続・死の訪れかた:痴呆への一里塚(28)

風太郎氏の本の続きである。

 64歳:伊藤整は日記に死までにまとめたいテーマを書いていた。それを風太郎氏は「妄執」と言い切る。

 「人は死に臨んで、多くはおのれの「事業」を一片でも後に残そうとあがく。それがあとに残る保証はまったくないのに。ーーーこれを業という」(第二巻、p.432)。私にとっても辛辣な言葉だ。だが、と思う。これはそのまま自分にブーメランとして帰ってくる刃ではなかったか、と。物書きの「業」を人並み以上に彼は感じていたはずではないか。

 ひるがえって、凡百の庶民は最期を意識したとき、どうあがくのだろうか。風太郎氏のこの本にはそんな平凡な人たちのあがきはでてこない。いや、我々はえてしてスポットライトを浴びたその瞬間で、華々しく語られることが多い著名人をイメージするが、一皮むけばオレたちと同じなんだ、と読者に安心感を与えているのが、この本の持ち味なのかも知れない。

 我が国の西洋史家で挙げられているのは、今のところ、上原専禄のみを見つけえている。彼は、消息を絶って四年後の1975年10月に76歳にして京都で隠棲死していて、死後三年八か月後に朝日新聞が発見して記事にした。60年安保闘争で友人に裏切られての大学等公職を辞職、妻の死による遁世だったとはこの書で初めて知った。

 彼の著作集は、娘弘江と評論社・編集者・竹下春信の手で1987年から2002年までに全28巻中20巻が出たが、そこで途絶えた。

 ともかく、かっぱえびせんと同様クセになってつい読んでしまう。

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