本ブログの初心に帰りたい:痴呆への一里塚(40)

 このブログを始めたのは、自分のささやかな研究の落ち穂拾い、みたいなことからだったが、なんだか最近は誰でも書ける爺(じじい)放談」、もとえ時事放談が主となってきているような気がして、我ながらすっきりしない。

 実は、公開していない研究内容の「下書き保存」はそれなりに幾つもあるのだが、まあ他人様にお見せするだけの練度に至っていないというわけだ。しかし、いわばこの現象自体が、ひょっとすると私の気力の衰えの現れなんじゃないかと、ちょっと後ろ向きになる昨今ではある。

 そんなとき、20日ほど前来年の某学会大会発表の追加募集(但し、小シンポは古代・中世史のみ:やっぱりこの分野が低調か)がメールで舞い込んだ。自分なりにおもしろく、学界的にも意味あると思ってるテーマがないわけではないので(ずばり、あるのです!)、やっちゃおうかと一瞬思い(私の場合、自分を追い込むのがカンフル的な刺激になるし)、嫁さんにそう言ったら、彼女の分野でも、90歳の先生でまだおやりになる人がいてねえ、と迷惑そうに返されてしまった。

 理系とちがい、文系は歳取ってからこそという思いもあるのだが。幸い私には付き合ってくださる読書会参加者の人たちがいて、そこでの発表準備だけでも相当な時間を費やし、またそれは私には十分楽しい作業なのである。そこだけの発散でも十分なのだが、若手に元気がないのなら、彼らの進出を邪魔するわけでもなく、場を盛り上げるまではいかないにしても、学会大会の隙間ふさぎになるだけでもいいのじゃないか。これで萎えてしまったら、それこそ老化現象なのかもしれない、と思いつつ、追加締め切りは12月20日、まだそのメールは消さないでいる。

 リタイア時に私が設定した、健康寿命ならぬ、研究寿命は75歳。もうあと2年しか残されていない。発表者埋まりましたかと聞いてみようかしら。でも、よくよく考えたら、あの学会、わたしゃ2018年に口頭発表やってるんだよね。たしかあの時も追加募集だったと思うけど、出身研究室主催だったし、枯れ木も山の賑わいで。

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