西洋古代史研究におけるKindle利用について[改訂・増補版] | 西欧古代史研究の手引き – その3

西洋古代史研究におけるKindle利用について[改訂・増補版]i

齋藤貴弘

I. はじめに

今や、歴史研究に限らず、パソコン、インターネットに代表されるデジタル環境は、切っても切り離せないものとなってきている。CiNiiやJSTORなどを介して国内外の学術雑誌・紀要文献が瞬時に利用可能な現在、一昔前の苦労が嘘のようにも思える。また、紙媒体の書籍、とくに洋書に関しては、今ではAmazonなどのインターネット・サービスを通じて購入する方が大半となってきているのではなかろうか。

やがて紙媒体の本はすべてデジタルに取って代わられるなどとも言われつつ、結局のところ、そこまでドラスティクな変化はなく、紙媒体の書籍は全体としては衰微しつつも生き残っている。そして、一時期、鳴り物入りで諸方面から発売された電子書籍リーダーがさほど巷で見受けられないことにその裏返しを看て取ることもできるかもしれない。

書籍という物体には、おそらく、人類的な営みの中で一朝一夕には切り捨てられない深い身体性が備わっている―ということなのだろうか。

という前置きをしておきながら何ではあるが、ここでは、その電子書籍、とくにAmazonの電子書籍リーダーKindleについて、西洋古代史の研究ツールという立場から、一ユーザーの体験による雑感を記してみることにしたい。Amazonの片棒を担ぐわけではないが、Kindleを取り上げるのは、筆者が利用しているという極めて個人的な理由もあるが、本邦の電子書籍市場で過半数を超えるシェアを占めている優位性 ii もさることながら、世界的な展開によって、専門書を含む欧米書籍の利用が可能な点に有用性が認められるものと思う。

Amazonで洋書を購入した・しようとしたことのある人ならば、タイトルによっては、ペーパーバックなど別仕様の存在とその価格を示す一覧にKindle版が含まれているのを目にしたことがある人もいるのではないだろうか。管見の限りでも最近ではかなりの割合でKindle版の存在をこうした専門書でも目にするようになった。電子媒体という特徴もさることながら、紙媒体と比しての価格の低さがなんといっても気になるところである。ハードカバーと比してはもちろんのこと、ペーパーバック版と比べても1000円近く安いものも珍しくない。ハードカバーで1万円近くする書籍がKindle版なら2000円台で買えるとすれば(そして、ペーパーバックの選択肢がなければ)、その価格差には悩ましいものがある。

もちろん、電子書籍には一長一短がある。使い倒したというほどではないが、約2年近くKindleを所有した筆者の体験から研究利用の現状と展望を瞥見してみたい。また、以下ではKindle版を中心に話を進めるが、同一電子書籍が異なるプラットフォーム、例えばGoogle Playでも販売されていることがあるから、ある程度、電子書籍一般としての情報として参考にもなろうかと思われる iii

II. Kindle

a. 本体

電子書籍について語るに際して、「読むための道具」と「書籍データ」を分けて見ていきたい。読むための道具に特化したデバイスが、Kindleとなる。音楽や動画再生・web閲覧もできる多機能タブレットFireを別としてモノクロ画面で読書に特化したKindleには通常版に加え、液晶が高画質のWhitepaper、そして2014年11月に発売された更なる画面性能の向上と軽量化を果たした最上位機種Voyageの3種類がラインナップされている。また、Kindleは書籍データを全て無線を介して行うため、Wi-Fiを利用できる環境が必要となるが、一部の軽量データについては3G回線も利用可能であり、上位2機種には、無料3Gの利用機能付きのタイプも存在する(こちらの方が割高)。

