3次元モデル作成ソフト実践記 | 西欧古代史研究の手引き – その4

3次元モデル作成ソフト実践記

奥山広規

はじめに

パソコンとそのソフトの進歩は、文系の歴史学分野においても大きな変化をもたらしている。とりわけ調査の現場では著しい。かつて筆者の参加した海外調査(レバノン・ティール発掘調査隊(2003~2005年、2008~2011年))でも、イラストレーター、フォトショップなどが、多様な模式図作成、遺物・遺構図面のトレース作業、写真加工に用いられており、パソコン一台あればできるその成果の魅力は圧倒的であった [1]。あれもできる、これもしたいと、筆者も導入してみたが、これがひどく難しい。コンピュータートレース、写真の結合など、ソフトの能力的にも難易度的にも何の事はない作業のはずが、それができない。結局、ソフトは机の肥やしになってしまい、それらを研究に役立てることはなかった。ところが、偶然あるソフトを紹介されたことにより状況は好転したのである。

1 ソフトの説明

紹介されたソフトは、Agisoft社のPhotoScan Professional Edition(以下PhotoScan Proとする)という3次元モデル作成ソフトである) [2]。紹介してくれた方は地理学の先生であり、地理学で注目されているPhotoScan Proが筆者の専門とする碑文学(ギリシア碑文学)にも役立つのではないかとのことであった [3]

PhotoScan Proは、まず、(1)2枚以上の連続する航空写真から3次元の地形データを生成し、それをオルソ画像(真上から見たような歪みのない画像)として出力できるソフトである。それによって、例えば、地滑り地形の3次元モデル・オルソ画像を作成し、それを地図データなどと重ね合わせることで、災害時の状況調査に役立てることができる。また、調査現場においては、航空写真とまではいかなくとも、カメラを搭載したマルチコプター(多回転翼ラジコンヘリ)による低高度からの空中写真や、より簡単には長いポールの先にカメラを取り付けて高い視点から撮影したものでも十分であり、すぐさま調査現場の地形図をパソコン上で容易に作成できる。ちなみに、写真は昔の白黒写真も利用でき、それによって現在では変わってしまったかつての地形も復元可能なそうである。

以上が、地理学的(そして、考古学調査の測量)に役立つPhotoScan Proの利用であるが、このソフトは、(2)写真から撮影対象を大小問わずパソコン上で立体的に再構築することもできる。その際には、肉眼では見えにくい些細な凹凸も高い精度で再現されるので、例えば、風化のため見えにくくなった彫像の分析に効果的であった [4]。碑文学への応用は、この機能から発想されている。つまり、凹凸の認識は、碑文を対象とする場合、碑に刻まれた文字の溝を認識することであり、肉眼や写真からでは判読しにくい文字の判読を可能にするのである。その利点は、従来の方法でいえば立体拓本とまさに同じであり、決して目新しいものではない [5]。ただ、立体拓本は、採拓するには許可が必要で手軽にできるものではないし、遺物を痛める危険もある。それに対し、PhotoScan Proは写真さえあればできるので、手軽かつ安全なのである [6]。しかも、PhotoScan Pro自体、操作も簡単で、精度や意図をどこまで反映させるにもよるが、基本的に専門的知識・技術はとりたて必要でない。ソフトを起動し、写真を読み込みこんだ後、4段階の工程(アラインメント(撮影位置の解析)、高密度ポイントクラウド(3次元座標の集合)生成、メッシュ(多面体オブジェクトの形状を定義する頂点、辺、面の集合)生成、テクスチャー(3次元モデル表面の質感)生成)を経るだけである。作成した3次元モデルは、PDFでも出力でき、PhotoScan Proをインストールしていないパソコンでも閲覧が可能であることも魅力的である(フォトショップをうまく扱えない筆者にとっては、オルソ画像として出力する際に、自動的に写真結合されているのも魅力的である)。

