社会運動と性暴力:飛耳長目(67)

 人間の恥部に目を塞いではならない。毎日新聞のデジタル版「女性を踏み台にするデモはいらない:社会運動内での性暴力に抗議相次ぐ」(http://nml.mainichi.jp/p/0000066d75/3623/body/pc.html)に触発されて、ツイッター「すべての馬鹿げた革命に抗して」(https://twitter.com/agstsexism_jp)に行ってみた。思いのほか地味な造りだった。

 それによると、セクハラは9割体験しているが、暴力沙汰は6割で、さてこれは一般社会常識からみて多い方なのかどうか、データを持ち合わせていない私にはわからない。

 大義名分が本能の前に無残に敗北している現実は、連合赤軍の例を出すまでもなく、どこの世界でもある。キリスト教会にだってある。声を上げる勇気には敬意を払いつつも、でも本能レベルの問題なので、なくなりっこないんだよね、と思ってしまう私がいる。

 私が学生時代、全共闘(我が大学ではその内実は中核派だったが)に占拠された大学本部の壁新聞に、女性運動家によるものと察せられる「私たちは御三どんをするために闘争に参加しているのではない」といった趣旨が貼り出されていたことを記憶している。今となっては写真に撮っておけば良かったと悔やまれるが、やっぱりそうか、と思ったことである。

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