「広島史学研究会大会西洋史部会」小シンポジウム 2021/10/31

発表一覧

  1. 豊田浩志「Ostia研究の今とその特異性」
  2. 前野弘志「オスティア・アンティカ出土呪詛板に書かれた美容師たち」
  3. 奥山広規「オスティアの「性的」グラフィッティ:Domus di Giove e Ganimede (I,IV,2) を中心に」
  4. 藤井慈子「オスティアおよびポルトゥス出土のキリスト教的カット・ガラス碗断片:海外の最新研究動向」

発表要旨

  1. 豊田浩志
     私もその一員の日本隊のオスティア遺跡調査は2008年に開始され、新型コロナ騒動まで毎年現地表面調査を行ってきた。その継続調査で従来知見をはるかに超える成果が得られたが、それ以上に最近の欧米の研究進展には驚かされる。今や深層ボーリング調査による古地質学的知見すら登場し、しかもそれが古代ローマ時代を考察する上でもヒントとなっているのだから侮れない。
     さて、後79年のウェスウィウスの噴火により丸一昼夜で封印されたポンペイやヘルクラネウムと異なり、帝都ローマの外港オスティアは、紀元前4世紀の創建からマラリア蔓延で完全放棄される5世紀半ばまで存続し続けたので、先の二都市とは異なる性格を有している。すなわち発掘状況は放棄後の、尾羽うち枯らした挙げ句の都市景観なのである。しかしいずれにせよ歴史学では庶民の日常生活の貴重な証言を残してくれているのも事実である。その最新トピックスを今回発表者各自の得意分野から紹介する。

  2. 前野弘志
     現在までに,ローマの外港都市オスティア・アンティカ遺跡の共同墓地necropolisからは2枚の呪詛板が出土している。本報告では,ローマ門Porta Romanaから入って直ぐ右側の横道に少し入った所にある墓所A2から1910年に発見された呪詛板(CIL, XIV, Suppl, 5306)を中心に取り上げる。これは縦10.5cm×横10.5cmの鉛の板で,真ん中で縦に折られて閉じられた状態で発見された。開けると内面に9人の女奴隷の名前が刻まれていた。名前はほぼ一律に,個人名,主人の家名,女奴隷ser(va),美容師ornatrixの順に書かれ,呪文や呪詛の理由などは一切書かれていない。この呪詛板に関する研究は少なく,これまで家名に着目した研究,同職組合collegiumに着目した研究はあるが,彼女たちを呪詛した人物の心の内を扱った研究はない。そこで本報告では,女奴隷たる美容師たちの人間関係に焦点を当て,庶民の声無き声に耳を澄ませてみたい。

  3. 奥山広規
     グラフィッティ(graffiti)といえば、当時の人口の大半を占めていながらも研究の俎上にのせることが困難な庶民層の実態に迫り得る稀有な研究資料である。なかでも「性的」なものは、その露骨さから忌避されながらも、生々しい肉声として注目を集めてきた。ポンペイでの研究がよく知られているが、本報告では、オスティア(現在のオスティア・アンティカ遺跡)の事例を、現地調査成果を軸に検討する。具体的には、オスティアの「性的」グラフィッティを概観した上で、それが集中する遺構「Domus di Giove e Ganimede (I,IV,2)」に注目し、この遺構に「性的」グラフィッティが刻まれた意味や果てしていた機能を掘り起こすことで、ローマ時代の当地に生きていた人々の実態の一端を明らかにする。そして、ポンペイとは時空間的に異なるオスティアにおける性的グラフィッティの特徴を見出すことで、ポンペイの事例のみで語られがちなグラフィッティという資料への理解や知見を広げたい。

  4. 藤井慈子
     帝政後期のローマ・ガラスには、無色透明な浅い碗類に、内側からみるべくカット装飾が施された200点以上のグループがある。その出土分布は、西ローマ帝国での流通が主だったことを物語っている。それらの意匠やカットの特徴に基づき、少なくとも四工房への再分類が試みられ、うち二工房については都市ローマにあったと目されている。
     ローマの港町オスティアでは、人々の生活で用いられた様々なガラス製品が発見されているが、キリスト教的主題を有する上述の浅碗も数点報告されている。それらは、勝利のキリストまたは殉教者ラウレンティウスと解釈される十字架を担いだ人物像や、律法の授与図など、聖書場面にはない、4世紀半ばにあらわれた新たな図像レパートリーである。前者は、豪華な邸宅Domus del Protiro (V,II,4-5)の下水から発見されていることから、異教的彫像も発見されているこの邸宅の機能を問う資料となり、後者は、スペイン出土の類例もあり、当時の流通を物語る資料となるだろう。

発表レジメ

  1. 豊田浩志
    発表レジメ(PDF)
    口頭発表原稿(PDF)

  1. 奥山広規
    発表レジメ(PDF)
    図版(PDF)
    表(PDF)

  2. 藤井慈子
    発表レジメ(PDF)
    口頭発表原稿(PDF)