科学者・野口英世の毀誉褒貶:飛耳長目(74)

 BS 4Kで「フランケンシュタインの誘惑(3)科学者野口英世」をたまたま途中から見た。朗読が吉川晃司であることは声質からすぐわかった(MAGI見た後だったし)。私も子供の頃の偉人伝で読んだ覚えのある野口英世(1876-1928)を研究者として見直そうという内容であったが、上昇意欲が激しくそれで顰蹙をかっていたということはなんとなく聞いていた覚えがあったが、彼の研究のほとんどは誤りであったという件については、初めて知った。

 あとからウィキペディアで彼の項目を読んだら、これはもう色々の意味で突拍子もない御仁であった。完璧な人間なんていないと断じている私ではあるが・・・。研究者としては、理化学研究所研究員だった小保方某女史の論文偽造騒ぎから6年経ったが、まるでその先駆者であったかのようで、今風にたとえていうと「細菌」学者だった彼が「ウイルス」と格闘してお門違いを重ねていく、そんな印象を私は持った。これで万一ノーベル賞を受賞していたら今頃はと、空恐ろしくなってしまう。

 人間的には「人たらし」に長け、借金を重ねて女郎屋での「放蕩」三昧で浪費する繰り返しで、性格破綻者以外の何者でもない。偉人伝の彼とは似ても似つかぬ実像だ。

 こんな人間をよくもまあ国家的な偉人を飾る切手や紙幣の顔に使ったものだ。知っててやったのなら、私には、以前書いたイタリア・リラのかつての最高紙幣に採用の、殺人犯でお尋ね者のカラヴァッジオ並の快挙・壮挙に見えてしまうのだが、はたして使用者側の国民の皆さんはどこまでご存知なのやら。

 とまあ、理系の研究業績では時が来ればいずれ黒白がはっきりするわけだが、文系はそうはいかないけれど、彼の、自分に都合のいいデータだけ採用して、他者からの批判を検討しない姿勢を踏襲することだけは避けるべきである。しかしこのけじめを遵守することすら、新分野開拓に挑戦するアグレッシブな(功名心に富んだ、情報発信に積極的な)研究者にとってなかなか難しい。彼らのようなメンタリティの持ち主がいないと、研究は先に進まないのも事実だし。実はデータ改竄や盗作は科学史の偉人とされて教科書にも載っているガリレイもニュートンも、ダーウィンもやっていたことであるらしい。

 理系での不正論文問題が火を噴いている現状の中で(「これまでに約2000本の不正論文を見つけました」:https://www.editage.jp/insights/i-found-about-2000-problematic-papers-says-dr-elisabeth-bik;https://www.saaaj.jp/public/books/books2015_03_1.pdf)、その中で文系の論文捏造は珍しいとされているが(「日本が世界トップの論文不正大国になってしまった理由」:https://diamond.jp/articles/-/213446)、私の分野のように研究の主戦場が欧米にある場合、実は根源的に横を縦にしてのコピペ・盗用問題が内在していることを見逃してはならない。オリジナル研究には時間と費用がかかるが、そんな研究をしていては就職もできず消えていかざるをえない現実の中で、無駄と分かっていても駆け出しの若手は研究論文を乱作せざるを得ない、という構造的問題が存在する。

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