2 実践事例

以上のような機能を持つPhotoScan Proを実践した。実践にあたっては、様々な状況に対応すべく、碑文にこだわらず様々なオブジェクトで試している。普通のデジタルカメラ(Pentax Optio M-60、有効約1000万画素)で素人が行った実践であり、デザインや測量などの専門技術を持つ人とは作業的にも内容的にも全く比べものにならないが、技術・知識共にない筆者による等身大の作業として、何かの参考になればと思う。そのため以下では、成功例のみならず失敗例も提示していく。

PhotoScan Proでの作業は、まず対象の写真撮影から始まる。普通のデジタルカメラで十分であり(500万画素以上推奨で、高い解像度があるほど精度が期待できる)、決して高価で高機能なものは必要ない。ただ注意すべきは、撮影の際に、各写真が約6割重なるように連続して、しかもできるだけ様々な角度から撮影しなければならない。このソフトは、各写真を合成して3次元モデルを生成するためである。ただ、どのくらい枚数を取ればいいのかは難しい。少なすぎると出来上がりの精度が低く、場合によっては写真相互のマッチングに失敗してしまうし、逆に多すぎると処理に時間がかかる。

事例(1) コンスタンティヌスの凱旋門北面

まずは、精度の低い事例を挙げる。はっきり言って失敗例である。大きなオブジェクト(高さ21m、幅25.7m、奥行き7.4m)で実践してみるべく、ローマを訪れた際、実験的に撮影し、作成した。枚数は38枚。パソコン上では立体であるが、ここでは凱旋門北面をオルソ画像で提示している(以下の事例(2)~(4)も同じ)。全体的な雰囲気は出ているが、拡大した際には、細部の歪みやぼやけは明瞭であるし、どうしても撮影できない上部(頂部)と柵に覆われていた底部周辺は、めちゃくちゃになっている。

事例(2)オスティア・アンティカ遺跡の「七賢人の部屋」


(上左:正面方向、上右:正面左斜め下方向)

(西壁正面方向左側中央部拡大図)

上は、ローマの外港であったオスティア・アンティカ遺跡を代表する遺構の1つ「七賢人の浴場」の一角を占める「七賢人の部屋」である。「七賢人の部屋」の銘文調査アシスタントを務めた機会に、調査の一環として、また、室内の3次元モデル作成の実験として試みた(室内のみの3次元モデルのため、内壁面の壁画が透け、反転して浮き上がっていることに注意)。この部屋は、ヴォールト天井、床面、四方の壁面も残存しているが(天井頂部まで5.28m、南壁3.25m、西壁4.52m、北壁3.48m、東壁4.57m) [7]、東壁には壁画が残存せず、その部分の写真は室内を見やすくするためにPhotoScan Proで読み込んでいない。またそれは、読み込む写真枚数を削るためでもあった。壁面下部から床面が欠けているのも同様である。というのも、写真枚数は220枚であるが、筆者のパソコンのスペック(メモリ8GBのノートパソコン)では、処理しきれないためである(100枚単位ならば16GB以上(32GB以上推奨)、1000枚単位ならば32GB以上(64GB以上推奨) [8]。パソコンに相当負荷をかけて、第4段階(テクスチャー生成)まで20時間以上かかり、できたあとも重すぎてまともに動かない。事例(1)と比べて枚数が多いのは、部屋の構造も重要だが、「七賢人の部屋」と名付けられた所以のフレスコ壁画も重要であるので、構造と細部を両立させるべく、できるだけ細かく撮影したためである。結果として、かなり拡大してもぼやけない程度には精度は高いが(西壁正面方向左側中央部拡大図)、筆者にとっては現時点では失敗例である。パソコンのスペックを高めるか(そもそもノートパソコンで行う作業ではない)、枚数を抑えつつも精度を高めるなどの努力をしなければならない。

事例(3) 広島大学の東広島キャンパス内「不動心」碑


(上左:正面右斜め方向、上右:裏面左斜め方向)