筆者は、Whitepaperの3G回線機能付きを2013年1月に購入した。正確な値段は記憶していないが、同等機種は現在1万円強で販売されており、だいたい同じ額だったと思う。下位機種なら7000円弱で購入可能だ。ディスプレイは6インチで206グラム。とりあえず片手で両端を掴んで持てる大きさで、ほどほどの厚さの文庫本程度の重さといえばイメージしやすいだろうか。PCのUSBと繋ぐケーブルが付属し、これで充電をする。充電にはそれなりに時間がかかる(公称4時間)が、その後はかなりの長時間の稼働が可能で、一日30分の利用で数週間(6週間程度)持つという。これは実体験としても偽りがないと思う。筐体底面(下部)にある主電源ON・OFFの小さなボタンがあるだけであとの操作は、タッチパネルで行う。初めて使う際は、電源を入れると勝手に初期設定が始まる。こちらでする必要があるのはWi-FiのIDやパスの設定くらいだろうか。以後は、電源ボタンの入切ですぐに利用でき起動・終了も2秒程度でストレスなく使える。

b. 操作と購入

書籍の切り替えやページめくりはタッチパネルで行う iv。一つ一つの動作は、多少「もっさり」したところがあるが、イラつくほどではないかと思う。ただ、多少慣れも必要で、欧米文献で註記との行き来は、リンクが張ってあって v タッチひとつで参照でき便利だが、間違えた時に元の位置に戻るのにイラつくことがあったりもするが、慣れの域だろう vi

ディスプレイは、思った以上に見やすい。このWhitepaperに関していえば、個人的には十分「読める」という印象だ。詳細はAmazonのHPをご覧いただくとして、このディスプレイは特殊な構造になっており落ち着いた画面で、暗い中で読んでいても光で目が疲れるということもないし、日中の明るいところでも問題なく読むことができる。また、文字の大きさに関してはピンチイン・アウト(親指と人差し指などを狭めたり、広げたりする動作)で調整可能だ。縦書きにも問題なく対応できているように思える vii

書籍データの購入はKindleの本体のstoreの画面からも、それ以外のPCなどからAmazonのHP上からも可能だ。ダウンロードには、通信環境にもよるだろうが、文字データの電子書籍ならば、1分もかからない。必要と思った文献が、ボタン一つで数十秒で手に入るのは、デジタル媒体の醍醐味と言えるだろう。Kindle本体にもかなりの量の電子書籍をストックしておくことが可能で、一度ダウンロードしてしまえば、無線の届かない環境でも閲覧には全く問題がない。また、仮に本体の容量が一杯になった場合は、差し当たって閲覧しないデータを本体から削除することで空きスペースを確保することになる。その際、削除した書籍データもAmazonのクラウドデータに残るので、必要とあれば随時、再ダウンロードなり、閲覧が可能である。クラウド上に関しては容量に制限はない。

それから、Kindleには単に電子データを閲覧する以外の付加機能も幾つか付いている。その一つが辞書機能で、分からない単語があった場合、その単語の部分を押し続けると搭載の辞書、あるいはネット検索を使って調べた意味がポップアップされる。辞書データに関しては基本的なものは国語辞典、英和辞典など無料のものが購入と同時に提供されるほか、独英辞典なども有料で販売されているから、追加することも可能である。また、気になった箇所にはマーカー(ハイライト)をつけたりメモをつけておくことができる。こうしてつけたマーカーやメモに関しては、Kindle本体に全書籍データ一括で「マイ・クリップ」という一覧リストとして保管され、マーカー、メモの一覧を通読することも可能である。これは便利ではあるが、メモの入力はあまり快適とは言えず、使い勝手は今一つの感がある。

c. 複数のデバイスでの閲覧

実は、これまでKindle本体の説明をしてきたが、Kindleの電子書籍はKindle本体を持っていなくても、Android系やiPhone / iPadなどのスマホ・タブレットといった他のデバイスでも専用のアプリをインストールすることによって閲覧可能となっている。所有する7インチのGoogleタブレットで閲覧することもあり、こちらでは(元データがカラーならば)当然カラーで閲覧できること、専用のリーダーを持ち歩く必要がないことが利点だろうか。但し、読書に限定すればKindle本体の方が、優れているという気はする。

複数のデバイスで同じ書籍を閲覧した場合には、後から開いた方の画面で、別のデバイスで既にどこまで読んだかを案内する画面が表示され、必要とあればその位置にジャンプする機能がついているのは便利だ(無線が機能している場合に限る)。

また、最近になって、webブラウザ上でも閲覧可能なKindle Cloud Readerというアプリ(アド・オン)が用意された。大きなディスプレイで手軽に、カラーで閲覧可能になったのは便利であるし、Kindleなどのデバイスではどうにも入力が面倒だったメモ機能もPCのキーボードで入力できるようになった。但し、Cloud Readerでは、メモやハイライトは一冊ごとに集約されていること、ここでつけたメモなどは、Kindle本体で該当箇所を閲覧した際には見ることが可能だが、上述の全書籍を総合した「マイ・クリップ」には何故か、統合されていない。また、「マイ・クリップ」はCloud Readerでは閲覧できない。いずれ、この辺の整合性がアップデートで調整されることを期待したい viii

