NHKスペシャル「戦国:激動の世界と日本(1)秘められた征服計画」:遅報(43)

 ウェブ検索してみるとこれって5月放映の再放送らしい。例のごとくたまたま見たので、途中からなので肝心の新発掘資料ってなんなのかが分からなかったが、7/1 午前0時30分から50分間またまた再放送があるようなので、見直そうと思う。というのは、ちょっと考えていることがあって、古代ローマ史との類似現象として、いずれフィリピンを拠点にしたイエズス会の対日戦略についてまとめてみたいと思っているからだ。

 登場している研究者がポルトガル系なので、そこからイエズス会宣教師の宣教報告が発見され新事実が分かった、ということなのだろうか。だとすると、イエズス会士の報告ならローマのイエズス会文書館(テロップにも協力機関として名前が出ていた)に本物が、そして上智のキリシタン文庫にもマイクロフィルムだっけですべてあることになっていたのだが、新発見が本当ならものすごく興味深い。

 番組を聴いているとスペイン・フィリペ2世は、中国征服のため日本の軍事力を利用しようという世界戦略を構想、他方で信長や秀吉は西欧の武器を国内平定で利用しようとした、という両者の思惑が緊張をはらんだ微妙なバランスのなかでの「蜜月関係」の破綻も目前だったが、1582年の本能寺の変での仕切り直し、1598年9月13日フィリペ2世の急死、その5日後の9月18日に秀吉も死亡して、頓挫する、とここはなかなか目の付け所がいい。このテンポの良さに素人の私はつい乗せられてしまう感じすらした。

 番組では明確に言及されなかったが、ひょっとしたらフィリペ2世の世界戦略を忖度した宣教師が中国征服を秀吉に教唆したとも取れる内容で、だが出兵を決めた秀吉の方も抜かりなく、朝鮮出兵の先陣にキリシタン大名をあてて、キリシタン勢力を削ぐ陣立てだった、というのは面白い着眼点だと思った。そういう視点で派遣武将たちを見たことが私にはなかったからだ。となると関ヶ原への遠因は秀吉だったのに三成に怨嗟が注がれてのことにもなりかねない。しかしこの説もすでにウィキペディアで言及されているので、それが「新史料」で立証されたのであろうか。

【追記1】再(々?)放送を見た。結局、ローマのイエズス会文書館で「特別に見せてもらった宣教師の極秘文書」という触れ込みだが、あそこの文書はしかるべき手続きすれば誰でも見ることできるので、NHKさん自分たちは特別だとあまり偉そーに言わないほうがいい。現地仲介エージェントの経費上乗せを求める口車に乗せられての事だとは思いますが。

 挙げ句、新発見は今回調査したという信長の鉛製銃弾のみのようだが、しかし従来の国産品ないし武田側の銃弾の分析はなしでの一方的なお話で、私にはまったく「???」である。当時日本では銃弾の原料にタイ製の鉛を使用していたという話ならばわかるが、そもそも出土地点からあれは信長方の銃弾で、信長側のみそれを使っていたと言われても、そこが信長方の陣地だったら逆に武田方が打ち込んだ弾だった可能性のほうが優ってるだろ(逆も真なり)。なんだか立証方法がやたら安直な感じが。そして素人談議で申し訳ないが、硝石の入手の方が決定的だったような気がしてならないのだが。(すでに2017年に情報あり、本も出ているようなので、それを読めば氷解か。でもわが図書館には入っていない:https://digital.asahi.com/articles/ASK1L5TCHK1LOIPE024.html)

長篠合戦図屏風(部分):ここでは柵の前で撃っている

 ということは、従来知られていた宣教報告書簡を、これまで多くの日本人研究者がイエズス会に遠慮して知ってて触れなかったり、触れても学界的に無視されてきたものを、ポルトガル=スペイン・エージェントとしてのイエズス会宣教師の役割を主軸に位置づけ直したにすぎないようにしか私には思えなかった。これまでイエズス会の宣教資金源を追求されてきた高瀬弘一郎先生の業績読んでるのだろうか。五野井隆史・岸野久氏だったらどういう感想を漏らされるだろうか。登場して解説していた研究者二人がポルトガル人だったので、彼らの研究成果に飛びついたということなのだろうか。

 宣教師に二面性あることは従来からも言われてきたことで、まあ負の面だけを切り取ってこうやって取り上げられると、「ちょっと違うんだけどなあ」と言いつのりたくもなるが、従来自分たちに都合のいい正の面だけ宣伝してきたイエズス会的キリシタン研究に一矢報いるという意味ではたいへん結構なことだと思う。たとえるなら、高度経済成長期に(だけではないが)、日本人商社マンが発展途上国で資源を買い漁り、メイド・イン・ジャパン製品を売りまくっていたことをどう評価するか、という感じ。あれだって経済的植民地主義なんだから。そして、ドラマ仕立てに誇張はつきものだが、実は宣教師と権力者の間には必ず通訳(多くの場合、未熟な)が介在していて、これが微妙なニュアンスで双方に疑心暗鬼と誤解を増幅させた情報を(ある場合は,意図的に)流しているという事実はまったく捨象されているのだから、始末が悪いわけだ。そこまで踏み込んだ史料批判の徹底が求められるゆえんである。

 それにしても、宣教師と信長が互いにまだ利用し合っていた蜜月時代に、突然本能寺の変が、ということで、これで一時もっともらしく流布していた「イエズス会による信長暗殺陰謀説」は完全に根拠を失ったといっていいのだろうか。

【おまけ】この再放送の前に、骨が筋力・記憶力・精力・免疫力の源泉だ、というタモリ番組の再放送もあって、つい見てしまった。パソコンに向かって座ってるのを止めて、足に衝撃を与えるために歩かなきゃ、と思わされはしたものの、実践はしないような気がしてる・・・。こっち情報は「遅報への一里塚」でした。

【追記2】小和田哲男・宇田川武久監修・小林芳春編著『「長篠・設楽原の戦い」鉄砲玉の謎を解く』黎明書房、2017年、を古書で入手してザッと読んだところであるが、現地に密着した地元の郷土史家たちの30年間の地道な調査や鉄砲保存会の実射体験をふまえての周到な成果が覗える内容であった(テレビ放映の杜撰さとは対極)。とりわけ、発見鉄砲玉(鉛製36、銅製8個:母数が少ないのがどうも・・・)のうち、鉛製の70%が国産で、テレビで言っていたタイ製鉛玉はたった12%にすぎず、渡来品として朝鮮・中国製もそれ以上の18%占めていたことは興味深い。他に、散弾が広く使われていたこと、それから鉄砲玉素材の多様性には驚かされた。

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