真相やいかに:ロッキード事件をめぐって

 私がなにかを考えることができるほど物心ついて以降だけでも世間を騒がした大事件に、1968-9年の大学闘争、1976年のロッキード社の疑惑事件(以下、「ロ社」「ロ事件」と略称)、1989以降の一連のサリン事件、1991-3年のバルブ崩壊、2011年の東日本大震災、そして止めとして今回のコロナ騒動、などなどと枚挙に暇ない。そのうち実際に多少関わった大学闘争関係については、このブログですでに触れている(2019/5/17「一万年後に想いをはせてみる」:遅報(7);2019/12/10「人はなぜ体験を書かないのか、否、語り始めるのか」:遅報(15))。だが私にとってあとはすべて間接情報にすぎないので、同時代といっても単なる傍観者である(東京サリンの場合、たしかその1週間ほど前に学振関係の会議で霞が関に地下鉄で行っていたので、これがちょっとずれれば、私も被害者になったかもしれなかった)。ただ、1968年の三億円事件や、1984-5年のグリコ・森永事件といった事件の場合、ある意味単純な犯罪である。そうでなくて背後に政治的な思惑・巨悪・魑魅魍魎がうごめいていると、問題は複雑になる。その代表例は断トツでロ事件であろう。政財界に、法曹界をも巻き込んだ一種の国家的隠蔽事件と思われるからである。

 現在進行形の安倍政権でも手前勝手な法のねじ曲げが顕著で、見え透いた稚拙な手法でそれがまかり通っているのをなんとも歯がゆく感じているのは我々無告の民の共通体験であるが(但し、本当にそれが彼の指示によるのかどうか、個別的に冷静に判断すべきとはいえ)、時間が秘密を知りえた人々を消し去って迷宮入りとなるはずのところ、どういう拍子か当事者が重い口を開く場合もある。それがロ事件で生じた。私はなぜそういうことが生じるのか、知りたいと思う。

 それは事件当時丸紅の航空機課長の坂篁一氏の衝撃的告白で、2016年7月に放映されたNHK『未解決事件』第5回「ロッキード事件」でのことだった(NHK「未解決事件」取材班『消えた21億円を追え:ロッキード事件40年目のスクープ』朝日新聞出版、2018年;中尾庸藏『角さん、ほめられ過ぎですよ!:異常人気の「角栄本」の正しい読み方』扶桑社、2016年)。彼はまさしく5億円を上司に進言した張本人だった。すでに多くの人によって紹介されているのでここで詳細はくり返さないが、私には、彼が「軍用機を国産されると、丸紅に口銭が入らないが、輸入なら商社に巨額の口銭が入る」と、「こうせん」などという私などには聞き慣れない商慣習的な言語を使っていたのが、実に生々しく聞こえたものだ。そして軍事費がらみの国策転換だと総理大臣の職務権限による汚職となって角栄有罪が濃厚となるわけだが、それ以上に、日米貿易格差是正でアメリカ政府・ニクソン大統領にとってもベトナム戦争での武器開発で赤字になったロ社立て直しで、外国の金で武器が売れて会社が立ち直る方が都合がいいという構図の中で、日本での騒動の論点が本丸の対潜哨戒機P3Cを隠して、民間機トライスターに目が向くように動き出したとなると、法的形式論理では角栄有罪は冤罪だったということになって、小者を除いて特捜が敗北し、いずれ八方丸く収まるという算段も成り立っていたはずなのだが、角栄の思わぬ脳梗塞発症(67歳)・死亡(75歳)で終結してしまったというわけか。被疑者のうち、裁判途中での死亡者は、田中角栄、児玉誉士夫、小佐野賢治、丸紅ルートの大久保利春専務(伊藤宏専務は有罪確定、檜山廣は実刑確定したが高齢のため未収監)、全日空ルートの橋本登美三郎元運輸大臣(佐藤孝行運輸政務次官、全日空若狭社長以下6名は実刑確定)、がいる。ロッキード・ルートで起訴されなかったが、限りなく黒に近い灰色高官とされた者に、二階堂進元官房長官、佐々木秀世元運輸相、福永一臣自民党航空対策特別委員長、加藤六月元運輸政務次官がいた。捜査に当たった堀田力は「それはもう深い物凄い深い闇がまだまだあって」と、日本の検察だけでは解決できない何かを暗示しているようだ(真相は把握している口ぶり)。