事例(3)となるのは、筆者が現在所属している広島大学の東広島キャンパス内(総合博物館裏手)に鎮座する記念碑「不動心」碑である [9]。事例(1)、(2)では、出先の、しかも大きく複雑なオブジェクトで実践し失敗したので、今度は身近にある比較的小さくできるだけ簡素なオブジェクトで実践した。小さいといっても大体3mから4mぐらいはあるが、複雑な彫刻やレリーフはないものである。ただ石材はかなりごつごつしており、それがどのくらい再現されるのか、また、碑の周囲に松の木が生え、枝が撮影を邪魔するので(写真に写りこむ、特定の角度や部分を取りにくいなど)、事例(1)での失敗に鑑みて、それがどのくらい影響を与えるのかは気になった。作成結果は、成功と見なしてもよいだろう。作成時間(写真枚数38枚、第4工程までマスク修正込みで約44分)、精度ともに申し分なく、動作も重くない。松の枝も、できるだけ枝の写らないように近くから細かく撮影したのが功を奏し、3次元モデル作成の邪魔にはならなかった。碑の頂部は、高すぎてどうしても撮影できず、またもや欠けてしまっているものの、現場把握と事前準備さえすれば、ちょっとした工夫や準備(脚立や長いポールの先に取り付けたカメラなど)によって解決できよう。となれば、3次元モデル作成対象として、比較的小さなオブジェクト(例えば、事例(3)以下)に絞ることが、筆者には、技術的にも、設備的にも、現実的である。実際、より小さな「記念樹」碑(約54×72cm)では、頂部の欠損がない満足のゆくものが作成できた(事例(4)、写真枚数38枚、第4工程まで約26分)。ただし、複雑なレリーフや細かく長大な碑文などがある場合は、事例(2)のごとく細部(レリーフや碑文)の撮影枚数が増えざるをえず、事例(3)以下の大きさでも勝手が違ってこよう。今後の実践課題である。

事例(4) 広島大学の東広島キャンパス内「記念樹」碑


(上左:正面方向、上右:正面左斜め下方向)

おわりに

最後に、実践を経て、筆者が感じたPhotoScan Proの有用性についてまとめておく。筆者の専門である碑文学に引き付けて言えば、手軽な上、容易かつ安全に碑文調査をできる点である。碑文調査は主に海外において行うため、長期留学中でもない限り時間制限があり、どうしても効率が求められる。日本人研究者に一般的な拓本は、作業自体は効率的だが、いかんせん許可を得ることが手間である。拓本は、西洋ではあまり馴染みがないので、墨で遺物を汚すのではないかと忌避されがちなためだ。それに対し、立体拓本は、西洋で一般的だが、その分遺物を損なう可能性も熟知されているので、これもまた許可申請に手間がかかる。だが、このソフトならば、写真のみで調査ができるのである(本稿では、文字判読に特化した実践を行っていないが、事例(2)などを踏まえれば、できるだけ近くから撮影し精度を高めることで判読しにくい文字の検討も可能であるとの印象を抱いた)。

そして、碑をまるごと研究データとして持ち帰れることも強調しておきたい。それによって、碑の存在が否応なしに突き付けられ、碑文の内容分析のみに終始するのではなく、碑文を碑から切り離さずに総合的に検討することが導かれるのである。また、3次元オブジェクトの全体像を利用できることは、研究面のみならず教育面でも果たす役割は大きいだろう。碑文にせよ、建築物にせよ、何らかのオブジェクトについての説明は、いかに丁寧に詳細に書かれていても専門知識のある人や実物に触れたことがある人以外には、なかなかピンとこないものである。図版も大いに理解に役立つが、2次元である以上、拡大や縮小はできないし、部分相互の連関の把握などの点で、どうしても限界はあろう。無論、実物を見ることにこしたことはないが、図版と併せて3次元画像を用いることでイメージを持たせやすくなり、改善が期待される。

碑文学を中心に述べることしかできなかったが、PhotoScan Proがその他、多くの分野、場面で応用できることは疑いない。例えば、表面の凹凸を捉えた3次元モデルは、美術史分野においても有効であるのではなかろうか。拙い実践記であるが、拙いが故に、多くの人の実践、そしてご意見を聞けることを願って筆をおきたい。

