NHK BS1「完全版原爆初動調査:隠された真実」を見た

 残留放射線の影響の調査のため直後に現地入りした日本のみならず、アメリカの調査隊(複数)も広島・長崎に9月以降入った。その結果、人体に影響を及ぼす大量の残留放射線が計測されたにもかかわらず、原爆を毒ガスや生物兵器のような非人道的兵器でなく通常兵器なのだと言いつくろうため、米軍の原爆開発最高責任者グローヴス少将(当時)やオッペンハイマーは、残留放射線などありえないと主張して事実を隠蔽した、という内容である。米人科学者たちにも残留放射能の実在はすでに周知の事実だったにもかかわらずである。

 グローヴスの副官だった准将のトーマス・ファレルが調査団の団長を務めていた。ある科学者は、初期のブリーフィングでファレルが調査団に、「あなたたちの使命は放射能が一切存在しないと証明することだ」と告げるのを聞いて仰天した、という。

 偉そうに劣等国に吾と同じく民主主義国家たれと標榜するアメリカ政府・軍部の実態とはこんなものだった。科学的調査はしてもそれを公表することは「極秘」事項だったのだ。なんとトルーマンもこの件を知らされていなかったらしい(ま、政治家の云う事を真に受けるのは馬鹿げているが;私はそれほどお人好しではない)。こうして事実を国民から隠蔽したわけであるが、まだ残留放射能の影響が不明だった(データ不足だった)当時はともかくとしても、そして現実にアメリカ人にも実験場に動員された兵士を始め、残留放射能での被爆者がいたわけだが、政府はそれを今も認めていないらしいのだが、となると大問題だ。

 実は私も原爆二世として血液を自宅で採取されたことが一度あった。もちろん広島比治山のABCC(現放影研)によってである。「検査はするが治療はしてくれない」という広島ヒバクシャたちの風評通り、その検査結果が届いたという記憶はない(まったくの偶然だが、その放影研が私の妻の最初の就職先で、津山に行くまで彼女は3年ほど勤めた。彼女がテクニシャン[検査技師]たちの能力を高く評価していたのが印象に残っている)。

 今回の放送で、ソ連も日本の被爆地に早くも9月に入り、アメリカと同じ公式発表をしていたことを初めて知った。こちらも調査員の調査レベルでは正確に報告されていたのだが(番組では4年後に原爆症で死亡した調査員が登場していた)、やはりスターリンの政治的思惑で残留放射線の影響は否定された。米国もソ連も同列だったのである。

【追記】ググっているうちに、当時これに屈せず正確な情報を伝えた唯一の米国人は黒人従軍記者チャールズ・ローブだった、という記事を見つけた。日本語でその事実を報じた最初はなんと今年の8月15日付のThe New York Timesの記事だったようだ。白人の科学者は隠蔽に加担して共犯者となったわけだが、差別を受けていた黒人だったからこそだったのかもだ。そんな彼に体制からの圧力はなかったのだろうか。知らないことが多すぎる。是非お読みいただきたい。https://toyokeizai.net/articles/-/448183

Charles Harold Loeb(1905-1978:享年73歳):フィリピンの戦場にて

【新情報】2022/8/9 朝日新聞連載:希望の音色~被爆バイオリンは今日も鳴る(全7回)

 ソ連のスパイ2名が早くも8/16,17日に広島・長崎に入っていて未発見の最初の報告書を提出していた。

第6回「血眼に原爆追い求めたソ連 終戦翌日からスパイは広島・長崎へ入った」(https://digital.asahi.com/articles/ASQ864GBDQ70PLZU003.html?iref=pc_extlink)

第7回「「見たことは口外するな」10日後の爆心地、ソ連のスパイは絶句した」(

https://digital.asahi.com/articles/ASQ864GF3Q70PLZU004.html?pn=13&unlock=1#continuehere

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