ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」を見た:遅報(48)

 ケーブルテレビ501チャン日本映画専門チャンネルで初めて見た。三上智恵・大矢英代監督「沖縄スパイ戦史」(2018年)。このチャンネルでは最近鶴田浩二がらみの特攻なんかの戦争映画を延々とやっていて、だがそれはまったく見る気にならなかったが、今日は見た。そのさわりは、2分あまりにすぎないが「予告篇」(http://www.spy-senshi.com)でも見ることができるし、三上智恵『証言沖縄スパイ戦史』集英社新書、2020/2(なんと総ページ750!);大矢英代『沖縄「戦争マラリア」:強制疎開死3600人の真相に迫る』あけび書房、2020/2,なども出版されている。

 このドキュメンタリーの見所は、日本軍の同胞のはずの島民への虐待、捨て石作戦についてはこれまでもよく述べられてきたが(背後に、明らかな沖縄差別がある)、住民が堅く口を閉ざしてきた事実として、住民の中での相互監視・密告の残酷さ、それを立案実施したのが陸軍中野学校出身者で「潜入派遣」されていたスパイ(実名も明記されている)による現地秘密戦で、住民のマラリア汚染地区への集団移住の強制、先兵として15歳前後の「少年護郷隊」結成と利用、などなどであるが、それ以上に、私に衝撃的だったのは、この沖縄戦の悲惨さは本土決戦でも軍は当然平然として行うはずだったし(それ用に中野学校出身者が各地に派遣されていた由)、うかつにも知らなかったが、現在の自衛隊においても教範「野外令」(なんと、2000年策定)というものがあり、そこでは沖縄戦と同様の作戦が述べられている、ということであった(https://ja-jp.facebook.com/notes/makoto-konishi/陸自教範野外令による離島尖閣など防衛作戦全文を暴く/802570186485937/)。

 軍は住民を守らない、むしろ労働力の提供、食料・医療品等の調達での利用以外、軍にとっては足手まといな存在である、兵士は自分の身を守るだけで精一杯、軍隊とは実は国民を守る存在ではない、という認識はこうして昔も今もそのスジでは奇しくも通底しているわけである。そう言われてみれば、私が軍の当事者であれば何の違和感もなく確かにそうするであろう。そしてそれはサイパンをはじめとする南西諸島や満州各地でその通りのことが起こった(いわゆる外地だからという甘い考えがかくいう私にもこれまであった)。それは空恐ろしい現実に違いないが、そういう行動をとらなくてもすむためには、戦争を二度と起こさないことしかない、という理論的結論となる。ここでも体験者は次々に亡くなっている。もとよりこんな話題に興味をもたない現代の若者にどう継承していくか、本当にしんどい話ではある。

 今、同じチャンネルで続いてNHKスペシャル「沖縄戦全記録」(2015年)が放映されていて(https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150614)、こっちは現在オンラインで見ることができるが、衝撃度においてかなり薄い。それだけ前者が成功しているわけだが、それは現地での生存者たちの重い口を開かせた結果である(実際には、現地沖縄ではすでに相当の研究がなされており、ただ当事者がまだ生きている場合、お口にチャックなのだ)。その意味で、取材者の声も入っている映像はそのままで民衆史におけるオーラル・ヒストリーのお手本といっていいだろう。

 こんな証言もある:「日本兵による日本兵の殺害を証言した98歳「やり残したことがある」」(https://news.livedoor.com/article/detail/13458503/);「「僕は日本兵を殺した」:元米兵が最後に語った「もう一つの戦争」」(https://mainichi.jp/articles/20200810/k00/00m/040/188000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20200811);「米兵もむせび泣いた硫黄島の激戦、75年前の傷癒えぬ元兵士は語る」(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/20/021800010/)。当たり前のことだが、当事者に与えた傷口はいつまでも癒えはしない。疼くのだ。

【追記】以下が届いた。NHKスペシャル取材班『少年ゲリラ兵の告白:陸軍中野学校が作った沖縄秘密部隊』新潮文庫、2019年(原著『僕は少年ゲリラ兵だった』新潮社、2016年:放送はアニメ仕立てだった由で、そっちも出版されている)。その後書きに、沖縄の北方の最前線で戦った少年ゲリラ兵の取材をしていたとき、インターネットでISの少年兵をみて…という下りがあった。

 いずれにせよ彼らは幼心に洗脳教育(教育は洗脳に他ならない)されて、命令されたら顔なじみの仲間も殺したわけだが、そこで私が想起したのは、20歳を超えていた連合赤軍のリンチ事件のことだった。学歴や年齢は関係ない、同じだ、彼らが異常なのではない、大義名分があれば人は何でもやってしまう。もちろん心の傷にはなるだろうが、「あの状況では仕方なかった」のだ。正直に言おう、偉そうなことはいえない、私もやってしまうに違いない、と。いや、似たようなことやってきているよな、と。

【追記2】昨晩、「野火」(2014年)を見た。これは大岡昇平作(1951年)の二回目の映画化で、塚本晋也監督・主演の、フィリピン・ロケしたカラー版。リアリティたっぷりの残酷シーンの連続。最後頃の腕の細さはどうやったのだろう。初回は市川崑監督の白黒で(1959年)、あの船越英二(長男が俳優・英一郎)が目だけぎらつき面変わりした役作りには脱帽だったが、当事者がまだ生きていた時代の問題作で、そこでは結局主人公は人肉を食べられなかった設定に変えられているのも、救いがない話なので、なんだか分かるような気がする。この戦争の日本人戦死者の60%強は餓死であったという統計があるが、その対極で司令部や高級武官は安泰だったらしい(https://news.yahoo.co.jp/byline/dragoner/20181110-00103615/)。

新旧の「野火」主人公
餓死では死者も浮かばれまい

 保坂正康が書いている。「高級参謀をはじめ、日本の職業軍人とは何者だったのでしょうか。英国は階級社会ですが、国を守るという点では王族・貴族もありません。戦争で死ぬということについて、平等性がある。戦争に貴賤(きせん)なしです。・・・ ある陸軍大学校出身の元参謀には「息子を入学させるなら、陸大だよ」と言われました。彼の同期50人ほどのうち、戦死は4人だけだったそうです。エリートは前線に行かず、戦争を美化するんです。」(https://mainichi.jp/articles/20141024/mog/00m/040/003000c;https://bunshun.jp/articles/-/38922)

 こんなのもあった。「アメリカ人捕虜を殺してその肉をたべた….”凶気の宴会”が行われた「父島事件」とは:なぜ日本兵は”人肉食”を求めたのか」(https://bunshun.jp/articles/-/39584);「昼食後に姿を消した3人の日本人捕虜…シベリア収容所の”人肉事件”はこうして始まった:シベリア抑留「夢魔のような記憶」」(https://bunshun.jp/articles/-/39621?utm_source=news.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink)。

 はたして日本人は民度が高いのであろうか。国民が戦勝に浮かれてしまい(日露戦争講和時に似た状況あったなあ)、それが軍部を否応なく先に進めさせてしまった、という話もある。軍部も輪をかけて民度が低かった、というべきだろう。そして今もそのようだ。

Filed under: ブログ

コメント 0 件


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Comment *
Name *
Email *
Website