「私は調和の中で生きることができません」

 この言葉は、2021年のノーベル物理学賞を受賞したかつての日本人真鍋淑郎氏(90)がインタビューの中で言った印象的な言葉である。日本人がなによりもしたくないこと、「それは誰かの心をわずらわせることなのです。アメリカでは他人がどう感じているか、それほど気にしなくていい」。それが自分に合っている、だから日本には帰る気はない、と(https://digital.asahi.com/articles/ASPB64FL0PB6UHBI00N.html?pn=14&unlock=1#continuehere)。

1931年-:受賞時90歳

 日本人は「ノー」ということで相手を傷つけたくないので「イエス」というけど、本当は「ノー」の場合もある、とも。この思考構造が日本人一般に特有の原点のような気がする。プラスイメージで表現すれば「調和」なのだが、マイナスイメージだと「優柔不断」ということになる。

 こうして考えてみると、失礼ながら真鍋先生はたぶん日本人としてはかなり変わった性格の方、有り体に言って人の感情を逆なでするような言動を平気でやらかす人だったのではないか、と想像する(私もそういう「日本的」社会性の欠けた輩(やから)を知っている;何言ってんだぁ、お前もそうだろ、といわれるかもだが (^^ゞ)[かつて「類は類を呼ぶ」といわれたことある:研究者はそれでいい、と思っている]。それを嫌って排除して疑わない自称単独民族国家と、問題にしない建て前でないとやっていけない多民族国家の違いを、我々は認識すべきだろう。ただ誤解ないよう付言しておく。米国は手放しのパラダイスではない。特異であっても有意なタレントであれば受け入れる部分が存在する、ということにすぎない。同様に我が国にあっても異能・変人を受け入れる懐の深い見識は存在していた(し今もいるはずだ)が、相対的にその層がごくまばらで薄いので、結果的に多くがみすみすはじかれてしまう。とはいえ、下世話で「バカとハサミは使いよう」といわれるように、適性を見極める目がないととんだことになってしまう。

 ところで、多くの日本のマスメディアはこの彼を日本人のノーベル賞受賞者に入れて疑わない。かつて日本国籍を持っていた2008年の南部陽一郎、2014年の中村修二、2017年のカズオ・イシグロもそうだが、なのに、日本国籍を持っていたことのある1986年の李遠哲(台湾)、1987年のチャールズ・ペダーセン(韓国から米国)は入れていない。たしかに原則をどこに置くかが問題で、ノーベル賞の対象研究従事期の国籍を基準にしているようだが、なんだかなと思わざるを得ない。こういった基準の引き方自体が、水増ししようという日本的な目論みの気がしてならないと感じるのは、私だけであろうか。

 それにしてもかつてはノーベル賞は京大が多かったが、今や東大の方が多いし、大学も多岐に分散してきている(しかし、このあたりでもう打ち止めのような気がしてならない)。理系での問題は人材もさることながら研究資金の厚さがもろ露骨に反映しているのだろう。文系は1千万もらったら使い道に困る人がいるらしいが(私個人は使ってみせる自信がある)、設備費や人件費で理系では数億あっても足らないわけで、だから東大なのであろう。

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