906年にTeano近郊の古代のサン・アマージオ墓地(necropoli di S. Amasio)で発見された「Mausoleo di gens Geminia」(ゲミニア氏族の霊廟)で発見された最古(375年)の御公現祭モザイク。左欠損部分はおそらく聖パウロと聖ペトロの座像、中央上にキー・ローのモノグラム、そして右側は東方三博士の訪問場面で、どうやら右手で祝福の姿勢を示すイエスを膝に抱いたマリアの右背後に母アンナも描かれているらしい。破損もあって銘文は詳らかではないが、「…TERE (= utere) SEMPER – monogramma – F(elix) ・・・・・・ FELICITA P.S. 」と読むらしい。

 各種の解説では、このモザイク銘文以外の、ゲミニア家gens Geminia出身のフェリキタFelicitaとマルキアーナMarcianaを記念した、2つの小さなキリスト教的な墓石に刻まれた碑文から、このモザイクは夫で元老院身分の(v.c.)Felix Geminiusが妻Felicitaのために作成依頼したものと判断している。https://caserta24ore.blogspot.com/2024/12/a-teano-la-piu-antica-rappresentazione.html ちなみに、フェリキタは死歿年は不明だが60歳で、その娘マルキアーナは8歳で執政官表記に基づき370年に死亡した。【若干彼らのプロソコグラフィーを調べたが、記載はなかった】

 イタリアでは一昔まで、十二月になると御降誕祭にむけて祝日気分となり、休んじゃえとショーペロ(ストライキ)が頻発し出し、御公現祭でようやく日常に復帰するという感じだと聞いたことがある。いかにもイタリアである。

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名もなき司書官の「古代ローマライブラリー」

 自分のお勉強でググっていたらこれも偶然「古代ローマの仕事一覧 :庶民は何をして働いていたのか」(https://anc-rome.info/working-list/)という書き込みをみつけた。それを深掘りしていたら、「名もなき司書官」を名乗る書き手(https://anc-rome.info/profile/)が、およそ2018年ごろからブログに古代ローマ史関係の記事を掲載し始めていたのに行きついた。その人物は別途、2021/2/21にFacebookにウェブサイトの投稿記事も始めていた(https://x.com/bcalligraphus)。ただ、最新記事とか最新書き込みは2022年12月でどうやら終わっている。この人物を私は昔から知っていて、ウェブ以前のパソコン通信時代からの書き手だったはず。その前史があって書きためたものを整理してブログにアップしたのだろうが、旺盛な知識欲に導かれ古代ローマ史を網羅しているだけでなく、綺麗な写真を使っていて、そういう技術をもたない私は感心するしかなかった。

 本体のブログのほうはまあ主として既存の書籍からのまとめであるが、Facebookのほうはtwitter記事の紹介で最新の考古学情報中心で、怠惰な私よりも小まめかつ広範に情報を網羅していて、リンクも明示しているので、元記事にもたどり着くことができて便利である。大量のエネルギーを投入していたこともよくわかる(だから息切れがして続かないのである)。

 投稿が途絶えて丸3年過ぎている。一時代を代表するウェブに違いないので、消えてほしくないのだが、何か方策はないものか、思案したくなる。ま、他人事ではないのだが。

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マルクス・アウレリウス円柱洗浄

https://www.cnn.co.jp/fringe/35242200.html

左が従前            右が修復中

 ローマ中心部のコロンナ広場で、1562年に建てられたイタリア首相官邸の「キージ宮殿」の正面にそびえるカッラーラ産大理石製「マルクス・アウレリウスの記念柱」が230万ドル(約3億5800万円)を投じたレーザー修復によって鮮明さを取り戻しつつある。この円柱は、五賢帝の最後のマルクス・アウレリウスが親征したマルコマンニ戦争の一部始終を、絵巻物のようにらせん状の浮き彫りにした記念柱。皇帝の死後、180年から193年の間に建てられ、高さ約30メートルで(本来の全高は土台部分を含めて41.95メートル)、基部から頂上まで23周しており、兵士や捕虜、神々、動物など2000以上の像が彫られ、連続した物語を形づくっている。往年のてっぺんには皇帝マルクス・アウレリウス像があったが、いつの間にか失われて、教皇シクトゥス5世によって1588年10月27日に聖パウロ像が設置されて現在に至る。

 それを現在、16層に及ぶ足場で囲み、昨年春から18人の修復士が、最新技術である短パルスレーザーと化学処理を施したラップで、何世紀にもわたって付着した汚れを取り除いている。レーザーによる修復は、2026年初めに完了する予定。

 私は、キリスト教的に注目されている故事「雨の奇跡」に注目して何度も下から写真に撮ったものである。だが、肉眼ではもちろん、一眼レフで望遠使っても、上の方は判然としない。太陽光線の具合で撮影時間を考慮に入れなければならず、そう簡単ではなかった。本当は足場に上がって正面から撮りたいものだといつも思っていた(最近は、ドローンでなんとかならないかと妄想したこともある)。