左、TriStar;右、P3C

 しかし坂氏の告白以前でも、そもそもその発端となった1967年2月4日のアメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会の公聴会で、ロ社のコーチャン元副会長は、すでに児玉誉志夫に約21億円の工作費を贈ったと証言していた。それが角栄の場合、別件の5億円の授受(筆頭秘書官榎本らは、賄賂ではなく政治献金と主張するわけだが)に矮小化されているのは、言われてみれば奇妙なことだ。アメリカですら、当時航空機の売り込みに政治家に賄賂を渡すのはむしろ当たり前で、賄賂が少なければどんな性能のいい航空機でも売れない、というのが業界の現実だったとか、またアメリカでは海外で工作費として賄賂をしても不問に付されるので、一旦それ名義で国外に持ち出して、あとから回収するという脱税方法が行われた可能性もあった。それが誰にばらまかれたのか、アメリカ側が明かすはずはない。

 いずれにせよ、日本政府はその後、米国から1機100億円超のP3Cを計100機輸入した。こうして現在、日本は世界第2位のP3C保有国となっている(最近、安倍政権もトランプに言われて防衛装備をさらに爆買いするらしい)。

 私にインタビューのチャンスなどもとよりないが、たとえば坂篁一氏がなぜ今になってそのような告白をする気になったのか、聞いてみたい気がする。普通は、国士・児玉のように黙ってあの世に持って行くのが普通であろうに(後から読んだ『消えた21億円を追え』p.162に、彼が信頼する弁護士の説得があった、と;別例ではあるが、口の堅い秘書たちの離反は娘の真紀子の無体な言動への反発だった、という事例もあったようだ)。それにしても、角栄が無罪を主張したのも、法的論理上まんざらゆえないことではないと思えてくるのだが(だからといって金権政治を是認するわけではないが)、こういう法的形式論理に慣れると、なにが正義なのか段々分からなくなってくるのも確かである。

 「小さな正義を振りかざす善人と、清濁併せ吞んで強力なリーダーシップを発揮する政治家と、どちらが国家・国民にとって本当に有用なのか」(山本皓一『素顔の田中角栄:密着!最後の1000日間』宝島社。2018年、p.211)。

【補遺】放送では触れられなかったと記憶するが、『消えた21億円を追え』p.190-に、「もう一つのロッキード:ダグラス・グラマン事件」で以下が述べられている。1979年に早期警戒機E2C導入が問題になり、今度は日商岩井から代議士・松野頼三への「政治献金」5億円のはずだったが、それがいつしか次期戦闘機F4Eファントム売り込みへと、「ロ事件」と同様な論点ずらしが行われ、政治家では岸信介(2万ドルの見返りメモあり)ら6名(角栄を含む)の名前も出たが時効を口実に捜査打ち切りとなり、社員3名の形式罰的な有罪判決のみで終結した。なお、この時の戦闘機の口銭は40〜42億円だった由。5億払っても十分だったわけである。逆にいうと早期警戒機のほうは一層膨大な儲けだったのだろう(1983年より合計13機購入)、政治家にとっても会社にとっても。なお誤解のないように付言しておくが、この時代は現在より賄賂に対する法的規制は相当にゆるかったのである。とはいえ、金権政治が問題であることに変わりはない。

左、E2C;右、F4Eファントム
Filed under: ブログ

コメント 0 件


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Comment *
Name *
Email *
Website