詭弁をまかり通してどうする

 旧統一教会問題で、国会議員の弁解が判で押したように同じで、とてもうさんくさい。私のような昔を知っている老人だと見え透いたウソだとすぐに分かるのだが、若い人たちはやすやすと騙されてしまうのかもしれないが。

 昨日のBS フジテレビ「プライムニュース」(2時間番組)に登場した睾丸無比、もとえ厚顔無恥な萩生田の言い訳に日本の純朴な庶民はあっさり騙されちゃうのかな、と思いながら見ていたが、キャスターの反町の言動は一見舌鋒激しく迫っているようにみえて、しかしそれは表向きだけのことで、どうもゲストに媚びている印象を私は持ってしまった(でなきゃ、ゲスト出演なんかしないよな:女子アナが上智出身なので許したくなる、というのは全くの冗談ですが)。

 そこで話題となっていたのは、これは信教の自由に関わる問題で、とか、政治家と宗教の関わりの複雑さ(支援しますというのを政治家は無碍に断れない)であったが、いずれも詭弁で、じゃあいわゆる反社会的団体(暴力団)でも受け入れるのか、ということにもなりかねないわけで、支援団体との関係は政治家の「見識」が当然問われるわけだが、それを一般論で丸め込もうというのがキャスターとゲストの共通基盤に思えたわけだ[ただ、ゲストやキャスターの主張を垂れ流している日テレの「深層NEWS」(1時間番組)と比べて、短いながら視聴者の質問とか受け入れているはいい試みだ、と評価したい。辛坊治郎氏の頃の「深層NEWS」がなつかしい:https://friday.kodansha.co.jp/article/102173。そうそう国谷裕子さん時代のNHK「クローズアップ現代」も:https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_2874/]。雇われキャスターの彼らがもろ政権への忖度で降ろされたのは、いつだったでしょうかねぇ。安倍亡き後これも思い出すべきだ。

 ところで旧統一教会は外国の宗教であるとちらほら言われ出しているが、そんなこと言ったら、仏教だってキリスト教だって外来宗教だし、日本の大手のキリスト教なんかは海外からの資金援助なしには立ち行かない面もある。私がそれなりに知っている範囲だと、上智大学(カトリック)にしろICU(プロテスタント)にしろ前者はドイツ、後者はアメリカの信者からの大型献金で設備充実させてきているのだし。

 統一教会の場合は、まるで逆で、日本の献金が韓国に流入しているのだが。

 〇 2022/8/19 青沼陽一郎「もしかして岸田首相はまだ気づいていない?カルトの手法に嵌められた自民党:萩生田氏の統一教会施設訪問、リークしたのは「教団関係者」の意味を考えよ」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71455)

 〇 2022/8/24 青木理「恥をかき捨て走る保身」(https://mainichi.jp/articles/20220824/ddf/012/070/006000c?dicbo=v2-aebe36482a46ace2e655b71383c38b90)

 〇 2022/8/25 新 恭「統一教会との関係に開き直る萩生田氏と安倍応援団」(https://mail.nifty.com/mailer/pro/mailview.html)

 〇 2022/8/25 塩倉裕 「フランスの厳しいカルト規制」:その「過敏さ」が映す日本の「鈍感さ」」(https://digital.asahi.com/articles/ASQ8S061NQ8PUPQJ001.html?pn=9&unlock=1#continuehere)

 私のそもそもの研究対象は、初期キリスト教がローマ帝国内でどのように地歩を勝ち得てきたか、にあるのだから、創価学会や統一教会、オウム真理教などには当然興味も関心もある。万が一、このテーマに関心ある向きがいらっしゃれば、修士論文以来のかつての拙稿をお読みいただきたい(とりあえず以下参照:「「ディオクレティアヌスのキリスト教大迫害」勃発原因をめぐって(三)」『上智史學』41, 1995, pp.1-32, esp., p.8:本稿は以下から簡単に入手可能:まず、https://digital-archives.sophia.ac.jp/repository/view/repository/00000009510に行って、一番下のダウンロード、200000020454_000070000_1.pdfをクリック)。

 その箇所だけ添付しておこう。一行目下からどうぞ。

 学界的には、キリスト教とローマ帝国といったテーマを扱う研究者はあたり前のことだが、そもそも信者やキリスト教シンパとして予め「洗脳」ならぬ「洗礼」を受けていたりするので、私のような視点は彼らにとってきわめて心外・論外で、表だっての批判よりむしろ無言の内に黙殺されてきた印象すらある。誰しも自らの魂の深奥に土足で入られることには不快感を抱く。それは研究者とて例外ではない。何ごとによらず宗教信条に従って現実社会で生き抜くことは簡単なことではないが、それを一般社会人のほうはよく知っている。しかし研究者などむしろ頭でっかちの世間知らずなので、頑迷でやっかいなことこの上もないのが実際なのだ。

【追記】同じ新聞社の記事なのに相反する内容のような気がするのだが。

 〇 2022/8/25 鈴木琢磨「旧統一教会に忌避感なき韓国:日本と異なる政治や社会との距離」(https://mainichi.jp/articles/20220824/k00/00m/040/278000c?cx_fm=mailhiru&cx_ml=article&cx_mdate=20220825)

 〇 2022/8/26 坂口裕彦「旧統一教会、発祥地の韓国でなぜ話題にならない?「日本と違う役割」」(https://mainichi.jp/articles/20220826/k00/00m/030/004000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20220827)

Filed under: ブログ

コメント 0 件


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Comment *
Name *
Email *
Website

CAPTCHA