註記

1 京都大学大学院文学研究科(代表者 泉拓良)、『平成21~23年度科学研究費補助金研究(A) 研究成果報告書(課題番号20251007) フェニキア・カルタゴから見た古代の東地中海』、2013年。

3 広島大学大学院文学研究科准教授・後藤秀昭氏には、3次元画像作成ソフトやその使用についての貴重な情報をいただいた。記して感謝申し上げます。

4 本文中のPhotoScan Proの説明は、Agisoft社のホームページ (http://www.agisoft.com/)やその日本販売代理店である株式会社オーク(http://www.oakcorp.net/photoscan/)、株式会社オーピーティー(http://www.opt-techno.com/)、株式会社ビジョンテック(http://www.vti.co.jp/index.html)などのホームページ、そして、後藤秀昭氏からの示唆を参考にしているが、筆者が理解できる範囲に過ぎないことをご了承いただきたい。

5 立体拓本は、主に西洋で用いられる拓本方法である(英squeezes、独Abklatsche、仏estampages)。我が国で一般的な拓本(湿拓、乾拓)のように墨を使うのではなく、彫られている文字の溝に濡らした紙(濾紙が一般的だが、画仙紙でも代用可能、むしろ深い、幅の広い大きな文字にはこちらの方が有効)をブラシで叩き込み、文字の型を採取する方法である。メリットは(1)文字の切り合い関係(筆順)の判別が読み取れる、(2)碑文が彫られた石材の質感がわかりやすい、(3)削られた碑文の文字も採取し得ること、などを挙げることができる。また、拓本が3次元情報を2次元で表現するのに対し、立体拓本は3次元的に表現される。とりわけ、彫られた文字の窪んだ部分の技術的な検討を行う際、情報をより多く得ることができる、また、西洋では理解が得られやすいという利点もある。デメリットは、(1)立体拓本を対象から剥ぎ取る際にモノを破損する危険性がある、(2)データのコピーが容易ではないことである(前野弘志、「古代ギリシア語碑文研究のメディア」、『西洋史学報』28、2001年、94-101頁;奥山広規、森田拓馬、泉拓良、2007年、「海外調査における碑文資料の収集方法」、『日本文化財科学会第24回大会 研究発表要旨集』、2007年、186-187頁)。なお、前野(2001)では「拓本」、ローレンス・ケッピー著、小林雅夫、梶田知志訳『碑文から見た古代ローマ生活誌』、原書房、2006年の訳では「圧写」という用語が用いられている。だが、3次元的要素である凹凸がその特徴であり、切りあい関係の把握などに役立つので、それを強調するため、そして、日本で一般的に用いられる墨を利用する「拓本(湿拓、乾拓)」と区別するために「立体拓本」と称している。

6 実際、前野弘志氏は、碑文学の立場からPhotoScan Proのこの点に着目し、「デジタル拓本」として紹介されている(前野弘志、「デジタル拓本の試み」、『西洋史学報』41、2014年、107-111頁)。

7 豊田(2014):豊田浩志、「オスティア・アンティカ『七賢人の部屋』序説」、『2010(平成22)~2012(平成24)年度文科省科学研究費補助金基盤研究(B)一般研究「古代イタリア半島港湾都市の地政学的研究」課題番号:22320149 研究成果報告書』(http://pweb.sophia.ac.jp/k-toyota/monbukaken2010-2012/pdf/Koji-TOYOTA_Ambiente-dei-Sette.pdf)、2014年4月、1-49頁(2015年4月9日アクセス)。

8 http://www.vti.co.jp/software_agisoft.html(株式会社ビジョンテックAgisoft PhotoScan紹介ページ)。

9 広島大学東広島キャンパスを代表する記念碑「不動心碑」については、http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/intro/sanpo/kinenhi/p_1iufho.htmlを参照されたい。

奥山広規