映画「ペンタゴン・ペーパーズ」再見:遅報(52)

 ケーブルでやっていたのでまた見てしまった。2017年アメリカ映画。アメリカは泥沼のベトナム戦争中の1971年、といえばもう50年も昔の事になる。

 当時の大統領といえは、あのニクソン。ベトナム戦争を調査した最高機密文書が内部告発で露見する。それを自社でも公表するかどうか。夫の自殺で地方紙ワシントン・ポストの社主になったばかりの主人公は、政府を敵に回し経営危機が予想される中で苦悩する。経営を考えるなら掲載すべきでない。彼女は素人故に理想論を選択し公表を結論し、幸運にも最高裁の判断もマスコミ側支持で勝利できた。

 一見アメリカの理想主義の勝利を高らかに謳っていて、さながら「半沢直樹」風爽快さにつながるわけであるが、その誘惑から踏みとどまって考えてみれば、そんな素人っぽい理想論がまかり通ることなど現実にはありえないわけだ。ここを間違えてはいけない。極めて稀な勝利だったからこそ雄々しいドラマになりえるのである。国中に蔓延していた厭戦気分が最高裁判事の9名中6名の判断をそう狂わせた、という深掘りこそが問題の本質だったはずだ。

 現実のアメリカでは、権力の事実隠蔽などありふれた出来事で、闇から闇に葬られた理想論の屍は無数に存在していた。そしてそれはまた現在でもそうなのであり、権力の横暴など日本の専売特許ではないのである。それを、一貫してベトナム戦争の無意味さを立証している機密文書そのものが証明しているわけである。

 この後日談が1976年の映画「大統領の陰謀」、すなわちウォーターゲート事件(1972年)となるわけだが、それを暴いたのもワシントン・ポストの記者だった。そして1973年米軍の完全撤退となる。あれこれの不祥事で追い込まれたニクソン辞任は1974/8/9(なんとおいら27歳の誕生日! 今回初めて気がついた)。

 

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