追悼・半藤一利氏

 日本現代史で、オーラルヒストリーを駆使しての明快な語り口で、私は彼が好きだった。2021年1月13日自宅で倒れていて死亡が確認された由。享年90歳。戦後のその当時タブーだった軍事史を扱っていたこともあり、彼は「保守反動(半藤)」と言われていたらしい。それが立ち位置的に左翼とみられるようになってきた。それほど世の中の動向が右傾化してきているともいえる。彼を見ていると長生きすることの有効性を感じざるをえない。彼のひそみに倣って、私などできることは少ないが、せめて「古代ローマ史探偵」として余生を送りたい。

1930-5.21-2021/1/12

 彼への追悼文の中で感銘を受けた彼の言葉は多いが、ここでは以下を紹介しておく:「(戦時中の新聞は)沈黙を余儀なくされたのではなく、商売のために軍部と一緒になって走った」(https://www.tokyo-np.co.jp/article/79716)。最近のマスメディア然りではないか。

 また保阪正康と一緒に元陸軍参謀・瀬島龍三に取材した後、「瀬島がうそをつくときの顔、わかるか?」と言った由(https://digital.asahi.com/articles/ASP1G5KMWP1GUCVL017.html)。多くのインタビューの経験から彼にはそれがわかっていたのだ。肝心なのは言葉ではなく、音声であり表情なのだ。人間は平然と嘘をつける存在だ。体験者は実際の万分の一も述べたり書き残していないわけで、それを声、表情の変化で真贋を見きわめる、これがオーラル・ヒストリーの醍醐味であろうが、しかしそれを文字化した途端、肝心かなめなものがこぼれ落ちてしまうのだ。このメカニズムを周知してでのオーラル・ヒストリーであってほしいが、実際にはどうだろう。逆に見ると、ほとんど文字情報のみに頼らざるを得ないのが古代史の致命的弱点であるが、研究者が行間をどこまで読み切るか、が見どころとなる。実にあぶない営みではあるが。とはいえ、しっかり実証性(自称!)を追求すればするほど、中身がすっからかんの空疎な言辞の羅列に終わるのだ。

 ググっているうちに、彼が自らの3月10日の体験を語っている以下を紹介した動画に遭遇。「猛火に追われて川で溺れる」(2005/3/10:https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001240071_00000&seg_number=001&utm_int=detail_contents_news-link_001)。

 NHKアーカイブのこのシリーズ「あの日 昭和20年の記憶」には色んな著名人が7分程度だけど体験談を語っていて、一見(視聴)の価値ありとおもう。なぜか無料。15年前の録画だから、語り部のほとんどがすでに鬼籍に入ってしまっている。こういう営みも貴重である。

 彼が書いた絵本『焼けあとのちかい』大月書店、2019年、を読んでみたい。すでに品薄らしいが、再版してほしい。

2021/2/5にやっと届いた。残酷な絵はないが、九死に一生の体験は十分伝わってくる

【追記】 ご夫人と保阪正康氏のコメントが出た。https://mainichi.jp/sunday/articles/20210215/org/00m/040/004000d;https://mainichi.jp/sunday/articles/20210215/org/00m/040/003000d

【追記2】死後半年で、以下のようなコメントが出てきた(2021/8/16)。筒井清忠「半藤一利氏による「新しい2/26観」を検証する」(https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23780?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=20210816)。

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