日系人ハワイ収容所

 私はこれまでアメリカ本土の日系人収容所のことを聞いてきていて(昨晩も消えた祖父の足跡を訪ねた日系3世の女性ジャーナリストの番組をNHKでみた:本土に日系人は12万人いた由)、いつも、肝心のハワイの日系人はどうだったんだろうと疑問に思っていた。余り多すぎたので強制収容はやれなかったという話を漠然と聞いていて、そんなバカな、野放しだったらオレなんか当たり前のようにスパイ活動やったはずだし、と思ってきた(開戦前に碇泊艦などの情報は絶対彼らを通じて日本側に流れていたはずだ)。その疑問を払拭する記事が毎日新聞連載の中に出てきて、積年のつかえがようやく取れた思いである。

「あの日、真珠湾で:歴史に埋もれたハワイ収容所「二つの祖国」はざまで2000人選別」

https://mainichi.jp/articles/20211207/k00/00m/040/183000c:但し、有料)。

 やっぱり16万人と余りに多かったので(当時の全住民の3分の1を占めていた:ついでに言うと広島出身者が多く、被爆者も多いと聞いたことがある。これは日本でひどい被爆者差別があったので親戚を頼って戦後に移住したのだろう。なお、行ったことないので今はどうか知らないが、共通日本語は広島弁だ、とも)、教師や僧侶など有力者だけ選別して2000名のみが、劣悪な環境下の収容所に放り込まれたのだった。ハワイ諸島だけで17箇所もあったそうだ。

 ここでも体験者は死に絶える直前の状況だ。記録の保存活動は日系のボランティアに依存している。

400人が収容されたオアフ島ホノウリウリ収容所:毎日新聞より
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