歴史上の人物の実像:遅報(40)

 今から16年前の、2004年のNHK大河ドラマは三谷幸喜脚本の「新撰組!」で、主演の近藤勇に香取慎吾(当時27歳)、土方歳三に山本耕史(28歳)を配していた。私はどうしてこんな若僧が近藤や土方をやるのか最初全然理解できなかった。若いファンに媚びを売って視聴率を獲得する戦術なんだろうと思ったが、調べてみると、近藤は1834年生まれで満33歳で処刑死、土方は1835年生まれで34歳で戦死している。ついでに言うと、坂本龍馬は1836年生まれで31歳で暗殺されたが、これは知っていた(配役は37歳の江口洋介)。要するにそれまで年上の役者たち(片岡千恵蔵・嵐寛寿郎・三船敏郎・ビートたけしら、いずれもおおむね50歳以上:例外は栗塚旭29歳)が彼らを演じていたこと、それに近藤の恰幅のいい写真などの印象で、私のほうが誤ったイメージを持たされていたわけで、三谷の脚本が年齢という一点で史実に近いという斬新さに納得させられてしまった(勿論、他はフィクションだらけだったが)。

近藤32-4歳ごろ:土方33-4歳ごろ

 それで気になってちょっと彼らの身長をぐぐってみた。もちろん諸説ある。当時の日本男子の平均は158〜9cmのところ(どういう根拠で平均なのかは私には不明であるが)、近藤は164cm、土方は167cmで、平均よりはかなり高い。意外だったのが高杉晋作(1839年生まれ29歳で結核死)で、平均よりも小さかったようだ。どこかで読んだ記憶があるが、長い刀を引きずって歩いている感じだったらしい。下の左の写真でもつま先立ちで写っている。伊藤博文は158cmで、小柄とされていた勝海舟が156cm(別説では5尺=151.5cm:徳富蘇峰『蘇翁夢物語 わが交遊録』中公文庫;これじゃあ173.5 cmの福澤諭吉とははなからソリ合わないよね)。なので晋作もこのあたりかと。ただ、この数字、はたしてちょん髷での高さなのだろうか。そうだとすると、実際よりちょっとゲタ履かせていることになる。そして、高杉にしても勝にしても、目覚ましい胆力を発揮したのも小兵ゆえだったような気がしてくる。身体的劣等感をバネにして自分を大きく見せるためである。ちなみに、香取君は公称182cm、耕史君は179cm。

右の写真、中央が晋作、右が伊藤博文
咸臨丸乗船時:左から勝、赤松大三郎、小野友五郎

 いずれにせよ、こういったことが分かるのは近現代で写真や衣服といった身長想定が可能なブツが残っているからで、古代ローマ史となると、さてどうなることやら。ちなみにアウグストゥスは「背丈は低かった。もっとも解放奴隷で記録保管係ユリウス・マラトゥスは、5ペース9ウンキアあったと伝えているが」(スエトニウス「アウグストゥス」『ローマ皇帝伝』、II.79)との文書史料が残っている。即ち、公称で169.7cmということだが、どこまで信じていいのやらはなはだ心許ない。同書73ではご丁寧に「靴は実際よりも背を高く見せようと、心もち踵を高くしていた」とまで書かれているし。発掘結果から当時のゲルマン人の平均身長は172cmで、ローマ人のそれより約20cm高いという一般論を信じるなら、「背丈は低かった」とわざわざ明記されているので、せいぜい152cm程度の、そのうえ虚弱体質の持ち主だった(76-83)のが実際の所か。彼は、18歳でカエサル(54歳で暗殺死)の相続人・養子になったが、当時まったくの無名で、キケロ(62歳)やアントニヌス(38歳)たちに「小僧puer」「阿呆stupidus」呼ばわりされ相手にされず、またカエサルの遺産もアントニウスに奪取され、深く怨みを胸に刻み込み、のちにねちねちと冷酷な復讐に走る(10-16)。

若い時のアウグストゥス:いかにも神経質そうで根に持つタイプか

 他方でスッラやカエサルは180cmあったという数字もあるらしいが、私にはこっちも即座に同意しがたいのだ。後3世紀末の徴兵検査で、5ペース10ウンキア=172,3cmが記録されており、4・5世紀の徴兵検査でもそれが必要とされてたようだが(拙稿「<大迫害>直前のローマ帝国とキリスト教:殉教者伝叙述を中心として」『キリスト教史学』31, 1977, p.7)、この数字、私にはかなり高めの身長に思えてならない。ひょっとすると検査官がにたにた笑いながらこの数字を発することは「合格!」と同義語だったのかもしれないな、と最近考えるようになっている。

 日本人の某有名タレントは公称176cmだが、シークレットブーツ着用疑惑が囁かれ、並んだ写真の他との比較から168cmでは、との噂が絶えない(同じグループメンバーに、170mや165cmもいたのに、気にするのかあ)。あれだけ衆人環視の現代のタレントでさえ8cmさば読んで通用するのが事実なら、古代ローマ時代に兵士より頭ひとつ抜きんでた偉丈夫が英雄であれば、実際より大きな印象で捉えられることは十分ありえるからだ。

 実像と虚像、実際よりも大きく見せたい側と、そのウソを暴こうという側の攻防のはざまで、英雄という一点で思わず知らず虚像を受け入れて疑わないのが、私のような凡人の常であろう。現代の有権者は選挙で身長ある政治家を選ぶという一般論があるそうだ。興味ある人は以下をご覧あれ。ちなみに角栄は164cm。私にとって意外だったのは口をひん曲げてこましゃくれたイメージの麻生太郎が公称で175cmもあることでした(実際は4㎝短いという説あり)。https://ameblo.jp/take4648kish/entry-12397131197.html

 その後、山本五十六と米内光政がらみで面白いデータをみつけた。海軍士官は高身長でかっこいい人が多かったらしいが(狭い船内では短躯のほうがいいはずだが、士官は別か)、山本は159-160cmでそう高くなかった。米内は公称で180cmあったことになっているが、どうやら173cmくらいだったようだ。近衛文麿は180cm。

左、米内と山本;右、米内と中央が近衛

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