 炎天下でクァディ族に包囲されたローマ軍が飢えと渇きに苦しんでいたとき、突然の雷雨で救われたという“雨の奇跡”。広げた両腕から水を滴らせる雨の神の描き方が異様ではある。この事績は異教側からすると、雨を降らせたのは従軍していたエジプトの魔術師のおかげとなるが、キリスト教側はキリスト教徒の兵士の祈りのおかげと主張。同一事象を異なる立場でそれぞれプロパガンダしていて、そこにこれまで劣勢のキリスト教が一枚加わっていて、注目されるわけである。

汚れが付着している写真

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新年早々物騒な話ですが:そして世界は「産業革命以前」に戻る

 1月2日の朝起きて読んだ核戦争が2045年までに起きる確率は63% 話題の書が示す「人類の破滅」」:https://courrier.jp/news/archives/427681/?utm_source=daily+item+paid+announce&utm_medium=email&utm_content=editors-choice-427681&utm_campaign=2026-01-02-17114&courrier_mail_session_id=17114

 ちょっとした誤解で核戦争のボタンが押される可能性を指摘していて、刺激的。どっかの大統領なんかやらかしそうな話である。そして地球全体を「核の冬」が襲い、それで我らはあっけなく死滅しちゃうわけだ。

 私の想像だと、先進文明国であればあるほど、社会崩壊は加速度的で、さしずめ動力源の大部分を電気に頼っている我らに未来はない。たとえ自給自足経済の原始的生活で暮らしている人たちにしても、備蓄食料が絶えたあと太陽がささない時期が数年は続くので、延命は至難の技で、まず無理。だから産業革命以前どころの話ではないはずなのだが。

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謹賀新年

 今年は暮れのクリスマスと正月合体の賀状を作製しました。

 それをメール賀状を送って下さった方や、紙賀状にメルアド書いてくださっている方々には返信してます。

 紙での賀状は数年前にやめてますので、ご理解ください。

メルアド書いてくださいと何度返礼賀状に書いてもやってくれない人がいる。今年も数名。老いぼれを覚えてくれているのは嬉しいのだが、紙の返礼賀状は出さないことに決めたのでもう出さないのだ。

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デジタル書籍での入手と利用

 私は以下の本を遅ればせながら入手しようとして、色々図書検索したが、ようやく注文しても謝絶がきたり、日本には送れませんと表示されたりしていた。Alain Bouet, Les latrines dans les provincices gauloises, germaniques et alpines, Gallia Supplement, 59, Paris, 2009.

 それでドイツに行っている留学生にヨーロッパで探してもらおうと考えてメールを作成し、なぜか送信を忘れること1か月、一昨日思い直して、再度検索したところ、以前日本では無理だった電子書籍での入手が楽天市場で可能となっていたので、なんとたった¥1300を投資してデジタル版を手に入れることができた。古書だと送料込みで4万ないし3万円かかるはずなので、有り難すぎる価格である。

 入手して実際に使ってみると、やっぱり電子書籍なので全体を総覧しづらい、読みづらいということや(たとえは第一章は、書籍だとpp.21−79であるが、デジタルだとpp.1-166となっていて、単純に索引のページ数とも同軌しにくいわけだ)、どうやらコピーができない仕組みになっているので、機械翻訳するためには、今の私には自分で文章を打ち込むほかないといった問題があるけれど、とにかく現物を見ることできるので有り難いことであるには違いない。

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研究継続の意味

 研究者であろうとすると、論文には部分的にせよ新事実発見がないといけない、と私は考えている。だから、若い時まずは自分を殺して史料に埋もれよと教育されて、それが嫌な人はさっさと自分にとってより自己実現容易な世界に去り、残った者はその作業で芽を摘まれてしまったのか、それ以上伸びてく芽がもともとない現実があるのか(資質の問題?)、なかなか思うにまかせれない。
 史料の吟味は当該時代の横断面に必須な作業だが、それにどう時代的縦軸を組み合わしていくかが求められているわけなんだろう。これは発表技術の問題ではなくて、どういう全体像を構想しているかに連動する。それを若い人に求めるのは酷かもしれない。だけど、若い方がとかくそれに触れたくなってたりする傾向もあるような気がする。他ならぬ私がそうだった。そしてなぜかこういった初心は今も変わっていないような気がする。そういう意味で進歩がないというか、初志貫徹というか。青年期の刷り込みの深さにはつくづく感心するしかない。

 原子力村や地震村とご同様に、史学村の村民にだけ通用する言語でピーチクパーチク喋ってるだけで無用の存在、いな前2者みたいに実際に被害出ないだけましだろうと思わなくもないが、それじゃあまるで無用の長物で、いずれにせよなにやってんだろうかと。
 挙げ句、たいしたことでもないけど、好きだからやっている、と居直るしかない自分がいる。

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