III. 研究利用

研究利用の利点については、多言を要するまでもないと思う。専門の研究書が瞬時に廉価で手に入り、所蔵のスペースも気にせず、且つ、複数の場所から多様なデバイスで閲覧が可能となる。但し、筆者が気づく限りでも幾つかの問題点がある。まず、多言語表記であるが、電子化した版元の処理にもよるのだろうが、筆者が所持しているS.B.Forsdyke, Exile, Ostracism, and DemocracyのKindle版は、本文中に挿入されたギリシア語は、「とりあえず読める」程度でかなり見苦しい。そもそも、Cloud Reader上では、LSJのKindle版は開くこともできない。Cloud Readerは、縦書きの和書などにも対応できておらず開けない。こう制約が多くては、ひとつのプラットフォーム上で諸資料を横断的に利用するデジタル環境の利点が活かせない。さらに、Cloud Readerからテキストのコピーができないのも、隔靴掻痒の感がある。

また、図版の地図といった画像データに関しては、拡大機能があるものの、データ自体の画質が低いと拡大しても全体がぼやけるばかりで今ひとつ不鮮明な場合がある。例えば、R.B.Strassler, The Landmark Thucydides: A Comprehensive Guide to The Peloponnesian War(Kindle版)は、『戦史』の各巻各章の内容に添って豊富に地図が配置され地名の位置確認に簡便な手引きであるが、地図の画質データが低く、デジタル版としてはその特性を十分に発揮できているとは言いがたいのが残念だ。

他方で、いくつか電子版限定の専門書も出てきていて、Oxford Bibliographies Online Research Guidesというシリーズでは、西洋古代史関係でAncient Creta, Demosthensなどといったタイトルが並ぶ。これは、Oxford Bibliographies Online(http://www.oxfordbibliographies.com/)の記事を電子書籍化したもので、各テーマの文献解題中心の手引書となっている。Onlineでweb上で閲覧できるものであり、電子書籍版にこだわる必要はないかもしれないが、ひとつの傾向として紹介しておきたい。また、同シリーズはKindle版で1000円弱でラインナップされているが、GooglePlayを見たところ、同シリーズ数点は出ているようだが、古代史関係のものは確認できなかった ix

それから、電子書籍の昨今の傾向として、版権切れ書籍の無料版の存在にも付言しておこう。Kindle版に限らず、現在では、版権が切れた書籍をPDF化したデータが、Internet ArchiveやGoogle Books、Google Playといったサイトを通じて多数入手できるようになった。Sir J.Frazer, Golden Bough、あるいは19世紀編纂の古典テキストや、現在では個人所有はなかなか難しいと思われるW.Dittenbelger, Sylloge inscriptionum graecarumさえ無料で入手できるのは驚きだ。但し、これら無料の電子版にも、紙媒体を単にスキャンして画像データ的に閲覧できる形式のものと、文字データに置き換えた電子書籍版と2つに大別できる。両者の違いは、後者では検索が可能で閲覧に際して文字の大きさが変更可能という点が大きい。但し、後者では、ギリシア文字などが変換の際に文字化けしてそのままということもある。その面では、オリジナルの書籍の体裁をそのまま保持する画像データ形式の方が安心できる(後述するが、ページ数の確認もこちらは問題がない)。しかしながら、こうした無料版は、いずれにせよ、機械的に読み取り作業をして急造している感があり、読み取りの際にページが歪んでいたり、見開きの地図などへの配慮が皆無だったりと、手放しで単純に紙媒体の代替と見なすには問題が多いというのが現状だろう。無料なので、文句は言い難いが、今後の学術的な資源として如何に質の整ったものが提供されるようになるかは、ひとつの課題といえるのではないだろうか。

