映画「マンディンゴ」・「アンノウン・ソルジャー」:遅報(51)

 昨日、久々に出かけて五〇人規模の講演をして疲れ果てた。夕食後爆睡して夜中に起きて、結果的に続けざまにケーブルテレビで映画を2本みてしまう。

 最初のは(1975年)、名作と言われる「風と共に去りぬ」(1937年)をパロディ化して喧嘩売ったもので、初演当時は業界から抹殺されていたものを、鬼才タランチーノが発掘した、といった解説がなされていた。アメリカの恥部、黒人を家畜として扱っていた差別の実態をえぐったものだ。今でもアメリカの現状には驚かされる昨今であるが、しかしまあ、古代ローマでもそうやって利殖対象でご主人様が奴隷女に種付けし(御自らの場合も当然ある)、子供産ませて売買していたのは公然たる事実であるので、私的にはそう驚きはしなかったのだが、さて平和ボケの若者たちにはどうみえているのだろうか。

左は、シロしろ、右は、クロしろとしろクロ、という仕儀

 後者の副題は「英雄なき戦場」(2017年)。前者が終わってチャンネル回していたら聞き慣れない言語が聞こえたので手が止まった。フィンランド映画。かの地の、第二次大戦でドイツと同盟を結んでソ連に抵抗していた時期の、負け戦連続の中で、家族を背負っている市井の庶民の召集兵が次々と倒れていく苛酷さが心にしみる。それほどまでにして祖国は守るべきものなのか、いや家族を守るために闘うのだ、と。それにしても最前線に到着したばかりの若い新兵が塹壕から不用意に頭を出してあっという間に死んでいく。無残、無念である。私の叔父もノモンハンに行ったらすぐに戦死したそうなので、これは他人事ではない。

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