西洋古代史の未来問題

 ある古代史関係の学会の月報に、2022年度から高校世界史が必修からはずされ、フランス革命以後のみ扱う「歴史総合」が始まるので、西洋古代史の今後を憂えている一文を読む機会があった。

 かつて私が所属していた史学科では、1、2年次の概説レベルの講義でも高校で日本史しか受講してこなかった学生にも西洋史や東洋史を選択必修としていたので、学生の戸惑いに接することがあったが、「山川の詳説世界史の教科書をざっと読みなさい」といった乱暴な指導をせざるを得なかったことを想い出す。まあ選択必修のためそれなりの受講生も得ていたこともあり、行く末に危機感も感じることなく過ごしていた。そして立場が変わって教職リタイア後に、この私のブログは、主軸は古代ローマ史関係のはずのところ、アクセスの頻度数としては、圧倒的に雑談レベルのもののほうが多いのが現実で、世の中の皆さんにとって、古代ローマ史なんかどうでもいい存在なんだな〜と痛感している身からすると(この点、一世風靡された塩野女史はとにかく偉大というしかないが、なぜなのだ?)、いまさらながら研究者がおたおたしているのも滑稽な感じがしないでもない。

 私の感覚からすると、中等教育において地球規模で世界史を論じる事ができる、ないし論じる視野が要求されるのはいわゆる「大航海時代」以後であって、それ以前の原始・古代・中世は、隣接文明圏との関係を踏まえながらの各国史レベル中心でいいようにも思われるので、今回なんで時代区分的にフランス革命以降なのかについてはまったく納得できないけれど、古代ローマ史なんか、大学に入ってから外国文学や語学、地域研究で必要に応じて学べばいい、また、そういった科目を目指している者は高校で世界史を選択しているはずとの判断なのだろう。

 いずれにせよ、従来西欧での古典語・古典学重視がそのまま輸入されてきて、これまで高尚さを売り物にしてきた経緯があるが、その西欧においてさえ古典語・古典学の重要性減退が著しい昨今、見直されるのは当然である。なにしろ第2次世界大戦以降の日本史すら高校で手抜き状況は問題と言わざるをえないし。

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