菜園の聖母教会と天正遣欧使節

 坂本鉄男『ビバ!』p.169-171を読んでいてみつけた。天正遣欧使節がらみでの新史実が1985年ごろ発見されて、そのエピソードの舞台となった教会が、トラスティベレにある「サンタ・マリア・デッロルト教会:菜園の聖母教会」 Chiesa di Santa Maria dell’Orto(私は行ったことがない)。

 どこにあるのかググって見たらやたら写真の多いブログに行き当たった。筆者(たち)は不明。「ローマの教会巡り19,サンタ・マリア・デッロルト教会」(https://luca-signorelli.blog.jp/archives/30123406.html)。教会の位置は有名なサンタ・チェチリア教会の背後(西)だった。

 イタリア語版ウィキペディアによると、2012年まで日本人カトリック国民教会il tempio di riferimento per la comunità cattolica giapponese di Romaだった由。これは知らなかった。おそらくこの関係が発掘され、その400年目にあたる1985年を機縁としてのことだったのだろう。ブログで遣欧使節の一人ジュリアーノ中浦の肖像画(2009年、三牧樺ず子作:彼はイエズス会神父となり65歳で殉教)が飾られているのもそのつてだと思うが、そもそも日本人信者そのものが少ないし、国民教会の件は上記ブログにも、若桑女史の著作でも付言されていないくらいだから知名度も今一だったのだろう、1985年の400年祭が過ぎ去って熱意もすぐに薄れてしまったと思われる。

 逆に、ジュリアーノ中浦を中心に紹介しているブログが以下。そこには遣欧使節とこの教会のつながりのエピソードもかいつまんで書いてある。http://bibitaro.blogspot.com/2017/02/santa-maria-dellorto-in-trastevere.html

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