溶けてゆく記憶:痴呆への一里塚(43)

 もともと暗記力はよくないという自覚はあったが、このところひどくなっているなと思い出している。そろそろ身辺整理をと思い立って母からの遺産関係をまとめておいたはいいが、それをどこにしまったかすぐには思い出せなくなったのだ。以前だったらそれくらいちゃんとおぼえていることできたのに。いわゆる「失せ物探し」で膨大な時間と体力が必要になってきている。本だってそうだ。自宅の書架にあるはずのものがない。たいした書架ではないのに。大学に寄附したのかとオパック見てもない。また書架をみるが見つからない。古書店に処分した中に入っていたのかどうか、記憶はもうない。

 一件書類をひとまとめにして、没後にすぐわかるようにしておかなきゃと一念発起しだして半年経つが、それがこれではね〜。先行き不安。

 そういえば、視力が一段と薄くなってきて、煩瑣に眼鏡をとらないと見えなくなってもいる。これも不安材料には違いないが、こういう老化はしょうがないやと受け入れやすい自分がいる。

 なにか言うと、妻は二言目にはなんたら「ノートに書いといて」という。けれど、死亡後のどさくさでそんなノート、果たして探し当てたり、出てくるものだろうか。母の場合だって、「遺影はこれにして」といわれた写真があったが、それがどこに置かれているのか、未だ見つかっていない。結局、まだ元気だった頃、施設で誕生日に撮って頂いた普段着の写真を使った。私が記憶していた遺志はあったが、私の一存で変えた場合もあった。それなりの葬儀を期待していたようだが、こじんまりとした家族葬ですました(東京でお骨にし、広島で葬儀した)。生前、香典に関して「これまでのを回収しなさい」と言っていたが(半分は本音だったと思う)、私はご辞退させて頂いた。

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