敗戦忌近し

 年中行事のようにマスコミが戦争関係の情報をまた流している。年寄りの私などからすれば今さらのものも多いが、特に若い世代への伝承という観点からはいいことだと思う。とはいえ、若い人たちはまたまた平和教育かと見る以前に食傷気味で見ようとは思わないかもだが。

 一昨晩は「マルレ:“特攻艇”隊員たちの戦争」を見た。どうやら海軍が震洋を作ったので、陸軍でもなんかしなきゃならんだろう、といった例のごとくの低レベルなライバル意識で、1944年に急遽策定された一人用の攻撃艇で、装甲なしのベニア製、自動車用エンジン搭載というお粗末なものだった。投入要員は徴兵以前の志願者からなる特別幹部候補生たちで、転用時には一応の志願確認が行われた由。そもそも本土決戦に備えてのもので、外洋航行を想定していなかったので、制海権が失われていた時期に遠くフィリピン等への配備(3000隻予定)はすでに無謀で、輸送中の喪失1300隻、戦死者317名におよび、しかもたいした戦果を挙げる間もなく(米軍の記録だと、震洋ともども損害は4艦程度)、米軍の対応策の餌食となり、フィリピンや沖縄戦等で海に出撃することもできず、砲撃で破壊され、あげく兵隊は地上戦に巻き込まれ、餓死者多数を出した、らしい。そもそも震洋にしたところで、航空機が不足して余った航空要員転用として構想されたらしい。https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/QNZ7ZKM8K7/

左、マルレ(船尾に装着した爆雷を反転時に投下・生還を期していたが、すぐに特攻兵器化);右、震洋(爆弾は船首に装備した最初から特攻兵器)

 費用対効果、いな人命対効果など無視した暴挙といっていいだろうが、それが優等の成績で採用された参謀本部作戦課員のやったことなのだ。優秀とはなんなのだろう。きっと彼らにとって自らを上級特権市民の証しとして、他を見下して認識する以外のものではなかったのだろう。

 昨晩は、色々の再放送があった。スペインでの情報収集工作をみた(たしか1988年作成:アナウンサーの声が昔風で若干声高)。そこでも、中立国だったスペインからの貴重情報を在スペイン公使あたりが中心となり収集し、スパイを米国に放ってのことだった。莫大な資金を投入してのせっかくの情報を生かさないで無視した参謀本部の見識のなさ、しかもすべて自軍の暗号は米軍に解読され筒抜けという大失態だったのだ。再びいう、秀才とはなんなんだろうか。

 戦後補償の問題のドキュメンタリーもあった。近代戦が総力戦(前線も銃後も区別なし)となって、非戦闘員も被災者となった。同じ敗戦国のドイツやイタリアでは戦災被害者への補償がわずかでもなされているのだが、日本では戦時中には戦意高揚のためその制度があったにもかかわらず、占領軍GHQによって軍人恩給ともども一旦は廃止されたが、1951年の独立後間をおかず軍人恩給は復活された。だが、あれだけ総力戦を叫んで国民の犠牲を求めてきたくせに、戦災被害者は未だ放置されてきている、というなんとも無残な内容だった。「空襲被害者救済:国家としてのけじめが必要だ」(https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20210708/pol/00m/010/002000c?cx_fm=mailpol&cx_ml=article&cx_mdate=20210815)。

 私に身近な原爆被災者たちは例外だったのだ。「第2次世界大戦は全国民が被害を被った戦争であり、米軍の空襲による被害は全国に及びましたが、広島、長崎の原爆被災者だけに「被爆者援護法」による、 特別に手厚い援護施策が実施されているのは、原爆特有の「放射線」があったからです」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/genbaku09/15e.html)。ほぼ死に絶えたところで、黒い雨訴訟を上訴しない決断をする首相の魂胆みえたり、と思わざるを得ないだろう。

 米軍による残留放射能隠蔽もあった。NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」(8月9日):https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23959

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