Kindleに話を戻そう。Kindle版を海外のAmazon、例えばAmazon.comで買った場合にも制約がある。まず、別々のアカウントとなるので、Amazon.comで買った電子書籍は、Amazon.co.jpアカウントのKindleには配信自体できない。Kindle for PCあるいはKindle Cloud Readerで閲覧は可能だが、Cloud Readerも別々のリスト管理となる。アカウントの統合ということもできなくないようなのだが、筆者は、初手を間違ったため現状これができていない。これからKindleを始める人でアカウントの統合を考えている人は、AmazonのHPなどで先に確認されることをお勧めする x

さらに、より現実的課題は、電子版には書籍版の「ページ数」が原則的に載っていないということだ。文字の大きさによって一画面ごとの表示範囲が変わることもあり、電子版は「位置No.」という表示を採用している。電子版を利用して註に引こうとする場合に、将来的にはいざ知らず、現状においてページ番号が特定できないのは致命的と言える。これについては、書籍によっては多少の配慮も見えていて、例えば、K. A. Raaflaub and H. van Wees (eds.), A Companion to Archaic Greece (Blackwell Companions to the Ancient World) のKindle版には、位置No.と共にページ数も併記して表示されている。もっともページごとの区切り位置は表示されていないので、ブックマークを付けて、そのリストを表示させた際に特定の行が何ページか判明する。おそらく冊子版のページ情報といったものが電子化する際の任意の付加情報の位置づけにしかないため版元で差が出るものと思われる。それから、価格面での魅力も、公費で購入することは現状不可能ではないかと思われる点にも付言しておきたい。

本末転倒のようだが、いま暫くは紙媒体の書籍は手放せない感がある。つまるところ本音を言えば書籍版と電子版、両方欲しい。これに関しては、Amazon.comが昨年10月より、購入したKindle版と同一の書籍版を廉価で提供するKindle MatchBookなるサービスを始めた xi。魅力的なサービスに思えるが、日本でのサービス開始は未定であり、再販価格維持制度のある書店・出版業界の現状を考えると難しいと思われる。

また、価格設定が自由な電子版では先に述べたように同一電子書籍でも販売元(プラットホーム)によって、価格差が生じる。例えば、A.C.Scafulo (ed.), Demosthenes, Speeches 39-49 (The Oratory of Classical Greece) は、Kindle版は、2672円に対し、Google Playでは、2021円となっている。この逆もあって、例えば、I. Arnaoutoglou, Ancient Greek Laws: A Sourcebookでは、Kindle版が2964円、Google Playでの価格が4260円だ xii。こうした価格差は十分、考慮に値するだろう。

もちろん、Kindle版とGoogle Booksでは、電子版としての機能に違いもあろうから、そこを加味すれば「同一」というのは、語弊があるかもしれない。しかし、紙媒体の洋書で言えば、価格調査によって、購入先を気兼ねなく選択できるのに対し、電子版ではプラットホーム間での互換性がない故に、価格を優先すると書籍の管理が煩雑となるという皮肉な事態となっている。

日増しに環境は整ってきてはいるようではあるが、デジタル一本化への環境構築に対する障壁はまだまだ大きいというのが現状だろう。いま暫くは情報内容などに応じて電子版を選択していきながら様子見というところだろうか。

〔註〕

i 本記事は、古代世界研究会のニューズレター『かいほう』123号(2014年12月発行)に掲載した同タイトルの記事の一部を手直しし、内容を追加したものである。

ii 『電子書籍ストア利用動向調査—OnDeck 2013年10月調査版』12月18日発行による。 http://www.impressrd.jp/news/131219/NP

iii 同じ電子書籍でも、割引率によって販売元で価格差は出るようだ。あるものはAmazonの方が安く、別のものは、Google playの方が安いといったことがある。

iv 最上位機種にはページ操作の物理ボタンがフレーム付いている。

v 各書籍データの仕様による。

vi 註とのリンクについては、Kindle版提供もとの仕様と思われる。よって、すべてのKindle版でこうした機能が保証されるものではないようだ。

vii 縦書きか横書きかは書籍固有のデータに従う。自分で変えられるという意味ではない。

viii また、米国ではKindle for PCというアプリも利用できるが日本版は存在しない。

ix 2015年1月4日時点。

x アカウントを統合した場合に、それ以外の通常の洋書などの購入にどう影響が出るのか、といった点についても筆者は未確認であるが、留意されたい。

xii 共に2015年1月4日時点での価格。

齋藤貴弘